兎と鬼は満月の夜に逢瀬する

黒い空の海に浮かぶ、月。
丸く、ぽっかりとたゆたう、月。

それを見上げながら、そういえば、と思う。
こんな月を、アイツと見上げながら酒を飲んだな、と。
その時のことを思い出して、小さく笑う。
銀髪に月の光が反射して、すごく綺麗だった。それを本人に言うつもりはないが。


そんなことを思いながら月を見上げていると、不意に屯所内の空気がザワリと動いた。
同時に、俺は月を見上げることを止めた。

こんな雰囲気を作り上げる奴は、あの野郎しかいない。

「……―――、久しぶりだね。十四郎」

「……――――、神威」

俺の、後ろ。
執務室の、机の上に、アイツは座っている。
振り返らなくても分かる。俺は、同じ匂いにはひどく敏感なんだ。

「随分と、様変わりしちゃったね。髪も切っちゃってるし」
「お前は相変わらずそうだな。物騒な匂いがプンプンする」
「それを言うなら、十四郎もでしょ?『鬼の副長』だなんて、随分と可愛い名前が付いちゃって。俺、びっくりしたよ」

ふふ、と兎は哂う。

「……何しに来た?」
「勿論、十四郎に逢いに」

ゆらり、と背後の空気が動く。次の瞬間には、俺の背後にアイツは立っていた。
するり、と俺の首にアイツの腕が回る。ぎゅ、と抱きつかれても俺は動かない。

「ねぇ、十四郎。俺は、寂しかったよ」

十四郎がいなくて、と寂しがり屋の兎は笑顔のままそう言った。

「十四郎が消えてから、俺はもっと強くなったよ」
「そうか」
「きっと今戦ったら、俺の方がずっと強いよ」
「そうか」
「ねぇ、十四郎」
「なんだ」
「……帰っておいでよ、俺のとこに」
「―――、神威。俺は戻らない。俺には真選組が、一番大事なんだ」
「……そう」

残念、と兎は笑う。

「じゃあ、真選組がなくなったら、十四郎は帰ってくる?」
「……―――」

耳元で囁かれたそれに、俺は初めて口元を吊り上げて笑った。

「その時は、てめぇを刺し違えてでも殺してやるよ」

ざわり、ざわり、と体内の血が騒ぐ。俺の後ろにいる男と、同じ血が。
未だに俺の本能は、錆び付いていないらしい。

「どっちに転んでも、俺はてめぇの所には戻らねぇよ。……ココに、大事なモンが出来たからな」
「……」

真選組だけじゃ、ない。
他にも、俺には大事なものができた。

決して、同じ場所には交わらないけれど。
決して、離れることのない、大事なものが。


翻る、白と。ふわりと揺れる、銀色。

俺はアイツの姿を思い浮かべて、小さく笑う。
すると、神威の纏う空気が少し変化した。
それまでの明るいモノから一転した、暗い夜兎のソレに。

「!」
「……そう、か。真選組以外にも、十四郎の居場所があるわけだ」
「……神威?」
「じゃあ、その「居場所」。俺が壊してあげる」
「ッ!?」

「ねぇ、十四郎?」


銀髪のお侍さんって、知ってるよね?



夜の兎が、何もかも知ったような目で、俺を見下ろしていた。



END?


  • TOP