我輩は猫である。3(後)

俺は猫だ。名前は、トシ、という。
野良猫だった俺を拾ってくれた今のご主人、銀と一緒にオンボロアパートで暮らしている。
だが、俺は今絶賛ニンゲンになっている。



ようやく、状況を把握してくれたらしい。銀は俺を見て、マジかよ、なんて頭をかいている。まぁ、確かに、耳としっぽは猫のままみたいだったから、それで理解してくれたらしい。だけど何か、すごく他人を相手にしているみたいな態度だ。それに、ちっともこっちを見てくれない。いつもなら、あの大きな手で頭を撫でてくれるのに。

「……銀」
「ん?何?」

ぼりぼりと頭をかいて、俺が呼びかけてもこっちを向いてくれない。俺は寂しくなって、ぎゅっと唇を噛み締めた。

「銀は、俺のこと嫌いなんだろ?」
「へッ!?」

な、何が?とシラを切る銀にカッとなって、俺は銀の胸倉を掴んだ。被っていたシーツ
がどこかへ行ってしまったけれど、そんなことを気にしている余裕なんてなくて。

「だって、さっきから俺のこと、困ったって顔して見てるし!ちっとも俺に触ってくれないし!」
「あ、ちょ……ッ!」
「銀は、俺のこと嫌いなんだろ!だからッ、ニンゲンになって困ってるんだろ!?」

俺は自分で言って、自分で哀しくなった。何で誕生日に、こんなに泣きたくなることを言わないといけないんだろう?
なぜか目が熱くなって、俺はこぼれそうな何かを耐えるように、ぎゅっと唇を噛んだ。
すると、それまで呆然と俺を見ていた銀が、はぁああ、と盛大にため息を吐いて。
どこか呆れたようなそれに、ビクリと体を震わせる。
だけど銀は、あー、とかうーとか唸って、ちらちらと俺を見下ろした後。

「その、怒んないでね?」と困ったように、笑って。

俺を、ぎゅっと抱きしめた。

近くなる、銀の、体温。甘い、匂い。
俺がそれに、すり、と無意識に擦り寄ると、銀はうん、と一つ頷いて。

「何て言うの?その、お前のこと、嫌いだから見なかったわけじゃないわけよ」
「そう、なのか?」
「うん。その逆」
「逆?」

どういう意味だ?と顔を上げようとしたけれど、ぐっと顔を肩に押し付けられて、上げられなかった。

「その、マジで俺のストライクゾーンど真ん中の子が、全裸で、猫耳にしっぽ生やして、しかもなんか甘えてこられて、正直、ちょっとヤバイっていうか。や、あのまさかお前が『トシ』だ何て思わなかったから、混乱して。でも、」

俺は、お前のこと嫌いじゃないよ、っていうか、むしろ、銀さんの銀さんがどうにかなりそうです。

と、そう長々と言われて。
俺は言葉の半分も理解できなかったけれど、要するに、銀は俺のことを嫌いじゃないってことだけは、分かった。
だけど、それだけで十分で。

「そう、か……」

俺はそれだけを言って、ぎゅうと銀に抱きついた。銀はうお!とちょっと慌てたような声を上げたけれど、無視してスリスリと頬擦りをする。
そうやって、銀に抱きついていると、銀がゆっくりと俺の体を離した。どうしたんだろう、と顔を上げて銀の瞳を見て、あ、と体が震えた。
俺はまだ成人した猫じゃないけれど、本能で解かる。
銀が、欲情してるってことなんて。

「お前が、悪いんだからな。トシ」

切羽詰まった声で、そう言われて。す、と頬に手を伸ばされて、そのまま銀の方へ引き寄せられた。
近くなる、距離。重なる口と口。俺はなんで口を塞がれるのか解からなくて混乱したけれど、口の中に銀の舌が入り込んできて、俺の舌を吸い上げた頃には、何となく理解した。
これが、ニンゲンの交尾の仕方なんだって。

「ん、ん、……ふ、あ……ぎ、ん……」
「キスは初めて?って当然か……」

きす?何だろう?それ?と、荒い息を吐きながら、俺は銀を見上げた。銀は一人で納得したのか、あまり質の良くない笑みを浮かべていた。

「ぎ、銀?」
「どうやら、トシは人とのヤリ方が分からないみたいだから。ここは先生の俺が教えてあげるよう」
「ヤリ方?」
「そう。ま、交尾の仕方?って言えばいいのかな?」

そう言って、銀は何だか変なスイッチが入ったみたいに、いつも見せている死んだ魚みたいな目を煌かせて、俺を布団の上に押し倒した。

「可愛い声で鳴いてね、俺の飼い猫」

ぺろ、と舌なめずりしながら、銀は獲物を狩る獣みたいな目で、俺を見下ろしていた。




それから、散々銀に「人の交尾の仕方」を実地で叩き込まれて、俺は体力の限界が来て、布団に丸まっていた。その間、銀は何かと俺の世話をしてくれて、何となく幸せな気分になる。

「に、してもよぉ。何でいきなり人間になったんだろうな、お前」

銀がふと、そんなことを口にした。俺の頭を撫でる手に、俺は小さく擦り寄って。

「たぶん、俺がニンゲンになりたいって思ったからじゃねぇの?」
「え?そうなの?」
「あぁ。……俺、誕生日だからさ。きっと誰かがプレゼントとして、俺をニンゲンにしてくれたんじゃないかな、って」

そう思うんだけど、と銀を見ると、銀は驚いたように、えぇっと声を上げた。知らなかったんですけど、と文句を言うけれど、猫だから喋れないし、仕方ないだろ、と返す。

「そうか、お前、今日が誕生日なのか」

銀は気まずそうに、プレゼントは何がいい?なんて聞いてくる。俺はきょとん、とした後に、ニッと口元を吊り上げて、ぐいっと銀の腕を引っ張った。こちらに倒れこんでくる銀の唇に、ちゅ、と「キス」をして。

「ずっと、俺を飼ってくれよ。ご主人様?」

そう、耳元で囁く。
すると銀は、真っ赤になって耳を押さえて、口をぱくぱくさせていた。
その姿がおかしくて笑っていると、銀は悔しそうに俺の上にのしかかって来て。

「ぜってー手放してやらねぇよ。俺の、大事な飼い猫」

そう、笑った。



END.


ちなみに、トシは次の日に猫に戻りました。
それを残念がる銀八先生が、いたとかいなかったとか。


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