てのひらの恋心 SAMPLE




「……」

放課後。
俺は土方家の前にいた。
手にはプリントの入った封筒があり、これを届ける為に土方の家へとやってきたのだ。

「ははは……、声をかけるどころか、家まで来ちまったよ、俺」

土方の家を見上げて、俺は乾いた笑みを零す。とりあえずそうやって笑っていなければ、震えそうになる手を誤魔化せそうにないからだ。

「………っ、よし」

俺は気合を入れる。そしてその勢いで、インターフォンへと手を伸ばす。ボタンを押そうとして……、引っ込める。
かれこれ数十分、これを繰り返している。どこの小学生だよ、というか、小学生の方が遠慮なんてないよ、と自分でも情けなく思っていると、突然、がちゃりと音を立てて玄関の扉が開いた。

「あ、」
「ん?」

家から出てきた土方と、目が、合って。俺はびしり、と固まってしまった。
本物だ。本物が目の前にいる。しかも、俺を見てる。めっさ見てる。不審者を見るような目で、俺を見てる。

「……なんだテメェ、人ン家の前で」
「ッ、は!」

怪訝そうな土方の声で、ハッと我に返る。
少し鼻声だけど、耳に心地いい低音。マスク越しでくぐもって聞こえるけど、それでも、俺に掛けられた言葉。
俺は内心でガッツポーズを取りながら、それを押し隠すように封筒を差し出した。

「こ、コレ!ゴリ……近藤から預かったんだ。今日居残りがあるから無理だっていうから、代りに持って来た」
「え?あ、あぁ、そうか。それは悪かったな」

土方は封筒を受け取りながら、激しく咳き込んだ。どうやら相当悪いらしい。目も潤んでいるし、顔色だって悪い。
それなのにどこかへ出かけようとしていて、俺はきゅっと眉根を寄せた。

「なぁ、お前さ、風邪引いてんだろ?それなのに、どこに行くつもりなんだよ?」
「どこって、病院だけど」
「………」

当然、とばかりに返されて、問い詰めようとした気持ちがしおしおと萎んでいく。

「午前中は他の人いっぱいだったから、午後からにしてもらったんだ」
「あ、そうなんだ……」

そうだよね、そりゃそうだよね、と納得していると、また咳き込んだ。どう見てもかなり調子悪そうだ。それに、足取りもおぼつかない。
この状態で、歩いて病院まで行けるとは思えない。だったら、俺のとる行動はただ一つ。

「あのさ、歩くの辛そうだし、乗ってく?」

自分が乗ってきたチャリを差しながらそう言えば、でも、と逡巡する土方。だけどそのまま放ってはおけないので、いいから!と無理やり後ろに乗せた。

「乗り心地は悪いだろうけどさ、そこは我慢しろよ?」
「あ………、うん」

こくり、と頷く土方に、何か言いようのない感情が込み上げてきて、意味もなく叫びたくなった。だけどそこはぐっと我慢して、ペダルを踏む足に力を込める。

「危ないからさ、しっかり捕まって」
「………ん」

後ろから伸びた手が、おずおずと俺の背中の服を少し掴む。腰に腕を回してくれてもいいのに、と思ったけれど、そんな風に遠慮する土方が可愛くて。
俺って本当、欲張りだ。
声を聞きたい。声を聞いて欲しい。その目に映りたい。最初はただ、それだけだったのに。今じゃ、触って欲しいなんて思ってる。
俺は小さく苦笑しながら、後ろの土方を気にしつつ、病院へと急いだ。

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