リグレットメッセージ

寄せては、返す。
止せては、帰す。

まるでこの、波のように。





町外れにある、小さな港。小型の漁船が並び、漁師たちがここから海へと繰り出す。
朝は競りなどで騒がしいこの場所も、昼を過ぎたこの時間帯は漁師たちも居ない為、とても静かだ。
そんな港に、果てしなく続く海を眺める、少年が一人。
彼の手には小さな瓶が握られていて、中には紙のようなものが入っていた。



偶然この場所を通りかかった僕は、一人佇む少年に興味を引かれた。海を眺めながらも、どこか遠くを見つめるその瞳がとても寂しげで、何となく放ってはおけなかったのだ。
僕はゆっくりと彼に近づいてみる。彼は僕に気づいて、ゆっくりと振り返った。
少年は、とても綺麗な青い瞳をしていた。澄んだ空のようにも、この深い海のようにも見える、不思議な青だ。
その瞳に吸い込まれそうだ、と思いつつ、僕は彼に尋ねた。

「ここで何をしているの?」
「……コレを、流そうと思って」

少年は、手の中の瓶を見下ろす。その横顔は、幸せそうなのに、泣き出しそうだと思った。
僕はその瓶を見つめて、流してどうするのかと問う。すると少年は、寄せては返す波を見つめて。

「知ってるか?ここら辺りに伝わる、言い伝え。『願いを書いた羊皮紙を小瓶に入れて海に流せば、願いが叶う』ってやつ」
「あぁ。聞いたことはあるかも……。じゃあ、君も何か願い事を?」
「……迷信だって、分かってるんだけどな。それでも、願わずにはいられないんだ」

そう言って苦笑する少年は、まだ幼さの残る顔立ちにひどく似合わない表情を浮かべていた。
そして、少年は思いっきり腕を振りかぶって、小瓶を海へと投げ入れる。遠くへ、遠くへ、と。
少年は流れていく瓶を、祈るように見つめていた。僕も、その瓶の行く末を見守っていた。

「……、アイツはいつも俺のために、頑張ってくれてた」

ぽつり、と瓶を見つめて少年が呟く。僕に言い聞かせるというよりも、過去を思い出しているかのように。

「俺は自分のこと、何も知らなくて。アイツは俺のために色々としてくれていたのに、俺は我侭ばっか言って、アイツを困らせてた。でも、しょうがないね、って笑ってくれるアイツが嬉しくて、アイツが何を考えているかなんて、全然、気づきもしなかった」

それに気づくのは全部終わった後で、と少年はその青い瞳を伏せる。僕はその瞳を見て、あぁ、この少年は泣いている、と思った。涙を流しているわけではないけれど、確かに少年は泣いていた。

「もしも、生まれかわれるなら……――――           」

少年の言葉は、途中から荒く吹き荒れた風と、波の音に掻き消された。
僕はそれを、聞き返そうとは思わなかった。泣いている理由も、彼の願いも、何も分からない。でもそれは僕が踏み込んでいいものではないと、理解していた。

「……君の願いが、叶うといいね」

陳腐だけど、そんな言葉しか言えなくて。
それでも、少年は少し嬉しそうに笑ってくれて。

あぁ、この少年には、笑顔が良く似合う。

そう、思った。



『 雪男へ
もう何度目の手紙になるんだろうな。この手紙がまた、お前に届くことを願って、書いています。
俺は、相変わらずです。小さな港町で、静かに暮らしています。
それから、悲しいお知らせです。先日、しえみが亡くなりました。多分、もうそっちに逝っているかもしれませんが、もし会ったら、俺は元気にしていると伝えて下さい。しえみは、最期まで俺を心配してくれていたから……。他の皆にも、そう伝えて下さい。
……、とうとうこの世界で俺だけが生き残ってしまいました。クロは傍に居てくれるけれど、最近は少し元気がありません。お前がいれば原因が何なのか分かるのに、と少し悔しい思いをしています。
……なぁ、雪男。俺、やっぱりお前に会いたい。でも、それは無理だって、分かってるんだ。でも独りじゃ寂しいよ、雪男。お前がいないと、やっぱり俺はダメみたいだから。だから、この手紙に俺の思いを書いて、海に流します。いつか、叶うことを願って           燐』




流れていく、小さな瓶。
寄せては返す、想いを乗せて。









END

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