タンク様より、奥村兄弟逆転パロ小説の続きを頂きました!ありがとうございます!

というわけで、↓からどうぞ。

「そ、それじゃあ……僕は、僕と兄さんは……?」
「ああ、そうだ。……お前たちの父親は人間じゃない。お前たちの父親は青焔魔(サタン)…悪魔の王だ」

ようやく辿り着いた修道院。そこで慌しく動き回る修道士たちに細かい指示を出しながら、神父さんは僕にこれまでの説明を……僕たちの真実について話してくれた。

十六年前、僕たちの母親は青焔魔の子供を身篭り、僕たち双子を産んで息絶えた。身体の弱かった僕は焔に耐えられず、結果的に兄さん一人が青焔魔の後継者となってしまった。
神父さんはそんな兄さんと僕を引き取り、人間として育てるためにこの修道院で匿ってきたのだという。
今になって僕の前に悪魔が現れたのは、おそらく、僕を囮にして兄をおびき寄せようということなのではないか――そういって、神父さんは話を締めくくった。

「そ、そんな……僕たちが、兄、さんが、悪魔、の子、なんて……」

 神父さんの言葉が耳から頭へと伝わっていく。それにあわせて、僕は心がこれまで感じたことがないほど冷たく冷えきっていくのを感じていた。
 いつも一人ぼっちだった兄さん。その正義感や優しさにもかかわらず、その人並みはずれた膂力ゆえに同い年の子供たちどころか、大人たちからさえ敬遠され、遠巻きにされ、それでもじっと涙を堪えて耐えてきた兄さん。そんな兄さんを傍で見守るのは、何時だって僕の役目だった。共に生まれ、いつも寄り添ってきた双子なのだから、それが当然だと思っていた。これからも、ずっとそんな生活が続くのだと信じていた。
 それが、実は兄さんと僕は人間ではなく、本当の父親は悪魔の王なのだ、兄さんも悪魔なのだといわれて、はいそうですかと頷けるはずもない。いっそ悪い冗談だよと笑い飛ばせればいいのだろうが、今日の体験や、そして何よりも神父さんの真剣な表情を見れば、そんな軽口をたたける状況ではないことははっきりしている。
 だがそこで、僕は一つの疑問を感じた。

「――そのことを、兄さんは知っているの?」

 僕の問いかけに、神父さんは一瞬躊躇った様子を見せる。

「…あ、ああ……あいつは、自分が悪魔の子だということを、ずっと前から知っていた」

 その言葉に、僕は自分の身体がすうっと冷たくなっていくのを感じた。家族の中で、僕だけが、自分たちの秘密を知らなかった。僕一人が、蚊帳の外に置かれていた。
 僕は、皆をかけがえのない家族だと思っていたのに――

  ニイサンハ、ボクノコトナンカドウデモイイノ――

「お、おい雪男、大丈夫か、しっかりしろ、雪男!」

 どこか遠くのほうから神父さんが声をかけているのが聞こえる。けれども、僕はまるでそれをどこか他人事のように呆然と聞き流していた。

  ――その瞬間――

ふ、と目の前が暗くなった。

『ふうん、手前も意外と頑丈じゃねえか。丁度良い、あいつに虚無界まで来てもらうための餌になってもらうぜ』

「…っなっ、ひ、憑依だとっ?!くそっ、だめだ、雪……ええい、畜生!おいサタ……から離れ……俺に……」

 まるで身体の奥から聞こえてくるかのような冷たい声。そして次第に切れ切れになる神父さんの声を聞きながら、僕の意識は暗転した。


……気を失っていたのはほんの数秒のことだったのか、それとも何時間も経っていたのか。それすら分からないまま気がついた僕の目の前には、信じられない光景が広がっていた。

  青い、焔――

僕の視界一杯に広がるその美しくもおぞましい輝きは、紛れもなく神父さん――僕の養父、藤本獅郎から吹き上がっていた。

「と…神父さん……?」
「ついに…手に入れたぞ、この身体を……!」

 神父さんの身体が揺れると、その度に焔が大きく揺らめく。一変した表情とあいまって、確かに神父さんの筈なのに、全くの別人のようだ。

「な…何が…」
「憑依だ…青焔魔に身体を乗っ取られたんだ!」

 呆然とした僕の呟きに、和泉さんが顔を引きつらせながら応じる。

「いかにも、俺は青焔魔!虚無界の神にして、お前の兄の実の父親だ。……本当はあいつを虚無界に連れて行きたかったんだがな、反抗期らしくてなぁ、親の言うことなんぞ耳も貸そうとしねえ。仕方ねえからあいつが執着している連中に虚無界までご足労いただいてな、あいつには自分の足で虚無界まで来てもらおうと思ってよ、こうしてわざわざやって来たってわけよ……俺が話しているのを邪魔するんじゃねえ!」

 そう叫ぶと、青焔魔は神父さんの名を呼びながら駆け寄ってきた修道士たちを一瞥する。それだけで、皆の身体から青い焔が吹き出たかと思うと、そのまま一人残らずくたくたとその場にへたり込んでしまった。

「余計なことするんじゃねえよ……俺には時間がねえんだ。俺が干渉した奴らは長くは保たないからな。…この男も、そしてお前らの母親も」

 そういいながら、無造作に自分の――神父さんの指をへし折る青焔魔から、僕は反射的に目を逸らした。だが次の瞬間、ありえない光景に思わず目を見開く。養父の手から滴り落ちた血は、まるで生き物のように一筋の流れを作ると、まるで四角い穴のような黒い何かに変化したのだ。

「あ……ああ……」
「虚無界の門。物質界と虚無界を繋ぐ魔法の扉だ」

 にやりと口角を上げながら呟くと、青焔魔はくるりと僕のほうを振り向いた。

「それじゃ一緒に来てもらうぜ、虚無界へ。まあ人間のお前が虚無界に耐えられるかどうか判らねえがな。なあに、本来ならどうせお前は生まれる前にあいつの餌食になっていたはずだったんだからよ、十五年くらい長生きしたってことで悔いはないだろうよ」

 僕に近づきながら青焔魔が当たり前のように口にした言葉に、僕は思わず目を?いた。

「ぼ…僕が兄さんの……?それは、一体」

 懸命に身を捩って逃れようとする僕の襟首を無造作に掴みながら、青焔魔はにやりと口を開いた。

「お前らが双子だったのも、その片方だけが俺の焔を受け継いだのも偶然じゃねえ。俺がそう仕組んだのさ。同じ胎の中に悪魔の子と人の子を一緒に入れておく。当然、理性のない悪魔の餓鬼にとってその傍にいる赤ん坊は格好の餌さ。本来だったら、あいつは胎内で双子の弟、つまりお前を最初の獲物として喰い尽くし、その滋養と咎によって完全な悪魔として物質界に生まれ堕ちるはずだった。
ところが、そこであの女……お前らの母親が余計なことをしやがったのよ。餓鬼が生まれる前に死なれちゃ困るからと思って俺が与えた加護を逆手に取りやがって、あの女、あろうことか俺の息子を自分の使い魔にしやがった。まあ血のつながった親子という絆も利用したんだろうがな。おかげであいつは胎内で目覚めることなく、お前と一緒に双子として、つまり悪魔として完成されずに物質界に放り出されちまった。
そんなわけであいつを虚無界に連れ戻して、悪魔として完全な姿を取り戻させるために、俺はこんなしたくもない苦労をしなくっちゃならねえ。……全く忌々しい連中だぜ、お前ら人間って奴は……ほうれ、行ってきな」

 それと同時に、僕の身体は青焔魔が生み出した妖しい物体の上に放り出された。粘液のような、あるいは菌類のようなものがねっとりと僕の身体に絡みつく。

けれども、その時僕の心を支配していたのは嫌悪でも、ましてや恐怖でもなく、これまで感じたことのないような怒りだった。
 生まれてからずっと一緒にいた兄さん。確かに、小学校に入ってからは少しずつ別々の時間も過ごすようになってはいたが、それでも僕が本当に苦しみ、悲しんでいる時には何時も僕を抱きしめ、傍らで寄り添ってくれていた兄さん。例え自分がどれだけ傷つこうとも一度だって僕を見捨てたことも、ましてや僕に手を上げたことなどなかった兄さん。その優しい兄さんを完全な悪魔とするための、僕が餌だなんて……
 そんなことのために、神父さんの身体を乗っ取って、僕を見も知らぬ世界へ引き摺り込もうとしているこの悪魔に、僕は胸のうちから吹き上がる憤りのままに声を張り上げた。

「……勝手なことを言うな!兄さんは……兄さんは決して悪魔になんかならない!僕も、絶対にお前の言いなりになんかなるものか!僕は、僕はずっと兄さんと、そして神父さんと一緒に暮らしていくんだ!とっとと神父さんの身体から出て行け!」

 まさかこんな激しい反論が返って来るとも思いもしなかったのだろう。神父さんの顔をした青焔魔は一瞬きょとんとした顔をすると、腹を抱えて笑い出した。

「ぎゃっはははあ!さすがはあいつの弟だぜ!いい度胸だ。だけどな、その様でどうやって物質界に居座ろうってんだ?第一、こいつはもう完全に…」
「…よく言った、雪男。それでこそ俺の息子だ」

 不意に、神父さんの口から全く同時に二色の異なる言葉が紡ぎ出された。青焔魔がぎょっとした表情を浮かべる。

「な、てめえ……」
「雪男、これから燐はさらにつらい、茨の道を歩むことになる。……傍で、守ってやれ。何時までも、燐のことを信じて、支えてやってくれ。…こんなことを頼めるのは、お前しかいない。頼む……雪男」
「と、神父さん、何を、言って……!?!」

 身体中から血を流しながら、状況からは考えられないほど淡々とした口調で語りかける神父さんに、不意に身を切られるような不安を覚えた僕は神父さんに聞き返そうとして……そして凍りついたように身動き一つ出来なくなってしまった。

 神父さんは……自然な動作で首から下がっていたブローチを手に取ると……それで……力いっぱい……そんな、嘘だ、聖職者である神父さんが自分の心臓を突き刺すなんて……自殺、するなんて……

「!…この、祓魔師がああっ」

 青焔魔の怒りの咆哮が修道院一杯に響き渡る。だがすぐにその身体は力なくよろめくと、焔をかき消しながら、虚無界の門の上に倒れこんだ。

「自ら命を絶つとは、とんだ生臭坊主だ……だが、もう遅い…虚無界の門は、決、して……離、さ…ない……」

 最後の最後まで僕たちの努力をあざ笑いながら、青焔魔は虚無界へと去っていった。残されたのは、身体中から血を流しながら、それでも安らかな表情を浮かべた神父さんの身体と、そして相変わらず泥沼のような『門』に浸かっている僕。

「…っ…神父、さん…」

 その泥沼の中を懸命にもがきながら、僕は神父さんのところにたどり着くと、力なく沈もうとしているその身体を懸命に抱え上げた。

「…だっ誰か…助けて…神父さんが、神父さんが…!」

 誰か動ける人はいないかと周囲に呼びかけるが、修道士たちは誰一人として立ち上がる様子はない。死んでいるわけではないようだが、青焔魔の焔に曝されたことで、体力気力共に底をついているらしい。

「誰か……誰か助けて。…兄…さん…兄さぁん……」

 ほとんど肩まで飲み込まれようとしている自分と、神父さんの身体を必死に支えながら、僕は半ば無意識のうちに一番頼りになる人の名を呼び続けていた。

 その時

「雪男!!!」

 これまでずっと、いつも隣で僕を支えてくれていた馴染み深い叫びが僕の耳に飛び込んできた。そして、青焔魔のそれによく似た、けれどもなぜか見ているだけで心が温まるような青い輝き。

(ああ……来てくれたんだ…兄、さん……)

 その青い輝きが僕の頭上で大きく翻るのを見ながら、ようやく助けが来たという安堵から、僕は意識を手放した――