寒い日には、熱いくらいの温度で。

ちらり、と時計を見ると、午後四時を少しまわっていた。
俺は書類に向かっていた手を止めて、ふ、と一息つく。 すると、そのタイミングを見ていたかのように。

「いぃしぃやぁきぃもぉ〜、おいもぉ〜」

かなり気の抜けた、それでいてそれが何故かサマになる声が聞こえてきた。 俺はその声に、小さく口元を吊り上げて立ち上がった。



「美味しい焼き芋はいかがですかぁ〜」

屯所の前。銀色のソイツは屋台のような形をした車に乗ってやって来た。 「焼き芋屋 銀ちゃん」という看板を掲げたソレは、俺の前でぴたりと動きを止めた。

「あれ、多串君じゃん」
「誰が多串君だ。……芋、五つ貰えるか?」

運転席から顔を覗かせたソイツ……銀時は、毎度どーも、と笑って、車から降りてきた。 真っ白な着物をいつもなら片方だけ引っさげているのだが、今日は両方とも袖を通していた。

「しっかし、今日も寒いよなぁ。おかげで、商売繁盛だけど」
「焼き芋屋って、儲かるのか?」
「まぁ、そこそこ?寒いし、皆あったかいもん食いたくなるんだよな」

そう言いつつ、てきぱきと手を動かす銀時。軍手を付けて、熱した石の中から素早く芋を取り出すと、サッと新聞紙で包んだ。

「はい、一個三百円ね」
「……ん」

俺は差し出された手に、持っていた金を手渡す。すると、銀時は俺の手をがしっと掴んで、じぃとこちらを見つめた。 心なしか、いつもは死んだ魚のような目がキラめいているような。

「な……なんだよ……」
「あのさぁ、多串君。もしかして、ずっと俺のこと、待ってたの?」
「……ッ」

俺は、恐る恐るといった様子で聞いてくる銀時に、カッと頬に血が上るのを感じた。 え、マジでか。と、聞いたくせに驚く銀時に、居た堪れなくなる。

いつも、同じ時間にやってくるコイツを待っていた、なんて。絶対に知られたくなかったのに。

「は、離せって」
「いやいやいや、何言ってんの。こんな美味しい場面で、離すわけねーだろ?」

ね?とコチラを覗き込んでくる。俺は逃げたくて溜まらなかったけれど、俺の手を握る銀時の手が、どうしても離れてくれない。この、馬鹿力が。 小さく舌打ちしつつ、顔を見られたくなくて俯いた。

「ホント……、お前は可愛いよなぁ」
「か、かわい……って。お前、目が腐ってんじゃねーの?」

しんみりとしたような呟きに、ますます俺は顔を上げられなくなる。悪態をつくものの、声に力が入らない。

「なぁ、顔上げろよ」

だが、そんな俺に焦れたのか、俺の手を握る方とは逆の手が俺の顎を捉える。
上を向かそうとするソレに、全力で反抗するものの、力面では銀時のほうが上なワケで。

「……ぁ……ッ」
「……ひじかた」

ぐ、と上を向いた瞬間、やけに真面目な表情をした銀時の顔が目の前にあって。
唇に、柔らかな感触。握られていたはずの手は自由になったのに、俺は動けない。


「……っん」
「なぁ、土方。口、開けてよ」

唇を離した銀時は、離し際にぺろりと俺の唇を舐める。その先を催促するようなソレに、ヤメロ、と言おうとしたものの、それよりも早く銀時の舌が口に入り込んできて。

「ん、……ふ、……」

ここ屯所の前なんですけど!と焦りながらも、快感を促すようなソレに抗えない。

「……ぁ、ふ……」

くち、くちゅ、と散々口内を嘗め回された俺は、唇が離れる頃には自分で立てずにヤツに縋り付いていた。

「……ッ、くそ……ッ」
「……そこは、名前呼ぶトコじゃね?」
「………絶対、呼ばねぇよ」
「ふぅん?俺は呼ぶけどね。十四郎」

ぎゅうう、と白い着物に縋り付く俺を、銀時は強く抱きしめて。 ほんの少し、照れくさそうにそう呼ぶから。

……―――ぎん、とき。

ヤツの肩に額を押し付けて、絶対に聞こえないような声で、俺は目の前の男の名を囁いた。 面とは向かって言えない、その名前を。


冷たく凍えた手が、今はもう温かく。
逆に熱いくらいだった。


END.


おまけ

「おい、もう離せよ。っていうか、焼き芋……」
「んー、もうちょい」

「……ばかやろう」


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