集中できていないな。まだ、体が迷っているんだ。足が震える。こんなに震えてたんじゃ、どんなに表情をコントロールできたところでモロバレだ。
空を見上げれば曇り空。パチ屋で負けた帰り道。運もツキもなんもない俺だけど、ここぞという大勝負がこの先に待っている。
「やるしかないんだ……」
呟く。自分に言い聞かせるように。そう。やるしかない。今だ。いけ、俺!男を見せろ俺!
潜んでいた路地裏から飛び出す。同時に向こうの角から、黒い制服姿のアイツが曲がってくる。目が合う。嫌そうな顔。怯む俺。だめだ逃げるな頑張れ俺!
「ひ、ひ、土方っ」
「あぁ?なんだ腐れ天パ」
「お、お、おれ、っ、お、お前のことっ……っ……犬の餌食ってる可哀想な奴だって思ってるよコノヤロー!」
「あぁ?テメ、飯に小豆かける残念野郎に言われたくねぇよ!」
あぁ、進歩がねぇよ俺!
ゴールデンタイムラバー
顔を合わせれば喧嘩するしかない相手に恋をした。もうずっと前から。だけど意識しすぎて、思ってることと反対のことを言ってしまい、相手はどうやら俺のことを心底嫌っているようだ。だめだ、状況は最悪だ。凹む。もうずっとこんな状態が続いている。いい加減、どうにかならないものか。いや、もしかしたら修復不可能なところまできているのかもしれない。なんだそれ。凹む。
だけど諦めたり逃げ出したりはしない。だって好きなんだ。本気なんだ。できるなら両想いにはなりたいけれど、それでもっていちゃいちゃしたりしたいけれど、でも、とにかく俺の気持ちを知ってもらうことが先だ。一ヶ月前、土方と昼飯を食べたそのときから、俺は決意した。とにかく、告白しよう、と。
男は度胸だ。告白するのは正直足が震えるけれど、でも、そこは度胸でカバーする。
でも最近、マジで余裕がない俺は、夢で土方といちゃいちゃする夢ばかり見る。そして夢から覚めて現実を見て絶望する。そして現実で土方と会うと、夢のことを思い出して緊張して空回る。その繰り返しだ。
あの唇にキスしたい。手を繋ぎたい。衝動を抑えたまま、俺はとにかく告白することに必死の日々を過ごしている。
そして今日も、アイツの見回りルートに先回りする。もうほとんど毎日のように張り込んでは、偶然を装っていて、アイツだってもうそろそろおかしいって気づき始めるかもしれない。だって毎回ルートを変えているのに俺と会うんだから、そりゃ当然だ。
警戒されたら終わりだ。ごくりと唾を飲む。もうすぐだ。もうすぐ来るぞ絶好の告白タイム!
そわそわと落ち着きなく、だけど顔はポーカーフェイスを決め込んでみる。よし。大丈夫。いける。さらりと、何でもないことのように言えばいいんだ。
………―――俺はお前がすきなんだ、と。
「っ、っ、っ!」
想像して、壁に頭を打ち付ける。ダメだ。無理だ。顔から火が出そう。ほら今も、額がジンジンと痛む。あ、これは違った。
とにかく、一旦落ち着こう。座り込んで、深呼吸をする。すー、はー。よし、大分落ち着いてきた。もうすぐ土方がこの前の道を通る。そうしたら声を掛けて、とにかく告白しよう。よし。大丈夫。俺は最強。俺は強い。よし、大丈夫!
顔を上げた。その時。
「何やってんだ?そんなとこで」
「っ!」
心臓が、ばくん!と激しく高鳴った。ぐるん、と振り返れば、予想通り、怪訝そうな顔をした土方がこちらを見下ろしていて。
「っ、あ………、あー……なんでもねぇよ!」
逃げた。全力で。ダッシュで。
背後で土方が、おい!?と声を上げるのが聞こえたけど、とにかく俺は必死だった。
無理無理無理無理!あ、あんな急に話しかけられたら、俺、とにかく無理!話しかけるときでさえ緊張しまくってんのに、いきなりとかそんな無理だから!
俺は走った。走って、自分がどこに行っているのかさえ分からなくなり始めたころ、ようやく我に返った。ぴたり、と足を止める。
「俺、何やってんの」
絶好の絶望タイム到来だ。
なんでいつも俺はこうなんだろう。ちくしょう。やってらんねーよ。なんだよこれ。どこの小学生だよ。つーか、今時の小学生のほうがもっとマセてるよ。もっと積極的だよ。え、てことはなに?俺って小学生以下ってこと?や、そんなこと絶対ないから!だって小学生じゃ絶対できないこと、土方としたいもん俺。でも俺、そこまで辿り着くためにどんだけ長い道のりを歩かなきゃいけないんだろう。万里の長城もびっくりの長さだよ。母を訪ねた後におばあちゃん訪ねられるくらいの距離だよ。三千里じゃねーよ。
「…………、ひじかた」
すきだ、と言うのだけでも、こんなに勇気がいる。こんなこと初めてで、俺は時々怖くなる。もし、もしも土方とそんな雰囲気になれるとして、俺はどれだけの代償を払わないといけないんだろう、と。
無償の幸せなんてもんはありはしない。そう思う。だから俺は怖いんだ。だけどその怖さを越えても、土方に伝えたいんだ。
「すきだ………」
どうしようもないくらい。
とにかく、頭の中でグダグダ考えたところで、結果はきっと変わらない。論より証拠。とにかく結果を残すことが全てだ。しかし、いざ結果を残そうとすると、緊張のしすぎで失敗する。
だったら、緊張しないように練習すればいい。何を?もちろん告白の練習だ。
告白というものは、その場の雰囲気がある。その流れさえつかめれば、自然と告白できるはずだ。きっと雰囲気が後押ししてくれる、はず。だとしたら!その雰囲気にどうやってもっていくか、っていうのが重要になる。
だが、俺にそんな器用な真似ができるとは思っていないので、とにかく告白の練習をするのが一番だと思いました。あれ、作文?
「というわけで。とにかく俺は告白の練習をしようと思うんだけどさ」
「あぁ、それは分かった。だがなぜそれをわっちに言う」
「え、だって一番の適任者かなって思って」
「銀時、お前は告白する雰囲気を読む前に、周囲の空気を読めるようになりなんし」
冷え冷えとした月詠の視線に、そりゃそうだけどさ、と思う。俺だってこんなこと頼みたくないけれど、でも俺の周囲でそういう色恋関係を相談できる奴なんていないし。そう呟けば、はぁ、とため息を吐かれた。う、だってしょうがないだろ!周りにはガキかババアがジジイか、変態しかいないもんよ!変態どもにうっかり恋愛相談なんてしてみろ。それこそいいように遊ばれるに決まってる。
そう主張すれば、納得してくれた。お前の周りに、まともな奴がいることを期待したわっちが馬鹿だった、と。おい、それどういう意味だ。
「まぁ、いい。お前には世話になったしな。それで?どんな風に告白したいんじゃ?」
「……。どんな風に?」
どんな風に、って、どんな風に?俺は首を傾げた。すると、月詠は俺の心境を察したのか、再び盛大なため息を吐いて呆れていた。
「銀時、仮にも告白しようとしているんじゃろ?だったら場所をどうするかとか、考えなかったのか?」
「あー、そう言われてみれば、考えてなかった」
言われてみれば、ほんとその通りだ。
俺は土方に告白することばかり考えていて、「どう」告白するのかを全然考えていなかった。勢いで言ってしまえ的なノリであったのは、間違いない。
すると月詠は、こんこんと俺に説いてみせた。
「いいか、銀時。その場しのぎで言ってしまえば、相手はお前の気持ちを軽く見るだろう。真剣に相手のことを思うなら、ちゃんとした場所で伝えたほうがいい。分かったか?」
「あぁ、分かった。だけど、その、アイツを前にすると俺、マジで余裕なくなるし……」
「だから、練習しようと思ったんじゃろ?ほら、相手役になってやるから、言ってみろ」
催促されて、俺は月詠を見た。そして月詠を、土方だと思うようにする。目の前にいるのは土方。目の前にいるのは、土方。よし。男ならビシッと決めろ俺。玉砕だって覚悟の上だ。だけどそれでも想いを伝えたいと想った気持ちには、変わりないんだから。
「……、俺、」
指先が震える。あぁ、どうしよう。声がみっともなく震える。それを押さえ込んで、俺は真っ直ぐに相手を見つめた。
すきだ。
すきなんだ。
俺は、お前のことが、
「………―――、すきだ」
想いが、声になった瞬間。
ざり、と砂を踏む音がした。ハッと顔を上げると、そこにいたのは。
「ひじ、か」
気まずそうにこちらを見る、俺の好きな人だった。
馬鹿なことをした。俺はそう思った。あの、苦しそうな、気まずそうな、なんとも言えない顔をする土方を見て、そう思った。
とっさに言い訳をしようと口を開いたら、土方はくるりと背を向けて立ち去ってしまった。伸ばした手が、呆然とその場に落ちる。
土方に、誤解されてしまったかもしれない。そう思うと、いてもたってもいられなかった。土方の気持ちなんて関係なかった。俺が、嫌だった。俺は土方のことが好きなのに、違う奴が好きだと思われるのが、嫌だった。
だからとっさに、土方の後を追いかけた。必死だった。必死に土方の姿を追いかけて、あの黒い背中を見つけて、その腕を掴んだ。びっくりしたようにこちらを振り返る薄墨色の瞳と、目が合って。
「土方、俺、俺は、」
必死だった。誤解だって言おうと思った。俺が好きなのはお前なんだって。あんな風に告白したかったのはお前なんだって、言おうと思った。
だけど。だけど………―――。
「よろず、や?」
う、う、う、上目づかいは反則だろおおおおおおおおおおおおおおおおお!
俺は土方の腕を掴んだまま、とにかく身悶えた。もしかしたら口元はぴくぴくしていたかもしれない。あぁ、どうしよう。可愛い。そんな場面じゃないだろって思うんだけど、どうしようもなく可愛い。ヤバイ。どうしよう。
「おい、腕……、」
「はッ、あ、ご、ごめっ!」
俺は慌てて土方の腕を離した。ど、どうしよう。俺、土方に触っちゃったよ。あんなに触れたいって思ってた土方にさ、触っちゃったよ。どうしよう。え、これ、どうすればいいの。なんていえばいいの?どれが正解?
ぐるぐると目が回りそうなほどぐるぐるしていた俺は、土方が懐から煙草を取り出して火をつけだしたのを見て、ハッと我に返った。いやに冷静な土方の横顔に、冷や水を浴びせられたようだ。
そうだ、落ち着け俺。今パニックになってどうするんだ。誤解を、とにかく誤解を解かなければ。
俺は改めて、土方に向き直る。よし、大丈夫。
「あ、あの、土方、俺、」
「すまねぇな、逢引の邪魔して」
「へ?」
「あの女のこと、好きなんだろ?いい雰囲気だったのに、悪かったな」
ふぅ、と煙を吐きながら、土方は淡々と言った。俺は慌てて、ぶんぶんと首を横に振る。
「ちが、誤解だ。俺は、俺はアイツのこと、そんな風に考えたことない」
「だったらあの告白はなんだよ。好きでもねぇ奴に告白するのか、テメェは」
「そ、れは……、違う。違うんだ」
違う、としか言えない自分が苦しい。もういっそのこと、全部バラしたい。お前に告白するために、練習に付き合ってもらってた、って。最低だって思われるかもしれないけれど、でも、このまま誤解されるよりはマシだ。
「アイツには、告白の練習に付き合ってもらってただけなんだ。俺、俺が、本当に好きなのは、」
お前だ。お前だけなんだ。こんなになりふり構わず、好きになったのは。
声が震えた。指先どころか腕も震えて、息が上手くできない。だけど、今しかない。俺は決死の思いで顔を上げた、その時。
「もう、いい」
ふ、と唇に柔らな感触がした。そして目の前には、土方の、綺麗な笑顔。小さく笑って、土方はゆっくりと首を横に振った。俺の唇を覆っていた手が離れて、俺はハッと自分の唇を指でなぞった。あ、どうしよう。ここに、土方の手が、触れてた。ど、ど、どうしよう。俺は呆然とした。
「もういい。十分だ。お前があの女が好きじゃねぇってことは分かったから、無理に相手を言わなくてもいい」
「で、でも……っ」
「そういうの、無粋ってもんだろ」
笑いながら、言わなくていいと土方は繰り返す。俺は、それでも土方に想いを告げようとして、はた、と我に返る。
『いいか、銀時。その場しのぎで言ってしまえば、相手はお前の気持ちを軽く見るだろう。真剣に相手のことを思うなら、ちゃんとした場所で伝えたほうがいい。分かったか?』
月詠の言葉が蘇る。そうだ。その場しのぎで言ってしまったら、言葉が軽くなる。それに、今の土方は、俺が月詠に対して「すきだ」という言葉を使った後だ。だとしたらなおさら、その言葉は曖昧にしか土方には伝わらないだろう。
土方にはちゃんと、伝えたいんだ。だったら今は、黙っておくのが一番だ。
俺がこくりと頷くと、土方は小さく笑って。
「それに、今は聞きたくねぇしな。あの女に言ったのが練習だったとしても、その次に貰った言葉なんざ、嬉しくともなんともねぇよ」
「え?」
「そういうことだ」
そういうこと、って、どういうこと?
首を傾げる俺に、土方はやっぱり笑った。あ、今日はやけに機嫌がいいな。あの土方が、俺に笑ってくれている。俺はその笑顔をぼんやりと見つめて、幸せな気分になった。
会えば怒鳴りあい、胸倉を掴む喧嘩だってしてきた。回りからは犬猿の仲だって言われるくらいで、土方もきっと俺のこと、嫌ってるって思った。だけど今、この瞬間の土方はきっと、俺のことを嫌ってはいないんだ。
だったら………―――。ちょっとくらいなら、俺の気持ち、伝えてもいいだろうか?
じゃあな、と背を向けて去っていこうとする土方を、俺は慌てて引きとめて。
「っ、な、なぁ、土方!」
「ん?」
いつもよりも険のとれた瞳。柔らかな表情。今なら言えるだろうか。いや、今だから言えるんだ。
俺はぐっと手のひらを握り締めて、叫んだ。
「俺、俺っ、…………――――っ、いま、すっげえお前と合体したい!」
「腐って落ちろ」
あぁ、驚愕の大逆転だ。