ひとつ屋根のした ふたり




「お前ってさ、彼女、つくんねーの?」

荒々しい吐息交りの声で、日向は唐突にそう言った。額に汗を浮かべて、俺の上で腰を振っている真っ最中に、だ。
それまで、与えられる快感に夢中だった俺は、日向の言葉にふっと意識が現実に戻ってくるのを感じた。せっかく、いい具合に飛んでたのに。思わず、眉をひそめる。

「んだよ、ぼげ……、いきなりなにいってんだ……」
「えー、だってさ。気になるじゃん。影山、きれーな顔してるし、高校んときとか女子にきゃーきゃー言われてただろ? だから、彼女つくんねーのかなって」

羨ましい、と日向は唇を尖らせた。同時にぐっと強く腰を押し付けられて、日向のモノが一際奥へと入り込んだ。ぐちゅ、と濡れた音がして、腹の奥の圧迫感が強くなる。
苦しくて息をつめた俺に気づく様子もなく、日向はぐっぐっとさらに腰を押し付けて、奥へ奥へと入ろうとしていた。これ以上入らねぇって、と怒鳴ろうとして、「あんときは、なんで影山がモテんのか分かんなかったけど、」少し遠くを見るような目をした日向が、次の瞬間にはニッと歯を見せて笑っていた。

「今なら、分かる気がする。……お前、なんか、かわいーもん」

へへ、と日向は嬉しそうな顔で俺を見下ろすと、そっと頬に手を伸ばしてきた。熱いくらいの手のひらが、するりと撫でるように触れる。硬い手のひら。バレーが大好きなのだとわかる、俺のトスを打つ手のひら。その熱が心地よくて頬を擦り寄せると、「やっぱ、かわいい」と小さく呟いた日向が、ぎゅうっと強く抱きしめてきた。頬にあたる癖の強い橙色の髪から、ほのかに日向の汗の匂いがした。その匂いに、きゅう、と日向を受け入れている場所が疼く。日向はその動きに意を介した様子もなく、「だから、さ」

「影山の彼女になる子が、ちょっと羨ましいな」

ぽそり、と小さく呟かれた言葉を、俺は聞こえないフリをした。今はただ、目の前にある体温にしか興味がなかったし、与えられる快感だけが、すべてだったから。

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇよ。ったく。集中できねぇってんなら、……うえ、乗ってやるよ」

悪態をつきながら日向の体を押しやって、その体の上に乗る。日向を見下ろすのはしょっちゅうだが、この角度は初めてに等しくて、妙に興奮する。ごくり、と喉が鳴った。
熱に浮かされた体は、いま以上の快感を求めていて、俺はその衝動に酔ったように身を任せていた。


ひとつ屋根のした ふたり


俺と日向が、いわゆる、そういう関係になったのは、高校一年の最後あたりだっただろうか。
春高予選、決勝。勝ったチームが全国大会へと行けるというところで、俺たち烏野高校排球部は健闘のすえ、王者白鳥沢学園に敗北。――――、あと一歩のところで、俺たちは全国を逃す結果になった。
誰もが、声もなく泣いていた。このチームで全国へ行くのだと信じて、欠片も疑っていなかった。それなのに、負けた。負けた奴は、コートの上にはいられない。三年生はここで引退となり、もうこのチームで試合をすることは二度とないのだと、悲しい現実が静かに心を締め付ける。

『――――いままで、ありがとな』

澤村主将も、旭さんも、菅原さんも、みんな笑っていた。笑って、俺たちに深く頭を下げた。
その笑顔があまりにも綺麗で、残された誰もが笑う三年生の分まで泣いた。
くるしかった。さみしかった。胸の奥にぽっかり穴が開いたような気がして、俺は誰もいなくなった体育館でぼんやりと佇んでいた。もう、この場所には戻ってこない人たちを想って、ただ、静かに。
そんなとき、体育館の扉が開く音がして、日向が入ってきた。目じりを真っ赤にした日向は俺を見て「……やっぱ、ここだと思った」とだけ言った。
IH予選で負けたときも、ここで悔しさを噛みしめていた俺の前に、日向が現れた。俺たちは黙ったまま、試合での己の未熟さを埋めるように、レシーブの練習をした。ひたすらにラリーを続けて、気づけば二人して、ただがむしゃらに行き場のない感情をぶつけていた。
あの時は、それでよかった。それでも、前を向いていられた。だって「次」があったから。
だけど、いまは。

「――――、ひなた」

俺は、縋るようにその名を呼んだ。涙交りの声が、体育館に響く。日向はくしゃりと顔を歪ませて、勢いよく駆け出して俺に抱き付いた。「っ、かげやま、」くぐもった声が、胸にしみる。ふわふわの橙色の癖っ毛に顔を埋めるように頬を摺り寄せて、胸の奥の穴を埋めるように。
すると日向も、ぎゅっと俺を抱く腕に力を込めて。

「……さみしい、よ」

日向が泣(つぶや)く。俺は声もなく、うなづいた。
どうしようもなくさみしくて、胸の穴から今まで溜めてきたもの全部が落ちてしまいそうで、何かで埋めなければと焦りに似た気持ちがあった。それはたぶん、日向も同じで。
俺たちはお互いの寂しさを埋めるために、自然と、なんの疑問も抱かずに、体を重ねた。それ以外の方法が、その時は思いつかなかった。
まるで暴力のような、嵐のような、――――お互いの傷を舐め合うようなセックス。決して、気持ちいいとは言えない、拙い触れ合い。それでも、指先から伝わる体温は、確かに心の穴を塞いでくれた。

「「つよく、なりてぇ」」

重ねた体の間で、二人して呟(な)く。そこでようやく、俺たちは前を向いて歩ける力を、手に入れた気がした。

それから、俺たちはことあるごとに体を合わせるようになった。日向の、俺よりも高い体温に触れていると、ひどく安心した。試合に勝って、感情が高ぶった時も、試合に負けて、気分が落ちかけたときも。――――王者、白鳥沢を倒し、全国への切符を手にしたときも。俺たちはお互いの感情を食い合うように体を重ねて、心に平穏を取り戻していった。

あれから、五年。

高校を卒業し、お互い、違う大学へと進学してもなお、その関係は続いていた。いや、もしかしたらあのころよりも、体を重ねる回数は多いように思う。
上京して、別々の大学でお互いのチームメイトを持って。普通なら、関係は疎遠になりがちだ。それでもこの関係が続いているのは、俺自身、不思議に思っていた。
あんなに、これ以上はないベストだと思っていた高校一年のころのチームが、二年になり、後輩が入ってきて、チームとして強くなるにつれ、だんだんと色あせていったのと同じように。
自然と、日向との関係も変わってしまうのだろうと思っていたのに、相変わらず、日向は何かあるごとに俺のマンションへやってきて、俺を抱く。そして俺も、何かあれば日向に連絡を取った。
――――今夜、来い。
たった一行のメール。それでも日向は、自分の住んでいるマンションから電車に乗って五駅はある俺のマンションへ、コンビニで買ったアイス片手にやってくる。「これ、すきだろ?」そんな、お決まりのセリフと一緒に。

なにも、変わらない。今までも、これからも。俺はそう思っていたし、日向だって、俺と同じように思っているだろうと、何の疑いもなく思っていた。
今日だって、そうだ。いきなり何の連絡もなくやってきた日向は、ひどく興奮した様子で玄関から入ってきたかと思えば「かげやま、抱かせて!」と、ソファーでくつろいでいた俺の上に跨ってきた。ぎょっとして、つい、「うっせぇボゲ!」と上に乗っかってきた日向を足で蹴飛ばしてしまったが、これはしょうがないことだと思う。ソファーから吹き飛ばされて、派手に倒れこんだ日向に、ちょっと罪悪感が芽生えたのが運のつき。日向は早々に衝撃から回復して、油断していた俺の体をソファーに押し付けた。
そして、この状況だ。大の男が二人して、ソファーの上で、余裕なんてかけらもなく体を重ねている。いつもの俺たちだ。
だから、いきなり振ってこられた「彼女」の話に、俺は豆鉄砲をくらった鳩のように驚くしかなかった。
彼女。恋人。
俺とは全く関係のない、異次元の言葉だと思っていた。でも、日向は言う。「彼女、つくんねーの」と。つまりそれは、俺に彼女ができてもいいと、自分も作るつもりなのだと、言っているのと同じではないのか。
ツキリ、と胸の奥が痛む。唐突にやってきたワケの分からない痛みに、俺は自分の胸元に手をやって首を傾げた。同時に、日向の上に乗っかって腰を振っていた体が、気が緩んだせいで深く腰を落としすぎてしまい、腹の奥まで入り込んできた。思わず、声が漏れた。日向も、いきなりのことに驚いたように顔をしかめていた。ざまぁみろ。少しだけ得意な気分になって、きゅう、と日向を受け入れているその場所を、意図して力を込めてみる。

「っ、じゃあ、お前は、どうなんだよ、っ」
「あっ? ん っ、う、おれ……っ?」
「彼女、つくんねぇのか?」

気持ちよさそうな声を漏らす日向に、俺は攻める手を止めずに問いかける。ぐちゅ、にちゅ、と濡れた音が絶えず響いて、それさえも興奮する。舌なめずりをして、自分の下にある体に手を這わせる。淡く色づいた肌は火傷しそうなほど熱く、しなやかな筋肉に覆われて、俺の手のひらに馴染んだ。
出会ったころはまだ薄っぺらだった体も、日々のトレーニングの積み重ねによって、逞しい男の体になった。身長はさほど伸びなかったが、その分厚みが増えたように見える。その変化は見ていて楽しく、「あのチビがなぁ」と感慨深い気持ちにもさせた。
日向はびくびくと体を震わせながら、大きなこげ茶色の瞳をふにゃりと緩ませた。

「おれ、は……、どう、かな……っ、? できたらいいな、とは、ぁっ、思う、けど」
「………そうかよ」

ツキリ、とまた。原因不明の痛みが襲う。痛みが走った心臓のある場所を撫でてみたけれど、何の変化も見られない。なんだったんだ、さっきのは。まるで小さな針で心臓を刺されたみたいな、ちくちくとした痛みだった。無視しようと思えばできないこともないけれど、妙に気になる痛み。
顔をしかめた俺を、日向は不思議そうな顔で見上げた。

「ど、した、影山……?」
「べつに、なんでもねぇ」
「なんでもねぇって、んな顔、してねーべ……?」

日向はゆっくりと上体を起こすと、同じように心臓あたりに手を当てた。「ここが、どうかした?」心配そうに指先が肌を撫でれば、嘘のように痛みが引いていく。代わりに、熱っぽい指先が胸の先端を掠めて、ふるりと腰が震えた。

「っ、あ、……」
「ん? ここ、きもちい? そういえばお前、ここすきだったよね」

にひ、と口角を上げた日向が、嫌な感じの笑みを浮かべた。とっさに逃げの体制をとったものの、それ以上に素早く両手を取られてベッドに押し付けられて、動きを封じられてしまった。「はい、影山さん、確保―」なんて楽しげに笑いながら余裕の態度を見せる日向に、盛大に悪態をつく。

「っ、くそっ、はなせボゲ!」
「いーやーでーすー! っていうか、なんで逃げようとすんの。おれはただ、影山が乳首弄られんの好きだよねって言ってただけなのに」
「すっ、すきじゃねーよボゲ!」
「いやすきだよね? なんでうそつくの」

日向は呆れたように眉を下げながら、「いまさら、だろ?」舌を出して、右の突起にちゅうっと吸い付いた。同時に、腰の奥が痺れる感覚がして、ひっ、と引き吊った声が漏れた。びくびくと体を震わせる俺に、日向はニッと笑いながら反対側の突起に舌を這わせた。

「何年、お前のこと抱いてると思ってんの。きもちーとこ、ぜんぶ知ってるって」
「ん、んん……っ、あっ、さ、さわん、なっ、て」
「だめ」

にがさない、と日向の焦げ茶色の瞳が、下から俺を射抜く。心の奥底を見透かすような瞳は、出会った頃からちっとも変らない。俺はこの瞳がいちばん苦手で、――――たぶん、いちばん好きだ。目の前のコイツには、そんなこと絶対言わないけど。でも、この瞳を見るたびに、俺は強く思う。
今は、まだ。
この手のひらだけで十分だ、俺は。彼女だとか、恋人だとか、そんなことより。

「んでもさー。おれ的に、そういうのはまだいいかなーって。……つよく、なりてーもん」

日向が、俺の心を先読みしたかのように同じ言葉を言った。
つよくなりたい。
その言葉は、俺たちの間では絶対で、あの日誓った言葉と同じだった。
ただ部活に夢中だったあの頃と、何も変わらない言葉。それを日向が言ったことで、今度は胸の奥がムズムズと疼くのを感じた。さっきとは違う、少しも嫌だと感じない、胸の疼き。
当たり前だ、とか、おぅ、とか、そんな返事の代わりに、きゅ、と俺の手を握る日向の手を、逆に握り返す。「おっ」と声を上げた日向が、驚いたように目を見開いた。俺と目が合うと、小さく笑いながら手の力を込めてくる。ぎゅうぎゅう。力比べでもするみたいに、二人してお互いの手を強く握りしめていた。



「飛雄はさ、まだ続いてんの? チビちゃんと」

大学内部にある、ちょっとしたカフェ。置いているメニューもそれなりに安く、美味い飯を出してくれるし、軽く何か食べたいときにはよく利用するその場所で、次のコマまで時間があるため、暇潰しに立ち寄った。のんびりパック牛乳片手にバレーの専門雑誌を読んでいた俺は、降ってきた声に顔を上げた。聞き覚えのある声の主は、思った通り、中学時代の先輩であり、俺の目標でもあり、超えたい人物でもあり――――現在は同じチームに所属する、その人だ。

「及川さん」
「やっほー。相変わらず牛乳ばっか飲んでるね」

へらりと笑いながら手を振る及川さんの反対側の手には、見慣れたラベルの缶があった。

「そういう及川さんは、またカフェオレですか」
「そ。俺ってなんでも似合っちゃうからさ〜。って、こらこら、雑誌よりも先輩の話を聞きなさいよ」

話が長くなりそうだったので、雑誌の方に意識を戻そうとすれば、及川さんに雑誌を奪われてしまった。「なにするんですか」抗議の声を上げれば、「何じゃないよ!」と頬を膨らませた及川さんが、テーブルの向かい側に座って来た。

「なに? なんなの? 飛雄ちゃんってば、年々俺への対応が岩ちゃんにみたいになってきてない?」
「まぁ、岩泉さんとは連絡とってますけど」
「えっ、ホントに? 岩ちゃん、俺のメールとか全然返事くれないのに!」

ぶうぶうと、ここにはいない人への文句を言い始めて、更に長くなりそうな予感がひしひしとする。あまりひどいようであれば、強制的に岩泉さんに迎えに来て貰おうかと密かにスマフォを握りしめていたら、及川さんは頬杖をついてジトリとこちらを睨みつけた。「トビオちゃんってほんっと、かわいくないよね」

「こんなかわいくない奴のどこがいいんだろうね、チビちゃんは」
「? なにがですか?」
「何がって、いや、だってさ、こぉんな目つき悪くて自分よりもデカくて可愛げの欠片もない、しかも同性相手だよ? チビちゃんってもしかして、相当なモノズキなのかなって」
「……はぁ」

及川さんが何を言いたいのかよく分からなくて、俺は眉間に皺を寄せる。ちびちゃんって、もしかしなくても、日向のこと、だよな? 日向がモノズキ? そうなのか? っていうか、モノズキってなんだ?
脳裏に?マークを大量に飛ばしていたら、要領を得ない俺の返答に、及川さんは怪訝そうな顔をした。

「え? なになに? 飛雄、チビちゃんとは別れたの?」
「別れた? 日向とは確かに昨日会って、朝には別れましたけど……」
「ちがう! そういう意味じゃなくて、恋人としてって意味!」
「……こいびと……?」

またか。昨日といい、今日といい、俺の周囲では恋人やら彼女やらが流行っているのだろうか。
そういえば同じチームの連中も、誰それがマネと付き合い始めた、だの、そういう会話をちらほらしているのを聞いたことがある。あの二人は結局、どうなったんだろうか。
ぼんやり違う場所に意識を向けていたら、及川さんは困ったような怒っているような、よくわからない微妙な表情を浮かべた。

「あのさ、ちょーっと聞きたいんだけどね。……飛雄とチビちゃんって、付き合ってるんだよね? 恋人として」
「っ? はぁ? なに言ってるんですか、及川さん」

真剣な顔で何を言われるかと思えば。
俺と日向が付き合ってる? 恋人として? んな馬鹿な。ありえない。どうしてそんな風になるのか、相変わらず及川さんの思考はよくわからない。
心底ありえない、と思っているのが顔に出ていたのか、及川さんは「うそぉ……」と頭を抱えていた。

「ちょ、ちょっと待って? あのね、飛雄。こういことすっっっごく聞きたくないし心底どうでもいいし、ぶっちゃけ後輩のそういう話とかぜんっぜん聞きたくないんだけどさ。…………チビちゃんと、ヤッてる、でしょ?」
「やってる? なにをですか?」

バレーなら俺も日向もやっているが、と首を傾げれば、心底馬鹿にしたような顔で「飛雄って、ほんとお馬鹿さんだよね」と唸った。

「セックスだよ、セックス。えっち。飛雄、チビちゃんとしてるでしょ」
「はぁ、まぁ、してますけど」
「はいきた真顔! しかも、『え、なにか悪いんですか?』って顔やめてよ!」

うがぁ! と意味不明な唸り声を上げた及川さんが、机に突っ伏した。ぐるぐると人差し指で机に円を描きながら、「マジであのチビ野郎……」だの「信じらんない」だの、ぶつぶつ呟いている。
及川さんの奇行はいつものことなので、さほど気にすることもなく、もうそろそろ雑誌を返してもらえないだろうかと思っていたら、及川さんは机に伏したまま、ぽつりと呟いた。「飛雄は、それでいいの」

「何がですか?」
「何がって……。チビちゃんとの関係だよ。付き合ってないのにヤッてる関係って、どういう関係か、飛雄は知ってるの?」

机から顔を上げて、顎を机に乗せたまま、及川さんは拗ねたように唇を尖らせた。「セフレだよ、セフレ。セックスフレンド。わかる?」何度も言い聞かせられた。Repeat after me? と言われて、思わず復唱した。

「せっくすふれんど……」
「そう! 飛雄はそれでいいの!? チビちゃんの性欲処理の相手にさせられてんだよ!?」
「や、でも、俺も気持ちいいですし……」

むしろ、俺から呼び出すことのほうが多いくらいだ。日向とのセックスは気持ちがいいし、あの橙色の髪に触ったりするのは嫌いじゃない。
そう言うと、及川さんはすごく苦いモノでも食べたみたいな顔で「俺の後輩がド淫乱だったとか超笑えないんだけど」と何やら落ち込んでいた。

そうか。今の俺と日向は、確かに同じチームではないし、関係としてはチームメイトではない。かといって、友人、と呼べるかどうかは分からないし、(というより、友人ってどういう人間のことを言うのか、俺はいまいち分からない)、日向の関係に名をつけるとするなら、もしかしたら及川さんの言う通り、せっくすふれんど、という奴なのだろう。
いちいち関係に名前を付けるのも面倒だな、と思いつつも、そういうものなんだろうと、どこか他人事に捉えていた。

それよりもまずは、今日の自主練のメニューに頭を使うほうが、俺にとっては最優先事項だ。
そのためにも、奪われたままの専門雑誌をどう取り返そうかと、俺はそのことばかり考えていた。



「今日さ、いきなり大王様がこっちの大学にやってきて、なんかすっげぇ怒られたんだけど」

お前、なんか言った? と顔を合わせて早々に、日向が切り出した。その手にはオレンジ色の液体が入ったガラスコップが握られていて、俺は向かい側に腰を下ろしながら、「またオレンジジュースかよ」と呆れた。

「お前、今年で二十歳になったんなら、酒くらい飲めるようになれよ、オコサマ」
「うっ、うっせーな! しょうがねーじゃん! おれ、酒苦手なんだよ。なんか、苦いし。っていうか、それを言うならお前は今、おれよりも年下なんだからな!」

俺に食って掛かりつつも、日向は酒の味を思い出したかのように、うげ、と舌を出して苦々しい顔をした。
日向は今年の六月に、先に二十歳の誕生日を迎えた。そのとき、同じチーム内で誕生日会という名の飲み会をすることになったらしく、そこで飲んだビールがよほど苦かったのか、それとも強制的に飲まされて嫌な思いをしたのか、酒というものが苦手になっていた。
日向はそのときのことを詳しく語ろうとはしないが、よほど嫌な記憶として残っているようで、俺とこうして居酒屋で食べるときは、いつもオレンジジュースを頼んでいた。

「お前、いつもそれだよな。オレンジジュース。好きなのか?」
「まーな。それに、お前相手なら飲み物とか気にしなくていいしさ」
「………そうかよ」

ニッと笑った日向に、また、ムズムズとしたものが胸の奥を過った。けど、それは一瞬のことで、「お前、なに飲む?」とメニューを渡されて、俺の意識はメニューへと移った。
飲み物のページをざっと見て、牛乳がないことにがっかりする。「牛乳はねーぞ」日向が俺の思考を読んだように、メニューの向こう側で言っていた。わかってるっつーの。メニューをざっと見たあと、閉じる。

「………ウーロン茶」
「だと思った! すみませーん!」

日向は手を上げて店員を呼んで、俺が頼んだウーロン茶以外に、いろいろと食い物を注文をしていた。そのどれもが、俺が食べたいと思っていたものと同じなので、口を挟むことはせずに、注文を復唱する店員の声を聞いていた。
店員が下がって、その背中を目で追っていたら、「それでさー、」と日向はしゃべりはじめた。

「さっきも言ったけど、今日、おれんとこに大王様が来て、なんかすっげぇ色々怒られたんだけど。でも、なんで怒ってるのかいまいち分かんなくてさ。飛雄のことなんだと思ってんの! とかなんかそんな感じのことだったと思うんだけど……。だから、影山がなんか大王様に言ったのかなって」
「…………。あぁ、」

日向と及川さん、という構図がどうもしっくりこなくてすぐには思い出せなかったが、そういえば今日の昼間、俺と日向の関係がどうの、という話をした気がする。バレー雑誌とか、自主練のメニューを考えるのでほとんど忙しかったので、及川さんとの会話を半分以上忘れていた。
そういえばあのあと、結局 岩泉さんを呼んで、雑誌を返してもらったんだっけ。

「及川さんと、お前のことで話したといえば、話したな」
「えっ、ほんと? どんなこと話したんだよ」
「あ? ………、っと、確か……」

会話の内容を思い出そうとしているうちに、店員がテーブルにやってきた。「ウーロン茶になりますー」ドン、と机に置かれたウーロン茶を見て、不意に脳裏に閃いた。そうだ、そうそう、思い出した。

「俺とお前がセフレだって話だ」

がしゃんっ! と、俺の言葉と同時に甲高い音がして、何かと思えば、さっき店員が置いたウーロン茶のグラスが倒れ、中身がテーブルの上にじわじわと広がっていた。

「すっ、すみませんっ! すぐ拭きます!」

店員が、慌てて台拭きを持ってきて、ものすごい勢いでテーブルの上を拭き上げていく。そのすさまじい勢いに俺も日向も呆然と見つめていると、店員はテーブルを拭き終えるとすぐに真っ赤な顔をして「代わりの物をすぐにお持ちしますからっ!」と駆け足で奥の方へと消えていった。かと思えば、すぐに代わりのウーロン茶片手にテーブルにやってきて、「失礼いたしました!」と半ば滑り込むようにしてグラスを置いて、また奥へと消えていった。
俺はその背中を、感心しつつ見送った。

「すっげぇな、今の人。テーブルの上を拭く手の動き、見えなかったぞ」
「………はは。まぁ、びっくりしたんじゃないかな……」

日向はどこか乾いた笑みを浮かべながら、オレンジジュースを飲んだ。俺と反応が違う。んだよ、人がせっかく感動してんのに。お前はしねぇのかよ。ちょっとムッとしていたら、日向はゆっくりとグラスを置いて、「んで?」と俺の顔を覗き込んできた。

「おれとお前が、えーっと、セフレ? だって話をしたんだっけ? 大王様と?」
「おう。及川さんがそう言ってた。付き合ってねーのにヤるのって、そういう名前の関係らしい」
「ふぅん。そっか、それで大王様、おれんとこに来たんだ」

日向は納得したように頷いていた。「大王様も心配性だなぁ」と小さく笑みを零して、「大事にされてんじゃん」とどことなく嬉しそうな顔でそう言った。何が楽しいのか、終始笑みを浮かべたまま。

「実はおれも、同じような会話したんだよ、月島と」
「………」

月島、の名に、ぴくりとおしぼりに伸ばしかけた指先が反応する。
月島は日向と同じ大学に通っていて、今も同じチームでメンバー入りを果たしているらしい。時折、日向との会話の中で登場する月島は相変わらずそうで、別段、月島と連絡を取り合っているわけでもないのに、妙にアイツの状況に詳しかったりする。………全然、知りたくもねぇけど。日向が話してくるから、知ってるだけだし。っていうか、コイツら妙に仲がいいような気がするんだよな。高校んときも、二人で会話してるのをよく見かけたし、大学での様子は分からないが、日向の口からその名が飛び出す回数は、多いような気がする。
……だからって、それがなんだって、話だけど。
ちびちびとウーロン茶を飲みながら、黙って日向の話に耳を傾ける。

「月島がさ、だいたい、アイツとはどうなってんの? って聞いてきてさ。今でも会ってるけど? って言ったら、まだ続いてたの? って呆れた顔してた。高校からの付き合いデショ、いい加減飽きないの? って。飽きるってなんだよってハナシだよなー」
「……こういうのって、飽きんのか?」
「うーん。どうなんだろ? 少なくともおれは、お前のこと抱き飽きるとか、全然ないけど。影山は?」
「…………ねぇな」
「だろー? だからさ、飽きるわけねーだろって言ったら、セフレのくせになにその情熱、ってすっげぇ嫌そーな顔してた」

月島の嫌そうな顔と聞いて、俺は脳裏に、月島が苦々しい顔をしているのを思い浮かべた。ざまぁみろ。少し胸がスッとした。

「んでもさぁ、おれたちって、月島とか大王様が言うように、セフレなんかなぁ」
「俺が知るか」
「だよね。おれもわかんねーもん」

難しいことはわかんねーや、と日向は考えることを放棄した。そうこうしているうちに、運ばれてきた料理に目がいって、お互い夢中で口の中に入れることに忙しくて、そういう会話をしたことすら、記憶の片隅に残る程度だった。

「それよりさ! 今度の全日本の試合、見るよな?」
「当然だろ」

こういう会話の方が、結局、俺たちの間では何よりも優先される、一番大事なものなのだ。



それから、相変わらず俺たちの関係は続いていた。何かあれば日向は突然やってきたし、俺は日向に連絡を取る。そんな日々を繰り返して、――――数年後。
俺は大学での功績を認められ、全日本選手を多く抱える実業団へ入ることが決まり、同時に、一年後に控えたオリンピックでの代表選手候補となることができた。
対する日向は、同じく実業団からのオファーが来ていたものの、それを断り、海外のバレーチームに入団することを決めた。
俺がそれを知ったのは、実業団への入団が決まったその日。ようやく、夢にまで見た全日本選手への一歩を踏み出せた喜びのまま、日向に連絡を取ったときだった。
興奮気味に、早口で自分の状況をまくし立てた俺を、「よかったな」と電話口の向こうで日向は静かにそう言った。
いつもと様子の違う日向に、やけに静かな電話の向こう側に、どうかしたのかと言いかけて。

――――おれ、海外に行くことにしたから。

静かに、淡々と。日向はそう言った。もう、全て決めてきたのだと、その声が語っていた。
急に、目の前が真っ暗に暗転した。さっきまで、見慣れているはずの自室でさえ、キラキラと輝いて見えたはずなのに、今はもう、いつもの自室が目の前にあるだけだった。
唇が、スマフォを持つ手が、寒くもないのに震えていた。興奮で沸騰していた頭が一気に冷えて、キーン、と耳鳴りがした。足が宙に浮いているような、どこかに落ちてしまいそうな感覚。胸の奥に穴が開く、いやな、感覚。
その感覚には覚えがあって、俺はあの日と同じように、縋るようにその名を呼んだ。

「――――、ひなた」

ひなた、と何度読んでも、あの日のように返事はなく。
俺は反応のない電話口の向こうに焦って、叫んだ。

「っ、――――、こんや、こいよ……っ」

いつもの文句だ。これを言えば、日向は俺の元へ来てくれる。コンビニで買ったアイス片手に。
「これ、すきだろ?」そんな、お決まりのセリフと一緒に。
その、はずなのに。

『ごめん』

初めて、違う言葉を聞いた。聞き違いかと一瞬、勘違いした。だけど、電話口の向こうで『syouyo?』と異国交りの声で日向の名を呼ぶ声と、『sorry』と日向の聞きなれない声が聞こえた。不意に、高校での日向の、英語の成績が存外よかったことを、今になって思い出す。そして、大学でどんな勉強をしていたのか、俺は全く知らなかったという事実も。それに気づいて、俺は分かってしまった。
日向は、もう。

『もう、そっちには行けねーんだ』
「………っ」

柔らかな日向の声。こんなにも近くで聞こえるのに、どこを探しても日向の姿はない。当然だ。日向は、俺と同じ国にはいないのだから。
つけっぱなしのテレビから聞こえてくる笑い声が、うるさい。対して面白くもないお笑い番組があっていて、芸能人たちが無責任に笑っている。その笑顔が妙に嫌で、俺は乱暴に電源を切った。
途端に静かになる部屋。日向も黙ったままで、嫌な沈黙が下りる。
このまま、電話を切ってしまおうか。でも、切ってしまったら、何かが終わってしまう気がして、それが怖くてスマフォを耳にあてたまま動けずにいた。
数秒の間。すぅっ、と耳元で、ちいさく息を吸う音がした。なに、と思った瞬間。

『おれは! 今よりももっと、もっと、もっと! 強くなってやるかんな!』
「!」
『そんで! お前のこと、ぶっ倒してやるから! それまで待ってろ!』

またな! と日向は一方的に叫んで、一方的に電話を切った。ツー、ツー、と聞こえてくる電子音を、呆然と聞き入った。
いま、日向はなんて言った? Repeat after me? となぜか及川さんの声が脳裏に響いて。
強くなる? 俺のことを倒す? ………そんなの。

「………ッあんの、ボゲッ! 俺がっ、おとなしく待ってるわけ、ねぇだろ……っ!」

くそボゲ! あほ! 俺の方が、お前よりももっと、強くなってるに決まってんじゃねぇか……!

俺はじわりと滲む視界を袖で拭いながら、乱暴にスマフォの通話を終わらせる。日向への尽きない悪態を叫びながら、「ぜってぇ、まけねぇ!」と闘志を燃やす。日向が今以上の上を目指すというのなら、俺だって負けていられない。
胸の奥に開きそうだった穴はその熱で満たされて、逆に溢れ返ってしまいそうだった。
きっと、ずっと。
日向が対戦相手としてコートの向こう側に立つ瞬間まで、この熱は冷めない。そして、いつか同じコートに立って、また、同じ熱を共有するまで、燃え続けるんだろう。
果てない熱。
もし、この熱が冷めるときがくるとすれば、それは。

俺がバレーを辞めた、そのときだ。



体に入り込んできた熱が、大きくナカを穿つ。散々指で解されたナカは、その衝撃を柔らかく受け入れ、入ってきた熱をきゅうっと締め付けた。同時に、一番感じる場所を先端が掠めて、びくんっと背中が反った。ビリビリとした電流のような快感が押し寄せて、とりあえず何かに縋りたくてシーツを握りしめた。火照った体に、シーツの冷たさがちょうどいい。
ナカに入った熱はビクビクと脈打っているのが分かって、ほぅっと息が漏れた。独特の圧迫感はあるものの、それを上回るほどの快感と多幸感に、全身が甘く包まれる。
小さく声を漏らして歯を食いしばっていた日向が、「だいじょうぶ?」と額に汗を浮かべて問いかけてきた。荒々しく息を吐いて、肩を忙しく上下させている。お前の方が大丈夫かよ、と聞いてしまいそうなほど、余裕のない顔。思わず小さく笑うと、日向は眉間に皺を寄せてムッと顔を歪ませた。

「んだよ……。お前、よゆーそうじゃん」
「あ? 俺が余裕あって、なんか悪いかコラ」
「や、別に悪くねーけどさぁ……。つか、顔怖いから、睨むのやめてよ、萎えちゃうじゃん」
「この状況でか? お前が? 本当に萎えんのか?」
「…………………………。なえねーけど」

心底不服だ、と言いたげな顔をしつつも、ナカにあるそれは萎える気配はない。むしろ少し大きくなったような気さえして、ぼげ、と悪態を一つ。

「今更、だろ。俺がお前に、何年抱かれてると思ってんだ。慣れもするだろ」
「それはそうかもしんないけど……。ほら、おれたちって会えてない時期もあったわけじゃん? なのに、お前は余裕そうだから、なんか、むかつくっていうか。おれがいない間、誰か他の人がいたのかなって」

ぶつくさと文句を垂れながら、日向はぐいぐいと腰を押し付けてくる。「今はおれのだけど」とぼそりと呟く声が聞こえて、いや、そこはお前のじゃなくて俺のだろ、と呆れた。
でたり、はいったり。繰り返す日向の熱は、海の波に似ている。じわじわとナカが濡れる感触がして、ほんの少しもどかしい。
もっと、もっと。
いちばんおくの、深いところまで。その場所がくれる快感を俺は知っていたし、日向だって、分かっているはずだ。なのに、日向はいつまで経っても激しく動こうとはせず、ゆっくりゆっくり、もどかしいほどの慎重さで、腰を押しては引いてを繰り返していた。
いい加減、もどかしすぎてイライラし始めたころ、日向はぴたりと腰の動きを止めた。中途半端に入ったままの熱は、どこか苦しそうに震えていた。
急に動きを止めたことに驚いて、顔を上げる。見上げた日向は、少し苦しそうに顔をしかめながらも、こげ茶色の瞳でじっとこちらを見下ろしていた。俺と目が合うと、目じりが下がってふにゃりとした笑みを見せた。「な、きもち、い?」囁くように、そう問いかけてくる。

「こうして、お前んなか、でたりはいったりすんの、すっげぇ、きもちいい。ちょっとだけ、きゅってすんの、かわいい」

はぁ、と熱い息を吐きながら、日向は俺の性器に手を伸ばした。日向の手のひらが、だらだらとしずくを零す俺の熱に触れて、きゅっと握りしめた。瞬間、軽く声が漏れてしまって、慌てて唇をかみしめた。「ほら、こんな感じ。きもちいいだろ?」ちょっと得意げな日向の声が、むかつく。
ぜったい声を出してやるもんかと思うものの、硬い手のひらや指が筋の部分や先端に触れるたび、堪えきれずに小さく声が出てしまう。日向はその度に、性器を弄る手を強くして、俺がもうやめろと根を上げるまで続いた。
ぐちゅぐちゅ、と先走りなのか何なのか分からない体液でドロドロになったそれが、激しく濡れた音を響かせる。それさえも興奮して、声を我慢することも忘れて、ただ与えられる快感に夢中になった。

「っ、あっ、もっ、おま、しつこい……っ」
「ごめ、お前が気持ちよさそうだったから、つい。………疲れた?」
「……っ、ぼげ。……、まだ、つかれて、ねぇ、よ」

ぜぇぜぇと荒い息を吐きながらも、俺はほんの少し強がった。本当は体がだるくてしょうがなかったし、このまま弄られていたら何か、出てはいけないものが出てしまいそうで、ずっと腰の奥がジンジンと疼いていた。
だが、それを言うのはなんだか癪だ。ので、つい強がりが口をついてでたが、日向の手が止まって、正直ホッとしていた、ら。

「じゃあ――――――、いれてもだいじょうぶ、だよね?」
「え、っ、て、あっ!? ちょ、ひなっ、……っ、っ、……ん! あ、ひっ、」

体の力を抜いた、その瞬間。
中途半端に入れられたままだった日向の性器が、ずんっ、と一番奥まで入ってきた。あまりの衝撃に、目の前が一瞬真っ白に染まる。息もうまくできずに喘ぐ俺を、日向はひたすらに奥へ奥へと入り込んで攻め立てた。

「う、あ、あ、ひ、ひな、っ、ひなたっ、も、やめっ、っ、くるし……っ」
「なんで? っ、は、かげやま、だいじょうぶって、いった、じゃん」
「や、やあっ、も、だめ、おくっ、おくだめ、って……!」

ぐりぐりと一番深い場所を抉るように突いてくる熱が、堪らない快感を呼び寄せる。いっそ恐怖を覚えるほどの深い熱に、体の震えが止まらない。あまりにも怖くて、思わず目の前にある日向の首に腕を回して、縋るように抱き付いていた。

「も、もうっ、やあっ!」
「や、じゃない、だろ? きもちーの、すきなくせに」

「だめ、やだ」と駄々をこねる子どものように嫌がる俺を、日向は少し苛立ったような荒々しい口調でそう言った。ぐ、とまた、さらに奥に入ってきたような気がして、ひっと引き攣った悲鳴が漏れた。ぞくぞく、と悪寒にも似た何かが背筋を駆け抜けて、ぴゅ、と性器から押し出されるように精液が迸った。脈打つように熱を放つ性器を、日向の指先がそっとなぞる。

「っ、!? あ、ああああっ! っ、このっ、ぼげっ、も、いってる、って!」
「ん、知ってる。すっげ、でてるし。かわいい」
「なら、も、さわんな! って、や、あっ! う、うごく、な……ぁ」
「ごめん、むり」

日向の両手が、俺の両足を掴む。そのまま、胸についてしまいそうなほど抱えあげられて、ぐちゅりと濡れた音がした。思わず音のした方、自分の股間あたりに目をやって、日向の筋ばった性器が、俺の中を出たり入ったりしているのが見えてしまった。ぬぽ、ぬぷ、といやらしい音が絶えずそこから響いていて、かぁっと頬に熱が宿った。
ひなたが、なかに、はいってる。
それをまざまざと見せつけられて、きゅう、と日向を受け入れているナカが強縮する。日向が軽くうめいて、「も、ごめ、……でる」と呟いた。同時に、日向の腰の動きが激しくなって、突き上げるようなその動きに合わせて、ぱち、ぱち、とお互いの肌がぶつかる音が響く。
ふわ、ふわ、日向の動きに合わせて、橙色の癖っ毛が揺れる。それを呆然と見上げながら、こみあげてくる射精感に悲鳴のような嬌声を上げた。

「あ、あ、あ、だめ、だめっ、やあっ! い、く、いっちまう、からぁっ!」
「ん、ん、いい、よ。あっ、いっしょ、いこ………?」
「ひ、や、あっ、ああああ―――――………っ!」

日向が、一際強く腰を押し付けて、一番奥の内壁を叩いた、その瞬間。
びゅく、びゅく、と日向の性器が弾けて、熱が一番深い場所に注ぎ込まれる。受け入れている浅い場所で、びくびくと脈打つのさえ感じてしまって、俺は自分が射精していることすら気づかなかった。
長い射精のあと、日向が倒れこんでくる。まだ深い快感の残る体に、熱を宿した体が覆いかぶさってきて、意図せずひくりと震えた。体がどこかへ行ってしまっていて、まだ、戻ってこない。ぼんやりと両手を投げ出したままでいると、日向の手のひらが、上からぎゅっと握りしめてきた。
俺も、どうにか指先だけでも力を込めて、握り返す。すると、それ以上に強い力で日向が俺の手を握りしめてきた。つよく、つよく。お互い、確かめ合うように。日向の硬い手のひらの感触は、――――今はもう選手ではないけれど、バレーが大好きなのだとわかる手だった。

日向と出会って、もう、二十年の月日が流れていた。
お互い、すでにバレー選手を引退していた。日向は三十二、俺は三十四のときだった。
日向の引退は、当時、少し早いのではと言われていた。二年後には世界大会も控えており、それまでは続けてもいいのではないかと。だが、日向自身、自分の身体能力が低下していることに気づいていた。自身の一番の武器である跳躍力が衰えれば世界と戦えないことを、日向は誰よりも分かっていた。
だから、少し早い引退を決めた。俺はそのことに反対はしなかった。……俺も、薄々は感じていたからだ。日向が年々、飛べなくなってきていることを。
だからこそ、日向は自らの意志で飛ぶことを止めた。日向らしい、幕の引き方だった。
対する俺はというと、日向が引退した二年後に行われた世界大会が終わってすぐに、引退を決めた。元々、世界大会を最後にしようと決めていたのもあったが、なにより……――――日向のいないコートはあまりにも、冷たかった。
そんなこともあり、俺は日向を追うように引退を決めた。
だが、俺も日向も、完全にバレーを辞めたわけではない。
その頃にはすでに、俺には全日本の専属コーチの依頼が来ていたし、日向は母校である雪ヶ丘中の男子バレー部のコーチを務めていた。
もう、バレー選手としてコートに立つことはなくなったが、今でもバレーが好きで、そのことには変わりない。
ただ、選手だったころのように、がむしゃらにボールを追いかけていた情熱はゆっくりと昇華され、熱を伝える側となることで、――――ようやく、バレー以外のことに意識が向くようになったことは、確かで。

「なぁ、影山」

握りしめた右手の、間。体の感覚が戻ってくるにつれ、二人の手の間に、何か、冷たいものがあることに気づいた。硬い、金属のような、それ。
日向は俺に倒れこんだまま、顔を上げることなく、そっと囁いた。



「―――――おれたちさ。一緒に、暮さない?」



ほんの少し、緊張したような硬い声。力のこもった右手の中の金属は、二人の熱が宿って温くなっていた。ぎゅう、と日向が強く握りしめてくるものだから、右手だけが妙に痛い。
そう、例えば、家の鍵のような、その金属が。

ばか。ぼげ。あほ。……………、ちくしょう、日向のくせに。

悪態が、喉の奥から込み上げてくる。それなのに、視界が滲んで、上手く言葉にできない。
黙りこくったままの俺に、日向が不安そうな声で俺を呼ぶ。「影山? だめ? いやだった? あっ、もしかして、家賃の心配とかしてる?」とんちんかんな日向の焦った声が、耳の奥をくすぐる。それは胸の奥をくすぐって、ムズムズとした疼きに変わった。
まだ、バレーに夢中だったころは、この胸の疼きがなんなのか、分からなかったけれど。
今はもう、知っている。俺は、もう、気づいてる。
日向の前でしか感じなかった、心の揺らぎの、意味を。
俺は分かっているのに、全部すっ飛ばして違う方向に走って行ってしまった日向を、俺は小さく笑って。

「―――――日向ボゲ。最初の言葉は、そうじゃ、ねぇだろ」

まずは、「すきだ」から始めよう。
バレーへの熱を、お互いへの熱に変えて。
そうしてようやく、俺たちは始まるんだ。

ひとつ屋根のした、ふたりで。





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