ダンデライオン




さびしがりな王様は、たった一人でコートに立っていた。同じ場所に、王様の他に五人の人間がいたにも関わらず、王様は独りだった。なぜなら王様は、その五人どころか、他の仲間からも嫌われていたからだ。
だけど、王様はそれでも良かった。それでもいいと思わなければ、さみしさと息苦しさで潰れてしまいそうだった。王様にとって、自分に付いて来れない人間は不要で、それは絶対だった。だから、さみしいという感情は殺して、勝つために必死になった。
結果として、王様は独りのまま。勝つことさえできないまま、玉座から引きずり降ろされた。
誰もが言う。王様はいらない。王様なんて必要ないと。
王様は、そんな言葉から逃げるように仲間の元を去った。誰も、引き止めなかった。どうしてとも、言わなかった。



そうして逃げた先で出会った奴は、太陽によく似た奴だった。



「お前は俺が怖くないのか」
「怖がらないでいてくれるのか」

恐る恐る近づいてみた太陽は、嬉しそうに王様のトスを打った。
そうして、真っ直ぐに王様を見て、叫んだ。

「おれにトス、持って来い!」

熱くなる瞼の熱も、じんと胸に響く声の意味も、王様には分からない。
だけど、確かに太陽がくれたものは、王様の胸に何かを宿した。

それから王様は、太陽に向かってトスを上げ続けた。何度も、何度も。今までだったら嫌われていたトスを、何度も。そのたびに太陽は飛んで、失敗しても何度でも飛んだ。

王様は、そんな太陽を見上げるのが、すきだった。
太陽のだいすきなトスを上げる自分も、いつの間にか好きになっていた。




そんなある日。
激しい雨の日。王様は階段から足を滑らせて、右腕の骨を折った。重症だった。一ヶ月は、トスを上げるどころか、満足に腕を動かすことさえできなくなってしまった。病院から見える景色は、体育館の天井よりも狭く遠くなった。

病院に駆け付けた太陽は、泣き出しそうな顔で、王様を見ていた。ぐっと唇を噛んで、俯いていた。その顔を見て、王様は強く思った。

お前を泣かすものか。

「ボゲ日向。んな顔すんな。たかが一ヶ月だ。その間、しっかり練習して復帰した俺を失望させるんじゃねーぞ」

強がりだった。毛布の下で、指先が冷たく震えていた。腕がきちんと治るのかどうか分からない不安。治療の間、ボールに触れることすらできないもどかしさ。どれもが王様の心をかき乱して、息ができなくなりそうだった。
それでも、太陽の泣き顔を見るよりはマシだった。

太陽が去った後、王様は声を殺して泣いた。濡れた頬の感触は、きっと、太陽の涙の変わりなのだと思った。




あの日から、雨は止まない。病室から見える景色は、いつだってどんよりとした曇り空だ。
王様は、いつも空を見上げていた。あの雲の切れ間から、太陽が見えないかと。しかし、分厚い雲は太陽の光一つ通さない。
しとしとと、病室の窓ガラスを叩く雨は、まるで王様の心を現しているよう。王様は自嘲する。
静まり返った病室は、どこか、かつてのあの場所を思い出させた。たった独りでコートに立っていた、あの頃を。

もし、俺がアイツみたいだったなら。

ふと、思う。太陽のことを。

もし、太陽のような奴だったなら、俺はあの場所に独りでいることはなかったかもしれない。

仲間に囲まれて、必要とされて。
だけどきっと、自分はそんな風にはなれない。分かっていて、だからこそ、太陽に惹かれたのだ。

「………―――た、」

強がりさえも、もう言えなかった。
ここは寒くて、冷たくて、さびしい場所だ。独りが寂しいなんて感じるのは、きっと、太陽がいたからで。アイツがいないから、こんなにも冷たくて寂しい。

「日、向………っ」

掠れた声で太陽の名を呼ぶ。あぁ、どうしよう。呼んでしまった。呼んだって、答えはないのに。虚しさに、再び自嘲しようとした、そのとき。


「――――――……居るぞ」


声が、聞こえて。

ハッと振り返った先には、病室の扉を開け放った、太陽の姿があった。
太陽は、王様の顔を見てきゅっと眉根を寄せると、ずんずんと大股で近づいて来た。ムッとした顔に、何か怒らせるようなことをしただろうかと考えていると、太陽は王様の左腕を取ると、再びずんずんと歩き出した。

「っ、ちょ、なんだよいきなりっ!」

混乱する王様に、しかし太陽は黙ったまま。王様の腕を乱暴に引いて、頑なに前を向いたままだった。
怒った様子の太陽に、王様はますます混乱する。よく分からないけれど、どうやら太陽は怒っているようで、それはたぶん、自分に向いていて。
つきり、と痛んだ胸を押し隠すように、王様は俯いた。ひたすら歩く自分の足と、白い地面が延々と続いて。それさえも、じわりと滲む視界で揺らいだ、その時。
ざく、と白い地面が突然、緑色の地面に変わった。固いコンクリートじゃなくて、柔らかな地面の感触に、ぎょっとする。いつの間にか、病院から外に連れ出されていたようで、病室用のスリッパを履いたままの王様は慌てた。頭や肩が雨にジワリと濡れて、冷たい。

「ちょ、雨っ、降ってるだろ、それに俺、靴だって、」

履いてない、と顔を上げると、雨でしっとりと髪を濡らした太陽と、目が合った。焼け付くような、熱い瞳。その強さに、息を呑む。いつだって太陽は、この強い眼差しで王様を惹きつけて離さない。
固まる王様に、太陽は。

「あんな声で呼ぶくらいなら、ちゃんとおれを呼べよ、ばか!」
「な、」
「いつだって! どんなときだって! お前が呼べば、おれはどこへだって飛んでやる!」

真っ直ぐに王様を見上げて、叫ぶ。おれを呼べ、と叫ぶ。
その瞳には、痛いくらいの熱を持っていて。

「ぁ、」

王様は、じわりと滲む視界で、その瞳を見返した。

頬を濡らす感触はきっと、この雨のせいで。ツンと痛む鼻の理由なんて分からない。
だけど、きっと。
………―――胸の奥に宿った暖かな光が、そのまま、答えで良さそうだ。

「………ボゲ日向。………へたくその、くせに」

ずず、と鼻水を啜りながら、悪態を付く。きょとり、と目を瞬かせた太陽は、しかし次の瞬間には、ニッと笑っていた。

「でも、お前がいれば、おれは最強なんだろ?」

自信満々に太陽は言い切った。すると、それを肯定するかのように、あれほど降っていた雨がゆっくりと止んだ。分厚かった雲が風に流されて、切れ間から覗く光が、差し込んでくる。

「晴れた!」

嬉しそうに跳ねる太陽。その足元には、濡れた雫を弾いて揺れる、黄色のタンポポの花。その花はまるで。

「…………当たり前だ、ばーか」

悪態を付きながら、それでも、頬を濡らして笑う、王様の姿に良く似ていた。




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