銃口の先




僕の兄さんは、誰よりも強くて優しいから。
だから僕は、いつだって銃を握り締めて、その銃口の先を探している。





兄さんが大怪我を負ったと聞いたのは、僕が講師の仕事を終えて帰宅する途中だった。携帯にシュラさんから着信があり、任務で悪魔祓いをしていた途中に悪魔からの攻撃に合い、兄さんが重症を負った、という話を聞いた。
兄さんはサタンの焔を受け継いでいるから、僕かシュラさんの監視の下でしか任務に付けない。だから、兄さんが怪我を負ったと聞いて、まず一番最初に思ったのは、シュラさんが付いていながら何故、という怒りだった。
僕はその怒りを内心で殺しながら、兄さんのいる医務室へと向かう。僕以外の人間が、兄さんの手当てをするのが許せなかったし、何より兄さんの状態が心配だ。
駆け足になってたどり着いた医務室では、シュラさんが苦々しい顔で僕を出迎えた。僕は軽くシュラさんを睨みつつ、兄さんは?と尋ねる。するとシュラさんは目線で奥のベッドを指して、僕はそちらに向かった。

「……!」

ベッドに横たわる兄さんを見て、絶句する。兄さんは両手と両足を拘束、猿ぐつわまでされながらも、それを解こうと必死にもがいていた。ざっと見たところ、外傷に目立った傷はない。ということは、今の兄さんの状態からすると、内部、つまり兄さんの体内に何か起こっているのだと、僕は理解した。

「うぅ……ッ、ふ……!」

兄さんはまるで痛みに耐えているかのような顔をして、呻いている。僕が来たことにも全く気づいていない様子で、その瞳にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
その様子を、僕は黙って見つめた後、シュラさんを振り返る。彼女は僕の顔を見て目を見開いた後、盛大に眉根を寄せて。

「すまん。これは完全に私のミスだ」
「それは分かっています。それよりも、なぜ兄さんがこんなことになっているのか、説明して下さい」

僕が淡々と言い放つと、それが、と兄さんを見下ろして。

「今回の依頼は、少女に取り憑いた悪魔を祓う、というものだった。悪魔自体もそこまで大物じゃなかったし、すぐに終わるだろうと思ったんだが。燐が突然、悪魔を祓うなと言い出した。ワケを聞けば、その悪魔が取り憑くことによってその少女は生きている。そのことを悪魔自身から聞いたんだって言い出して。私も絵空事だと思ったが、その少女も悪魔に取り憑かれているにも関わらず私たちに非協力的だったし、こりゃあ燐の言っていることは合っているな、ということになった」
「……」
「こういう場合、選択は二つ。悪魔を祓って少女を殺すか、悪魔を祓わずに少女を生かすか。だが、正十字騎士団として、悪魔が憑いた人間を放置しておくわけにはいかない。だったら、その少女を騎士団の保護下に置けばいい。そういう話になった。それなら悪魔を祓わずに、少女も生きることができる。少女も悪魔もそれに了承して、話は万事上手くいくはず、だった」
「だった、ということは、何か問題でも?」
「あぁ、その子の親が、悪魔を容認する娘を罵りだしたんだ。私は止めようとしたんだが、それよりも早く親がその子に手を上げそうになって。それで、それを止めようと悪魔が騒ぎ出し、親を殺そうとした。それを、燐が間に入って止めた。……自分の体を、盾にして」

シュラさんは兄さんを見下ろして、ほんの少し悲しげな顔をした。話を聞きながら、あまりにも兄さんらしいその行動に呆れながら、兄さんが兄さんである以上、仕方のないことだと思う。
兄さんは、何も悪くない。兄さんは馬鹿で、優しいひとだから。
だから兄さんがこうなったのは、兄さんのせいじゃない。
僕は眼鏡を押し上げつつ、シュラさんを見て。

「シュラさん、兄さんの拘束を、解いてください」
「え?いや、でも」
「いいから。解いて下さい」
「……、分かった」

真っ直ぐに見つめる僕に何かを感じ取ったらしい、シュラさんは険しい顔で頷いて、印を唱える。同時に兄さんを拘束していたものがなくなって、兄さんは大きく体を跳ねさせて、叫んだ。

「う、あああああああああッ!」

悲鳴にも似た、絶叫。
耳を塞ぎたくなるような悲痛なそれに、だけど僕は表情を変えることなく兄さんの傍に近寄った。兄さんは自分の腕に爪を立てて、必死に耐えていて、掻き毟るというより抉るようなその両手を取った。そして、兄さんの体を強く抱きしめて。

「兄さん」
「う、あ……ッ!く、ふぅうう」
「兄さん、僕だよ」

抱きしめた体は燃えるように熱くて、まるで兄さんの焔が溢れ出しているようにも思えた。背中に回した兄さんの両手が僕の背を引っかいて、多分、背中は溢れ出した血で真っ赤になっているに違いない。ガリ、と背中の肉を抉る音が響いて背中が熱を持つ。
それでも僕は兄さんの体を離さずに、更に強く抱きしめた。

「兄さん」
「ううう、あ、ッ、あああああああ!」

びくん、と跳ねる体を抑え付けて、兄さんの耳元で兄さんを呼び続ける。兄さん、と何度目かの呼びかけに、兄さんの体が違う反応を見せて。

「は……ゆ、き……?ッ」
「うん。そうだよ、兄さん」
「あ、う、雪ッ……!」

初めて、兄さんが僕を認めた。その瞬間、兄さんの瞳から涙が一つ流れて、初めて兄さんはその唇で、苦しい、と言った。

「あ、あついんだ……!あつくて、くるしい……ッ。たす、たすけて……ッ」
「うん。大丈夫、僕が兄さんを助けるよ」

兄さんに向かってそう微笑みながら、僕は背後にいたシュラさんを呼んだ。それだけで彼女は察してくれたらしく、部屋を出て行った。恐らく、しばらくは誰もここには来ないよう、手配してくれるはずだ。
察しのいい人で助かる。これから僕がしようとしていることは、人に見せるようなものでもないし、僕は構わないけれど兄さんが嫌がるだろうから。
僕は小さく笑いながら、完全に人の気配が消えたことを確認して、懐からある薬を取り出す。
恐らく、兄さんが受けた悪魔の攻撃は、神経系の毒物。普通の人間なら死に至るような強烈なものだろう。だが、兄さんは半分は悪魔だ。体のつくりは人間だけれど、その生態は悪魔のもの。毒を受けたとしても死にいたることはないだろう。ただ、半端な悪魔の力がその毒を消そうと作用して、激痛を起こしている。そうと見てまず間違いない。
だとしたら、下手に解毒剤を飲ませるのは得策ではない。体が解毒しようとしているのに、それを助長させたらますます兄さんは苦しむだろう。
それなら、毒を持って毒を制す。受けた毒物と同等の毒を摂取し、相殺させる。それが今僕にできる最善の治療だ。

「兄さん、コレ、飲める?」
「……っふ」

僕は手に持ったカプセルを兄さんに見せた。だが、兄さんは首を横に振って、むり、と途切れ途切れになりながらそう言った。自分で飲めないのなら、とる方法はただ一つ。
手の中の白いカプセルを口に含んで、僕はそっと兄さんの唇に自分のそれを重ねた。下で兄さんの口を開かせて、カプセルを押し込む。少し拒んだ様子を見せる兄さんの舌を絡め取って、深く唇を合わせた。そのうち、ごくん、と兄さんがカプセルを飲み込むのを感じて、唇を離す。

「ゆき……?」
「うん。今クスリを入れたからね。多分、もう少ししたら利いてくると思う」

まだ苦しげな兄さんの頭を撫でながら、僕は反対の手で兄さんのシャツのボタンに手をかける。多分、神経系の毒物を混入された場所があるはずだ。そしてシュラさんの話を聞く限りでは、恐らく上半身にその痕があるだろう。
シャツを広げてみれば、やっぱり腹部のところが紫色に変色していた。ここだな、と思いながら、そっとその場所に唇を寄せる。すると、びくん!と大げさなほど兄さんの体が跳ねて、クスリが利いてきたことを僕に教えた。

「あ……!?ゆきッ……お?な、何か……ッ」
「体が熱いでしょ?大丈夫、クスリが利いてきてる証拠だよ」

言いながら、紫色の部分に舌を這わせる。兄さんはそれだけで体を硬直させて、微かに声を漏らした。
兄さんに投与したのは、まぁ、ぶっちゃけて言えば媚薬のようなものだ。神経系の毒物を相殺する毒物でありながら、その作用は体が敏感になり欲情するだけ。そして兄さんが悪魔であることもまた、媚薬を選んだ要因の一つだ。
悪魔は、快感や快楽に弱い。それなら、体の痛みも誤魔化せるだろう、と。

「ん、や……雪……」
「心配しないで、好きなだけ感じていいよ」

言いながら、兄さんの胸に手を伸ばす。クスリのせいで敏感になったためか、少しいじっただけで、硬く立ち上がる。その感触を楽しみつつ、左の胸を口に含んで吸い上げた。

「ひ、あっ!や、いや!そこ……っ」
「何が?何が嫌なの?こんなに、ココは悦んでるのに」
「ふあッ、うぅん……!」

きゅう、と微かに歯を立てると、兄さんの腰が跳ねた。さすが、凄い効き目だな、と思いつつ、兄さんのズボンに手をかける。下着と一緒に一気に引き下ろすと、もうすでに熱を持って涙を流す兄さんのソレが目に入って、小さく笑う。

「ほら、兄さん。ここ、こんなに濡れてるよ」

兄さんの熱を手のひらで包んで、上下に扱く。すると兄さんはいやいやと首を振って、上へと逃げようと体を捻らせた。それを抑え付けながら、兄さんの胸から唇を離して、ゆっくりと下に滑らせる。反応を示すその熱の先端に軽くキスをして、ねっとりと口に含んだ。

「やあッ!ッ、も、だめ……、ゆきぃッ……!」
「出そう?」
「う、んんッ……も、でる……!」
「そう……」

切羽詰った兄さんの声に、僕は含んだ兄さんの熱をちゅう、と強く吸いあげた。その瞬間、兄さんは目を見開いて。

「や、ッ、ああっあああ!」

声を上げて喘ぎながら、兄さんは熱を吐き出した。僕はそれを受け止めつつ、顔を上げる。兄さんは熱を吐き出してぼんやりとしていて、どうやら射精とともに毒を吐き出せたらしい。ホッと安心しながら、脱力したまま意識を飛ばそうとしている兄さんに向かって微笑んだ。

「もう大丈夫。ゆっくり休みなよ」
「……ん。……ゆき……」

兄さんは眠たそうな顔で微笑んで、すっと意識を失った。その体をゆっくりとベッドに横たえて、シャツのボタンを留める。すぅすぅと安らかな寝息を立てる兄さんの顔を見下ろして、ベッドから降りようとして、くいっと裾を引かれる感覚がした。

「?」

何だ?とその場所を見れば、兄さんが僕のシャツの袖をしっかりと握り締めていて。無意識の内に握ったのだろうそれに、苦笑した。

「……すぐ、帰ってくるよ」

僕はその手をシャツから離して、ちゅ、と唇を落とす。その後に、額にもキスを落として、手を離した。こんな風に甘えてこられては、本当ならずっと傍についていてあげたいけれど。
……僕には、やることがあるから。
少し後ろ髪を引かれつつも、僕は部屋を後にした。あまり音を立てないようにしつつ扉を閉めて、スッと腰に手をやる。握り締めた銃の感触を確かめつつ、カチリ、と安全装置を外した。
……―――さぁ、悪魔祓いを始めよう。
僕がクスリ、と笑うと、廊下の向こう側から、シュラさんがやって来た。シュラさんは僕の顔を見て、ひくりと口元を引きつらせていた。

「おいおい、随分と物騒な顔してるな。それで人でも殺しに行くのか?」
「いえ?……悪魔を祓いに行くだけです」

答えながら、シュラさんの方へと歩き出す。彼女はため息を吐きながら、でも僕を止めようとはせずに。
ただ、すれ違う瞬間。

「早く帰って来いよ」
「当然です」

それだけを言って、僕を見送った。背中に彼女の視線を感じつつ、僕は歩きながら銃に弾を込めていた。



少女の泣き声が響く。小さくすすり泣く、少女の声が。
僕は声の聞こえる方へと歩いて、足を止める。まだ小学生くらいの幼い女の子が、小さく蹲っていた。細い肩を上下に引きつらせて、膝を抱えている。
僕は黙ったまま、少女に近づいた。すると僕の気配に気づいたのか、ハッと顔を上げてこちらを見た。怯えたような、赤い瞳。人ならざるその色は、悪魔憑きの証。
僕はそれを認めて、にっこりと微笑む。すると少女はびっくりしたように僕を見上げて、誰?と言った。

「僕は祓魔師です。先ほど貴方が会った人と同じ、悪魔を祓う者ですよ」
「あ……!じゃあ、さっきの人がどうなったのか、知っているんですか!?」
「えぇ、勿論」

優しくそう言えば、少女は心配げに瞳を揺らして、僕の方へと駆け寄って来た。

「あの人は大丈夫なんですか!?私、あの人に謝りたくて!それで、私のパパやママを守ってくれてありがとう、って言いたいんです……!」

一緒に居たお姉さんは大丈夫だって言ってたんだけど、と瞳を伏せる少女を見下ろして、小さく頷いた。

「えぇ、その人は無事ですよ」
「そ、そうですか……!良かった……!ずっと気になっていたんです!」

本当に良かった、と笑顔を見せる少女に、僕も微笑み返して。

「ご心配をおかけしました。でも、もう大丈夫です。……だって」

僕はそこで、言葉を区切る。それに不思議そうな顔で見上げた彼女の額に、銃口を向けて。

「貴女はもう、死ぬんですから」


え、と少女が言葉にする前に。
パァン!と甲高い音が響いて。

少女の額を、弾丸が貫いた。

『アアアアアアアアアアッ!』

どさり、と倒れこむ少女の横に、突如として現れたのは、一人の女。上半身は女だが、両腕が鳥の翼をしていて、腰から下も鳥の足のような姿をしていた。女は倒れこんだ少女をその翼で抱き上げて、悲鳴を上げている。
僕はそれを見下ろしながら、女のほうに銃を向ける。

「お前、産女か」
『おのれ、……許さぬぞ祓魔師!』

女はこちらを睨みつけながら、その瞳に涙を流している。腕に抱いている少女はぴくりとも動かずに、ぐったりとしていた。
僕は眼鏡を押し上げつつ、握り締めた銃の引き金を引く。同時に女の左翼に弾が撃ち込まれ、女が悲鳴を上げた。

『ぎ、アアアア!』
「悪魔風情が何を言っている?僕は祓魔師だ。悪魔を祓うのは当然だろ」
『……ッ、ふん。貴様が祓魔師だと……?笑わせる!貴様のほうがよっぽど悪魔じゃないか!』

翼を打たれつつも、女が吼える。それを聞きながら、僕はまた一つ引き金を引いた。今度は、右の翼だ。そして、両の翼を撃たれて苦しむ産女に近づいて、その額に銃口を当てる。

「ほら、喜べよ。その子と同じ場所に送ってあげるんだからさ」
『……ッ、おのれ……。おのれぇええええええええ!』

産女は絶叫して、撃たれたはずの両翼を広げる。だが、真っ赤に染まったその翼は、力なくだらりと垂れ下がって。
僕はにっこりと微笑む。

「さよなら。……―――死ね」

同時に、僕は銃の引き金を引いた。


真っ赤に染まった一人の少女。そしてその周りに散らばる、無数の羽。それらを見下ろした後、僕は踵を返す。
この場所に、もう用はないのだから。




部屋に戻ると、兄さんに付いていたシュラさんがさっそく顔をしかめた。そして、血生臭いぞ、と抗議する。確かに、あのまま来てしまったから、血やら何やらが付いていてもおかしくない。僕はしまったな、と思いつつ、部屋を出ようとした。だけど、微かに兄さんの呻く声が聞こえて。

「………、ゆき、お」
「!」

僕が慌てて振り返れば、兄さんはぼんやりとした瞳で僕を見ていて、そっとこちらに手を伸ばしていた。
行くな、とその口が動く。僕はその言葉に操られるかのように兄さんの傍まで行って、その手を握り締めた。

「お前、また、無茶しただろ……?」
「ううん。それは兄さんの方だよ。全く、どれだけ心配をかければ気が済むの」
「はは……、ごめん」

兄さんは軽く笑って、ぎゅっと僕の手を握り締めた。
その手を、僕も強く握り返して。

「兄さん……」

その名を呼べば、何だ?と笑ってくれる。
それだけで、いい。たったそれだけで、僕は何にだってなれる。

僕は、兄さんが居ればそれでいいんだ。

「雪男……、今日はごめんな?」
「うん。でも、こうして無事に居てくれたから、それでいいよ」

そう言って笑えば、兄さんも笑い返してくれる。
僕の世界は、それだけで光に満ちるから。

だから、ねぇ、兄さん。

僕が悪魔になるのも、全ては兄さん次第なんだ。




END.



というわけで。
リクエストいただきました、萌えを〜の方、ありがとうございます!
リクエスト内容は「兄のことを崇拝し、兄以外には排他的な黒い雪ちゃん」ということでしたので、雪ちゃんには黒くなって頂きました(笑 
まだ黒さが足りない気がしないでもないですが、あまり真っ黒すぎると収集が付かなくなりそうだったので止めました。でも凄く楽しかったです。雪ちゃんって良くも悪くも兄中心、というか、兄を守る為なら何でもする!的な勢いがあると思うのです。それ故に悪魔落ちしそうなフラグがガンガン立っているんですが。
あまり奥村兄弟には対立して欲しくないというか、いつまでもナチュラルに仲のいい双子で居て欲しいです。切実に。
そして今回登場した産女さん。この人は「妖怪のお医者さん」という漫画に出てくる方を想像していただければ早いです(知っている人いるのかな?

ではでは、リクエストありがとうございました!

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