初☆Date




「なぁ、今度の日曜日、ひま?」
「は?」


きっかけは、そんな些細な一言だった。


初☆Date


土曜日の午後一時すぎ。俺は自室にこもって、盛大に唸っていた。
眼の前には、タンスやクローゼットから引っ張り出してきた服がずらりと並んでいる。いつの間にこんなに増えたんだろうと疑問に思って、そういえば母さんが、年頃なんだからバレーばっかりしてないで服装にも気を使いなさいとか何とか言って、買ってきていたような気がする。その時は面倒だなと思ったけれど、さすがは年の功(本人に言ったら殺される)、いざという時に服は必要なものなのだということを、俺は嫌というほど理解した。

そう、今がその、いざという時、だ。

俺は身の覚えのない母親の趣味で集められた服を前に、あぁじゃないこうじゃないと試行錯誤している。まるでここがコート上のように、ぐるぐると思考を巡らせている。
黒、いや、下は黒にするつもりだから、上も黒にしたら黒黒で真っ黒にならないか? いや、でもさすがにこんな真っ青を着る勇気はないし。
色んな服に手を伸ばして自分に当ててみては、何かイメージと違って、唸る。

「くそっ」

なかなか思うようにいかなくて、俺は持っていた服を床に叩きつける。ごろん、とベッドに転がって、天井を見上げた。

「なんだってこの俺が、こんなに悩まなくちゃいけないんだ………!」

くそあほボゲ日向、テメェのせいだかんな!
脳内で、能天気に笑う橙色を思い出して、俺は勢いよく起き上がる。ここであきらめたら、なんかアイツに負けたような気がして、悔しい。
俺は一発気合を入れる。時間はまだある。それまでに、この難問をクリアしなければ。



ことの起こりは、昨日。金曜日の放課後。部活中のことだった。
練習事体は終わり、自主練もそろそろ切り上げようかとしていたとき。
ラスト一本のトスを決めた日向と、あぁでもないこうでもないと論議する。俺はこのときが、実は嫌いじゃない。中学のときは、とにかく自分のトスに合わせられるスパイカーがいないことに苛立っていたし、なんでできないんだって思っていた。
日向も、それは変わらない。どちらかと言えば、アイツらよりもへたくそだし、運動神経は馬鹿並みにすごくても技術面ではまだまだだ。
だけど。
コイツに上げるトスは、いつだって気持ちいいし、楽しい。俺の上げたトスが正確な角度で日向の手から離れるさまを見るのは、いつだって爽快だ。

「んじゃ、やっぱ普通の速攻の方はもうちょっとネットから離したほうがいいか……」
「だな。その方が打ちやすいっていうか、こう、しっくりくる感じ? かな」
「分かった」

よし、明日からはもうちょい離した感じでやるか、と脳内にインプットする。しっかりメモを残した俺は、もう終ろうかと切り出そうとして、頭一つぶんほど低い橙色の頭がそわそわと忙しなく動いていることに気付いた。
なんだ、落ち着きのない奴だな。あ、それはいつものことか。俺が怪訝に思いつつもじっとその頭を見下ろしていると、あのさ、と少し考える素振りをしたあと。

「なぁ、今度の日曜日、ひま?」
「は?」

いきなりなんだ? 日曜日? 首を傾げる俺に、日向は頬を掻きながら。

「えっと、実はさ、今度の日曜に公開予定の映画のチケット、何かの抽選で母さんが当たっちゃってさ。その日は母さん仕事だし、ほんとは夏と一緒に行こうとしてたんだけど、夏が観るのにはちょっと内容難しすぎるかなって思って。えーっと、だから、その、………一緒に、いかねぇ?」
「……………、」

窺うようにこちらを見上げる橙色に、俺は内心で不思議に思った。
なぜ、俺を誘う? コイツのことだ、他に誘う友達くらいいるだろう。それなのに、なんで俺だ? あ、もしかして、他の奴らは断られたのか? それなら、俺を誘う理由は何となく分かる気がする。
しかし、映画、か。ずいぶん久しぶりのような気がする。観るのは嫌いじゃないが、特別好きというわけでもない。つーか、コイツ、そもそも映画なんて観るのか? なんか、似合わねぇような気が……―――。
そこまで考えて、ハッとする。先日、田中さんたちが話していたことを思い出したのだ。

『なぁなぁ、やっぱり初デートっつったら映画だよな! こう真っ暗な中で並んで映画見て、こっそり横顔見ちゃったりとかして!』
『うわベタだな! っていうか、田中、映画なんて観るのか?』
『ちょ、それどういう意味っスか菅さん』
『だな! 龍はどっちかっていうと、映画で爆睡するタイプだろ!』
『ノヤっさんにだけは言われたくねぇよ! この前公開になった奴、観に行ったけど寝てたって言ってたじゃないっスか!』
『だってつまんなかったし!』

映画。
初デート。

ん?

はつ、でーと……………?

ま、まさか、これって……………!

慌てて日向を見下ろす。当の日向は妙にそわそわと落ち着かない様子で、俺をちらちらと見上げている。その様子に、俺は確信する。

俺は日向に、はつでーとに誘われている…………!

「か、影山? ど、どうなんだよ? 映画、行けそうなのか?」
「へっ? あ、あ、あぁ、だ、っ、大丈夫だ! 任せろ!」
「マジでっ? 良かった!」

ぱぁ、と表情を一気に明るくした日向の笑顔が、眩しい。そうか。そんなに俺と初デートできるのがうれしいのか。そわそわと落ち着かない気分になっていると、んじゃ、九時ごろに迎えに行くから、と言われて、再び胸がざわつく。
迎えに行く、なんて、そんな、マジで初デートみたいじゃねぇか!

俺はカッと顔に熱が集まるのを感じて、慌てて目を逸らす。遅刻すんなよ! と誤魔化すように言えば、お前がな! と返された。しかし、もはや初デートというものに夢中になっていた俺は、日向のそんな言葉さえ耳に入らずにいて。

まじか。マジでか。マジで、俺、初デートするわけ? 日向と?
そわそわそわそわ。心が常に騒いでいて、落ち着かない。こんなこと、初めてだった。


そうして、初デート前日。
俺は難題にぶち当たることになる。そう、当日、何を着ていくのか、だ。

世の中の初デートに行く連中って、どんな格好をしているんだろう。なんか、無駄に気合入れまくったら、それこそ気合入ってるって思われるだろうし、かといって変な格好をしてがっかりされたくない。
この微調整を、他の奴らはどうやってしているんだろう。日向へ上げるトスの調整よりも難しくて、俺は頭を捻らす。

なんだか、足元がふわふわと落ち着かない。こういうの、浮足立っているっていうんだろうな。まるで、でっかい試合前みたいだ。いや、それよりも緊張しているし、きっと、楽しみにも、しているんだろう。

「………………、くそっ」

握りしめた服に、顔を埋める。明日が来るのが怖いようで、楽しみなようで、ごちゃごちゃになりながらも、俺はにやけそうになる頬を誤魔化した。





「はよー」
「…………おぅ」

時間よりも、ちょっと遅れて日向はやってきた。いつもの自転車だ。俺は自転車に乗るその姿を上から下へ眺めた。
…………普通、だな。
明るい色のパーカーに、ジーパン。特に飾り気のない、通りすがりとかでよく見かける服装だ。だけど、なんだろう。いつも制服かユニフォームか、練習のときのTシャツしか見たことがなかったから、今の日向がやけに新鮮に映った。
対する俺は、散々迷った挙句、青みがかかったチェック柄のシャツにジーパンという、いたって普通の服装を選んだ。うん。正直、俺の判断は正しかった。日向の服装を見て、ホッと一息つく。
しっかし、こいつ、普段はこんな恰好するんだな、なんてじろじろと見ていたら、当の日向は不思議そうな顔をして。

「なにぼけーっとしてんの? ほら、早く行こうぜ」
「お、おぉ」

遅れるよ、なんて俺を急かす日向について行きながら、これが初デートってやつか、なんて感慨に浸っていた。

家から徒歩で一五分ほどのところにある映画館は、わずかに賑わいを見せていた。家族連れやカップルが多く行き交うのを見ていると、なんだか妙にそわそわしてきた。これは、あれだ。別に初デートだからってわけじゃねぇし。きっとこれから観る映画が楽しみだからそわそわしてるだけだから。そうだ、そうに決まってる。つーか。

「…………日向はどこにいった………」

ぽつん、と取り残された俺は、小さく舌打ちをする。アイツ小さいうえにちょろちょろするから、迷子になってんじゃねぇだろうな。ぐるりと周囲を見渡すけれど、あの目立つ橙色の頭は見えない。
ったく、ほんとにどこ行きやがった? 呆れて、探そうと足を踏み出して。

「影山! こっち!」
「日向、てめ、どこ行ってたんだよ」
「ごめんごめん。これ買っててさ」

これ、と言って差し出してきたのは、ポップ―コーンの入った紙コップだ。

「席取った後、ついでに買っておこうと思って。はい、影山は普通ので良かったよな」
「お、おぉ」
「飲み物も買っといた。牛乳とかそういうのなかったから、オレンジジュースにしといた」
「………ん」

てきぱきと動く日向に、圧倒されるばかりの俺だ。え、なに、コイツ、なんでこんな世話焼きなんだ? つーか、手際よすぎじゃないか? もしかして、こういうの慣れてんのか?

嫌な考えが過ぎって、黙り込む。渡されたポップコーンとオレンジ色のジュースを見下ろしていると、日向は言い難そう口元を歪ませたあと。

「えーっと、その、影山?」
「………なんだ?」
「え、あ、うん。その、今言っとくけど、えー、っと、ごめん?」
「なんで謝るんだよ」
「え、いやー………なんとなく?」
「?」

どこか挙動不審な日向に首を傾げつつも、俺は、日向はもしかしてデートに慣れているのでは疑惑にいっぱいいっぱいになっていて、その時のことを深く考えなかった。

………それを、後にかなり後悔することになるのだが。

「んじゃ、もうすぐはじまりそうだし、入ろうぜ」
「あぁ」

その時の俺には、知る由もなかった。







二時間後。

「………………」
「………………」

映画館から出てきた俺たちは、二人とも無言だった。無意味に、無言だった。昼間の太陽は真上で輝いて熱いくらいにこちらを照らしているというのに、俺たちの間には氷点下よりも寒いブリザードが吹雪いていた。

「………………………、おい」
「!」

びく! と日向の肩が震える。恐る恐るというようにこちらを見上げる橙色の瞳は、わずかに潤んでいた。その瞳に、俺の感情のメータは振り切れて、ブチ切れた。

「テメェ、まさかとは思うが、ホラー映画を一人で見れねぇから俺を誘ったとか、んなこと言うつもりじゃねぇだろうな?」
「………ぅ、だ、っだから言っただろっ、ごめんって! おれだって、ほんとはめっちゃ嫌だったんだからな!」

涙目で訴える日向に、俺は内心で、めっちゃ嫌だったんだな、と凹む。そんな俺など知る由もない日向は、鳥肌の立った二の腕をさすりながら、映画の内容を思い出したかのようにぶるりと震えた。

日向と見た映画は、CMでも最近よく流れているホラー映画で、内容としてはそこそこといった感じだった。正直、本物ならともかく、ホラー映画と分かっていて見る分にはちっとも怖いと感じない俺は、ふぅん、って感じだったのだが。
隣にいた日向は、それどころじゃなかったようで。
主人公を含めた男女四人が、廃校になった学校に肝試しに行くというありきたりなストーリーだったのだが、あ、次のシーンで出てくるな、と簡単に予測できるシーンでも、日向はいちいち体を震わせていた。最初はリアル感があってそこそこ怖いが、終盤になるともはやホラーというよりSF染みた演出に若干飽きが来ていた俺に反して、日向は最終的には泣き出すという暴挙に出た。おいおい、マジかよ。どんだけ苦手なんだよ。それなのになんでホラー映画? と疑問に思った俺は、そこでピンときた。まさか、コイツ、と。
そしてそれはどうやら、当たっていたらしく。

「ほっんと、いやだったんだ。おれ、ああいうのマジでダメで、見ると夜にトイレ行けなくなるくらい苦手なのに、クラスで新作の映画がマジヤバいらしいから誰か先に見に行って偵察してこい、って話になって、じゃんけんで負けちゃって行かなきゃいけない羽目になってさ。他の奴らは一緒に行ってくれねーし、おれの周りでこういうの大丈夫そうなのってお前か月島くらいだし。月島はぜったい一緒に来てくれそうにねーから、お前を誘ったんだ。素直にそう言ったら来てくんないだろうから、嘘ついたけど。…………ほんとは、いやだった」

むぅ、と唇を尖らせる日向に、俺はもはや声も出なかった。
そうか、いや、だったんだ。俺と映画見るのも、………誘うのでさえ、いやだったわけだ。
それなのに俺は勝手に初デートなんて勘違いして、浮かれて、そわそわして、一人でひたすら空回ってたわけだ。
そうか、そうなんだ。なんなんだよちくしょう。昨日の俺の苦悩を返せ。この服選ぶのに、どんだけ時間かかったと思ってんだ。お前が迎えに来る一時間前から玄関のとこでスタンバッてたとか、それを知られるのが嫌でちょっと用意するフリをして五分くらい待たせたとか、そんな裏工作をした恥ずかしい俺を返せ。

むっすりと黙りこんだ俺を、日向はちょっと腫れた目で見上げてきた。なんだよ、俺、今凹んでんだから、こっち見んな。その意味を込めて、ふい、と視線を逸らせれば、日向はしつこくこちらを見上げてきて。

「なぁなぁ、影山。なんか、怒ってる?」
「…………おこってねぇ」
「うそ。怒ってるだろ? 眉間の皺、いつもより多いもん」
「………」

ぐ、と自分の眉間を差す日向。なんだよ、そう思うなら、ちょっとは遠慮しろよ。だいたい、お前が悪いんだ。あんな、変な誘い方するから。だから俺は勘違いして、こうして凹んでんだ。
そう言いたいのに、凹んでる、なんてそんなこと言うのも悔しくて、やっぱり黙り込む。
無言のままの俺に、日向は少し考える素振りをしたあと。

「………あのさ、おれの勘違いかもしんないけどさ。………あの、影山、もしかして今日の映画、楽しみにしてた………?」
「………っ」
「あー…………やっぱり?」

びく、とわずかに肩を震わせた俺に、日向はバツの悪そうな顔をした。
なんだよ、なんでこんなときだけ察しがいいんだよ。いつもは馬鹿みたいに鈍感で、周りの空気読まないくせに。
悔しくて唇を噛みしめる。すると、日向が俺の名を呼んで、ぎゅっと空いた右手を握りしめてきて、驚く。急に右手が熱くなって、その温度に、火傷しそうになる。

「っ、な、なにっ、」
「えーっと、あのさ、おれ、実はほんのちょっとだけ、今日のこと、デートっぽいなって思ってたんだ。だって、すきな奴と映画観に行くなんて、まんまデートじゃん? でも、おれとお前の二人で映画っていうのも、なんか、似合わないような気がするし、それに………こんな理由でお前とデートすんの、いやだって思ってさ」

確かに、それは思った。
俺と日向の二人で映画なんて、似合わないなって。でも、初デートは映画だっていう話を聞いてたから、俺はてっきり、初デートしている気分でいて。日向はそんな気じゃなくて、じゃあ、やっぱり俺が一人で空回ってただけじゃねぇか。
僅かに凹む俺の手を、日向はぎゅう、と強く握りしめていた。いつも、力強いスパイクを打つ手が、痛いくらいに強く。

「ほんとはもっと、二人で行きたいとことか決めて、ちゃんとデートを申し込むつもりだったんだけど。でも………―――、いいや。お前となら、ホラー映画だろうが、ちゃあんとしたデートになるんだよな。だって、すきな奴と出かけてるんだから」

そう言って、にっ、と晴れやかに笑う日向。熱い日差しに照らされた笑顔は、眩しいくらい。
眩しくて、眩しくて、どうしよう、心臓が、うるさい。ふわふわと跳ねる心臓は、まるでコートを跳ねるコイツそのもので。

「………………―――、ん」

こくり、と一つ頷けば、嬉しそうに笑う。その笑顔が見れただけで、これまでの苦悩も全部吹っ飛んだ。
日向は、よし! と一つ気合を入れると、俺の手をぐん、と力強く引いて。

「これから、デートの仕切り直し、しよ? まずは、どこ行きたい?」

楽しそうにそう聞いてくる、自分よりも低い頭に、俺もなんだか楽しくなってきて。

「んなの、決まってんだろ」

に、と二人で笑い合う。




「………―――スポーツショップ、だな」
「………―――スポーツショップ、な!」




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