タンク様より、奥村兄弟逆転パロ小説の続きを頂きました!ありがとうございます!
というわけで、↓からどうぞ。
「それじゃあ行こうか、兄さん」
「おう……それじゃあ、またな、皆」
簡単な検査を済ませ、兄さんに付き添われて退院した翌日、すっかり元気になった修道院の仲間たちに見送られながら、僕たちは学園差し回しの車に乗り込んだ。
「こんな立派な車に二人きりで乗れるなんて、なんだか偉くなったみたいな気分だな!」
「主席入学者の特権だ、って理事長は仰っていたけどね」
僕が元気になったことが嬉しいらしい兄さんの声を聞きながら、僕は先日の病院での話を思い出していた――
「それじゃあ、やっぱり神父さんは……」
「ああ……俺が修道院に着いたときには、もう……」
二人して抱き合い、人目もはばからず泣き続けていた僕たちは、ようやく落ち着いた後であの日、何があったのかを話し合っていた。
「……神父、さんが言ってた……」
「………」
「…兄さんが……青焔魔の、子、だって……」
「………ああ」
「……なんで、言ってくれなかったの…?」
「お前には……お前にだけは、普通の、…人並みの幸せ、ってやつを掴んで欲しい……ジジイと相談して、そう決めたんだ」
「………でも、僕にも……話して、欲しかった。僕たちは二人きりの兄弟なんだから……」
「ごめん、雪男……ありがと、な」
寂しそうに、それでもうれしそうに笑う兄さんの笑顔を見つめながら、僕はこの人を守りたい、という決意を新たにした。
入学式の後、なぜか犬の姿で現れたフェレス卿の案内でやってきた祓魔塾の教室は、正十字学園の施設とは思えないくらい薄暗い大部屋だった。おまけにあちこちに悪魔らしいこれまで見たこともない生き物がうろついている。正直薄気味悪かったが、だがこれから祓魔師となるからには、こうした環境にも慣れていかなくてはならないのだろう。
そこには既に、七人ほど先客がいた。大半は僕と同じ正十字学園の制服を着ているが、中には私服姿のごつい男もいる。
「ずいぶん少ないんですね」
「これでも多いほうですよ。祓魔師は年中人手不足の3K職場ですからね」
……自分で選択しておいてなんだが、随分な言われようだな……
「さて、そろそろ先生がお見えのようですね」
そんなことを考えていると、不意に犬の姿のまま僕の膝に乗っているフェレス卿の声がして、僕は慌てて前方の扉を注目した。祓魔師の教師……どんな人なのだろう。やはり漫画などで見る魔術師のようながりがりの老人なのだろうか。それとも、悪魔を倒すほどなのだから、逆にターミネイターのような肉体派のマッチョなのだろうか。知らずごくりと喉が鳴る。
――がちゃ、と重い音を立てて扉が開かれた。
「ああ、皆揃ってるようだな、それじ……」
ばさばさ
がたん
教室に入りながら話しかけていた教師の声が唐突に途切れ、その手から書類やら教科書やらが落ちるのと、真っ青な顔をした僕が椅子から飛び上がるのは同時だった。
振り落とされたフェレス卿が何か言っているようだが、そんなものは全く耳に入らない。
「雪男?!?」
「兄さん?!?」
声を出すタイミングまで一緒だった。こんなところもシンクロするなんて、やっぱり僕たちは双子なんだな、なんて現実逃避気味の僕に対し、祓魔師の制服らしいコートに身を包み、背中に何か緋色の布に包まれた長い物を背負った兄さんは、慌てた様子で落とした書類の中から薄いファイルを拾い上げた。
「そ、そんな、だって昨日見たときには雪男の名前なんて……えええっ??……!!」
どうやら出席簿だったらしいそのファイルを穴が開くほど見つめていた兄さんは、不意に怒りに満ちた表情をこちらに向けた。
まるで僕を睨みつけているかのようなその形相に思わずぎょっとしたが、注意してみると兄さんの視線は僕ではなく、僕の足元のほうに注がれている。僕がはっとしたのと、犬の姿をしたままのフェレス卿が『ちょっと失礼』と呟きながらふっと姿を消したのは同時だった。
「メフィストォォォォォ!!!てめえ、謀りやがったなぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
兄さんの怒りの咆哮が教室中に響いたのは、その直後だった。
「……なんで、お前が祓魔塾(ここ)にいるんだ?」
ひとしきり喚き散らした後、兄さんは『少し話があるから』と他の訓練生たちに断ると、僕を連れて廊下に出た。普段の兄さんとはかけ離れた低い声が、僕の身体にぐさぐさと突き刺さる。
「……僕も、神父さんと同じ祓魔師になる。……僕も、兄さんを守りたいんだ」
兄さんをしっかりと見つめ返しながら、僕は自分の思いの丈を言葉に込めた。家族を、唯一の人を守りたいという気持ちを、例えその当人からであっても否定される謂れはない。
だけど兄さんは、そんな僕の思いを無視するかのように頭を振った。
「だめだっ、祓魔師になるなんて……そんな危険なこと……第一、お前は医者になりたいんだろ?このまま正十字学園で勉強して、付属大学でもどこでも、好きな大学で医学部に入って、医者になれば良いじゃないか。だから、今すぐ祓魔塾なんか辞めるんだ」
「…!…兄さん、それ、本気で言ってるの?」
まるで僕の、兄さんへの気持ちまでも否定されたような言葉に頭がかっとなる。
「あ、当たり前だろ!大体、お前みたいながり勉が祓魔師になんかなれる訳ないだろ!」
「そんなこと関係ないでしょ!……兄さん、神父さんが死んだとき、僕がどんな気持ちだったかわかる?」
「……雪、男?」
「僕が兄さんのことをきちんと理解していれば、……僕が悪魔から身を守る術を知っていれば、神父さんは死なずに済んだんだ。僕は何も知らなかったから、何も知らない僕がむざむざ青焔魔に身体を乗っ取られたりしたから、神父さんは僕の身代わりになったんだ。……兄さん、もう僕は何も知らなかった頃には戻れないんだ。真実を知って、兄さんを守って、僕自身を守って、そして神父さんの遺言を守るために、僕は祓魔師にならないといけないんだ。そうしなければ、僕は一歩も前に進めない。だから兄さん、お願いだよ、僕を否定しないで。僕は兄さんと一緒に生きていきたいんだ」
――兄さんと共に、何時までも――
僕が自分の思いを口にすると、兄さんは何かに耐えるようにじっと俯いていた。やがて、震えるような声を、小さく、ポツリと絞り出した。
「……ごめんな、雪男……俺が、青焔魔の息子だったもんだから、ジジイがあんなことになって。……俺が、青焔魔の焔なんか受け継いでいなければ………俺、なんかと、双子でさえ、なければ……」
後悔・自嘲・懺悔―-初めて見せる兄さんの弱々しく打ちひしがれた姿に、僕は胸がふさがる思いだった。もしかしたら、いいやきっと、自分が悪魔であることを知らされてから、兄さんは胸の中で襲い掛かる不安と戦っていたのだろう。それを察し、受け入れ、支えてくれていたのは、神父さんだけだったに違いない。
神父さん亡き今、兄さんは僕を守るという決意にしがみついて自分を保とうとしているのかも知れない。それはそれで涙が出るほど嬉しいが、しかし、それに頼っているだけでは僕はただ兄さんの荷物にしかなれない。
それをはっきりと、しかも兄の決意を妨げない形で表現するには――
「――ありがとう、兄さん」
僕の、唐突に聞こえる言葉に、兄さんがはっと顔を上げる。いっそあどけなささえ感じられる表情を浮かべた僕の半身に、僕はにっこりと笑いかけた。
「兄さんは、僕に何かあったら、と思うから僕に祓魔師になるなって言ってくれるんだよね?」
血相を変えての口論から一転した穏やかな口調に、兄さんは小さく頷く。
「本当にありがとう、兄さん。僕のことを、そんなに大切に思ってくれて」
「……分かって、くれたのか…?」
泣き出しそうなほど顔を歪めた兄さんが呟くのに、僕はにっこりと笑って言葉を重ねた。
「だったら、兄さんもわかるよね、僕がどれだけ兄さんのことを大切に思っているか。……ぼくも、ずっと兄さんと一緒にいたいんだ」
「…だっ、だからって…!」
「そのためにも、僕は祓魔師にならないといけないんだ。……さっきも言ったよね。青焔魔は兄さんをおびき寄せるために僕に憑依しようとした。あの時は神父さんが守ってくれたけれど、もう神父さんはいない。もしももう一度同じことがあったら、その時、僕は自分で自分の身を守らないといけない。そのためにも、僕は悪魔について知らなくては……祓魔師にならなければいけないんだ。お願いだよ、兄さん……僕を否定しないで……ぼくに、兄さんの傍にいさせてよ……」
「……お前は、それで良いのか……?祓魔師になるための訓練は辛いぞ……それでも、耐えられるのか……?」
「兄さんと一緒にいるためだもの、辛いことなんてないよ。……それに、兄さんに出来たことが、僕に出来ないわけがないじゃないか」
最後はわざとらしく言うと、兄さんもようやく笑顔を見せてくれた。
「なんだよ、弟のくせに。お前なんかに簡単に追いつかれる俺じゃないってところを見せてやるよ」
「分かってるよ、奥村セ・ン・セ・イ?」
「期待してるからな、訓練生の奥村君?」
そう言いあって握り締めた掌の温かさを、僕は一生忘れないだろう