病院に行く

一番良く効くクスリは、薬品だとかじゃなくて。

病院に行く




「あー、調子悪ぃ……」

気だるい身体、熱を帯びた頭。痛む咽や関節に、俺は力なく唸る。
間違いない、これは風邪だ。しかも、ちょっとやそっとの風邪ではない。どうやら俺は世界の波に逆らって、また風邪菌をヒッチハイクしてしまったらしい。 俺がうんうんと唸っていると、神楽が心配そうに覗き込んできた。

「銀ちゃん、大丈夫アルか?いつもより目が死んでるヨ」
「大丈夫じゃねーよコレ。なんで俺だけこんなにヒッチハイクしてくんの?俺の身体は十五の夜じゃねーんだけど、盗んだバイクで走り出したくないんだけど」
「それだけ喋る元気があれば大丈夫ネ。しっかり休むといいヨ。今日はこのグラさんが変わりに仕事しておくから」
「……すっげー心配なんだけど。この前みたいになるから、大人しく新八んとこ行っとけ」
「えー」
「えーじゃねえよ。ほら、これで酢昆布でも買っていいから」
「マジでカ。銀ちゃん、風邪引いたら何か優しいネ」
「俺はいつでも優しいだろうが。っていうか、なんで風邪引いてる俺が優しくしなきゃいけないわけ?普通逆じゃね?」

アレ?と首を傾げていると神楽が、銀ちゃん、危なくなったらすぐに呼ぶアルよ!と元気よく去っていった。しっかりと三百円を握り締めて。
……ちゃっかりしてやがる。一体誰に似たんだか。
俺は苦笑を漏らしつつ、ぼんやりと天井を見上げた。何の変わり映えもしない木目を目で追いながら、ふ、と息を付く。
そういえば、熱計ってねぇや。……まぁ、これだと三十七、八弱ってトコだろ。
俺はそう思いつつ、枕の上に置いてある体温計を手に取る。万事屋の体温計は、口に咥えるヤツで、俺はじっとそれを咥えたまま待った。
ピピ、と軽い機械音。俺は体温計のメモリを見て、愕然とする。
「四十度って、おいいいいいい、コレ、え?コレ。え?四十?三十八じゃなくて?アレ?」

オイオイ、そんなに高けぇの?と俺は軽く混乱する。全然、そんな感じがしないからだ。だが、どうやらあまりにも熱が高すぎて、身体が逆にハイになっているらしい。

「あー、熱があるって分かると余計になんかキツイんだけどぉ」

 畜生、と口の中で毒吐く。熱を測ったのは逆効果だったかもしれない、なんて今更なことを考えつつ、布団に潜り込む。本当なら、病院に行くべきところなんだろうけど、体がだるくて動く気にならない。

「……一眠りしてから行くか……」

そうしよう、と誰にともなく言い訳をして、俺は瞼を閉じた。



行きつけの飲み屋。俺はそこで一人で飲んでいた。なんとなく誰かと飲む気分じゃなかったし、そんな俺に気づいたのか、店の親父もほとんど話しかけてこない。それが有難かった。
ぐ、と酒を煽って、ぼんやりと空を見つめる。喉の奥が焼けるように熱くて、相当強い酒を飲んでいるな、とどこか他人事のように思っていた。
すると、ガラ、と店のドアが開く音がして、親父がぱっと笑顔を作る。

『いらっしゃい、土方さん』
『おう』

入ってきた客は、真っ黒な着流しを来た土方だった。ドアに視線を向けていた俺と目が合うと、きゅっと眉間に皺を寄せた。俺はその表情に苦笑する。
……本当は、嬉しいくせに。
極度の意地っ張りな土方は、嬉しいことを素直に嬉しいと認められない。こうやって嫌そうな顔をしなければいけないほどに。

『よぉ、土方君。今日は随分と早いじゃないの』
『……仕事が早く片付いてな』

俺がヒラヒラと手を振って土方を呼ぶと、眉間の皺を濃くしながら、しぶしぶといった様子で隣に座った。本当、素直じゃないね。
土方は隣に座って、親父に注文していた。その横顔をじっと見つめていると、視線に気づいたのか、なんだよ、と怪訝そうにこちらを見た。
瞳孔の開いた瞳がこちらを射抜いて、へらり、と笑う。

『や、土方君だなーと思って』
『なんだよそれ。意味分かんねぇ』
『だろうね。俺もよく分かんないもん』

えへへ、と笑えば、テメェもう酔ってンのか、とため息をつかれた。でも、それでも気分が良くて笑っていると、土方は怪訝そうに俺を見て。

『……何があったか知らねーけど、笑いたくもねぇときに笑うんじゃねーよ。馬鹿』
『……』

そう言って悪態をつく土方。俺は笑いながら、そうだね、と返す。
確かに、さっきまでは笑う気なんて起きなくて、憂鬱な気分だったはずなんだ。だけど、それも土方の姿が見えたときから、ガラリと変わったんだ。
自分でも、単純だな、と思う。でもしょうがないじゃない。

『俺、土方君好きだなぁ』
『は?な、なに言ってんだテメェ!馬鹿じゃねえの!?』
『や、馬鹿じゃないよ。うん、ほんとのことだし』
『なお性質悪ぃわ!』

畜生、と真っ赤になりながら怒鳴る土方君。俺はそれに可愛いな、なんて思いながら、ぐっと酒を煽った。



は、と目が覚める。目の前には見慣れた天井。俺はぼんやりとそれを見上げて、アレ?と首を傾げる。さっきまで俺、飲み屋に居なかったっけ……?
どうも頭が混乱して、布団から起き上がる。だけど妙に体がだるくて、あぁそういえば風邪を引いていたんだった、と思い出す。
……なんだ、さっきのは夢か。妙にリアルな夢だったな。
俺は小さく笑いながら、ゆっくりと立ち上がった。病院に行かなければと思ったからだ。
風邪でだるい体は言うことを聞いてくれない。ブーツを履くのも面倒で、草履を引っさげて万事屋を出る。階段を一段降りるたびに眩暈がして、これはヤバイな、と思う。

「ちくしょー、風邪菌とサヨナラしたいぜ……」

出て行け俺の風邪菌!とすれ違う他人に移るように願ってみた。ちょっと虚しくなった。風邪で頭がヤられているみたいだ。

「あー、だりー」

こほ、と咳き込みながらウダウダ唸る。文句を言ったところで、この状態がどうなるわけでもないのに。
そうして、のろのろと歩いて病院へ行っていたはず、なのに。

「アレ?」

いつの間にか、病院とは反対側の、真選組屯所の前に立っていた。
門の前で、俺は首を傾げる。アレ?俺って、病院に行ってなかったっけ?アレ?何で屯所?
俺がしきりに首を傾げていると、門番が怪訝そうにこちらを見ていた。
アレ?もしかして俺、無意識に屯所に来ちゃった?
内心で、激しく動揺する。熱で朦朧とする思考回路は止まらなくて、頭痛が酷くなる。
こりゃ、益々ヤバイな、と思っていると、門から土方が現れた。

「あ?万事屋?」

すぐに俺を見つけた土方は、酷く驚いた顔をした。その表情を見届けて、俺は力なく笑って。
ふ、と意識が遠のいた。
遠くのほうで、慌てたような土方の声が聞こえたような気がした。



ふわふわと実感のない意識。俺はぼんやりと目を開ける。土方の顔が近くにあって、俺はゆるりと笑う。そのまま土方を見上げていると俺に気づいたのか、土方は俺を見下ろして心配そうな顔をした。
そしてそっと俺の額に手を当てる。

『まだ、熱はあるみたいだな』

ゆっくりと耳に心地いい低音が響く。俺は少し冷たい土方の手に擦り寄りながら、ふと今の自分の状態に気づく。
こんなに土方に近い距離で、しかもこの体勢、そして何より、頭に当たる少し固めの感触。
間違いない。全国共通、男なら誰もが一度は夢見るロマンの一つ。

ひ ざ ま く ら。

うん、そうに違いない。っていうか、絶対そう。そうじゃなきゃヤダ。
俺は土方を見上げながら、しんみりとする。や、すごく嬉しいんだけどね?あの意地っ張りで素直じゃなくて、ツンデレどころかバイオレンス・デレな土方が、俺に膝枕してくれているというこの状況は。
だけど、ね。たぶん、ね。コレ。

「あー……ユメ、かぁ」

俺は、ぽつり、と呟く。そしてまた、瞼を閉じる。完全に瞼が閉じる瞬間に見えた、きょとんとした土方の顔が、妙にリアルだった。



俺が現実を知るのは、あと少し。






おまけ。


「あー……ユメ、かぁ」

そうぽつりと呟いて、また意識を失った万事屋。俺は万事屋の額に置いた手を離しながら、まじまじと万事屋を見る。熱で赤い顔が、幸せそうに笑っている。

「……馬鹿な野郎だな、テメェは」

そう悪態をつきながらも、俺は自分の口元が笑っているのを確かに自覚していた。
早く、良くなれ。
そう願いながら、自由奔放に跳ねる銀髪をくしゃりと撫でた。



万事屋が目を覚ますまで、もう少し。





END.


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