裏表バースディ

きっかけは、ほんの些細なことだったと思う。
恋人と飲みに出かけて、忙しい恋人と久しぶりに会えたせいで強か酔って、そのまま二人してホテルに入る。そして朝になる前に恋人は起きて、俺を置いて部屋を出る。
いつも、その繰り返しだった。それでも、俺の心は満たされていた。待ち合わせたとき、遅れてきた恋人の少し申し訳なさそうな顔も、俺の隣で小さく笑って酒を煽る姿も、ベッドの上で必死に手を伸ばしてくる顔も、別れ際に、ほんの少し寂しそうな顔をするところも、全部好きだった。面と向かって言ったことは少ないけれど、でも、好きだった。
だけどその日は、違っていた。
隣にいても上の空、ベッドの上でも何か考えている顔をして、ちっともこっちを見ない。だから俺も少しイラついて、まだ最中の途中だというのに恋人の上から体を起こした。そんな俺を、
恋人である土方は不思議そうな顔をして見上げていた。
その顔にもなんだかイライラして、つい口調が荒くなる。

「あのさぁ、久しぶりに会ったっていうのにさ、お前は嬉しくないわけ?」
「え?」
「終始上の空だし、あんまり反応ないんで萎えるわ」
「………―――」

土方は、吐き捨てるように言った俺に何も言い返さなかった。ただ俯いて、そして、しばらくの沈黙のあと、ぽつりと呟いた。

「なんか、俺たち、体だけだな」

小さく呟かれたその言葉に、俺はカッと頭に血が上るのを感じた。
確かに、会うたびに体を繋げていたのは本当だ。世間で言う恋人同士がするような、デートなんてしたことはない。夜に一緒に酒を飲んで、体を繋げて、別れる。
それでも、俺は満足していた。確かにデートとか行ってみたいと思っていたし、本当は今度の連休辺りにでも初デートにでも誘えたら、と密かに思っていた。どこがいいかな、なんて一人で浮かれて、新八や神楽に白い目で見られたりもした。
だけど……―――俺は今のままでも十分、満たされていた。体を繋げるたびに、心も繋がっているような気がしていた。それなのに、それは結局俺の独りよがりだったのか。

「………なんだよ、それ」

自然と、声が低くなった。

「お前、いつも俺に抱かれながらそんなこと考えてたのかよ」
「………」
「っ、ほんと、信じらんねぇ」

否定されないことが、辛い。俺はくしゃりと頭を抱えて、小さく舌打ちした。これ以上、コイツの顔を見ていると自分でも何を言うのか、何をするのか分からなくて、散乱した服に手を伸ばす。淡々と着替える俺を、しかし土方は何も言わなかった。ごめん、とも、行くな、とも。
それが何よりの答えに思えた。あぁ、もう終わりなんだな、と思った。別れの言葉がなくても、別れになってしまうことなんてあるんだな、とどこか他人事のように思って、そのまま黙って部屋を出た。そのままずるずると、その場に座り込む。

「………ちくしょう」

悔しくて、悲しかった。
好きで、大切で、いとしくて仕方なくて。
仕事を、真選組を、近藤を、何よりも大事にするアイツがすきだった。だから、仕事を優先されようが黙っていた。だって、アイツは土方十四郎だ。真選組以外のものを切り捨てる鬼だ。そんな不器用で優しい鬼がすきだったから、まともにデートもできない間柄でも黙っていたし、平気だった。
刀をぶら下げて、肩肘張って生きているアイツが、俺の隣で少しでも気を緩めてくれるだけで、それだけで俺は満たされていたのに。
………それを、体だけ、と思われていたなんて。
とんだお笑い話だ。
ぎり、と奥歯を噛みしめる。心がごちゃごちゃしすぎで、息ができなくなるくらい、苦しかった。




それから、数日が過ぎた。
少し落ち込んだ様子の俺に、新八も神楽もどこか心配そうな顔をしていた。本来ならそんな顔をさせたくないのだけれど、こればかりは仕方ない。どうにも、考えていた以上にダメージを負っていたらしい俺は、自分でも制御不能になるくらい落ち込んだ。地面にめり込んでしまうほど、落ち込んだ。
結局、俺は土方のことをすきなんだ。あんな別れ方をしたけれど、それでも。

「……―――」

ぼんやりと万事屋のテレビを眺める。ブラウン管の向こうでは、GW中に楽しげにどこかへ出かけるカップルや家族の笑顔がある。ちくしょう、羨ましいとか思ってないし。人がフラれて落ち込んでるのにへらへらしやがってとか思ってないし。俺も少しくらいは欲を出して、アイツと一回くらいデートしたかったとか思ってないし。

「あの、銀さん」
「んだよ、話しかけんな眼鏡」
「や、あの、さっきから全部声に出てるんですけど」
「あー?お前、いつの間に心読めるようになったの。そんないきなりのキャラ変更したところでお前の眼鏡は変わんねーよ?」
「余計なお世話だ!つーか、あの、そんなに落ち込むくらいなら、もう一回土方さんにぶつかっていけばいいじゃないですか」
「バカヤローこれ上どうしろってんだ。ドSはガラスのハートなんですぅ」
「それは知ってますけど……。でも、意外と土方さんも銀さんと同じこと考えてたりして、って思って。ほら、銀さんたちって思考回路似てるじゃないですか」
「……。んだよ、童貞のくせに」
「童貞は関係ねーだろ!」

そうかも、と一瞬でもそう思った自分にイラッとして。そういうことをさらりと言ってのけた新八にもイラッとした。
でも、もしも、だ。
もしも、土方も同じように考えていて。少しでも俺と一緒にデートしたいとか考えてくれたりしてたとしたら?
自分でも都合のいいこと考えてるっていうのは、分かってる。でも………。

『俺たち、体だけだな』

あの言葉の裏に、『デートしたい』っていう心が、隠れていたのだとしたら。
ガタン!と乱暴に椅子を降りた俺を、新八はどう思ったのか。小さくため息をつきながら、いってらっしゃい、という呆れた声が背後から聞こえたけれど、俺は無視した。




勢いで真選組の屯所に向かうと、丁度土方が見回りの為に屯所から出てくるところだった。一緒にいるのは沖田君だ。その沖田君の方が俺に気付いたらしく、あ、旦那、と言っているのが分かった。そしてそれに、ぴくりと肩を震わせる土方の様子も、手に取るように分かった。
沖田君は俺の顔を見、土方の顔を見、何もかも分かったかのように、ため息を漏らしていた。

「旦那、遅いじゃありやせんか。もしこれ以上遅かったら、どっかのマヨラーを強制送還することになってやした」
「そりゃあ、悪いことしちまったな。でも、間に合っただろ?」
「………へいへい」

ひょいと肩を竦めた沖田君は、俺から顔をそむけている土方の背をバン!と叩いた。

「いっ!な、なにしやが、」
「ほら、早く行きなせぇ。ヘタレマヨラーが」
「な、だ、だれがヘタレだ!つーか、これから見回りだって、」
「アンタは今日は昼から半休でさぁ。近藤さんの了承もとってやす」
「あ?な、にを勝手に、」
「いいから、ほら」

土方の言葉をことごとく遮って、どん!と戸惑ったままのその背を俺の方へと押す。体勢を崩した土方が、俺の方へと転びそうになって、慌てて肩を支える。

「お、っと」
「っ!」

びく!と触れた肩が震える。だがすぐに、誤魔化すように離れてしまって。でも俺はそれを許さずに、土方の手を握りしめた。
ぎゅ、と逃がさないというように握りしめると、土方は呆然とその手を見つめて。

「っ、あ……―――」
「じゃ、副長さん、借りてくね」
「えぇ、どうぞごゆっくり」

ひらひらと手を振る沖田君に内心で感謝しつつ、戸惑ったままの土方の手を引いた。え、だとか、う、だとか、意味不明なことを言う土方の手を淡々と引いて。

「テメーは、今日は俺と一日デートすんの。OK?」
「で、と、って……」
「恋人の誕生日にデートすんのは、当然だろ?」
「でも、万事屋、俺、お前に、」

酷いこと言ったのに、と言いたいのだろうか。
俺はその言葉を遮るように立ち止まって、振り返った。ゆらり、と不安に揺れる薄墨色の瞳に、小さく笑いかけて。

「あの言葉は、確かにムカついた。なんだよって思った。でも………、俺も言えば良かったんだよな。デートしたいって。お前と」
「っ」
「ごめん。ごめんな、不安にさせて」

すきだよ、と言えば、土方は真っ赤になってうつむいたまま、小さく頷いた。
俺も、だとか、すきだ、という言葉は聞けなかったけれど、ぎゅう、と握りしめられた手は痛いくらいで。

「お、れは………、別に、でー、と、とか、したい、わけじゃ、なくて。普通に会って、話せれば、それでよくて。でも、普通の恋人同士なら、デートの一つや二つ、したいって思うんじゃねぇかって。でも、お前、全然そういうの、言わない、し。俺のこと、ほんとはそんなに好きじゃねーんじゃねーかって、思って、だから、その」
「うん」
「仕事って言っても、文句言わないし、そりゃ、文句言われたら腹立つけど、でも、あんまりあっけなく、いいよって言われると、すこし、嫌、だなって思って」
「うん」
「だ、から、もしかして、お前にとって俺って、ただの性欲処理なのかなって、それで、」
「………うん」

ぽつ、と話始めた土方は、何だか泣き出しそうで、俺はたまらず土方の肩を引いて抱きしめた。ぎゅう、と抱き込めば、おずおずと背中に腕を回らされて、その仕草がたまらなかった。
その想いは声となって、俺の口から吐き出される。何度も、何度も。

「……すきだよ」
「っ、ん」
「すきだから、俺だって、会えるだけで良かったんだ。でもほんとうは、俺だってお前とデートしたかった」
「………ん」

そう言えば、少し嬉しそうな声が聞こえたから、俺だって嬉しくなった。
すきだよ、と囁いて、額に唇を落とす。本当はキスしたかったけれど、したらしたで歯止めができなくなりそうで。
せっかくデートしようって言ったのに、デートの先がホテルだなんて、振り出しに戻るのと同じだ。
我慢、我慢、と自分に言い聞かせながらゆっくりと体を離すと、今度は土方の方がぎゅっと俺に抱きついて来て、焦った。

「ちょ、土方君?離れてくれないかな。銀さん、これでももういっぱいいっぱいなんだけど。これからデート、するんでしょ?」
「………から、」
「え?」
「今日は、いい、から」

はやく、とせっぱつまった声で土方はそう言った。その言葉が信じられなくて、呆気に取られたまま土方を見下ろすと、真っ赤になった耳が見えた。そして、小さく笑う声が聞こえて。

「ごめ、体ばっかって言ったのは俺なのに。でも、………」

今日は、無理そう。
と呆れたような、熱を帯びた声が、空気を震わせて。堪らなくて、俺は土方の頬に手を伸ばすと、夢中で唇を合わせた。

「っ、ん!ふ、あ……ん、」
「っ、ひじ、かた………」

ちゅ、と唇をこじ開けて、中へと舌を侵入させる。少し怯えたような舌を吸うと、びく、と体が震えた。俺は乱暴に唇を離すと、土方の手を引いて歩き出した。昼間の、しかも道端でするわけにはいかない。俺は脳裏に万事屋を思い浮かべたが、今はまだ新八も神楽もいるだろう。となると、ホテルに入るしかない。俺はとりあえず近くにあるホテルへと足を向けた。
路地裏にひっそりと佇むそのホテルは、無人受付だった。おかげで、隊服姿の土方を連れこんでも人に見られる心配はない。適当な部屋を選んで、慌ただしく部屋へと向かう。その間も土方はされるがままで、そのことが余計に俺の火をつけた。
部屋に入ると同時に、俺は壁に両手を押し付けて土方の唇を塞ぐ。

「っ、よろ、ん……っ、ふ、あ、っ」
「ひじかた……、」

ちゅ、と唇を離すと、俺は乱暴に隊服のスカーフを取ると、次々に服を脱がせた。とにかく、早く土方の肌に触れたくて、玄関先だというのに土方を全裸にした。そして、スカーフを両手に巻き付けて縛ると、背筋がぞくぞくして、無意識の内にぺろりと唇を舐めていた。

「っ、あ……、よろず、」
「銀時、って、呼んで。ほら、早く」
「ぎ、ん……、これ、取れって。おれ、逃げないから」
「だーめ。取ってあげない」

俺は小さく笑いながら、土方の胸へ舌を這わせた。まだ柔らかなその部分は、ぺろりと舐めると徐々に固くなってきた。その反応が楽しくて、ちゅう、と吸い上げる。

「ひっ、ちょ、あっ……ぎんっ……だめ、って」
「かわいいね、ここ。こんなに固くなって。弄られるの好きだもんね」
「ち、ちがっ……っ」
「嘘はダメだよ」

きゅう、と少し強めに吸い付けば、途端に可愛い声を漏らす土方。その声が聞きたくてずっと胸を弄っていたら、とうとう土方は泣き出してしまった。

「っ、そこばっか、やだ……って、ぎんっ!」
「んー、じゃあ、どこ弄って欲しいの?」
「っ、」
「ほら、ちゃんと言わないと分かんないよ」

言って、と耳元で囁けば、小さく体を震わせながらも睨みつけてくる、薄墨色の瞳。その潤んだ瞳に、ぐちゃぐちゃに泣かせたいだとか、もっともっと善がらせたいだとか、そんな想いが胸に過ぎった。だけどそれをぐっと押さえ込む。そしてそっと、頬に手を伸ばした。ゆっくりと、撫でるように。
そしてじっとその瞳を覗き込んだ。ゆら、と揺れる瞳が、ほんの少し揺らめいて見えて。俺は、その奥まで届くように、何度も囁いた。

「………、すきだよ」
「ふ、……ぁっ」
「すき」
「………ゃ……あ…、」
「………―――、愛してる」
「っ、あっ!」

とろりと甘さを含んだその言葉は、寸分の狂いもなく土方の中に入り込んで、かき乱す。びく!と肩を震わせた土方は、荒い息を吐いて壁に凭れ掛かった。はぁ、と熱い吐息を吐くその唇を塞いで、俺は小さく笑った。

言葉にしなくても、伝わるものがあるように。
言葉にするからこそ、伝わるものもある。

だから。

………―――すきだよ、土方。


俺は、言葉にしていこう。
すきだからこそ伝えられなかった、裏表の感情を。



HAPPY Birthday Hijikata!




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