二人きりだった部屋に、同居人ができた。
「クロ、お前食いモンは何が好きなんだ?俺が作ってやるよ。……え?大丈夫なのかって?失礼な奴だな!これでも料理は得意なんだぜ!」
兄さんは自分のベッドに座り込んで、新しい同居人、神父さんの使い魔だったクロとじゃれ合っている。
悪魔であるクロは、同じく悪魔の息子である兄さんと意思の疎通ができる。それが嬉しいのか、クロは終始兄さんに懐いていたし、そんなクロを兄さんは殊更可愛がっていた。
「へぇ、お前結構シブイ料理が好きなんだなー。……、なるほどなー。親父も確かにソレ好きだったもんな」
そう言って、兄さんはクロの頭を撫でている。僕は自分の机に向かって勉強をしていたけれど、どうも背後が気になって仕方ない。時折、気づかれないように振り向いては、楽しげな兄さんの顔にイライラして前を向く、その繰り返しだ。
「んじゃ、今晩にでも作ってやるよ。クロが来たお祝いだ!」
兄さんがそう言うと、にゃー、と嬉しそうにクロが鳴いた。それが嬉しいのか、兄さんもはしゃいだ声で、そうかそうか、なんて頷いている。
「そんなに喜んでもらえると、すっげー嬉しいよ。……どっかの誰かさんは全然褒めてくれねーし」
ジト、と言いたげな視線が背中に突き刺さる。だけど僕はそれを無視した。するとそれが気に食わないのか、兄さんは、何だよ、なんてぼやいている。
「ん?クロ、お前慰めてくれんの?ちょ、くすぐったいって!」
あはは、なんて笑いながら、兄さんは楽しげだ。その態度が無性にイラっとして、僕はペンを置いて、完全に兄さんを振り返った。
「あのね、兄さん。課題は済んだの?祓魔師になりたいんなら、ちゃんと勉強もしないと」
「う。わ、分かってるって!ほら、ちゃんと課題もやってるし!」
「へぇ、見せてみてよ」
ほら!と兄さんは僕に課題のノートを差し出す。僕はそれをゆっくりと眺めて、はぁ、と深くため息をつく。
「兄さん、これ、やってるのはいいけど全部間違ってるよ」
「うえぇ!?」
「……」
あはは、と乾いた笑みを浮かべる兄さんに、僕は頭痛が酷くなった気がして、眉間を押さえた。全く、こんなので本当に大丈夫なのだろうか。本気で心配になってくる。
「だいたい、最近クロにかまいすぎなんじゃない?」
「え?そう、か?」
きょとん、と首を傾げる兄さん。クロはクロで、余計なことを言うな的なオーラを僕に放っている。……上等じゃないか、使い魔風情が。
僕はにこり、と笑う。兄さんが引きつった笑みを浮かべたけれど、無視して。
「兄さん、猫は構いすぎるとストレスで死ぬんだよ?クロだって同じだよ。少しはクロ自身の時間も与えてあげないと」
「そ、そうなのか?」
クロを見下ろして、兄さんは心配そうな顔をした。それにクロはぶんぶんと首を横に振っている。多分、大丈夫だと言っているのだろう。
だけど兄さんは単純だから、それがクロの強がりだって思うに決まっている。
「俺、全然気がつかなかったよ。悪かったな、クロ」
今度から、あまり構わないようにするから。と兄さんがちょっと寂しげに笑って、クロの頭を撫でた。クロがニギャッという変な悲鳴を上げたけれど、兄さんはクロの頭から手を離して、机に向かった。そして僕とノートを交互に見て。
「課題、間違ったとこ教えてくれ」
少しぶっきらぼうに、そう言った。
「うん。もちろんだよ、兄さん」
僕はそれに、満面の笑みで答えた。
そしてチラリ、と呆然と兄さんを見上げるクロを見て、ふ、と口元を吊り上げた。
残念だったね、クロ。
そういう意味を込めて笑うと、クロは体中の毛を逆立てて僕を睨んだ。
「雪男?どうしたんだよ、早く教えろって」
「あぁ、はいはい」
兄さんに急かされて、僕はクロから視線を外した。背中に突き刺さるクロの視線を無視して、僕は兄さんの課題を見ることに集中した。
兄さんは、僕の兄さんだ。
突然やって来た同居人には、渡さないよ。
END