白ヤギさんと黒ヤギさん

暖かな春風が頬を撫でる、昼下がり。そんな穏やかな雰囲気をぶち壊すかのように、現場は騒然としていた。
攘夷志士による攘夷活動という名のテロが、この呉服店で発生したのだ。この呉服店はどうやら天人に格安の値段で布や服を売買していたらしく、それが攘夷志士に目を付けられてしまったらしい。まぁ、少々法に触れるようなこともしていたみたいだから、自業自得だけど。

「なにぼけっとしてやがる!状況報告しろ!」
「……副長」

俺がそんなことを考えていると、俺の上司である土方さんが怒鳴った。眉間にシワを寄せて、瞳孔開きっぱなしの物騒な顔をして。

「近隣、及び市民に被害はありません。呉服店の店員も無傷です」
「そうか……」

ふぅ、と煙草の煙を吐きながら、副長は少し身体の力を抜いた。俺はその姿に、やれやれ、と肩を竦める。

「副長、もうここは他の人に任せて、副長は抜けてもいいですよ。今日、本当は非番だったんでしょう?」
「……」

ピクリ、と副長の眉が吊り上がる。あ、何か俺、地雷踏んだ?さらに不機嫌になった副長に、いつ拳が飛んでくるのかとヒヤヒヤしていると、副長は現場を見回して。

「フン。別に用事があるわけでもねーし。見たい映画もこの前の非番で見たからな。……それとも、俺がいちゃ不都合なことでもあるってのか?」
「いえいえ!そんなことはありません!けど……」

超不機嫌そうな副長の横顔をチラリと見ながら、おかしいな、と俺は内心で首を傾げる。
昨晩、俺は見たのだ。副長が、あの人に電話を掛けている所を。そして、その横顔も。今日非番だからと逢う約束を取り付ける、この人の少し嬉しそうな横顔を。
なのに、副長一歩もここから動こうとしない。
仕事人間、真選組が一番な副長だ。最初は、テロが起きたらすぐに非番そっちのけで現場に来ることは予想できた。その間不機嫌だったのも、折角の非番を台無しにされたからだと思っていた。
だけど、きっと現場が片付けばすぐにあの人に逢いに行くと、そう思っていたのに、副長は動かない。
何で?と俺が?マークを頭上に浮かべていると。

「おーい、何やってんの、お前ら」

背後で、やけに間延びした声がして。俺は、あ、と思う。あの人の声だ。だが、副長は頑なに振り返ろうとしない。声はちゃんと届いているはずなのに。そんな土方さんに、旦那は野次馬を押しのけるようにして、「keep out」と書かれた黄色のテープの手前までやって来た。

「オイオイ、シカトですかー?土方くーん」
「……―――」
「あの、副長。呼んでますけど、旦那」
「空耳じゃねーの?俺には全く全然何にも聞こえないんだけど」

ふい、とそっぽを向いて、絶対に振り向かない姿勢を見せる副長。俺は旦那と副長を交互に見て、冷や汗をかく。
なんか、旦那の目がだんだん怖くなってきてるんですけど!めっさ俺のことガン見しているんですけど!え?何コレ?俺が悪いの?

「ひーじーかーたーくぅん?そんな態度取っていいと思ってんの?つーか、今日逢う約束したの、忘れたのかな土方君は。俺、ずっと待ってたんですけどぉ?」
「……」
「来れないなら来れないで連絡くらいしてもらわないと、俺、困るんですけど?やっとお前に逢えるって朝からソワソワしてた俺の身にもなってお願いだから」

旦那が天パをかきながら、少し拗ねたようにそう言った。すると、それまで黙っていた副長がぽつりと呟いた。近くにいた俺にしか聞こえない、小さな声で。

「……―――んだよ」
「え?何?」
「……」

聞こえない、と旦那が言うと、副長がグッと唇を噛んだかと思うと、懐から手帳を取り出して、何か書き始めた。そしてそのページを破って、俺に渡す。

「え?」
「ん」

何、と紙を握り締めて呆然とする俺に、副長が旦那を指差した。どうやら、渡して来いということらしい。俺はため息を付きながら、旦那のほうへ向かう。旦那は旦那で、なんでお前が来るんだよ、的な目をしていた。なんか、理不尽だ。

「何、ジミー君」
「これ、副長からです」
「!」

旦那が俺から紙を奪うと、紙に視線を落として、目を見開いた。

『てめぇが昨日俺に言った言葉、忘れたとは言わせねぇぞ』

「……ん?」

紙を見た旦那は、首を傾げた。俺もチラリと内容を見たけれど、もしかして旦那、副長が何に怒っているのか、忘れているのか?え、マジで?ありえないんですけど。

「昨日って……。俺、何か言ったっけ?」
「……!」

アレ?と首を傾げる旦那に、副長の肩が跳ねる。あーあ、何か厄介なことに……。
俺がヒヤヒヤしていると、副長が俺を手招きする。慌てて近寄ると、また紙を渡された。行って来い、という目で俺を見るので、俺はしぶしぶ旦那の元へ。旦那は、渡された紙を見て、また目を見開いた。

『死ね』

「ちょ、一言で済ませたよあの子!」

どう思う、ジミー君!何て俺に言われても困る。というか、俺は山崎なんですけど。

「えーっと、取りあえず謝ったらいいんじゃないですか、旦那」
「謝るって言っても、覚えがねーし……」

うーん、と唸る旦那。え、ほんとに覚えがないのこの人。それはちょっとヤバイんじゃないのか。

「えーっと、昨日だろ?昨日は確か電話で……―――」

旦那はうんうんと言いながら思い出そうと必死だ。そうしてしばらく悶々とした様子を見せた後、何かに思い当たったように目を見開いて。

「もしかして、アレ?アレのこと?ちょ、マジでか!」

なにやら慌て出した旦那に、副長は相変わらずそっぽを向いたままだ。旦那はそんな副長にサァ、と血の気が引いたような顔をして、テープを飛び越えてこちらに身を乗り出そうとした。それを慌てて止める俺。いくら旦那でも、現場に入らせるわけには行かないからだ。

「ちょ、ジミー邪魔すんな!土方に大事な用があんの!」
「ダメですって!いくら旦那でも、現場に入るのはマズイですって!」
「……ッ、クソ。土方!」

旦那は必死に副長に向かって呼びかける。そしてそれを止める俺。振り返らない副長。アレ?なにこの図。何この、俺が二人の邪魔しているような空気。俺は旦那を止めつつ、アレ?と首を傾げる。そんな俺に構うことなく、旦那は旦那で必死に副長に呼びかけていた。

「あんなの、冗談に決まってんだろ!本気にすんじゃねぇよ」
「……―――」
「俺、お前に逢えるのが久しぶりで、ちょっとテンパってたんだよ!」
「旦那はいつも天パってるじゃないですか」
「ちょっと黙ってようかジミー。つーか、どけよジミー」
「ダメですって」

低く唸る旦那はいつにも増して必死だ。本当に、昨日旦那は副長に何を言ったんだろう。旦那を押し留めつつも気になっていると、副長がそっぽを向いたまま「山崎!」と俺を呼ぶ。え、いいの。俺ここから離れたら旦那こっちに来ちゃいますよ?
戸惑っていると、副長はまた手帳に何かを書いていた。あ、そういうことね。俺は旦那を軽く突き飛ばして、副長の元へと走る。そして紙を受け取ると、旦那の元へと走った。

「旦那、副長からです」
「……」

旦那は俺から紙を受け取ると、素早く目を通した。

『消えろ』

「ちょ、さっきと何も変わってねぇじゃん!」
「相当怒ってますね、副長。一体どんなこと言ったんですか、旦那」
「………やー……、その、昨日の電話で、土方が俺と逢えんのが嬉しい的な声してたからさ、つい俺は別に逢えなくても寂しくないけど的なことを言っちゃってさ」
「あー、それは最悪ですね旦那。そりゃ副長も怒りますよ」
「だ、だって!俺も逢いたかったし寂しかったなんて恥ずくて言えるわけねぇだろ!久々すぎて土方不足になりそうだとか、ほんとは昨日の電話で声聞けただけでも満足したとか、そんなん言えるわけねぇだろうがコノヤロー!」
「今モロ言ってますよ、旦那」
「あ!」

しまった、と顔を赤らめてわたわたする旦那を見て、俺は内心で苦笑を漏らす。なんだこの恥ずかしい感じは。俺はただ間にいるだけなのに、なんだこの甘ったるい雰囲気は。
そして、ちらり、と見やる副長の耳も、どこか赤い。しかし頑なにこっちを見ようともしていなくて、素直じゃないなぁなんて思う。

「……土方、えーっと、その………」
「………」
「その、あの………っ、あーっもう!」

くしゃくしゃと天パをかき回した旦那は、副長から貰った紙の裏に何かを書き始めた。そして、俺の手に握らせる。そして脱兎のごとく、野次馬を押しのけるようにして走り去ってしまった。
まるで嵐のようだ。俺はその背を呆気に取られて見送りつつ、握らされた紙を見下ろす。そしてハッと我に返って、副長の元へと急いだ。

「副長。旦那からです」
「………」

黙って紙を受け取った副長は、くしゃくしゃになった紙を見下ろして、カッとさらに頬を赤らめた。そして小さく、あの馬鹿、と呟く。大事そうにその紙を懐に仕舞うと、ふぅ、と煙草を吹かして。

「山崎」
「はいよ」
「………、後は頼む」
「はい。いってらっしゃい」

ぽつり、と呟いた副長は、そのまま現場を立ち去った。少し気まずそうだったのは、一連の流れを全て俺に見られていたからなのか。まぁ、今更と言えば今更だ。副長が旦那と付き合っていることも、随分と前から知っていたわけだし。

「ほんっと、素直じゃない人たちだ」

俺は旦那が副長に渡した手紙の内容を思い出して、苦笑を漏らした。

『いつもの場所で、待ってる』

逢いたいって、言えばいいだけのことなのに、とそんなことを思いながら、俺は副長の代わりに現場の後処理をする為に、走りだした。

おわり.





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