かわいいひと。


自然と、思うこと。





「ねぇねぇ、奥村君。奥村君の好みのタイプって、どんな子?」

学校の休み時間。クラスメイトの女の子が、やけに興味津々といった様子でそう聞いてきた。何度目かになるその質問に、僕は内心でため息をつく。勿論、顔に出すことはしないけれど。
僕は少し困ったように笑いながら、そうだね、なんて考えるフリをする。だいたい、いつもこんな感じで答えを引き伸ばして、休み時間の終わりまで時間を稼ぐ。そうすれば授業が始まるし、余計なことを言って騒ぎを大きくしないで済む。
こういった場合、「こういう子が好きだな」と一言でも言えば、大騒ぎになるのは目に見えている。上手く誤魔化すのが得策だ。

「でも、奥村君の彼女なら、こう、文学少女的な子が似合いそうだよね」
「あー分かる!頭が良くて、可愛い感じの」
「でも、大人っぽい人でも似合いそうだよね。年上とか!」
「うんうん、意外といいかも!」

数人の女の子たちが、僕を囲んで勝手に盛り上がっている。僕はそれを聞きながら、そういえば、と思う。こういった質問はよくされるけど、実際に自分の好みのタイプについて考えたことなかったな、と。
僕だって、一応男だし。そういったことに興味がないといえば、嘘になる。ただこれまで色々と必死だったし、そんな余裕がなかった、というのが正直なところで。
それは今でもあまり変わりないけれど、祓魔師の仕事にも慣れてきたし、兄さんのことで頭を抱えることが多いけれど、でも昔に比べたら随分と余裕ができたと思う。

好きなタイプの子、か。

僕はぼんやりと、今まで出会ってきた女の子のことを考えてみる。
例えば、しえみさんはどうだろう。
頑張り屋で、純粋な子だ。きっと好きになったら、優しい気持ちになるだろう。だけど、彼女は純粋すぎる。自分と付き合って、汚したくない。いつまでも綺麗なままで居て欲しいと思う気持ちの方が強い。多分、妹がいたらこんな感情を持つんじゃないだろうか。
そういえば、兄さんはしえみさんのことをやけに気にしていたな。もしかして、あんな子が兄さんの好みなのだろうか。
……、しえみさんはダメ、か。

それなら、神木さんはどうだろう。
気が強くて、でも人一倍繊細な心の持ち主だ。少し毒舌だけれども、それも自分の意見をはっきり言う性格は好ましい。
だけど、多分、僕とは性格的に合わないだろう。うん、何となく、だけど。
神木さんとも、兄さんは仲が良かったな。合宿の朝、二人で何を話していたんだろう。何だか神木さんの顔が赤かったから、妙な胸騒ぎを感じたのを覚えている。
……神木さんも、ダメ、だな。

朴さんはどうかな?
名前のように純朴で、キツイ性格の神木さんの友達として振舞えるくらいだ。きっと心の広い、気配りのできる子なんだろう。
だけど、多分、朴さんとも恋愛には発展しないだろう。いい友人止まりだ。
それに朴さんは、何となく兄さんに惹かれていたような気がした。視線だとか、言葉の節々にそんな思いが隠れているような気がして。
今は塾を去ったけれど、もしあのままずっと兄さんの傍にいれば、告白していたかもしれない。
……朴さんも、ダメ。

シュラさんは、論外だし。それに、年上はあまり好きじゃない。

僕は次々と今まで知り合った女の子の顔を思い浮かべるけれど、すぐに否定する。誰とも、付き合うという過程にいたる気がしないのだ。

その要因に、兄さんが大きく関わっていた。誰を思い浮かべても、すぐに兄さんが頭に浮かぶのだ。兄さんだったら。兄さんなら。そればかり。

兄さんは僕の双子の兄で、でも全く似ていない。僕はあんなに無邪気に笑えない。
誰よりも優しくて、他人のためなら自分を犠牲にできる。真っ直ぐで、純粋。それゆえに不器用で、つい、手を差し伸べてしまう。昔、兄さんが僕にしてくれたみたいに。
馬鹿だけどお人よしで人を疑うことをしないから、僕がしっかりしていないと誰かに連れて行かれそうで。
迂闊だから、実際に誘拐されそうになっていたこともあったし。全く、兄さんは可愛い顔立ちをしているんだから、ちゃんと注意して欲しいのに。

『雪男!』

そう言って、僕を呼ぶ兄さんの声が好きだ、と思う。
僕の前で笑って、泣いて、怒って。くるくると回る表情が好きだ。
だけど、あまりに無防備すぎるから、それは僕の前でだけにして欲しいなんて思うときが多くて。
全体的に、兄さんは僕を困らせる天才だ。だけどそれさえも苦にならないから、可笑しな話だな、と思う。

そこまで考えて、授業を告げる鐘が鳴った。それまで僕の周りに群がっていた女の子たちが、わらわらと自分の席に戻っていく。
それをぼんやりと目で追っていると、ある一人の女の子が振り向いて。

「それで、結局奥村君の好みのタイプってどんな子?」

そう聞いてきたから。
僕は少し考える仕草をして。


「うーん……、かわいいひと、かな」

一番無難で、一番難しい答えを言った。



だって、僕がかわいいと思うひとは、世界でたった一人だけだから。







END

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