僕の兄さんを紹介します。

こんにちは。僕の名前は奥村雪男。中二級の祓魔師で、今は祓魔塾の講師をしています。
今日はその塾の生徒の一人であり、僕の双子の兄である奥村燐について、話そうと思います。
え?何でいきなり兄のことを話すのかって?まぁ、いいじゃないですか。とにかく聞いて下さい。
僕の双子の兄である奥村燐は、虚無界の王にして最強最悪の悪魔、サタンの青い炎を受け継ぐ、言わばサタンの息子と呼ばれる存在です。僕たちが生まれたときに兄さんに炎が受け継がれ、僕には炎が受け継がれなかった。だけど同時に僕は兄さんから魔障を受けて、生まれたときから悪魔が視えるようになっていました。
化け物が視える僕は、元々気弱な性格故にずっと泣いてばかりで、よく苛められていたし、その度に兄さんに助けてもらっていました。
それが変わったのは、育ての親である神父さんのおかげです。神父さんは、僕に戦う術を教えてくれた。いつも守られてばかりだった僕に、守る道を教えてくれた。
そして同時に、兄さんの存在がどういうものなのかも、知りました。
虚無界の王、絶対的力を持つ悪魔、サタン。その力は計り知れず、故に兄さんの力もまた、危険なものである、と。
祓魔師ならば誰もが畏怖する悪魔の力。だけど僕が心配しているのは、そんなことではなくて。
僕は兄さん自身のことが、ずっと心配でした。年々、サタンの炎の力が強くなってきている、と神父さんは言っていて、いつか兄さんの力を抑えている降魔剣では対応しきれなくなる、と。
そうなってしまったら、兄さんはもう普通の生活を送れなくなる。僕はそれが嫌でした。兄さんには何も心配することのない、ただの人として生きていて欲しい。そしてそんな兄さんをずっと守っていきたいと、そう想っていました。

苛められて泣いてばかりだった弱い僕は、もういない。
背中に隠れていた僕が、今度はその背中を飛び出して、兄さんを守る。
その為だけに、僕は祓魔師になったんです。

そのはず、だったのに。

運命は、決して優しくはなくて。
兄さんは危惧していた通りに、悪魔として目覚めてしまった。神父さんが死んだのと、同時に。
祓魔師として最強だった男は、息子の為に命をかけて守った、ただ一人の父親で。
その父親の意思を受け継いで、兄さんは祓魔師になると言い出しました。
当然、僕は反対だったんですけど。だけど逆に言えば、祓魔師になること以外兄さんが生き残る術はない。皮肉なことですけどね。

だけど、僕は別の心配もしていました。それは、兄さんが類を見ない馬鹿だから。
小中学とろくに学校に行ってなかった兄さんは、正直に言えば学力は幼稚園児並み。いや、多分勉強の仕方が分からないだけなんだとは思うけれど、そこから教えていたら何時まで経っても祓魔師にはなれない。
僕は心意気だけは一丁前な兄さんに、日々苦悩しつつも勉強を教えています。だけど、兄さんは馬鹿だし物覚えもかなり悪いけれど、馬鹿な子ほど可愛い、という言葉を、講師になって始めて実感しました。
そして他の先生方も、呆れながらも兄さんを可愛がっているようにも思えますし。それは多分、兄さんが祓魔師になるのだという意思が人一倍強いからで。
一生懸命頑張っている生徒を応援し、補助するのが講師の役目。だから兄さんは、ある意味では一番教えがいのある生徒なのかもしれない。

そして、可愛がっているのは、何も先生たちだけじゃない。

同じ塾の生徒たちも、少しずつ兄さんの良さを理解してきているみたいで。特に、最初は衝突ばかりしていた勝呂君とは、最近ではとても仲が良さそうに見えますね。僕と勝呂君は性格的にも少し似ているから、何となく、兄さんのことが放っておけないのだろうな、と分かるんですが。
それに兄さんは、勝呂君に対して憧れにも似た気持ちを抱いているらしく、時々目を輝かせて勝呂君の話をするから、少しイラッとしたのを覚えています。
それからしえみさんのことも話すけれど、時々、神木さんの話も出る。ツンケンしてるけどほんとはイイ奴なんだよ、と嬉しそうに笑うから、へぇ?となんでもないような顔をしつつも焦った記憶がありますね。
それから、三輪君もカッコいい、だとか、志摩はああだけどイイ奴、とか、兄さんにとっては初めて出来た友達が嬉しいのか、よく僕に話して聞かせてくれる。それを頷きながら聞く僕は、完全に父親か母親の立ち位置になってしまっていて、冗談じゃない、と思います。何が悲しくて、双子の兄の親にならないといけないのでしょうか。

それに、兄さんの人を計る基準は単純で、「イイ奴」と「そうでない奴」に分かれているのだと思います。だから、ちょっと優しくして貰えば、その人に対する評価は「イイ奴」になってしまう。
そんな単純思考の兄さんは嫌いじゃないけれど、とても心配です。
兄さんは馬鹿だから僕がしっかりしていないと、誰かに浚われてしまいそうで。だからもう少し兄さんにはしっかりして欲しいと思うけれど、でも、それで兄さんが僕から離れてしまうのは、ダメで。

ずっと兄さんの傍に居て、ずっと兄さんを守るのは、僕の役目です。
それは誰にも譲らないし、兄さんの隣に居るのは僕だけ。
それはたとえ、兄さんの周囲に人が集まったとしても、変わらない。


……。
え?なんでそこまで兄さんを大事にするのかって?
そんなの、決まっているじゃないですか。
双子の兄としても、ただ一人の人としても、兄さんが好きだから。
血のつながりなんて、そんなのは些細なことに過ぎない。そう思いませんか?
些細なことじゃない?いや、僕にとっては些細なことですよ。まぁ、僕の気持ちに兄さんが気づいているとは思っていませんけどね。気づいていたら、きっと兄さんは困るだろうし。何年越しの片想いだと思ってるんですか。
でもまぁ、この想いを成就させようとかは考えていませんよ。そりゃあ、兄さんとそういう関係になれたらいいなとは思いますけど。でも、僕が奥村雪男である限り、兄さんの弟というたった一つの存在は僕だけですから。
だから、僕はそれで十分なんです。

ええ、まぁ。そんな人と一つ屋根の下で生活していて、困ることはありますけどね。傍に居るだけでいいと思っていても、やっぱり好きなひとと同じ部屋で寝泊りしているわけですから。
……。えぇ、まぁ。その辺りは色々と……。僕だって一応年頃の男なわけですし。いや、別に考えたことないわけではないですけど、って何を言わせるんですか。
僕は兄さんとは別に……、いや、それを言ったら嘘になりますけど。だいたい、兄さんも兄さんですよ。あの鈍さはどうにかして貰わないと、正直僕の身が持たないんですよ。
それに、この前兄さんの尻尾に触らせて貰ったことがあったんですけど、アレはダメです。アレは人前に出すべきものではないです。何で悪魔って尻尾が弱点なのか、全力で理解しましたよ。
はぁ……。でも、兄さんは悪くないですよ。そんな風に考えてしまう、僕はいけないんです。ええ、そうです。兄さんは、あのままの兄さんでいて欲しい。それが僕の一番の願いですよ。

……。
っと、もうこんな時間ですね。
そろそろお暇させて頂きます。今日は兄さんに早く帰ると約束しているので。
はい。……あはは、ありがとうございます。
ええ、ではまた、機会がありましたら。







END

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