タンク様より、奥村兄弟逆転パロ小説の続きを頂きました!ありがとうございます!

というわけで、↓からどうぞ。

「…う、……こ、こは……」

 なんだか酷く不快な悪夢を見たような気がする……起きたばかりなのに深い疲労感を覚えながら僕は顔に手を当てると、無意識のうちにベッド脇の眼鏡を探って手を伸ばした。

「気がつきましたか……まずは一安心ですね」
「え……あ、あなたは……?」

 不意に、脇から聞こえてきた聞き覚えのない声に僕はぎくりと身を震わせた。慌てて眼鏡をかけ、声のほうを振り向くと、まるで道化のようなけばけばしい白いスーツを着込んだ、見知らぬ……だがどこかで見たような気もする男が、肘掛け椅子に座ってこちらを見下ろしている。周囲の雰囲気からするに、どうやらここは病室らしいが、目の前の男はどう見ても医者には見えない。
 男はわざとらしく立ち上がって僕に一礼すると、僕の困惑を他所に自己紹介を始めた。

「私の名はメフィスト・フェレス。フェレス卿とお呼びください。ちなみに正十字学園の理事長も兼任しておりまして、そちらではヨハン・ファウスト五世と名乗っております」
「は、はあ……はじめまして」

 そうか、この奇抜なファッション、どこかで見たことがあると思ったら、正十字学園入学の手引きの表紙を飾っていたんだった。

「あ、…あの、その理事長が、なぜ僕のことを……?」
「いえ、この場での私はメフィスト・フェレス、つまり祓魔師を統括する正十字騎士団の日本支部長です。そして、やはり祓魔師であった藤本神父の親友でした。……この度はお悔やみを申し上げる」

 お悔やみ……近親者が死亡した者に対して用いられる挨拶……そこまで考えて、僕ははっとした。夢だと、単なる悪夢だと思っていたあの光景――神父さんが自分の胸を貫いたのは、夢でも気のせいでもなく?

「そ……神父さ、養父は……?」
「はい、……私たちが駆けつけたときにはもう……残念です」
「そ……それじゃあ、あれは、夢なんかじゃ……」

 思わず自分の胸をかき抱く僕を見下ろしながら、メフィストと名乗った男は言葉を重ねた。

「ああ、そう思いたくなるのも無理はない。いきなり悪魔だの虚無界だのと言われて、そうですかと受け入れられるほうがどうかしている。ですが残念ながらこれは紛れもない事実です。藤本神父が青焔魔に憑依されてお亡くなりになったのも、……そして、貴方の双子のお兄さんが青焔魔の焔を継いでいることも」

 メフィストの言葉に僕の身体は硬直した。そうだ、兄さんを虚無界とやらに連れ込むための、僕は餌として青焔魔に拉致されそうになったんだった。そしてそんな僕を救うために、神父さんは――
 僕の思いに気付いたのだろう。メフィストはことさら軽い口調で言葉を継いだ。

「あまり気に病まないことです。藤本神父も祓魔師だったからには、こうして悪魔の手にかかることは覚悟の上だったはずですから」

 だがそんな言葉に、僕は首を振ることしか出来なかった。もし僕がほんの少しでも自らを守る術を知っていれば、神父さんが僕を守るために自分自身に青焔魔を受け入れる必要もなかったはずなのだ。
 僕の苦悩をじっと見つめていたメフィストは、やがてふう、と小さくため息をついて再び口を開いた。

「今すぐこの場であれこれと考えても、良い考えがまとまるとも思えませんよ。まずは体を休めることです。貴方も短時間とはいえ青焔魔に憑依されていたのですから、その影響が残らないとも限らない。……それでも、どうしても何かしなくてはと思われるのでしたら――どうです、貴方も祓魔師を目指してはみませんか?」

 その言葉に僕ははっと顔を上げた。そんな僕を、何もかも見透かすかのような謎めいた瞳が見下ろしている。

「そう、祓魔師です。貴方のお養父上は祓魔師として貴方たち兄弟を守ってきた。もしも貴方がそんな藤本神父を大切に思っているのでしたら、彼の意志を継ぎたいと思っていらっしゃるのでしたら、今度は貴方が祓魔師となって自分自身を、そしてお兄さんを守ってやりたいとは思いませんか?」


  ――傍で、守ってやれ。何時までも、燐のことを信じて、支えてやってくれ――


 神父さんが言い残した言葉が蘇ってくる。そうだ、神父さんからも言われていたじゃないか。兄さんを守ってやれ、と。それが、兄さんを守る唯一の方法だというのなら――

「お願いします。養父もいない今、僕が兄さん、いえ兄を守る。そのために必要なことなら、何でもします。――僕は、祓魔師になります」

 正面から見つめる僕のまなざしに何かを感じたのか、メフィストは満足そうに笑うとゆったりと肘掛け椅子に腰を下ろした。

「良いでしょう。貴方に祓魔師になるための教育機関、祓魔塾への入塾を許可します。ちなみに祓魔塾は正十字学園内部にあるので、貴方には当初の予定通り正十字学園に入学していただき、その上で塾に案内しましょう」

 どこか胡散臭い笑みを浮かべつつ話す学園理事長に、それでも僕は深く頭を下げた。

「ありがとうございます、理事……いいえ、フェレス卿。……それで、一つお願いがあるんですが」

 僕の言葉にメフィスト、いやフェレス卿は伺うような表情で僕を見つめた。

「はい?何でしょう」
「青焔魔とやらが兄を狙っている以上、兄の安全は何よりも重要なことです。……少なくとも、僕には。ですから…」

 そこまで聞いて僕の言いたいことを察したのだろう。フェレス卿はにっこりと笑って僕の話を遮った。

「ああ、そのことでしたら問題ありません。その点については生前の藤本神父からも相談を受けていまして、お兄さんには特待生として正十字学園に入学していただく手筈は整っています。先ほどもいったとおり正十字学園は正十字騎士団日本支部そのものですから、お兄さんを守る上でこれ以上の場所はありませんよ」

 やっぱり神父さんには手抜かりはなかったようだ。だから僕が兄さんの進路についてあれこれ言っても平然と構えていたのか。
ならば残る懸念は…

「そうですか。ありがとうございます。それと、後、最初のお願いに関連することなのですが…」
「ええ、ここまできたら一つといわず幾つでもかまいませんよ」
「兄が同じ学校に通うというのでしたら、出来れば兄には、僕が祓魔師になろうとしていることを秘密にしておいていただけませんか?」

 するとフェレス卿は、何に驚いたのか細い目を丸くした。だが、これは僕にとっては譲れない条件だ。

「お願いします。養父が祓魔師として命を落としている以上、兄の性格だったらこれ以上僕を、身内を自分のせいで危険に晒したくないと思っているはずです。ですから、僕が祓魔師になると言ったら反対するに決まっています。でも、僕にとっても兄を守りたい気持ちは絶対にゆるがせには出来ない。ですから、僕が祓魔師になるまで、このことは兄には知らせずにおきたいのです」

 すると、何が可笑しいのか唇をふるふると振るわせたフェレス卿は、なにやら搾り出すような声で応えた。

「わ…判り、ました……何時まで隠し通せるかは分かりませんが、とにかく私の口からは、貴方が祓魔師になろうとしていることは話さないと約束しましょう。ところで、話の順番が逆になってしまいましたが、貴方が倒れてから今日で三日目になります。今丁度藤本神父の葬儀が行われているところでして、お兄さんもそちらに出席しておられます。そろそろ終わる頃だと思いますので、もしかしたらすぐにでも貴方の様子を見に来られるかも知れませんね」

 そう言われて僕ははっとした。あれから、もう三日もたっていたなんて……。
 そして、今葬儀が行われているということは、もう僕は神父さんとは二度と会えない……そう考えた途端、不覚にも目頭が熱くなってきた。赤の他人の前で、と思いつつ、目尻から溢れた熱い流れはとどめようもなく僕の頬に幾筋もの流れを作っていく。

「血の繋がりはなかったとはいえ、彼は本当に息子たちに愛されていたのですね。……お兄さんも、私の前で、子供のように泣きじゃくっていましたよ」

 しみじみとしたフェレス卿の声に、僕は涙を拭きながら小さく笑った。兄さんは素直だから、誰の前でも、自分の感情を隠そうとは思わなかったことだろう。
 すると、急にフェレス卿が顔を上げた。

「おや、どうやらお兄さんのようですよ。慌てているようですね」

 僕もほぼ同時に気付いていた。扉のほうから、慌しく駆けてくる足音がこちらに近づいて来るのが聞こえる。ここがどこだか知らないけれども、もしも病院だとすると、さぞかし周囲から迷惑に思われていることだろう。

「雪男、大丈夫か?!」

 扉を開ける音と同時に、常と変わることのない兄さんの声が僕の耳に飛び込んできた。

「に、いさん……」

 それ以上は声にならない。再び涙が溢れてくる。そんな僕を見つめる兄さんの顔もまたくしゃくしゃだ。

「ゆき、お……雪男!」

 そのままベッドまで駆け寄ると僕にぎゅっと抱きついてきた愛しい人の温もりを、僕も力一杯自分の腕の中に抱きしめた。


兄さん――例え兄さんが何者であっても、兄さんは僕が守るよ――だって兄さんは、僕の――