一人より二人、二つより一つ。

「……」

久しぶりの非番の前日の夜。土方はいつものように、馴染みの店に飲みに出かけた。
明日は、二週間ぶりの休日になる。その為、少しくらいハメを外して飲んだところで、仕事に支障はない。
そう思いながら、いつものように慣れた動作で店の扉を開けた瞬間、視界に飛び込んでくる銀色の天パ。こちらに背を向けているが、相変わらずクルクルと奔放かつ自由な髪と、白い着物姿に毒付こうとして、土方はピタリと動きを止めた。

「あ、多串君じゃん、久しぶり」
「……」

「……」

くるりとこちらを振り返ったその男は、何故か二人になっていた。
同じ死んだ魚のような瞳、銀髪の天パ。だが、服が違う。いつもの白い着物姿の銀時と、真っ黒な土方とよく似た着流しを着た銀時。

「えーっと、おおーぐし君?立ったまま寝てませんかー?」

おーい、と白い着物のほうの銀時が、ヒラヒラと手を振る。それにハッと我に返った土方は、改めてマジマジと二人を見た。だが、どこをどう見ても同じにしか見えないので、あぁ、と手を叩く。

「……ドッペルさんですか?」
「「や、違うから」」

銀時たちは、同時にそうツッ込む。まぁ、座りなよ、と進められた席は、二人の間の席で。若干座りたくなかったが、他の席はほぼ埋まってしまっている。
土方はため息をつきながら、しぶしぶその席に座ると、白い着物の方の銀時が嬉しそうに笑った。黒い着流しの方の銀時は、黙ったまま自分のお猪口を呷る。
どうも、こっちの黒い方は普段の銀時よりもやや無口のようだ。
土方はその姿をちらりと横目で見つつ、親父に向かって、とりあえずビール、と注文する。
間を置かずして差し出されたジョッキを受け取りつつ、今度は白いほうに目を向ける。

「んで?何がどうなってやがるんだ、お前ら」
「どうって……、まぁ、何ていうの?タイムトラベルっていうか、何と言うか」
「は?」
「だから、ぶっちゃけて言うなら、そっちの黒い方が過去の俺で、俺が未来の俺なわけ」

分かる?と聞かれて、俺は言われた言葉を脳内で復唱した。
つまり、俺の左側の黒い方が過去の銀時で、右の白い方が未来の銀時ってヤツ、か?
そう白い方に尋ねると、正解、と笑った。

「じゃあ、現在のアイツはどうしてんだよ?」
「さぁ?万事屋にいるんじゃねーの?」
「え、お前ら万事屋に行ってないのかよ」
「だって、過去の俺がアイツらに会うわけにはいかねーし。未来の俺も、アイツらに会うわけにはいかねーの。そんなことしたら、未来が変わっちまう。当然、過去が変わっちまえば未来も変わる。だから、俺たちは今の奴らと会っちゃいけないわけ」
「ふぅん?」

ま、タイムパラドックスを起こしちゃダメってことだな。
俺は納得しつつ、それまで黙ったままの黒い方の銀時を見た。横顔が、どことなく幼い。今は黒い着流しを着ているが、恐らくこの時のコイツは……。

「なぁ、お前は、なんでこの時代に来たんだ?」
「……。奴らに捕まって、変な機械に入れられたら、ここに来ていた」
「なるほど、な。……んで、白い方のお前は?」
「俺?俺は色々とあってね、間違ってタイムマシーンに乗っちゃってさ。でもま、タイムマシーンがあれば、俺もコイツも帰れるし。それなら、少しこの時代を満喫しておこうと思って」

そう言いつつ酒を呷る白い銀時。俺もそれに習うようにジョッキを傾けると、黒い方がじっと俺の方を見つめていることに気づく。

「……んだ?俺がどうかしたのか?」
「いや……、その……」
「?」

戸惑ったような様子に、俺が首を傾げていると、白い方がニヤニヤしながら間に入った。

「あ、どうせアレだろ?自分のタイプにドストライクな子がいるから、緊張してるんだろ?」
「え?」
「ち、違う!そうじゃなくって……!」

真っ赤になって慌てふためく様子に、俺はコイツもこんな純粋な反応をする頃があったのか、と感心する。白い方は自分相手に、反応が面白いのか弄くっている。

「そんな顔して否定しても無駄だって。なぁ、多串君?」
「や、俺に振られても」
「違うって言ってんだろ!」
「やー、若いねー」

うんうん、と頷く白い方。やけに年寄りくさいその台詞に、ん?と引っかかりを覚える。

「おい、お前幾つだ?」
「え?俺?俺は三十九だけど?」
「……」

自分を指差しながらそう答える白い方に、愕然とする。だって、今と全然変わらないからだ。これで十年近く経っているなんて、何か、詐欺だ。
白い方を直視できずに、黒い方へ視線を映す。するとばっちりと目が合って、ふい、と黒い方が視線を逸らせた。

「なぁ、お前は幾つなんだ?」
「……、十八」

ぽつり、と呟くように答える黒い銀時に、若いなぁと思う。まだ十代、か。
俺はその時には、近藤さんと出会っていた時期だと思う。あぁ、若いな。

「……、あの、多串君は、幾つなんだ?」

恐る恐るというように聞いてくる黒い方の銀時に、多串じゃねぇと答えようと思ったが、ここで名乗って影響が出てはいけないと思い、口を閉ざす。
まぁ、いいか、と俺は訂正をせずに、答える。

「今年で、二十六だ」
「二十六……」

じゃあ、俺とは八つ違いだ、とぽつりと呟く黒い方。
なら、俺とは十三だね、と笑う白い方

だけど、俺にとってはどちらも変わらない、「坂田銀時」という一人の男だ。
そう言うと、二人は同じ顔で、同じようにきょとん、として。
黒い方は顔を真っ赤にして、白い方は困ったように笑った。



しばらく、二人の銀時と酒を飲む。黒い方の銀時が未成年だったが、こんな時は二度とないだろうと黙っていた。
ほどよく酒が回って、気分がよくなってきた頃、白い方が、そういえば、と話を振って来た。少し黒い方を気にしているのか、やや声を潜めて。

「多串君は、もう『俺』と付き合ってる?」
「ブッ!」

俺は予想外のことを聞かれて、飲んでいた酒を噴出しそうになる。それを抑えて、ごほごほと咳き込みながら、白い方を睨む。

「なんてこと聞きやがる、このクソ天パ」
「や、だって。気になるし。未来の俺なら、別に知っても大丈夫だろ?……ね、どうなの?」
「……ッ」

する、と肩を抱かれて、俺は言葉に詰まる。やはり、見た目は変わらなくても十数年後の銀時は、今よりもずっと男の色気が増しているように思う。
俺は内心で戸惑いながら、半分やけくそになって、小さく頷く。

「あ、やっぱし?何となく、そんな気がしてたんだ」

ね、十四郎、と白い銀時はそれまで見せていた笑みとは違う、少し色の乗った笑みを浮かべた。それに少しドキリとしていると、横から痛いくらいの視線を感じた。
黒い方の銀時が、じっとこちらを見つめている。

「……ちょ、銀時」

アイツ、見てる、と白い方に告げると、白い方は黒い方をちらりと見て、にぃと口元を吊り上げた。やけに挑発的なそれに、なんでそんな瞳をするんだ?と思う。

「おい、ぎん……」
「若ければ、いいってもんでもねぇよなぁ……?」

なぁ?過去の俺。

そう、ニヤリと笑って。
銀時は、ちゅ、と俺の頬に唇を寄せる。

「……ッ!」

予想外な行動に、俺はビシリと固まる。それは黒い銀時も同じだったが、すぐにムッとした表情をして。

「いやぁ、やっぱやることが違うね。おじさんは」

フン、と強気に笑って、俺の左手を取る。そして。
小さく、手の甲にキスを一つ。

「おま、おまえら……ッ」

右も左も同じ男に囲まれ、万事休すな俺。
くそう、なんだってこの野郎はこんなに、いちいちキザいんだよやることが!

俺はぐっと唇をかみ締めて、俯く。今、自分の顔は真っ赤に違いない。

「「多串君?」」

同時に聞こえる、俺を呼ぶ男の声。あぁ、なんてことだろう。
この男には、過去も未来も叶わないなんて。

絶対に知りたくなかった。


END...?



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