月光に抱く

「……」

いつものように祓魔塾の講師が終わった後に、更に祓魔の依頼をこなした僕が寮に帰宅すれば、もう辺りは真っ暗になっていた。当然、同じ寮の同じ部屋に住んでいる兄さんは、もうとっくに就寝している時間帯だ。
明かりの消えた真っ暗な室内に、すぅすぅという規則正しい寝息が響く。時折むにゃむにゃと愚図る声が聞こえて、僕は吐息だけでクスリと笑った。
そして、そっと兄さんのベッドに近づく。窓から差し込む月の淡い青色がその横顔を照らして、まるで兄さんが青い炎を纏っているようだ。

この世界では忌み嫌われる、青い炎。悪魔たちを統べる王、サタンの力の証。
それを受け継ぐ兄さんもまた、この世界では忌み嫌われる。その、青い炎を纏うが故に。
だけど僕は、兄さんの青い炎が、嫌いじゃない。

ゆらり、と夜の闇を照らす青いそれは、まるでこの月光のように切なく、そして綺麗だ。
それは纏っている本人が、何よりも綺麗な存在だからだ。

子供のように無垢で、時に残酷なほど優しい、僕の兄さん。
僕はそんな兄さんが、とても愛しく思うのと同時に、とても憎かった。

「……」

たとえば、今。
この無防備な首筋に手を当てて、力を入れたなら。
たとえば、今。
この無防備な体に、弾丸を撃ち込んだなら。

じっと兄さんの寝顔を見つめながら、僕はぼんやりとそんなことを思う。
そしてこんな感情を抱く自分に、自分でも可笑しくなって笑ってしまった。
兄さんを守る。そう誓った唇で、兄さんを殺すユメを云う。
だけど、そんな風に考えるほど狂おしいくらいに、兄さんを愛している。
誰にも渡したくない。どこかに閉じ込めてしまいたい。そして、一生僕の兄さんのままでいて欲しい。そんな狂気をいつだって抱えている。

「……、兄さん」

僕は目の前の愛しい人を呼ぶ。
愛情と、憎悪を込めて。

「……ん、ゆき、お」

そして、そんな僕に、兄さんは眠っていても返事を返してくれるから。
たったそれだけで、僕は満たされる。愛しい人を、この手に掛けなくて済む。

いつだって僕は、貴方に救われて。
いつだって僕は、貴方に絶望している。

まるで、満ちてもまた欠けていく、月のように。

だから、ねぇ、兄さん。

いつか、貴方を殺してしまうかもしれない僕を、どうか。

どうか、許さないで。






そして今日も、僕は兄さんを殺す夢を観る。
穏やかな兄さんの寝顔を見つめながら、一人。
月光を、抱くように。







END

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