明日、僕は君に会いに行く。

君を好きだけじゃものたりない
あこがれだけじゃ埋めきれない

淋しさだけが今日もリアルで

今、会いに行ったら泣いてしまう





僕は兄さんを好きになった。
まだ、誰にも言えていない想いだけど、僕は確かに兄さんが好きで。

『雪男!』

兄さんが僕を呼ぶ声も、その無邪気な笑顔も、全部。
僕にとっては、兄さんを好きだと実感させるものばかりだ。
だから僕はひとり、そんな兄さんの姿を思い出しては、嬉しくなるんだ。




「はい、今日の授業はここまで」

いつもの授業が終わり、夕暮れに染まる教室に僕の声が響いた。
兄さんはぐるぐると目を回しながら、机に伏している。頭から湯気が出ていそうな雰囲気さえして、僕は教卓の上からそんな兄さんの様子を見ていた。

「大丈夫、燐?」
「お、おう。へいきだ……」
「奥村君、今日は珍しく頑張って起きてはったね」
「珍しくってなんだよ、俺だってやればできるの!」
「そうかぁ?俺はお前がちゃんと最後まで起きて授業受け取る姿、見たことあらへんけど」

何だと!と勝呂君に突っかかる兄さん、そしてそれを受けて、ほんまのことやないかい!と怒鳴る勝呂君。そしてそんな二人をまた始まった、と止めに入る三輪君や志摩君。
仲間たちの輪の中、兄さんは生き生きと輝いていて。
僕はそれが嬉しいのと同時に、やっぱりどこか淋しくて。
でも、そんな風に無邪気に笑う兄さんが、好きで。
僕はごちゃごちゃになった心を誤魔化すように、そっと教室から出て行った。

真っ赤に染まる廊下を歩きながら、息苦しさにぎゅっと胸元を握り締めた。



その日の夜は、僕は悪魔祓いの任務だった。塾が終わってすぐに任務に向かったから、兄さんとはちゃんと顔を合わせていない。
だけど、それでいいと思った。あんなごちゃごちゃした気持ちのまま兄さんに会ったら、きっと僕は泣いてしまうだろうから。

任務は、生憎の雨だった。激しく降りしきる雨の中、僕は視界の悪い中で銃を構える。
だが、撃ちはしない。こんな雨の中で銃を放つのは、仲間を撃ってしまう危険があるからだ。
それに、今日の任務はどちらかと言えば楽なほうで、僕も戦闘要員というよりも、いざという時のための医療員として派遣されただけだ。
この程度なら、すぐに終わるだろう。そう思いながら、ふと空を見上げる。
激しく降りしきる雨に打たれて、厚い雲の向こう側に、微かに月の青い光が見えて。

……、兄さん。

僕はその青さに、愛しい人を思い出す。
そしてその笑顔を思い出して、会いたくなってしまう。
会いたい、と呟いた瞬間、僕は自分に驚いた。
こんな風に、任務の最中に兄さんを思い出すなんて。

僕は自分自身に戸惑って、でも、こんなになるほどに兄さんを好きなんだという想いが、苦しくて。
雨とは違う熱い雫がひとつ、頬を濡らした。


僕にとって兄さんは、僕にできないことを簡単にできてしまう、ヒーローのような存在だった。
多分、憧れ、だったのだと思う。
大好きで、カッコいい僕の大事な兄さん。
だけどいつの間にか、あの無防備な瞳にドキリとするようになって。
強くなって兄さんを守るのだと誓ったあの日から、僕にとって兄さんは僕を守ってくれる人じゃなくて、守らなきゃならない人になった。
そう、確かにあの日から、僕は兄さんに対する自分の感情を理解したんだ。

今でも、兄さんは憧れの存在だけれど、きっとそれだけじゃこの感情は埋められなくて。
ただ、好きだという感情だけでも、ものたりなくて。
こんな曖昧な感情を持ちながら、兄さんが僕から離れて行ってしまいそうな淋しさだけが、はっきりとしていて。

今すぐ会いたいのに、会いたくない。
そんな矛盾した考えに、唇を噛み締めた。




雨で重くなったコートを引きずるようにして、僕は寮に帰ってきた。
時間はすっかり遅くなっていて、寮の明かりも消えていた。
部屋に戻れば、兄さんはベッドに横になっていて、すぅすぅと寝息を立てていた。僕がその姿にホッと安心しつつ、コートを脱ぐ。そこでふと、僕の机の上に何か置いてあるのが目に入って。

「……これ……」

近づいて見てみると、それはおにぎりが三つ、綺麗に三角を作って並んでいて。
傍には白いメモ用紙に、少し癖のある字で。

『ご苦労さん!おにぎり作ったから、ちゃんと食えよな   燐』

僕はその字に指を這わせて、込み上げてくる愛しさに、口元を押さえた。
これ以上、兄さんを好きになるなんてないと思っていたのに。
上限のない想いは加速して、怖いくらいで。


「……、兄さん」

すきだよ、というその言葉は、夜の闇に消えた。
もしも僕にもう少しの勇気があれば、朝日と共に、この言葉を言えるようになるだろうか。
そんなことを思いながら、僕はそっとおにぎりへと手を伸ばした。


塩辛いはずのおにぎりは、どこか、甘い味がした……―――。






暗い夜の闇が降りる部屋で一人、雪男は俺の作ったおにぎりを食べていた。そして食べ終わると、ごちそうさまでした、と丁寧に挨拶をして、皿を片付けるために部屋を出て行った。
そして俺は、バタン、という扉の閉まる音を聞いて、体を起こす。
机の上には俺の残したメモだけがあって、俺はそれを見て、ばかだなぁ、と呟く。

もう何年も、俺たちは一緒だった。
生まれる前から、ずっと。
だから、抱える想いも同じなのだと、あの頭のいい弟はいつ気づくだろう。

もしかしたらあのビビリ野郎は、一生気づかないかもしれない。
だったら、朝日が昇ったら俺から告げてみるのも、悪くないかもしれない。

俺はクスリと笑って、ベッドに横になる。
だいすきだ、と、その言葉を呟いて。






END

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