JENGA SAMPLE




は、と目を開けると、視界が真っ暗だった。ゆっくりと起き上がって周囲を見渡してみると、どうやら俺はあのまま寝てしまっていたらしい。夕暮れの赤い日差しが差し込んで、室内を真っ赤に染め上げていた。
窓の外から、他の生徒の声がする。多分、運動部の奴らだろう。時折、キャプテンらしいヤツの激が飛んでは、はい!と返事を返す声が聞こえた。
その声以外は何も聞こえない。銀八は、そして土方は、帰ったのだろうか。
俺は自嘲気味に笑って、頭を抱えた。
ひどく、可笑しな気分だった。それこそ、声を上げて笑いたいくらいに。

「く、くくく……」

どうしようもねえな、と思う。でも、しょうがねぇじゃねえか。こんなに苦しいのに、それでも俺は。

「ぎん、ぱち……―――」

てめぇが、好きなんだ。

けだるい体を誤魔化しながら、俺はゆっくりと学校を後にした。グラウンドには各部活の生徒がいて、それぞれに汗を流している。その姿をぼんやりと追いながら、俺にもあんな時期があっただろうか、なんてことを思う。遠い昔、まだ先生がいた頃は今よりもずっとヤンチャだったような気がする。まぁ、今でもそれが治まったとは到底言えないけれど。
俺がグラウンドを眺めながら歩いていると、校門の前で立っている長身の男が目に入った。もじゃもじゃ頭のソイツは、俺が歩いてくるのが分かって表情を輝かせた。

「紳助!」
「……晋助だっての」

その溢れんばかりの満面の笑顔に、ふ、と口元を緩める。悩みのないようなその笑顔には、ついついつられてしまう。

「今帰りか?何なら送ってやるきに」
「オイオイ、俺みたいな生徒を特別扱いしてたら、色々とまずいんじゃねーの?」
「大丈夫じゃ。紳助は具合が悪そうじゃったし、担任の銀時も心配しちょったしの」
「……そうか」

ずるい野郎だ、と思う。コイツも、アイツも。
にっこり、という擬音が付きそうな笑顔に、俺は内心で毒を吐いていた。多分、目つきも悪くなっていたかもしれない。辰馬が紳助?と不思議そうな顔で俺を見下ろしたから。
俺は何でもねぇよ、と答えながら、ザワついていた心を落ち着かせていた。
辰馬の車に乗って、俺はぼんやりと窓の外を眺める。通りすぎる他人たちは、皆笑っていて、どうしてそんなに笑えるのだろう、と思う。そしてそんなことを思う自分に、苛立った。
内心で舌打ちをしていると、車が止まった。信号に引っかかったみたいだ。窓の外で信号待ちをしていた奴らが、歩き出すのを見た。
その人ごみの中を何気なしに見ていた俺は、ふ、と見知った姿を見た気がして、息を止めた。
銀髪天パなんてそう居る髪型ではなくて、俺はすぐにその姿を完全に目で捉えることができた。
……―――、銀八。
学校からの帰り道だろうか、いつもの白衣は着ていなくて、センスの悪いシャツとネクタイだけの姿で、信号が変わるのを待っていた。
どき、と心臓が高鳴る。その姿から目が離せない。銀八はこちらに気づいていなくて、尚更、その姿を見つめることができた。
あぁ、どうして。見ているだけなのに、こんなに心が騒ぐ?
俺がじっと銀八を見つめていると、銀八はフッと、何かを思い出したかのように、笑って。その横顔に、俺は手のひらを握り締めた。
分かってる。今、アイツが何を考えて、誰のことを想っているのか、なんて。
こんなに、近くにいるのに。こんなに、遠い。
俺は銀八から目を逸らせて、車のシートに体を沈めた。手が震えて仕方なかったけれど、シートに爪を立てて誤魔化した。
その、時。

「!」

運転席の辰馬が、手を伸ばして。
ぎゅ、と俺の手を握り締めた。

俺は俯いたまま、ただ、黙ってその手に委ねていた。
辰馬も、何も言わなくて。
俺は誰にともなく、馬鹿野郎、と呟いた。


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