あわてんぼうのサンタクロース




あわてんぼうのサンタクロース クリスマス前にやってきた

ふざけんなくそが早く来るんじゃねーよボゲ

脳内でそう罵ってみても、楽しげなクリスマスソングが消えることはなかった。


あわてんぼうのサンタクロース


十二月二十二日は、俺の誕生日だ。もうこれを聞いただけで色々分かると思うが、誕生月に何かしらイベントごとがあると、それといっしょくたにされる。メリークリスマス! そして誕生日おめでとう! だ。決して、誕生日おめでとう! が単体になることはない。
小さな頃は、それが堪らなく不満だった。どうして他の奴らは別々なのに、俺は一緒にされるのか。だから、この時期になると登場する真っ赤な衣装のサンタクロースが苦手で、あのひげ面を見ただけで癇癪を起こしていた。
だけど、小学、中学、とバレーに夢中になっていた俺は、いつしかそのことが気にならなくなった。別に、いいだろ。誕生日なんて。そう思うようになった。昔は、誕生日っていうのは、ソイツが一日王様になる日みたいな、そんな特別な日みたいに思えていたけれど、大人になるにつれて、誕生日だからって王様になれるわけでも、特別になれるわけでもないってことに気付いて、だんだん、自分の誕生日なんてどうでもよくなっていった。
………―――、はず、だった。

「ふざけんな、くそが」

俺は自室にあるカレンダーを眺めて、悪態をつく。日付は十二月二十五日。クリスマス当日だ。とっくの昔に俺の誕生日は過ぎていて、町はイルミネーションとバカップルの巣窟になっていた。つけるテレビの番組も、ぜんぶそればっかり。つまらなくて、イライラして、乱暴にスイッチを消して部屋に篭ったのが、数分前。今はこうしてカレンダーを睨みつけて、一人で悪態をついている。ふざけんな。何度目かの苛立ちが込み上げてきて、俺はカレンダーを見るのもいやになって、ベッドに飛び込んだ。
くそ、ぼげ、ばか、ふざけんなくそ。沢山の言葉が、ベッドの中に消える。でも最後には必ず、日向、の名前があって、そんな自分が苛立たしかった。

………そもそもの発端は、数日前。十二月二十日のことだった。

年末最後の部活を終えて、片付けをしている最中のこと。例のごとく、もうすぐクリスマスだよな、という話になった。んで、そのクリスマスを誰と過ごすか、みたいな話になって。
俺は内心でちょっとドキドキしていた。だって、その前の日、つまり二十二日は俺の誕生日で。

――――――お前の誕生日、ちゃんとおれに祝わせて。

いつかのとき、不意に、誕生日の話になった。そういやお前って、誕生日いつ? なんて気軽に聞いてきた日向に、十二月二十二日だと答えた。そしたら、クリスマスと近いじゃん、良かったね、なんて、全然嬉しくねぇし全然分かってねぇ答えを返されて、イラッと来た俺は。

『別に、誕生日なんてどうでもいいだろ。ガキじゃねーんだし。それに、クリスマスが近いと一緒にされるから、祝われてる気なんてしねーよ』

最後のほうは、ちょっと愚痴みたいになっちまって。気まずくなって黙っていると、日向は勢いよく顔を上げて、それはだめだよ、と言った。

 ―――あんな、誕生日っていうのは、大事なの! お前がこの世界に生まれてきた、大事な日なんだぞ! どうでもいいわけねーじゃん!

むっ、とまるで自分のことのように怒った日向は、俺にびしっと指を突き付けて。

 ―――よしっ、分かった! じゃあ、おれがお前の誕生日、祝ってやる!

そう言って、ニッと晴れやかに笑った。別にいいって言ったのに、日向は聞く耳を持たなくて、あまりにも俺がぐずるものだから、最後にはあの、試合のときに見せる真っ直ぐな目でこちらを見上げてきて。

――――――お前の誕生日、ちゃんとおれに祝わせて。

静かに、だけど、強く。有無を言わせない口調で、言いきった。
日向がどうしてそこまで俺の誕生日にこだわるのか、実はよく、分からない。けど、なんだか胸の奥がくしゃくしゃして、ずきずきして、俺は病気に罹ったんじゃないかと思うくらい、息が苦しくなった。

そんなことがあってから、俺はなんとなく、自分の誕生日が楽しみになっていた。別に、プレゼントが欲しいだとか、そういうことではなくて、アイツが、日向が、俺の誕生日を祝ってくれるっていうだけで、ふわふわと落ち着かない気持ちになった。

そんなことがあり、クリスマスの話になったとき、日向はどんな反応をするんだろうと気になった。二十二日の俺の誕生日、日向はちゃんと覚えてるだろうか。そんな不安も顔を覗かせて、少し緊張しながら先輩達の話を聞いていた。
それぞれ、家族、とか、友達、とか、ワイワイ話しているのを聞きながら、ついに田中先輩が、日向に声を掛けた。

「日向、お前は? クリスマス、予定あんのか?」
「へ? 予定、ですか?」
「そうそう! ま、お前のことだから、家族とか友達とかと過ごすんだろー?」
「えーっと……―――」

田中先輩は、何の疑問も持たずにそう言った。俺も、だろうな、とは思った。日向には確か年の離れた妹がいたはずだし、友達もいたはずだ。クリスマスはそいつらと過ごすんだろうな、なんてぼんやりと考えていたら。
日向は、頬を掻きながら明後日のほうを向いて。

「あの、違います、けど……?」
「え」

びしり、と田中先輩が固まった。ついでに、俺の心臓も、止まった。
よくよく見たら、先輩たち皆固まっていて、驚いたように日向を見ていた。
家族でもなく、友達でもない。クリスマスを一緒に過ごす予定のひと。それって、つまり。

「ひっ、日向クン……? も、ももももももしかしてそそそそそれって……!」
「翔陽! お前、彼女できたんだな!?」

動揺のあまり唇をガクガク言わせている田中先輩の横で、西谷先輩が晴れやかに言い放った。とたん、顔を真っ赤にする日向。わたわたと両手を振って、ぶんぶんと首を横に振っている。

「かっ、彼女ッ!? ちっ、違いますっ!」
「ほーぉ、そんな顔真っ赤にしちゃってますます怪しいですなぁ? オラ、ゲロっちゃえよ」
「えっ、ち、ちが、違いますって!! い、一緒に過ごせたらいいなーとは思ってますけどでもまだそんな……っ!」
「つーことは、好きな子はいるってことだな!?」
「わーっ!」

半分涙目になって日向は先輩二人の口を塞ごうとするものの、身長が足らずにぴょんぴょんと無駄に跳ねまわっていた。

「こら、田中と西谷。あんまり日向をからかうなよ」
「す、菅さぁん!」
「んで、日向は誰が好きなんだ? 同じクラスの子とか?」
「うえっ、菅さぁあん!」

味方を得たかと思ってホッとした日向は、にやっと笑って楽しそうにしている菅さんに絶望に満ちた顔をした。ころころくるくる、忙しい奴だ。俺はさっきから指先一つ満足に動かせないっていうのに。
………つか、日向にそんな奴、いたのかよ。
知らなかった。気づかなかった。……―――なんだよ、それならそうと、言えよ。じゃあ、お前、俺の誕生日どころじゃねーだろ。その、好きな奴のことで、忙しいんじゃねーのかよ。
緊張してがちがちになっていた心臓が、しおしおと沈んでいく。指先がひどく冷たくて、ぎゅっと握りしめる。

「おーい、もうそろそろ片付け終わらせるぞー」
「あっ、オース!」

わいわいと騒いでいた俺たちに、監督が声を掛ける。中途半端だった片付けを再開して、結局日向のすきな人っていうのが誰なのか分からないまま。もやもやとした気分のままでいると、日向、と小さく呼ぶ声がして、ちらりと声のした方を見やった。新しいマネージャーの谷地さんが日向に声を掛けていて、何やら楽しそうに話をしていた。日向が何かを言って、谷地さんが笑う。二人は本当に楽しそうで、出会ってそんなに経っていないのに、親密そうに見えた。
……もしかして、日向の好きな奴って。
過ぎった考えは、あながち間違っていないかもしれない。俺は二人の様子を見て、そう思った。
そうして、もやもやとイライラと、なんだかよく分からない感情を抱えたまま。

―――結局、二十二日の俺の誕生日、日向が現れることはなかった。

朝からそわそわして、玄関のほうを眺めては、誰もいないことに落胆して。クリスマスケーキなのか誕生日ケーキなのか分からない、木の幹みたいなケーキを食べる頃には、俺の頭の中では日向への罵倒でいっぱいだった。
なんだよ、結局、来ないのかよ。じゃあ、なんであんなこと、言ったんだよ。誕生日を祝いたい、なんて、期待させるようなこと、言いやがってくそが。
大好きなポークカレーの味も分からないまま、二十二日が終わる最後の瞬間まで起きていたけれど、電話どころかメールすらないまま。

あれから三日が経った。十二月二十五日。クリスマス。陽気なクリスマスソングでさえ、俺の気分を晴らすことはできなかった。むしろイライラして、朝からずっと自室にこもっていた。

……今頃、アイツは何をしてるのか。もしかしたら、谷地さんと一緒に出かけたりとか、してるんだろうか。だってアイツ、クリスマスは予定あるって、言ってたし。

もそり、とベッドから起き上がる。脳内に浮かんだ、イルミネーションの中で笑う二人の姿は、何の違和感も持たせなくて。

「―――……、」

しらなかった。誕生日を祝ってもらえないことが、こんなに苦しいだなんて。
しりたくなかった。しらなければ、こんな、泣きたくなることなんてなかったのに。

「っ、くそっ……」

ぽつり、と悪態をつく。だけどその声は、部屋の中に寂しく響いた。余計に苦しくなって、もう不貞寝でもしてしまおうかとベッドに顔を伏した、そのとき。

「かげやまーーーー!」

聞きなれた声が、して。
は、と顔を上げる。声は窓の外からしていて、何度も俺を呼んでいた。

「かーげーやーまー! いないのかー?」

んだよ、うるせぇな。今更、何しに来たんだよ。つか、何で来るんだよ。お前、予定があるんじゃなかったのかよ。来んじゃねーよくそ。
色んな言葉が脳内を駆け巡って、ムカムカして、俺は日向の声を無視して布団をかぶった。日向の声が、遠くなる。

「かげやまー! おーい!」

うるさい。うるさい。ついでにしつけぇ。俺は家にいねぇんだ諦めろ。さっさとどっかいっちまえ。谷地さんとでも誰とでもいいから、イルミネーションがキラキラしてて、うざってぇカップルの巣窟に行っちまえ。
ぎゅっと布団を被る手に力を込めると、俺の思いが伝わったみたいに、窓の外の日向の声が聞こえなくなった。
……んだよ、もう、帰ったのかよ。根性なし。むっと唇を尖らせて、ゆっくりと布団から顔を出した、ら。
ばたばた、と階段を駆け上る音がして、勢いよく部屋の扉が開いた。ぎょっとしていると、まるでボールみたいに飛び込んで来た、橙色のソイツ。

「影山! やっぱりいた!」
「っ、な……」

絶句している俺に、日向は嬉しそうに笑った。頬と鼻の頭が真っ赤になっていて、頭には大量の白い雪がついていた。

「影山、外! 真っ白だよ。二十一日から雪降っちゃったみたいでさー。バスも電車も道路も全部雪で交通止め! おれ、焦っちゃったよ!」
「………え、」
「だから、ごめん! 誕生日、間に合わなくて」

一気に喋った日向は、最後には両手を合わせてしゅんとした顔をしていた。え、なに、雪が、なんだって? つか、お前……。

「きょう、くりすます、だぞ……」
「う? うん。そうだね」
「お前、よてい、ある、って」

家族でも、友達でもない奴と、予定があるって。一緒に過ごせたらいいなって思う奴がいるって、言ってただろ。ソイツとは、どうなったんだよ……?
答えを聞くのが何となく怖い気がして、俺は布団を被ったまま俯いた。すると、日向が一瞬、息を呑む気配がして。

「えーっと………、その………笑わないで、聞いてくれる?」
「………」
「おれ、あの………お前の誕生日、二十二日だって知って、んで、クリスマスも近いし、その………――――、二十二日にお前の誕生日、ちゃんとお祝いして、お前にちゃんとおめでとうって言って、それから――――、告白する、つもりだったんだ。お前のこと、すきだって」
「……………。は?」

一瞬、何を言われたのか分からなくて、俺は顔を上げた。そしたら、思いのほか、近い場所に日向がいて、顔を真っ赤にしながらも俺を真っ直ぐに見つめていた。

「誕生日、ちゃんと祝えたら、おめでとうって言えたら、すきって言えるかなって。そんな風に考えてたのに、雪、降っちゃってさ。あーこれもしかして、神様がおれに告白すんなって言ってんのかなーって、ちょっと凹んでて。………でも、やっぱり、ちゃんと言いたい」

影山、と震える声が、俺を呼ぶ。伸ばされた両手が、布団越しに、頭に伸びて。

「――――誕生日、おめでとう。おれ、お前のこと、すきだ」

に、と照れたように笑う日向の顔は、本当に真っ赤になっていて。寒いのか、熱いのか、よく分からない顔をしていた。だけど、触れている指先が震えているのが、布団越しにも伝わってきて、俺はそっと手を伸ばす。初めて触れた日向の頬は、冷たくて、熱かった。

「かげや、」
「………―――、おせぇんだよ、くそが」

サンタクロースか、お前は。
そう悪態をつくと、きょとん、と目を瞬かせた日向が、次の瞬間には顔を真っ青にして、プレゼント忘れた! と半分泣きそうな顔をしていた。
ごめん、家の玄関まで持ってたのは覚えてるんだけど、とうろたえる日向に、俺は笑いながらその小柄な体を引き寄せた。冷たい髪の感触が、頬に触れて。

プレゼントなら、もう、もらっちまったけど。

そう言うべきか、それとも、今すぐ取りに帰れボゲ、と罵るか。
どっちにしようかと悩みながら、もう少しだけ、この冷たい体に触れているのも悪くない、とそんな都合のいいことを考えていた。



あわてんぼうのサンタクロース。クリスマスの日にやって来た。

間に合ったのにしまらねーな、コイツは。

そんな、悪態をつきながら。



Happy Birthday KAGEYAMA!









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