時々僕は、思うんだ
僕達は生まれるずっと前、一つの命分け合って
生きていたんじゃないかって
「兄さん」
そう呼ぶことが、僕にとっては幸せだった。
そして、僕が呼ぶたびに、兄さんは笑って振り返って。
「雪男!」
そう言って、僕の名を嬉しそうに呼ぶから。
僕はそのたびに嬉しくなって、また、兄さん、とその名を呼ぶ。
サタンの青い焔を受け継いだ、僕の双子の兄さん。
ただ一人の、僕の大切な片割れ。
兄さんは過酷な運命に抗って、戦うことを決めた。その時から僕も、同じ道を進むと決意した。
兄さんが苦しむことになるのなら、いっそ死なせた方がいいのではないか、と思った時もあった。それでも兄さんは、真っ直ぐに自分の運命を受けて入れて、戦うことを決めたから。
例え、それが誰にも受け入れられない道だったとしても、僕だけは、兄さんのそばにいて兄さんを守ると、決めた。
人間の姿をしていながら、人間離れした力を持つ兄さんは、時々すごく悲しい目をした。
そんな兄さんの心が、僕には言葉にしなくても伝わってきて。
泣かないで、と言う代わりに、その少し小さな手のひらを握りしめた。すると兄さんは少し驚いた顔をした後に、雪男、と笑った。
そんな兄さんの笑顔を見て、僕は思った。
僕たちが双子として生まれたのは、きっと運命だったんだ、と。
兄さんを一人にしない為に、僕が一緒に生まれて来たんだ、と。
お互いに足りないものを、補うように。
それなら僕は、この人を守っていこう。
僕に足りないものを持つ、大切な大切な片割れを。
握りしめた手のひらに力を込めると、兄さんは、痛てぇよ、と笑った。
ある日、兄さんと喧嘩をした。
理由は、きっと些細なことだったと思う。
それでも、僕も兄さんもムキになって言い争って、結局、何が原因だったのかさえ、お互いに最後には忘れていた。
ただ、お互いに言い放った言葉は、お互いの胸に突き刺さって。
こんなとこまで似てる、と僕はどこか他人ごとのように思って、笑った。
すると兄さんはちょっとムッとした顔をしたけれど、でも、僕と同じことを想っていたんだろう、僕と同じように笑いだした。
お互い、譲れない思いがあって。
その思いは、確かにお互いに向いているはずなのに。
同じ思いは時として、お互いの心にナイフを突き立てた。
だけど、その痛みさえ、僕にとっては恋しい傷跡だ。
「兄さん」
そう呼べば、何だ?と返事が返ってくる幸せ。
僕がまた、兄さん、と何度も呼べば、くしゃり、と兄さんは顔を歪ませた。その頬に手を伸ばして、そばにいるよ、と笑う。
そしてそんな僕に、馬鹿野郎、と悪態を付きながらも笑い返してくれる。
僕よりも細い肩を抱き寄せて、ただ、そのぬくもりに、目を閉じた。
瞼を開けば、夢を見ていたのだと気づいた。傍にいた温もりが、今はないから。
「兄さん」
何度も、何度も、その名を呼ぶ。
決して、返ってくることはないけれど。
体が、燃えるように熱い。
右手の感覚がない。握りしめた銃の、引き金を引く力さえ、もう無くて。
うすぼんやりと映る視界の先で、誰かが必死に僕を見つめて何かを叫んでいる。
あぁ、でも、なんて言ってるのかは分からない。
僕の耳の奥には、もうずっと、兄さんの声しか聞こえて来ないから。
『雪男!』
何度も、何度も、僕の名を呼ぶ兄さんの声。
泣き出しそうな、悲しい声。
僕はその声にこたえるように、何度も何度も、その名を呼ぶ。
兄さん。
兄さん。
だいじょうぶだよ、兄さん。
僕は決して、兄さんをひとりにはしない。
だって、僕たちは一つの命を分け合って、生きて来たんだから。
「兄、さん……」
例え、僕がこの世界から消えてしまったとしても。
僕は、兄さんを想うよ。
どんなに時間が経とうとも、兄さんを想うから。
だから。
ねぇ、兄さん……―――。
胸騒ぎがする。
俺はざわつく意識を抑えて、強引に眠りについた。もう夜も遅くて、いつもだったら眠りについている時間だからだ。
だけどすぐに、ハッと目を覚ました。
汗びっしょりになったシャツと、濡れた頬の感触がすごく不快で。
でもそこで俺は、自分が泣いていることに気づいた。
なんで、と頬を拭いながら、俺はシャツの胸元を握りしめる。そうしなければ、指先の震えが止まらないからだ。
多分、とてもとても、怖い夢を見たせいだ。なんの夢だったのかは、もう思い出せないけれど。でも、とても、とても恐ろしくて怖い夢だったというのは、何となく分かった。
濡れたシャツは夜の冷たさに冷えて、ゾクリとする。俺は震える体を叱咤しつつ、ふと、隣のベッドを見た。
隣に寝ているはずの弟は、今日は任務で帰りが遅くなる。それは、眠る前に弟に確認したから、ちゃんとわかっていたことだ。
だけど、空っぽのベッドを見ると、言いようのない不安に襲われて。どうして、今この場に雪男がいないんだろう、とそんなことをぼんやりと考えていた。
だけど、きっと朝になれば、雪男は帰ってくる。そしていつものように、兄さんって俺の名を呼んでくれる。胸騒ぎが酷くなるのを抑えて、俺は自分に、そう、言い聞かせた。
だけど。
朝早く、シュラから掛かってきた電話で、夢が、現実になった。
いいか、よく、落ち着いて聞け、燐。
……―――俺は十分落ち着いてるよ。それよりも、シュラの方が死にそうな声してるじゃねぇか。
雪男が、昨日の夜、任務に就いていたことは、知ってるよな?
……―――知ってるよ。あのほくろ眼鏡、やたら真剣な顔で「いってきます」って言って出て行ったから、よく覚えてる。
それでな、その任務の途中で、上級の悪魔に遭遇して……、その。
……―――なんだよ。らしくねぇじゃねぇか。はっきり言えよ、シュラ。
あぁ、そう、だよな。……―――燐。あのな。
……―――雪男は、死んだよ。
ぽつり、と言われた言葉は、まるで外国の言葉のように、俺の耳に届いた。
おい?燐!?どうした?燐!
電話口で、シュラが心配そうな声で俺を呼ぶ。だけど、俺の耳にはその声は届かなくて。
……―――、兄さん。
俺を呼ぶ雪男の声が、耳の奥で、響いて。
「……、雪男」
俺はその声に、いつものように、返事を返していた。
END?
浜崎あゆみ「part of Me」から。
というわけで。
突発的に雪ちゃん死にネタ。
この後、兄はそのまま祓魔師を続けて、聖騎士になります。そして百年後に、輪廻転生した雪ちゃんと再会する、というお話に繋がります。
続き、書けたら書きます。