嗚呼、素晴らしきニャン生

ぽっかりと浮かぶ満月の夜。
俺はゆらゆらと尻尾を揺らして、家の塀の上を歩いている。
こんな綺麗な満月の夜には、会いたいやつがいる。だから、俺は少し上機嫌になりながら、通いなれた道を歩く。この長い塀をもう少し歩いた先に大きな木があって、その木をつたって家の敷地内に入ると、あの子がいる部屋の窓へと辿りつける。
可愛いくて、綺麗な真っ黒な毛並みをした、あの子の元へ。

俺があの子の部屋の前までやって来ると、あの子はじっと満月を見上げていた。ガサリ、と木の枝を揺らすと、あの子はハッと顔を上げて俺を見上げて。

「よぉ、相変わらずキレーな毛並みしてんな。こんな綺麗な満月の夜には、俺と一緒に遊ばねぇ?」
「……黙れ、クソ天パ。また来たのか」

あの子は少し呆れたようにそう言った。つれないねぇ、と苦笑しながら、俺は木の枝にごろりと横になる。月の光に照らされて、あの子の黒い毛並みが艶を帯びて、とても綺麗だ。ただ、首にかかった赤い首輪が無粋だな、と思う。

「お前も一度は野良を体験してみろって。めっさ楽しいから。魚くすねたり、ハト追いかけたり。昼間働いてる人間見下ろして、屋根の上でごろごろできるし。猫の人生なんて一度きりだぜ?楽しむが勝ちってね」
「最低だなお前!それに、年中ごろごろしてるなんて、なんかヤダ」

ぷん、とそっぽを向くあの子。

「そんなことねーって。それに、野良になったら友達増えるぜ?あ、でもツガイは俺だけどね」
「俺はオスだって言ってるだろ。目が腐ってるんじゃねーの?頭みたいに」
「や、頭は腐ってないから。ふわっふわしてるけど、これはただのチャームポイントだから」
「ふぅん?それがチャームポイントとか、悲しいやつだな」
「哀れんだ目で見るの止めてくれない?結構凹むから」

俺の毛並みはあの子と違ってくるくると好き勝手にハネまくっている。いつかあの子みたいにストレートにならねーかな、と思いつつ、半分諦めてもいたりする。
そんな風に考えていると、それに、とあの子は続けて。

「外には危険が多いだろ。いつ車とかに轢かれてしまうかわかんねーし。それに、俺ァ、今の生活に満足してンだ。飯は美味いし、ふかふかのベッドで寝れるし。水は苦手だけど、毎日綺麗でいられるし」
「や、あの飯はただの犬の餌じゃん。猫なのに。美味さとか分かんないくらいマヨに埋もれてンじゃん」
「マヨはなんにでも合うオールマイティアイテムなんだよ。それを言えば、テメェだってそうだろうが」
「炭水化物と甘いモンは昔から合うようになってんの!君の犬の餌スペシャルと一緒にしないでくれる?……それとも何?もしかして、外に出るのが怖いの?」
「ばっ、怖くねぇよ!」
「そうなの?それなら別に外に出たっていいじゃん。な?一緒に外に行こうぜ?その首輪、俺が噛み千切ってやるよ?」
「……」

ぶわ、と尻尾を大きくして怒鳴るあの子に、俺はどう?と誘いを掛ける。するとあの子は、しゅん、と尻尾を垂れて。

「……俺は、コンドウさんを一人にはできねぇよ」

だからダメだ、と言うあの子に、内心で舌打ちする。
コンドウ、というのは、この子の飼い主で、ゴリラだ。ゴリラが猫飼ってるなんて変なの、と思うけれど、そんなゴリラをあの子はとても大事にしている。
それに嫉妬しないと言えば、嘘になる。現に、この子がこの家から出ないのは、ゴリラのせいだから。

「生き方なんてそう簡単には変えられねぇよ。この首輪をくれたコンドウさんを、俺は裏切れねぇし。だから、俺のことは諦めろよ」
「……ヤダ」
「え?」
「俺はお前をツガイにするって決めたの。だから俺は待つよ」
「……ッ、そ、そんなありきたりな台詞、言われても嬉しくねぇよ!」

声を失くして、真っ赤になりながら怒鳴るあの子。うん、やっぱりこの子は最高だな、と思いつつ、小さく笑って。

「うん。そんな強気なとこも好きだよ。ますますお前をツガイにしたくなった」
「っ、ふん!」

そっぽを向いてしまったあの子に、ありゃりゃ、と思う。こうなってしまったら、ちょっとやそっとじゃこっちを向いてくれないのだ。
だけど、今夜はもう少しおしゃべりしていたい俺は、綺麗な満月を見上げて、そういえば、と話し出す。

「ずっと北に行ったとこに、オーロラっていう綺麗なカーテンが見える場所があるらしいんだけどよ。そこにいつか行ってみてぇなって、思うわけ。んで、そこにお前が一緒に行ってくれたら、すごく嬉しいんだけど?」
「……」
「でも、それは叶わない夢みてぇだな」

こっちを向いてくれないあの子に、小さく苦笑を漏らしながら、俺はそう行った。だけどこっちを向いてくれない代わりに、あの子はゆらゆらと尻尾を揺らしていて、可愛い黒い耳だってぴくぴくと動いてる。
話はちゃんと聞いてくれているらしい。そんなあの子の様子に、これは気長に待つしかねぇな、と思う。

悪いけど、こんな俺に惚れられた、お前が悪いんだぜ?
いつかその赤い首輪を外して、この窓から飛び出して、俺とツガイになってくれるまで、俺は諦めるつもりはないのだ。

俺は内心でそう宣言しつつ、でも今夜はこれまでだな、と思い、くるりと背を向ける。すると背後で、少しあの子が身じろぐ気配がして。

「……もう行くのか……?」

ぽつり、と呟くように。
ほんの少し、寂しそうに。
俺がその声に、ハッと振り返りそうになっていると。

「その……、また、明日、ここに来ても、いい、ぜ……?」

待ってる、と消え入りそうな声でそんなことを言われて。
どくん!と心臓が大きく高鳴った。
ぐるり、と勢いよく振り返ると、あの子が窓の向こうで怒ったような、それでいて俺の言葉を期待しているような、そんな難しい顔をしていたから。
俺は、ゆらりと尻尾をゆらして。

「毛並み整えて待ってろよ!」

可愛すぎるんだよチクショー!と自分でもワケの分からない言葉を吐き捨てて、木の枝を飛び移る。誰が可愛いだ!と背後で怒鳴る声が聞こえたけれど、有頂天になっていた俺には届かなかった。



嗚呼!なんて素晴らしいニャン生だコノヤロー!


おわり.




某動画サイトの素敵ボ○ロ曲から。
G○MIねこ=土方、レ○ねこ=坂田、飼い主リ○=近藤さん、友達ねこ=ヅラとか沖田君とか。




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