王様のプレゼント 後




六月二十一日。土曜日。今日はおれの誕生日だ。
朝から、夏がおおはしゃぎして、お兄ちゃんたんじょうびおめでとう! なんて言って、寝てるおれにダイブしてきた。誕生日なのに死に掛けたおれだけど、夏の嬉しそうな顔を見ると、怒る気さえ失せる。ありがとう、と返せば、夏はその柔らかそうなほっぺを赤くして、うん! と元気に頷く。我が妹ながら、その笑顔は抱きしめたくなるくらい可愛い。たまらず、ぎゅーってしてやると、夏は嬉しそうに抱きしめ返してきて、おれは可愛い妹を持ったことに幸せを感じていた。

そんな幸せな朝を迎えたおれだが、実はもう一つ、嬉しいことがあった。あった、というより、ある、と言ったほうがいいかもしれない。
おれは、夏に急かされて朝食を食べながら、ちらり、と携帯を見る。それだけで、頬がだらしなく緩む。母さんから、にやにやして気持ち悪いわよ、と言われたけれど、気にしない。
早々に朝食を済ませて、おれは携帯を開く。メールボックスの、保存用フォルダの一番前には、昨日の日付のメールが入っている。差出人は、影山。昨日から何度も見ているけれど、また見たくなって、おれはそのメールを開く。

『From:影山
 件名:

明日、ひまか?』

たった、これだけのメール。十文字にも満たない文だけど、でも、この文を昨日くれたってことがどれだけの意味を持つのか、おれは知っている。
ようするに、おれの誕生日に会いたいって思ってくれてる、ってことだよなぁ。
へへ、と小さく笑みが零れる。ソファーに寝転がったおれの上に夏が乗っかってきて、お兄ちゃんうれしそう、って不思議そうな顔をしている。そうだよ、兄ちゃんはいま、すっげぇうれしいんだよ。
だって、そうだろ? すきですきで仕方ないひとから、誕生日に会いたいなんて言われたら、そりゃ誰だって嬉しいに決まってる。

…………実は、おれは自分の誕生日を、影山に教えていなかった。なんで教えていなかったかと言えば、単純なことで、ただ教えるのを忘れていただけなんだけれど。それに気付いたのが、六月に入って、あぁおれ、そういえばもうすぐ誕生日だなって思い出したときだった。だから、まぁ、言ってないならしょうがないかなって、半分諦めてはいた。いまさら、今月誕生日なんだ、なんて言えないし、なんだか催促しているみたいで嫌だった。だから、その日は影山とバレーできたら、それでいいかな、なんて考えていたら、その前の週に部活中に先輩から誕生日プレゼントを貰うなんて出来事があって。

あっ、これはもしかしてチャンス? なんて、ちょっと期待した。
おれの誕生日が六月二十一日だって影山が知ったら、どうするのかなって。そしたら案の定、プレゼントを貰うおれを影山は驚いたように見てて、ちょっとドキドキした。ずるいかな、とも思ったけど、その日以降もおれは自分の誕生日のことは口にすることはしなかった。
影山が、少しでも多くおれのことで悩んでくれないかなって。うん。まぁ、そんなことを期待して。
んで、このメールだ。もうこれは、期待すんなってほうが難しい。メールが来た瞬間、おれは夜だっていうのに叫びまくって、母さんから叱られた。それくらいうれしくて、もうこれだけで誕生日プレゼントを貰った気分だった。

影山の気持ちを疑っているわけじゃないけど、でも、ぜったい、おれのほうがアイツのことすきだ。断言できる。気持ちの天秤はいつだっておれの方が重くて、でもそれが全然いやじゃない。だけどやっぱり、好かれているんだって実感できるのは、とても嬉しい。

「あー、早く時間になんないかなー」

えへへ、と画面を見てにやにやしながら、じっと携帯の時計を見つめる。
影山が家に来るまで、あと、三時間。





「…………よぉ」

きっちり、あれから三時間後。昼過ぎに影山はやって来た。なんか知らないけど、めっちゃ不機嫌そうな顔で。
玄関のチャイムが鳴ると同時に出迎えたおれは、その顔を見て固まる。あれっ、おれ、何かしたっけ? って、一瞬考えた。だけど何も覚えがなくて、首を傾げる。
基本的に、影山はいつも不機嫌だ。不機嫌っていうより、無表情? いや、偉そう? とにかく、ご機嫌だねっていう日はないし、笑顔なんて滅多に見れない。それは分かっているけど、せっかくの誕生日なんだし、もうちょっと機嫌のいい顔してくれてもいいのに、なんて思う自分は、高望みのしすぎだろうか。いや、どっちかっていうと、ささやかな方だと思うんだけどな。
おれは、ご機嫌斜めな影山を連れて、部屋に向かう。その間もずっと影山は黙り込んでいて、背後からの妙な威圧感が伝わってきて、コート上ではないのに萎縮した気持ちになる。
コート上の王様って、ある意味で的を射てるよな、と思う。影山って無駄に偉そうだし、威圧感はんぱないもんな。でも、ここはコートの上じゃなくて、おれの家だ。ここで王様を発揮されても、困る。
どうしようかなぁ、なんて、少し困りつつも部屋に入って、くるりと振り返る。おれよりも身長の高い影山は、振り返ったおれをやっぱり不機嫌そうな顔で見下ろしていた。うへぇ、やっぱりなんか怒ってる? おれ、なんかしたっけ? 全く全然身に覚えはないけど、このまま不機嫌な影山と二人きりでいるなんて耐えられそうにないし、せっかくの誕生日を気まずいままで終わらせたくない。
よし、ここは一発、びしっと謝ろう。何に謝ればいいのかわかんないけど、謝ろう。なんで誕生日に謝らないといけないんだろうって思うけど、とにかく謝ろう。

「えーっと、あの、影山、さん?」
「…………」
「そのー……、とりあえず、さ」

ごめん! と先手必勝で、影山の手を握り締めて謝ろうとした、そのとき。
びく! と大袈裟なくらい影山の手が震えて、えっ、と顔を上げたら。

「っ、っ、いきなりさわんじゃねぇよボゲっ!」

ばしんっ、と勢いよく頭を叩かれて、おれは目を白黒させた。えっ、おれなんで叩かれてんの!? つーかおれ、今日誕生日なんだけど! そんな文句が口をついて出そうになって、せっかく謝ろうとしたのにって文句を言ってやろうと影山を見上げて、………―――、息を呑む。

「かげやま、お前、なんで、」
「っ」
「ないてんの………?」

そっと、その頬に手を伸ばす。真っ黒で綺麗な瞳から、次から次へとしずくが溢れだす。それはとてもきれいだったけれど、影山が泣いている姿を見るのは、胸が苦しくなって、せつなくなる。

「どした?」
「………」

ゆっくり問いかける。影山はなにも言わずに、ただじっと唇を噛み締めている。まるで意地を張るちいさな子どもみたいなその表情が、おれの胸の奥をぎゅっとしめつける。

「なんで、ないてんの? おれがさわったの、そんなにいやだった?」

ふるふる、と首を横に振る。ちがう、と。とりあえず、触ったのは大丈夫だったようで、少し安心する。ここで、いやだった、とか言われたら、おれはどうしたらいいか分からなくなるから。

「じゃあ、なんで? 言ってくんなきゃ分かんないよ」
「…………、」
「影山、」

言って、と催促するようにそっと囁ければ、影山は固く閉ざした唇を震わせて。

「っ、かったんだよ、」
「え?」
「っ、っ、だからっ、恥ずかしかったんだよっ、ボゲ日向っ! 察しろ!」
「えっ、えぇっ? それだけっ?」

おれは影山をまじまじと見上げる。うるせぇわるいかよボゲが、と悪態を付きながらも、顔を真っ赤にしているせいか、いつもより迫力はない。泣いたせいか目元が赤くなっていて、むしろ、かわいい。
ほけっとした顔で見上げるおれに、影山は少しバツの悪そうな顔をした。もしかして、泣いたのを気にしているんだろうか。別に俺は気にしないけど、影山はぷいっと顔を逸らして、顔を見せまいとする。それが、拗ねたときの夏の仕草と似ていて、かわいいなぁ、なんて内心で苦笑する。影山、絶対兄弟とかいなさそうだよな。いても、自分より下はいなさそう。
そんなことを勝手に想像しながら、黙ってしまった王様の機嫌をどう取ろうかな、なんて考えていると、不意に、視界の端に見慣れないものが見えて、あれ、と首を傾げる。
影山の首のとこ、シャツに隠れてよく見えないけど、なんか、巻いてる?

「影山、首んとこ、何か巻いてんのか?」

気になって、襟のとこを軽く引っ張った。ぎょっとしたように目を見開く影山。慌てて隠そうとしたみたいだけど、おれがそれを見つける方が早かった。襟のとこを持ったまま、再び、絶句。

影山の首には、真っ赤なリボンが巻かれていた。しかも、ちょうちょ結び。それは影山の白い肌に生えて、嫌に鮮明に見えた。

「えー、っと。その…………」
「………………」

固まるおれに、影山は小さく震えていた。絶対におれと目を合わせない。でも、その横顔が、耳の頭が、真っ赤になっていて、顔を見なくても影山がいまどんな顔をしているのかを知ることができた。
たぶん、いや、ぜったい、めっちゃ、照れてる、よね?

「う、わ………」

カッ、と顔に血が集まる。頭から火が出そう。えっ、これ、マジで? あの影山が? いっつも偉そうで、へたくそとかボゲとか暴言しか吐いたことない、あの影山が?
……………プレゼントは私、なんて。そんな、やっすいエロ本みたいなことをするなんて。

感動、というか、むしろこれ夢なんじゃないかなって思い始めて、口を閉ざすおれをどう思ったのか、影山は盛大に舌打ちを一つ。さらに、くそっ、なんて悪態を付きはじめて。

「わっ、笑えばいいだろ! 似合わないって分かってるし!」
「へっ、あっ、いや、」
「くそっ、マジで最悪だ。なんでこの俺が、こんなハズい真似しなきゃなんねぇんだクソが。誕生日だからって調子乗ってんじゃねぇぞボゲ」

わぁ、なんだろ、恥ずかしさのあまり逆ギレしてる。
でも、やっぱりいつものような迫力はないし、照れてるのがすごくよく分かるし、早口で喋ってるから口が回ってなくて、なんていうのかな、うん。

「すっげぇ、かわいいよ」
「………っ」

ぽろり、と本音が口をついて出た。あ、やべ。慌てて口を閉ざしたけれど、零れた言葉は戻ってこない。俺は恐る恐る、影山を見上げる。
かわいい、なんて、影山に対しては死語だ。おれはわりと本気で思ってるんだけど、かわいいって言うと影山はすぐ怒る。誰が可愛いだ目が腐ってんじゃねぇの病院行け、って怒られる。
だから、今日も怒られるのかなってちょっとびくついていると、影山は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていた。その反応がいつもと違っていて、びっくりしてマジマジと影山を見やった。
何だか、今日の影山は様子がおかしい。急に泣いたり、怒ったり。あ、怒るのはいつものことか。いや、でもそれにしたって、いつも以上に表情がコロコロと変わって、まるで別人みたいだ。

「か、影山? どしたの今日。なんか、様子が変じゃね?」
「………」
「このリボンもそうだけど、なんていうか…………、無理してない?」

ハッと顔を上げる影山に、やっぱりなぁ、としんみりする。強張ったその手を、さわるよ、と一言前置きして、そっと触れると、汗でじっとりと濡れていた。そのことに気付いてすぐさま手を引こうとした影山を許さずに、ぐっと手に力を込める。ぜったい離さない。その意味を込めて。

「あのさ、おれ、お前に誕生日のこと、話してなかっただろ? 実はさ、お前に誕生日のこと話すの忘れてて、それを思い出したの、ついこないだなんだ。だからこの間、先輩たちからプレゼントもらったとき、もしかしたら影山も用意してくれるかなって、ちょっと期待してた。まさか、こんなプレゼントがくるなんて、思ってなかったけど」
「…………」
「でもさ、別にもらえなくても良かったんだ。ただ、おめでとうって言ってくれれば、それで。だって、すきな子から誕生日を祝ってもらえるなんて、最高のプレゼントじゃん」
「ひな、た」
「……………それに、その、おれ、付き合うとかそういうの、まだまだよくわかんないし、たぶん、ほかの奴らに比べると、全然上手くないかもしれないけど、さ」

顔を上げる。顔が熱い。たぶん、おれは今、めっちゃ顔赤い。そんな顔、見られるのは恥ずかしいけど、でも、それでも、おれの胸の奥で、ここはちゃんと顔を見て言わなきゃだめだって言ってるから。
真っ直ぐに、影山の真っ黒な瞳を見つめて。

「…………―――、おまえのこと、いちばんすきだっていう自信なら、あるよ」
「っ」
「だから、お前には、無理はしてほしくないんだ」

祝ってくれて、うれしい。プレゼントも、うれしい。一生懸命考えて、どんな顔をしてこのリボンを巻いたのかなって考えると、そわそわして心が落ち着かなくなる。
でも、ちょっと触れただけで泣いてしまうくらい、いっぱいいっぱいにさせてしまうのは、おれの本意じゃない。こういうの、ジレンマっていうんだろうな。
すきだから、いちばんに考えて欲しい。でも、すきだから、無理はしてほしくない。
むずかしいな、なんてちょっと大人びたことを考えてみる。だって、少しでも背伸びしていないと、影山と並べないから。身長では全然届かないけど、そのぶん、気持ちでは負けないつもりだ。
おれは影山の首に手を伸ばす。ひゅる、と解けたリボンを、おれは大事に手の中に包んだ。

「ありがとな。プレゼント、すっげぇ嬉しかった」

笑って。じゃあ、この話はおわり! って言おうとして。

「っ、ばっかやろう!」

盛大に怒鳴られて、今度こそ、呆気に取られた。あれ、おれ、なんか間違えた? けっこうスマートに終わらせてたと思うんだけどなぁ、なんて内心でひやひやしていると、影山はキッとこちらを睨みつけて、おれの手の中にあるリボンをひったくった。

「ちょ、影山っ? なに、」
「ふざけんな! なに自分で勝手に解決してやがる。俺は別に無理なんてしてねぇし、いやだと思ってもねぇ! これはお前がっ、お前がよころぶかと思って、だからっ、……!」

ちくしょう、と影山は悪態をつく。乱暴な手つきで、リボンを首にぐるぐると巻きつける。え、ちょっと、そんな乱暴にしたら首絞まるんじゃ、とおれが心配になっていると、ぐしゃぐしゃになったリボンを、へたくそなちょうちょ結びで結んで。

「っ、この俺が、プレゼントになってやってんだ! さっさと受け取れっ!」

ぐっと胸を張って、プレゼントな王様は偉そうにそう言った。顔を真っ赤にして、でも、どうだ、と言わんばかりに。
その姿に、おれはぐっと唇を噛み締める。
あぁ、もう! おれがかっこよく決めたと思ったのに!

「…………、まいりました」

やっぱり、おれはまだ王様には勝てないみたいだ。







「ところで」
「ん?」
「このリボンって、一体なんのために巻くんだ?」
「……………え?」




おまけ


「ふんふーん」
「なんだ? やけに機嫌いいな、お前。なんか気持ち悪りぃ」
「えっ、なにそれひどい! まぁでも、俺いますっごく楽しいから許す」
「………今度はなにやらかした………?」
「えー? べっつに? ただ、迷える王様にちょーっとだけアドバイスしただけだよ」
「……………あっそ」



Happy Birthday HINATA!


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