「に、してもさ。どうしていきなり人間になってるんだよ?」
「おれにも分からないよ。もうおれ、牙がないから人間に化けるのは無理なはずなのに」
ぶつぶつと呟くクロに、少し前に聞いた話が本当だったことに気づいて、さらに空笑いをするしかない俺だ。あの話、マジだったんだ、という言葉は飲み込む。何となく、クロが怒りそうだからだ。
「たぶん、りんの血を舐めたからだ。それ以外に、理由がおもいつかないし」
「あー……なるほど」
難しいことは分からないけれど、悪魔であり青焔魔の力を持つ俺の血が、悪魔であるクロに何らかの影響を及ぼした、とみて間違いないだろう。こう考えると、俺ってつくづく厄介だ。
「元の姿には、戻れそうか?」
「ん………―――、まだ、無理みたいだ」
空虚を見上げたクロが、すぐに首を横に振った。
「なんか、うまく力をコントロールできないから、しばらくはこのままだと思う」
「そ、っか……」
しばらくはこのまま、か。
俺は何となくクロを見上げる。クロは俺の視線に気づいて、困ったように眉根を寄せながらも、笑っていた。
「だいじょうぶ!心配しないで」
な?と猫の時のように頬を寄せてくるクロに、びしり、と固まる。う、あ、と声を無くしていると、兄さん?と聞き覚えのある声が聞こえて。
「………あ、」
「…………………、兄さん、その男、誰?」
にっこりと笑いながら、雪男がこちらを見ていた。正確には、俺に頬ずりしている、クロを。
あ、どうしよう。なんか雪男、怒ってる。
ぴり、と肌を焼く雰囲気に何となく察していると、クロが顔を上げて雪男を見ると。
「あ!ゆきおだ!おかえり!」
無邪気に手を振っていて、呆気に取られる雪男がいた。だけどすぐさま、にっこりと微笑んで。
「どこの誰か知りませんが、見知らぬ他人に名前呼びされる筋合いはないと思いますが?」
びしり、とその額には怒りマークが浮かんでいた。クロは雪男の言葉に首を傾げながら、他人じゃないぞ!と言っている。
「おれだよ!クロだよ!」
「クロは猫です。人間じゃありません。もう少しまともな嘘をついたらどうですか。単純な兄さんはともかく、僕は騙されません」
「ちょ、どういう意味だよホクロ眼鏡!」
「どういう意味もなにも。そういう意味だよ、兄さん」
眼鏡を押し上げつつも、やはりピリピリとしている雪男の様子に、さてどうしたものかと途方に暮れて。
「とにかく、さ。先に晩飯作っていいか?」
ちらりと、放置されたままの野菜たちを見て、そう言った。