放課後アイスクリーム




放課後。退屈な授業もやっと終わって、いざ部活へ行こうとしたら、今日は休みだったことを思い出した。上りきっていたテンションが、一気に急降下。一週間後に控えた中間テストのせいだ。テスト期間中はどの部活も活動停止して、テスト勉強に勤しまなければならないらしい。正直勉強はあまり好きではないし、その分練習していた方が絶対にいい。だけど、文武両道をモットーにしているらしい烏野高校は、頭の出来が悪ければそれなりのペナルティが付いてくる。放課後の補習やら、小テストやら。そんなのに時間を取られている暇はないので、ここは大人しく勉強しておくことにしよう。俺はしぶしぶ家に帰ることにする。
帰り支度を整えていると、携帯が震えた。誰だ? 画面を開いて、あ、とわずかに目を見開く。

『From 日向』
『影山まだ学校にいる? 一緒に帰らない? 放課後デートしよう!』

「っ、なっ!」

カッと熱が顔中に駆け巡った。とっさに声を上げてしまい、俺は慌てて周囲を見渡した。良かった、だれもいねぇ。ホッとしつつ、ちらりと携帯の画面を見下ろして、チッと舌打ちする。
ボゲ日向。何が放課後デートだボゲ。浮かれてんなくそが。部活ねぇ日は勉強すんだよ。お前だって俺とそう変わりねぇ成績だって知ってんだからな。………くそっ。

「………………ちっ」

舌打ちしながら、教室を出る。握りしめた携帯は熱くて、携帯が熱いのか俺の手が熱いのか、よく分からなかった。





「あっ、影山―!」

昇降口に向かうとすでに日向がいて、俺を見つけるとぶんぶんと手を振った。満面の笑顔で、悪気なんて一つもなさそうなその顔に、また、舌打ち。靴を履いて日向の方へ向かいながら、悪態をつく。

「テメ、変なメールしてくんじゃねぇよ」
「えっ、何が? おれ、何か変なメール送ったっけ?」
「これだよ、これ! なんだよこれは!」

ぐいっとメールの画面を日向に押し付ける。うぶっ、と声を上げた日向が、怪訝そうに画面を覗いて、盛大に眉根を寄せていた。

「これって、おれがさっき送ったやつじゃん。これのどこが変なんだよ?」
「変だろうが! この、放課後デートって!」
「え、別に、普通だろ? だっておれら、付き合ってるんだし」
「っ、っ」

さらりと寄越された言葉に、固まる。つきあってる。たしかに、そう、だ。でも、俺の中でそのことはまだ、整理がついていない。
一週間前、俺が日向に告白した。すきだ、と。本当は言わないでおこうかと思ったけれど、最近、やたらと新しいマネージャーと仲良くしている日向の姿を見ていたら、言わずにはいられなかった。日向は明るくて、名前の通り太陽みたいな奴だから、手を伸ばしたら火傷程度じゃすまないことくらい、分かっていた。それでも、いや、だった。日向は俺のものではないのに、取られたような気がして、怖かったから。
すきだ、と告げた俺に、日向は驚いた顔をした。大きな目を更に大きく見開いて、次の瞬間、むっとした顔をした。あ、怒らせた。もしかして、気持ち悪いとか思われた? つきり、と胸の奥が痛んだ、そのとき。

『おれがいつか言おうって思ってたのに、なんで先に言っちゃうんだよっ!』

怒鳴られながら、ぎゅうぎゅうに抱きしめられた。びっくりして固まる俺に、日向は怒ったような嬉しそうな、そんな変な顔をして。

『おれも、お前のことすきだよ』

そう言って、俺の好きな笑顔を見せてくれた。
………の、だけど。
あの日向と、まさか両想いになれるなんて思ってもみなかった俺は、これは夢なんじゃないかと未だに疑っている。あれから一週間経ったし、その間にも日向とは顔を会わせている。でも、バレーしているときも一緒に帰るときも、日向の調子は変わらなくて、だから、なんか、付き合っている、という実感が湧かずにいた。
だというのに、当の日向はのんびりとした様子で。

「だってさー付き合ってんのに、デートとかしたことなかったじゃん? いつも部活で顔合わせてるけどさ、他んときは全然だし。だから放課後デートしたいなーって。………だめ?」

下から覗きこまれて、言葉に詰まる。この目、苦手だ。真っ直ぐに俺を見る、日向の目。苦手で逸らしたいのに、逸らせない。

「べ、つに、だめじゃ、ねぇ、けど」
「よし! んじゃ、行こう! 放課後デート! なっ?」

ぐいっと強引に手を引かれて、校門を飛び出した。誰かに見られたらどうすんだ、とか、手いてぇんだけど、とか、言いたいことはたくさんあったはずなのに、俺の手を引く日向の横顔が楽しそうで、俺は何も言えなくなってしまった。

日向に連れられて最初にやってきたのは、学校の近所にある駄菓子屋だった。そこでは駄菓子の他にアイスも売っていて、よく先輩たちが部活の帰りに奢ってくれた。でも、なんでここなんだ? 首を傾げていると、日向がくるりと振り返って、俺を見上げるとニッと笑った。

「な、影山。お前はどれにする?」
「なにが」
「アイス」

日向が指さした先にあるアイスのメニュー表を見て、少し考えたのち。

「バニラ」
「あ、やっぱりバニラなんだな」
「?」
「お前、いっつもバニラじゃん」
「!」
「んじゃおれは、チョコにしよーっと」

おばちゃーん、と店の奥にいたおばちゃんを呼んでいる日向の背中を、俺は呆然と見つめた。
いま、コイツはなんて言った? いつもバニラ? たしかに、俺はアイスの味はバニラが好きだし、バニラを注文することがほとんどだ。だけど、まさかそのことに日向が気づいているなんて。………うれしいような、くすぐったいような。むずむずとして落ち着かない気分になる。
そわそわしていると、両手にアイスを持った日向が駆け寄ってきた。

「ほい、バニラ」
「ん」
「お前ほんっとバニラ好きだよなー。いっつも食ってて飽きねーの?」
「そういうお前だって、いつもチョコ頼んでるじゃねぇか」
「え?」
「この前だって、その前だって、チョコだった」

くるくると渦巻いているバニラの先端に舌を伸ばして、ぺろり、と舐める。ん、うまい。ほどいい甘さに満足していると、ぽかん、と呆気に取られた日向の手にあるチョコアイスが溶けそうになっているのが見えた。

「おい、お前の溶けそうだぞ」
「ぅえっ、あっ、やば!」

ハッと我に返ったように肩を跳ねて、慌ててアイスにかぶりつく日向。その横顔がやけに赤い気がして、今日はそんなに暑いだろうか、なんて空を仰ぐ。隣でぼそっと、これだから天然は、とかなんとか呟いていたような気がしたけど、再び見た日向は一生懸命アイスにかぶりついていて、気のせいかと思った。
に、しても。そんなに一生懸命食わなくてもいいのに、日向は小さな子どもみたいにアイスに夢中になっていて、急に、胸が苦しくなった。
ひなた、ひなた、ひなた。胸の奥から、日向の名前だけが込み上げてきて、くるしい。
ぎゅう、と無意識の内にアイスを握る手に力がこもっていたのか、どろりと溶けだしたアイスが指先を濡らした。

「っ、げっ!」
「あーあ、何やってんの。もったいないじゃん」
「うっせぇボゲ」

くそっ日向のことを考えててぼーっとするとか、らしくねぇ。舌打ちしながら、指についたバニラを舐める。すると、そんな俺をじーっと見つめていた日向が。

「ねぇ、お前さ、いっつもバニラ頼んでるけど、おいしいの?」
「あ? まぁ、そうだな」
「ふーん。………じゃあさ、ちょっとちょーだい」
「え? あ、あぁ、いいぞ」

ほら、とアイスを差し出した。のに、日向は受け取ろうとしない。ただじっとアイスの付いた指先を見上げて。

「ちがう。こっち」

ぐい、と俺が舐めていた指先を取って、まだ付いていたバニラアイスをぺろり、と舐めた。ぬるい日向の舌が、指に触れる。柔らかな感触が指先から付け根まで走って、ぞく、と背筋に妙な感覚が走った。

「っ、な、に……?」
「んー、甘い」
「と、当然、だろ。バニラ、だし、」
「うん、それもあるんだろうけど、それだけじゃないっていうか。……なんだろ?」
「し、るかっ、つか、指、離せって!」
「いいじゃん、別に」
「よくねぇ! ほら、バニラ食いてぇなら、こっち食えばいいだろ!」

ぺろぺろと犬みたいに指を舐められて、そのたびにぞくぞくする感覚が嫌で、俺は持っていたバニラを差し出した。だけど日向は、頑なに指を離そうとはしない。指に付いていたバニラはなくなったのに、それでも舐めるのを止めてくれない。

「ひな、日向! も、止めろ、って」
「やだ。なんか影山の指って、甘いんだもん。すっげぇ、おいしいよ」
「っ、んなわけねぇだろ、ぼげっ。離せ!」
「んもー、しょうがないなぁ」

しぶしぶ、というようにやっと指を解放してくれて、俺は勢いよく指を引っ込めた。

「あっ、なんだよその反応。傷つくんだけどっ!」
「うっせぇ! お前が悪いんだろボゲが! 人ん指ぺろぺろ舐めやがって! 犬かお前は!」
「だって、甘かったんだもん」
「っ、っ、しるか!」

ぶぅぶぅ文句を言ってくる日向に、何故か心臓が煩い。? なんでだ。アイスはどろどろに溶けてしまったし、指はべとべとして気持ち悪いのに。………わかんねぇ。

「ふー、食った食った! ごちそうさま!」
「ごちそうさまでした」

半分以上溶けてしまったアイスを何とか完食。アイスのコーンに巻き付いていた紙を捨てて、のんびりと肩を並べて歩く。ふわふわと揺れる橙色の髪をぼんやりと眺めていると、日向がこちらを見上げて笑った。

「アイス、美味かったなー。また今度食いに行こうな」
「あぁ、そうだな」
「へへ。んじゃ、今度行くときは、おれ、バニラにしてみようかなー」
「? なんでだ? お前、いっつもチョコじゃねぇか」
「ん? だってさ、」

すきな奴がすきなもん、おれもすきになりたいから。

ちょっと照れくさそうに笑う日向に、どっ、と心臓が今までで一番大きな音を立てた。ぎゅう、と息ができないくらい苦しくなって、ようやく、この心臓の音が何なのか分かった。
そうか、この音は、俺が日向をすきだっていう音だ。
煩いくらいに波打つ心臓の音が、今度はなんだかうれしくなってきて、俺は緩みそうな顔を無理やりごまかした。バニラ、バニラ、と上機嫌に鼻歌を歌う日向に、俺だって、と思う。
俺だって、日向、お前のすきなもの、すきになりたい。

「―――……なら、俺も今度は、チョコに、して、みる………」
「! おうっ」

ぱぁ、と表情を輝かせた日向が、眩しいくらいの笑みで大きく頷いてみせた。

「じゃあまた、放課後デート、しような!」
「………ん」

指切り! と小指を差し出してきた日向の指に、指を絡める。小さな子どもみたいな約束の仕方。だけど、絡めた小指は熱いくらいで。

「うそついたら針せんぼんのーますっ、ゆびきったっ!」

パッ、と離された小指。ぜったいのぜったいだかんな、と日向は何度も念を押していて、しつこいんだよ! と怒鳴れば、嘘ついたら針千本なんだぞ、とぞっと青ざめた顔をしていた。

「針千本も飲まされるなんて、ぜってぇ嫌じゃん」
「それはそうだろうが、俺は嘘ついたりしねぇよ。………また放課後デートして、今度はチョコアイス食う。………絶対だ」
「だな!」

よっしゃー! と気合を入れた日向が走り出す。小さくてすばしっこい日向は、あっという間に道の向こうまで駆けて行って、その素早さにいつも驚いてしまう。

「かげやま! 早く来いよ!」
「テメ、いきなり走るんじゃねぇよ!」

前を走る日向を追いかけながら、次の放課後デートはいつだろう、なんて楽しみにしている自分がいて、俺は走るスピードを上げた。ぐん、と速度を上げたことで日向に追いつきそうな俺に気付いた日向が、ぺろり、と唇を舐めて。

「んじゃ、こっからあっちまで競争だ!」
「望むところだボゲ!」

わぁわぁ怒鳴り合いながら、俺たちは沈む夕日の向こうまで駆け出していた。






後日。
駄菓子屋のおばちゃんから、バニラとチョコのミックスがあることを聞いて、俺たちが感動するということがあるのだけれど、それはまた、別の放課後の話。


おわり


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