この手が、届く範囲

意識したことがない、と言えば嘘になる。
正直、最初の印象だって、悪いわけじゃなかった。
真っ直ぐな目をして喧嘩を売られたのが、やけに久しぶりだったから、珍しいヤツもいたもんだと思った。
一人の人間を大将と決めて、その人にどこまでも付いていく。真っ直ぐで、昔の自分を思い出させる男。

そんなヤツが、実は嫌いじゃなかった。



「……、嫌いじゃない、だけだったのになぁ」

ぽつり、とそう呟く。
目の前には、真っ黒な隊服に身を包んだあの子が、真剣な表情で現場を仕切っている。
その後ろで、あの子の大将である近藤が、腕を組んで全体を見守っていた。
普段は馬鹿丸出し、というか、馬鹿なストーカーでしかない近藤だが、現場を見守るその姿はやはり「真選組の局長」で。
その下で働くあの子は、瞳孔をカッ開いて楽しげだ。きっと、どこかの攘夷志士が集会でも開いていたのか、討ち入りした後の現場は騒然としていた。

その様子を、俺は野次馬の中から見ている。大勢の中の一人に混じって。
きっと、現場に夢中のあの子は気づかないだろう。それでも良かった。

……遠くから見てるだけ、ってどんだけだよ、俺。

内心で苦笑する。
気づかなければ、恐らく一生、知るはずのなかった想い。
誰かを、特別に想うことの喜びと不安。

……―――好きだ、と。

言葉にするのでさえも、困難で。
それでも、この手には持ちきれないくらいの、想いで。
あの子の背中を見つめながら、俺はぼんやりと好きだなぁと想う。

すると、突然、あの子が振り返った。何の予備もなく、いきなり。

「!」

そして、真っ直ぐに俺を見つめたあの子は、物騒な表情のまま、俺の方へ一直線にやって来て。

「……オイ、万事屋」

そこで、何をやっている?と聞かれて、俺はすぐに答えられなかった。

だって、見ているだけでいいと思っていた子が、真っ直ぐにこちらに来るから。
この、手の届く場所にやって来るから。
それが無償に、信じられなくて。

「聞いてんのか?おい、万事屋?」
「……うん、聞いてるよ」

聞こえてるよ、君の声が。

「副長さんは、討ち入りですかー?瞳孔めっさ開いてますけど?」
「うるせぇな。コレは元からだ。それよりも、てめぇはこんなとこで何してんだ?」
「何って、真選組の皆さんのお仕事ぶりを見てただけですー。ちゃんと仕事してんじゃん」
「当たり前だ。真選組を何だと思ってんだよ」

そう誇らしげに言うあの子が、すごく可愛い。 それに、仕事そっちのけで話かけられて、不謹慎だけどすごく嬉しくて。 緩む頬を抑えるのに、必死になる。

「え、何って。税金泥棒?」
「税金払ってないヤツが何言ってやがる」

ふ、と眉根を寄せたその表情が、小さく緩む。 かすかに肩の力が抜けたようなその顔に、つい、ドキリとする。 なんか、俺の傍にいると、気が抜ける、みたいな?そんな、顔をされて。 ダメだ、俺、なんか爆発しそう。

「……おい、万事屋?どうかしたのか?」
「……ッ」

う、上目づかいとか、ちょ、おま。ヤメテ。ほんと、俺をどうしたいの?

「なな、何でもないよ?」
「そうか?……っと、現場に戻んねぇと」

怪訝そうに俺を見て首を傾げた土方は、思い出したかのようにそう言って背を向けた。 あぁ、もう戻るのか。俺は少し残念に思いながらも、強がって、せいぜい市民のために仕事しろよ、と笑う。 それに土方は、お前が仕事しやがれ、と背を向けたままそう言った。 きっと、その口元には笑みが浮かんでいるだろうと、俺は簡単に予想が出来た。

「じゃあ、な」

また、今度。
自分の居場所に戻っていく真っ直ぐな背中を見て、俺はひらりと手を振る。 いつか、この手が届く場所に、あの子にとっての居場所ができたらいい、とそんな欲張りなことを考えながら。
俺は、あの子に背を向けた。


END.

おまけ

「あれ?副長、どこに行ってたんですか?」
「……別に、どこだっていいだろ」
「その割には、やけに機嫌が良さそうですけど……」
「……―――、知るか」

ふい、と逸らされた視線。少しだけ赤くなった耳が、相手に届くのは、ほんの少し先の話。

だったり?


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