午後11時55分。今日という日は後5分で終わってしまう。
「……」
俺は背中に暗雲を背負って、ぐったりとソファーに座り込んでいた。
毎年毎年、新八と共にファイナルアンサーを繰り返しては、収穫はゼロという不名誉極まりない事態になっていたものの、今年こそは!と俺は大いに張り切っていた。
と、いうのも。俺には去年とは違い、大事な大事な恋人がいるからだ。
その恋人は、かなり照れ屋で(そこが可愛い)もしかしたら、俺に渡すのに照れてしまって、結局何やかんやと考えている内に夜になってしまって、総一郎君辺りに「土方さんはヘタレなんで恋人にチョコの一つも渡せないんですかィ?」とか何とか言われて「上等だコラァ!」なんてキレたあの子は乗せられていることも気づかないで、俺のとこに来て、玄関前で我に返ってうろたえているに違いない、とか考えた数時間前の俺。
だけど、そんな言い訳も、後5分で今日を告げる頃になれば、通じないというもの。
「……」
寂しい。無償に銀さんは寂しいんですけど。
ぽつん、と取り残されたような、そんな気分になって、ついつい強がってしまう。
いいよ、いいよどうせチョコなんて。バレンタインなんてクソくらえだよコノヤロー。
全然欲しくねぇし。全然、欲しくねぇし。………。
「……――、でも、あの子からのチョコ……」
畜生、欲しいんだよ。悪いか!大事な恋人からのチョコが欲しくて何が悪い!?っていうか、俺、可哀相じゃね?恋人いるのに、チョコもらえないとか、可哀相だよね。俺、何も悪いことしてないよ!
俺はぐすぐすと考えながら、頭をかく。あーもう、そうこうしている内に、今日という時間が過ぎようとしている。
「……はぁ」
照れ屋なあの子は、きっと仕事で今日という日を忘れている。そうだ、そうに決まっている。きっとそうに違いない。
俺は無理やりそう思い込もうとして、ごろりとソファーに横になった。あぁ、後1分で今日が終わってしまう。
「……アンハッピーバレンタイン、俺」
ふ、と勇者にやられたボス的な笑みを見せて、俺は不貞寝を決め込むことにした。
「……寝てやがる……」
意を決して訪ねた万事屋で、アイツはソファーに寝転がっていた。いつもとは違う、ビシッとしたスーツを着て、前髪を少しバックにしていて、俺はなんだか複雑な心境になる。
「……寝てれば、モテそうなツラしてるのに、な」
何だって、コイツが選んだのは、よりにもよって俺のようで。
今日だって、恋人らしくバレンタインなんて、チョコを渡すこともできなかったのに。
……いや、だって、渡そうとは思ったのだ。そして、周りの目だとか、羞恥だとか、色々なものを捨ててチョコを買いに行って。でも、いざ当日になってみれば、アイツが俺からのチョコを本当に欲しがっているのだろうか、とか、何で俺がアイツにチョコを渡さないといけないんだ、とか、正直、めっちゃ恥ずかしい、とか、ごちゃごちゃ考えてしまって、結局何やかんやで夜になってしまって、総悟に、「土方さんはヘタレなんで恋人にチョコの一つも渡せないんですかィ?」とか何とか言われて「上等だコラァ!」なんてキレた俺は乗せられていることも気づかないで、万事屋の前まで来て、玄関前で我に返ってうろたえていたら、結局、翌日の1時5分になってようやく万事屋の扉を開けることができた俺。
情けねぇ……。言い訳する気も起きないくらい、情けない。
本当は、きっとコイツは俺からのチョコを待っていただろう。自惚れでなく、きっとそうだと思えるくらいには、コイツから愛されている自信がある。
でも、それに10分の1も返せていない自分が、すごく嫌で。
今日くらい、素直になろうって、決めたのに。
結局、俺の手には小さなチョコが一つ、在るだけになってしまった。
俺はそのチョコと、万事屋の寝顔を交互に見て、きゅうと胸が締め付けられるような思いがして。
「……ごめん」
ごめん、好きだよ。……―――ぎんとき。
ぽつり、と呟いた言葉は、空しく万事屋に響いて、俺は寂しいななんて柄にもないことを思った。
ひどく、幸せな夢を見た気がする。うん、可愛いあの子に、名前を呼ばれる夢。
恋人同士なのに、未だに俺を屋号で呼ぶあの子が、夢で俺のことを「ぎんとき」なんて呼ぶ。夢だけど、妙にリアルで、俺は満ち足りた気分で目を覚ました。
「んー……」
ソファーで寝たせいか、すこし関節が痛い。まぁ、時折ソファーで寝ることはあるから、そこまで寝違えたりしないけれど。
俺はぼんやりと天井を見上げて、先ほどまで見た夢を思い返した。恋人のあの子が、俺の名前を呼んで、そして……―――。
「……あ?」
にやにやと思い出し笑いを浮かべていると、ふと、机の上に見慣れないものがある。小さな、手の平に乗るくらいの、四角いもの。
「これ、チロルチョコ……?」
なんで、こんなモンが?と一瞬考えた俺は、次の瞬間には飛び起きていた。
まさか。いや、でも。
俺が寝たのは、深夜だ。その時には、こんなものなかった。だとしたら、考えられることはただ、一つ。
「……ッ!」
俺は普段の寝起きとは思えない動きで万事屋を飛び出した。ブーツを履く余裕もなく、裸足のままで。
あの夢。あの子が俺の名前を呼んだ、あの夢。もしかしたら、あれは夢じゃなくて、本物だったかもしれない。
だって、俺の手の中には、あの子の想いが残っているのだから。
名前を呼んだ、あの子は、その唇で……―――。
「……、畜生!可愛いことしてくれるよ、俺の恋人は!」
俺は堪らなくなって、大声で叫んだ。「朝っぱらから騒ぐな!」という、どっかのばあさんの怒声は無視した。
そして俺は一直線に屯所へと向かう。きっと寂しい思いをしたに違いない、あの子の所へ。
「好きだ!好きだよコノヤロー!」
声を大にして、叫ぶ。これが、世界の中心で愛を叫ぶってヤツか。そうか。
俺は手の平サイズの、それでも両手に抱えきれないくらいの思いを持って、走った。
………好きだよ、ぎんとき。
あいしてる。
と囁いた言葉は、塞がれた唇の中に消えていった。まるで、口内で溶ける、チョコのように。