ねがいごと、ふたつ




「おーい、お前らー、今日は部活の前にちょっとすることあるから」

部室で部活開始の準備をしていたおれたちは、菅さんの言葉にそれぞれ用意していた手を止めた。なんだろう、と菅さんを見ると、菅さんは綺麗な笑顔を浮かべて。

「七夕、するぞ!」






「なんでこの年にもなって七夕……」

げっそりと呟く月島を、菅さんはいいからいいから! とその背中をばしばしと叩いていた。
菅さんに連れられて体育館前に集合すると、清水先輩が赤色の短冊とペンをくれた。どうやらこれに願いごとを書けということらしい。
菅さんいわく、バレー部では毎年七月七日に七夕をするらしく、願い事を書いた短冊を竹に飾って、その竹は体育館の前に置いておくらしい。
練習も大事だけど、こういうのも楽しんでおかないとな、とコーチは言っていた。

体育館の隅っこの方に座り込んで、願いごとは何にしようかと頭を捻る。なにがいいかな。やっぱり、『身長が伸びますように?』 それとも、『バレーがもっと上手くなりますように?』おれの頭の中で、願いごとが浮かんでは消える。そのほとんどはバレーのことが大半を占めていて、おれってほんとバレーすきだなぁ、なんてしみじみ思う。

そういえば、おれと同じくらいバレーが大好きなやつがいたっけ。

おれはちらりと隣を見やる。眉間に皺を寄せて、何か重大なことを考えているみたいな顔をした影山が、じっと白い短冊とにらめっこしていた。声を掛けようかと思ったけど、顔が怖すぎるので止めた。今声なんて掛けたら、ぜったい怒る。ボゲ日向いま話かけんじゃねぇよボゲ、くらいのことは言われる。
おれは早々に影山を諦めて、次に山口を見やる。ぶつぶつ文句を言う月島の隣で、緑の短冊に『もっとサーブが上手くなりますように』って書いているのが見えた。そのスミにちっちゃく、『ツッキーが怪我をしませんように』って書いてて、一つの短冊に二つも願いごと書くなんてヒキョーだと思ったけど、でも、何となく言わないでおいた。
当の月島は、先輩に宥められて諦めたのか、黄色の短冊に『もっと身長が伸びますように』って書いていた。おい、それおれの願いごと! なんて抗議しようと思ったけれど、月島の願いごとをチラ見した山口が、「大丈夫だよツッキー! 今も十分高いよ!」と言って睨まれているのを見て、止めた。

澤村主将や菅さんは『今年こそ優勝!』って書いてたし、清水先輩は『みんなが健康でありますように』って書いて、それを見た田中先輩の西谷先輩に号泣されていた。(もちろんそのあと叩かれてた)

田中先輩は、『彼女が欲しい』ってすごく切実な文字で書いてた。ちらちら清水先輩の方を見ていたけれど、当人はしれっとした顔をしていて、全然伝わってないのがよく分かった。

西谷先輩は、願いごとは自分で叶えるもんだ! ってすっげぇカッコいいこと言ってた。オトコマエだ。でも参加しないのはダメだからって言われて、短冊にへたくそな絵を書いていた。あの絵、なんだったんだろ。

旭先輩は、何か色々迷っていたみたいで、『もっとエースらしくなりたい』とか『大人に間違われないようになりたい』だとか色々書いては消して書いては消してを繰り返して、短冊をくしゃくしゃにしていた。でも結局、西谷先輩に「大丈夫ですよ、旭さんはちゃんと鳥野のエースです!」って自信満々に言われて、『一本でも多くスパイクを決められるようになる』って書いていた。あれ、短冊って願いごと書くんじゃなかったっけ?

鳥養コーチは、最近親が結婚結婚ってうるせぇんだよな、なんて隣の武田先生をチラ見しながらぼやいていて、武田先生本人は、「そうなんですか? あぁでも鳥養くんならお嫁さんに来てくれる人いっぱいいますよ!」 なんて全然伝わってないしなおかつズレた返事を返していて、コーチがすごく凹んでいた。どんまい。おれは心の中でエールを送る。

そしてコーチを悪気なく凹ませた武田先生は、綺麗な字で『みんなの願いが叶いますように』って書いてた。先生本人の願いごとはないのかと尋ねたら、「みんなの願いが叶うことが僕のお願いです」なんて言って、照れくさそうに笑ってた。


バレー部のみんな、それぞれに願いごとを書いては、竹に吊るしていく。緑色の竹が、色とりどりに変わっていくのをぼんやりと眺めていると。

「おい、お前はもう吊るしたのか?」
「あ、影山」

それまで一人で黙々と短冊の前で睨みを利かせていた影山が、白の短冊を持ってやって来た。

「影山は願いごと書いたのか?」
「あぁ」
「ふぅん? なんて書いたの?」

手の中にある短冊を見ようとしたら、慌てて腕を伸ばして見えないようにしてしまった。おれの身長じゃ、影山が手を伸ばしてしまったら短冊には届かないし、見えなくなってしまう。

「あっ、ヒキョーだぞ! 見せろよ!」
「絶対いやだ!」
「えーっ、いいじゃん! どうせ吊るすんだろ?」
「それでもいやだ!」

影山は何故か必死に隠していて、おれはますます興味を持った。なんだろ、影山、なんて書いたんだろ。気になって気になって、高く持ち上げられた短冊に向かって、おれはぐっと足を踏み込む。その勢いで、一気に跳躍。だけど、おれが飛ぶって分かったらしい影山が、今度はさっと胸元に抱き込んで、伸ばしたおれの手は盛大に空振りしてしまった。

「くっ、なんだよー。いいじゃん見るくらい。影山のけちんぼ」
「だめだ」

頑なな影山に、ぶぅぶぅ文句を垂れる。だけど影山は結局おれに見せてくれなくて、一番高い竹の枝に短冊をくくりつけて、満足そうな顔をしていた。
悔しい。見てみたかったな、影山の願いごと。ひらひらと風に揺れる白の短冊を見上げていたおれは、そこでピンときた。
そうだ、おれの願いごとはこれにしよう! おれは慌てて赤色の短冊に願いごとを書いた。

「日向?」

何書いてんだ、と後ろから覗き込んできた影山に、ヒミツ! と舌を出す。ムッとした影山が、見せろよ! と怒鳴ってきたけど、何とか死守した。短冊に書き終えて、竹に吊るす。ん。これでよし!

満足げに、風に揺れる短冊を見る。すると、後ろから付いてきた影山がおれの短冊を見て、なっ、と声を上げる。驚いたような声に、おれはしてやったりと後ろを振り返る。影山が顔を真っ赤にして、ぎろりと睨みつけてきた。いつもだったら怖いけど、顔を真っ赤にしたままだから、全然怖くない。

「ど? おれの願いごと」
「………ボゲっ」

悪態をつきながら、影山が離れていく。おれはそれをニヤニヤしながら追いかけた。赤い短冊が、風に乗ってひらりと揺れる。

『来年は影山の願いごとが見れますように』

身長的な意味でも、精神的な意味でも。
おれはそっと空を見上げて、晴れますように、と呟く。だって、晴れないとおれの願い、聞いてくれなくなるじゃん。せっかく書いたのに、それは嫌だから。
あ、でも、それなら願いごと、二つになっちゃうな、なんてことを考えながら、練習始めるぞーというコーチの言葉に、駆け足で体育館へと入って行った。



『日向とずっと、バレーができますように』



おれがその願いごとを見れたかどうかは、また、来年のお話。









おわり

  • TOP