すき だいすき あいしてる!

「兄さん、すきだよ!だいすき、あいしてる!」
「……、頭大丈夫か、雪男」



深夜の一時過ぎ。帰ってくるなりそう叫びながら抱きついてきた双子の弟に、俺は驚きすぎて逆にそんな風に問いかけられるほど、冷静に返していた。





俺の弟は、とにかく優秀だ。頭もいいし、何をやらせてもそつなくこなす器量もある。そんな弟が俺は誇らしいし、自慢だった。
対する兄貴である俺の頭が悪いっていうのもあるけど、体が弱くて気も弱かった弟が立派になった姿に、どこか母親のような、父親のような、そんな気持ちになるのが正直なところで。
そんな完璧といえる弟は、いつも気張って生きている。周りに弱みを見せることもせず、ピンと背中を伸ばして颯爽と廊下を歩く姿に、少しくらいは気楽に生きてもいいのに、と常々思っていた。

思っていたが、これはちょっと、気を抜きすぎじゃないのか。

俺は、ぎゅう、と俺を抱きしめて懐く弟の頭を見下ろして、どこか遠い目をした。

優秀な弟は多忙だ。今日だって、祓魔師エクソシストの任務があるから先に寝てて、と塾の終わりかけに言われたのだ。少しくらいなら待てるぞ、と言った俺に、いいよどうせ深夜になるし、と笑顔で断られて、そうか、と返したのは記憶に新しい。
大変だな、と急がしそうな弟を見るたびに思う。きっと他の塾の先生だとか、祓魔師エクソシストだとか、大人に混じって同じ年の弟は頑張っているのだろう。だから、きっと大人同士の付き合いというものに付き合わされることだって、きっとあるはずで。

「……酒臭いぞ、お前」

くん、と祓魔師エクソシストの黒いコートから匂うその独特の香りに、俺は顔をしかめる。今日の任務で一緒だった誰かに、飲まされたのだろうか。未成年に、こんなにべろべろになってしまうまで。
全く誰だよ、雪男に酒飲ませた奴、と悪態を付きながら、俺はとりあえず懐く雪男を離そうと雪男の肩を掴んだ。だって、一人用のベッドに二人はキツイし。
すると雪男は、イヤイヤというように頭を横に振って。

「離れちゃいやだよ、兄さん。兄さんはぼくと離れてへいきなの?」
「平気っつーか。ちょっと今は落ち着こう?な?」
「やだ。兄さんにくっついていたいんだもん」
「……」

誰だ、この酔っ払いは。

俺は呆然と、弟(と思われる奴)を見下ろした。ぎゅう、と嬉しそうに俺に抱きつくソイツの顔は、間違いなく俺の大事な弟で。眼鏡もほくろも、見慣れたものと一緒だ。
あれ?じゃあこの酔っ払いは俺の弟か。

「ちょ、雪男君?あんまり抱きつくと苦しんだけど?」
「んー……。兄さん、いいにおいする……」
「お前は酒臭いけどな。……って、そうじゃなくて……」
「ふふ、だいすき」

何がおかしいのか、雪男は終始楽しそうだ。楽しそうに、兄さんだいすき、と繰り返す。ふにゃりと緩んだその顔は、何だか久しぶりに見た雪男の気の抜けた顔で。
……何か、可愛いなぁ。
兄さん、兄さん、と舌足らずで呼ばれると、小さかった頃のことを思い出す。あの頃は雪男もにいさんにいさん、って言って俺に付いて回っていたっけ。
そんな風にしみじみ思い出にふけっていると、ちょっとむっとした顔をした雪男が俺を見上げていて。

「にいさん。にいさんは、ぼくのことすき?」
「……あぁ。好きだよ」
「ほんとに?ほんとにすき?だいすき?」
「うん。好き、大好きだよ、雪男」
「えへへ、ぼくもだいすき!」

兄さん!とぎゅうぎゅうに抱きついてくる弟に、俺はしょうがないな、とその背中に手を回して、ぎゅうと抱きしめ返した。するとまた嬉しそうな顔をするから、俺も嬉しくなって。

「すき、だいすき、あいしてる。世界で、いちばん」
「うん」
「だから、ずっとそばにいるよ、兄さん」
「……、うん」

そう言って、笑うから。
何だか俺は泣きたくなって、それを誤魔化す為に雪男の肩に顔を埋めた。
あいしてるよ、とくぐもった雪男の声が聞こえて、ただ、うん、とだけ返して。
酒臭いその匂いを、めいいっぱい吸い込んだ。






「う、うわああ!」
「な、なんだ!?」

すぅすぅと気持ちのいい睡眠をむさぼっていた俺は、隣で聞こえた悲鳴に飛び起きた。何だ、何が起きた、と周囲を見渡せば、呆然としている弟の姿があって。

「な、何だよ?何かあったのか?」
「……、兄さん。……その………。なんで僕、兄さんのベッドで寝てるの……?」
「……――――」

だらだらと汗をかきながら、そう問いかける弟に。
俺は何だか、疲れてしまって。

「お前、もう飲酒禁止な」

俺は、ため息を付いてそう返すと、ベッドに潜り込んだ。布団を頭まで被って、完全に拗ねた態度を見せて。
えええ?とそんな俺の態度に慌てた雪男が、ちょ、兄さん?僕、もしかして昨日なんかやっちゃった?だの、兄さんお願い教えて、と懇願するような声で俺に迫るのを聞きながら、被った布団の中で小さく笑う。


『兄さん、すき、だいすき、あいしてる』


昨日、無邪気にそう言った弟の声を、思い出しながら。

「すきだよ、ばーか」

そう、呟いて。





END

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