いつもの休日のことだ。
「雪男!女子にモテるコツってなんだ?」
「……。この公式を覚えるコツなら、さっき教えたはずだけど?」
「綺麗にスルーすんな!」
バシバシを机を乱暴にたたきながら、兄さんは頬を膨らませた。幼い子供のようなその表情に一瞬心が和んだものの、先ほど言われた言葉が脳内でフラッシュバックして、僕は苦々しい思いに駆られた。
「……だいたい、いきなりなんなの?女の子にモテるコツを教えて欲しいなんて」
「だってさ、雪男ってほくろだし眼鏡のくせに、女子にモテモテじゃんか。双子なのに俺はモテないなんて、そんなの不幸じゃんか!」
「不公平、ね。……ふぅん?兄さんは女の子にモテたいんだ?」
「そりゃ、男として当然だろ!」
どーん、と胸を張って堂々と宣言する兄さん。や、それは思っててもそんなに堂々をするものじゃないよ、と思ったけれど、机の上の兄さんのノートの中身はちっとも埋まっていないし、僕もこのままじゃ自分の仕事をできそうにない。
かといって、このまま無視したところで兄さんは諦めるなんて殊勝なことはしないだろう。
なぁなぁ、と僕の腕に懐きながら聞いてくるのが、いい証拠だ。いつもならそんな風に懐いてこないくせに。
「……分かったよ」
僕は懐いてくる兄さんに、深いため息を付きながら頷いた。こういう時は言葉で示すよりも実際に現実を見せてあげた方がいいことを、僕は知っていたからだ。
「じゃあ休憩がてら、外に行こうか」
「外?」
なんで外?と言いたげに首を傾げる兄さんに、にっこりと笑って。
「まぁまぁ、付いて来てよ」
そして僕は兄さんを連れ立って、旧男子寮の部屋を出た。どうして外なんだ、と聞きたげな兄さんの視線を無視しながら歩を進める。休日だからか、学園には大勢の人が溢れていた。
この学園内部は学生以外の人も集まる。学問をする人間にとっては、この学園はまさに学びの場。様々な資料が集まるため、休日になるとこうやって人でごった返すのだ。
その中でも特に人通りの多い大通りに出た僕たちは、適当な場所で足を止めた。
さて、と人の行き交うのを見たあと、僕は兄さんを見やった。兄さんはきょとん、とした顔で僕を見上げてきたので、人ごみの中を視線で指して。
「さて、兄さん?」
「うん?」
「兄さんは女の子にモテたいんだよね?それで、そのコツを教えて欲しい、と」
「そうだ!でもなんで外なんだ?ナンパでもすんのか?」
不思議そうに首を傾げる兄さんに、お、と思う。こういう時の察しの良さを、日頃でも持ってくれるとありがたいんだけど。
「正解。兄さんにしては珍しいじゃない」
「どう意味だよソレ!」
「そのままの意味だよ。……それで?兄さんはどんな女の子がタイプなの?」
「へ?」
「いいから、どの女の子がタイプなの」
「え、あ、えっと……」
きょろきょとと視線を彷徨わせた兄さんは、あの子たちかな、と少し照れたように目線を向けた。兄さんの視線の先にいる女の子は二人連れで、どちらも少し年上の、可愛いというよりは美人という感じの子たちだった。
兄さんは年上好きなのか、と複雑な心境になりつつも、ふぅん、と何でもないように返して。
「じゃああの二人でいいんだね?」
「え、あ、うん……」
で、どうするんだ?と聞いてくる兄さんを無視して、兄さんが好みだと言った女の子二人をじっと見つめる。すると僕の視線に気づいたのか、女の子二人はこちらに視線を向けた。
目が合ったその瞬間、ふ、と微笑みかける。
すると、やや顔を赤らめた二人が何やら話しているかと思うと、そろそろと僕たちに近づいてきて。
「ねぇ、何しているの?」
「!」
暇なら遊ばない?と期待に満ちた目線を送ってくる二人を横目に、兄さんを見やる。
兄さんはぽかん、と口を開けて僕を見上げていて。
「どう?兄さん?これで分かった?」
「………っ、っ、わ、分かるか!」
神かお前!と興奮したように叫ぶ兄さん。や、僕は神様じゃないよ、と返しつつ、だって、と続ける。
「実地で教えてあげたじゃない。ナンパの仕方。良かったね、これで兄さんもモテモテじゃない」
「言葉が棒読みにもほどがあるぞお前!」
ちくしょう!と悔しがる兄さん。これじゃ全然参考にならないじゃん!とも。
僕は兄さんに怒られつつ、目を閉じる、
だって、仕方ないじゃないか。
どこの世界に、好きな人を相手にモテるコツを教えるヤツがいるんだ。
ぎゃあぎゃあと煩い兄さん。そんな兄さんを見て、引き気味の女の子たち。
そんなんだから兄さんはモテないんだよ、という言葉は飲み込んで。
「さ、兄さん?僕はちゃんと教えてあげたんだから、帰ったらきっちり勉強してよね」
そう言って、兄さんの手をとった。
好きな人相手には、不器用な誘い方しかできない自分が、ほんの少し情けなかったけれど。
でもこれが僕の、精一杯の、兄さんへのナンパの仕方だった。
某商業BL漫画からネタを拝借。
この漫画の攻めが限りなく雪ちゃんに容姿が似ていたので書いてみました。