タンク様より、奥村兄弟逆転パロ小説の続きを頂きました!ありがとうございます!

というわけで、↓からどうぞ。

「ああそうだ、雪男。お前、寮の部屋割りはどうなってるんだ」
「……そういえば、まだ見てなかった」

 お互いの気持ちやこれまでの経緯など話し続け、ようやく落ち着いた僕たちは、やっとこれからの生活について考える余裕が出来ていた。
 兄さんに促されて、僕は朝渡された資料をめくる。

「……ええと、旧男子寮602号室、だって」
「は……?…旧男子寮だぁ…?」

 なぜか部屋を聞いて兄さんがあんぐりと口を開けている。

「何かあるの、その部屋」
「……それ、俺の使ってる部屋」
「……はあっ?!」

 今度は僕が口を開ける番だ。

「兄さんの部屋って、兄さん修道院に住んでいたじゃない。何でそれとは別に部屋がいるのさ!」
「だって、祓魔師の道具やら装備やらを、お前も一緒に住んでる部屋に置いとくわけにいかないじゃないか。だから保管場所というか物置として使わせてもらってたんだけど……そうか、メフィストの野郎、やっぱり初めから雪男を祓魔塾に入れるつもりだったんだな。あの野郎…覚えてやがれ」
「それって……」

 フェレス卿の思惑はさておくとして、兄さんと同室とは、大変にいやな予感がする。兄さんは昔から整理整頓にはとんと縁の無い性格をしていた。その兄さんが『物置』と呼ぶ部屋……その惨状が目に浮かぶ。

「だけど、その寮ってそんな物置に使えるくらい部屋が余ってるの?」
「余ってると言うか……その寮自体古くなって一般学生は使ってないんだ。今使ってるのは俺だけ。あ、後訓練生の合宿なんかにも使ったな」
「……つまり、事実上の廃屋というわけなんだね」

 一体どんなお化け屋敷に放り込まれるのだろうか。

「いや、さすがにそんなことはないぜ。一応俺やメフィストの使い魔たちが手入れしてくれているから。あいつら綺麗好きだから、俺がやるよりも手際よく掃除とか片付けとかしてくれてるし」

 悪魔のほうが綺麗好き、ってそれはむしろ人として恥じるべきところじゃないかと思うのだが。まさか俺も悪魔だ、なんて居直るつもりじゃないだろうな。
 というか、うっかり聞き流したけれども……

「兄さんの、使い魔……?」
「ああ!使い魔というよりも、同居人だけどな。頭もいいし、気も回る奴だよ。雪男もきっと気に入ると思うな」

 僕の知らないところで兄さんと一緒にいた悪魔。それだけで十分嫌な奴だけれども、ここは素直に従っておくのが良いだろう。

「そうだと良いね」
「それじゃ、さっさと部屋に行って荷物の整理しようぜ」

 そう言うと兄さんは屋上から下に降りる階段に向かった。

「ちょっと待ってよ。その旧男子寮って、一体どこにあるの」
「ここ」
「へ?ここって……」
「さっき鍵を使って移動してきたのが旧男子寮の屋上だったってことだよ。正確に言うと、さっきの鍵は旧男子寮全ての扉に通じてるから、望めば直接部屋にもいけるんだけど、まずは自分の足で歩いたほうが構造も把握できるだろ」

 当たり前のような調子でびっくりする説明を続ける兄さんの後ろについていきながら、僕はため息をつくしかなかった。この調子だと、部屋に行っても休む暇はないのだろう。

 だがその予想は、いい意味で外れることになる。


「遅い!」

 僕たちが連れ立って旧男子寮602号室に入った時投げかけられた第一声は、まだ年端も行かない少年の口から発せられた怒りの声だった。
 華奢な身体つきで、全体に色素の薄いどこか人間離れした顔立ちの少年だ。さらにその身にまとう異様な雰囲気からしても、彼が兄さんの言っていた使い魔なのだろう。

「ああ、ごめんなコウ。弟と話してたらつい時間がかかっちまって……あれ、そういえば俺たちの荷物はどうしたんだ?」
「もう片付けた」
「って、俺と雪男の荷物一緒くたにか?」
「主(あるじ)のはいつもどおりこっちに、弟のはあっちに」

 そういって少年が手を振った先には、どうやら僕の荷物から取り出したらしい衣類や勉強道具が整然と置かれた棚や机が見えた。
 これ以上ないほどきっちり荷物が整理され、どこに何があるのか一目で分かるように区分けされている机の様子に、僕は勝手に自分の荷物を開けられた怒り以上に、感嘆の思いが湧き上がってくるのを抑えられなかった。

「…すごい。僕でもこんなにきっちりとは整理できないかも知れない」

 僕が思わず漏らした賞賛の声に、少年はそれまでの仏頂面を緩めると嬉しそうににっこりと笑った。

「お前、いい奴だな。この主の弟とは思えないくらいだ」
「だからコウってば、俺のこと他人行儀に主なんて呼ばなくて良いっていつも言ってるだろ?それから俺の荷物まであんまりきっちり片付けないでくれよ。出しづらくなるじゃんか」
「……そういう言い方をするってことは、彼が兄さんの使い魔なんだね?」
「ああ、オレは主の使い魔でコウと呼ばれている。……これからよろしく、主の弟」
「こちらこそよろしく、コウ。僕は奥村雪男。雪男って呼んでもらえるかな?」
「分かった、雪男。悪かったな、勝手に荷物を開けて。どうもオレは自分の居住する空間に、整理されていない荷物が放置されているのに耐えられないんだ」

 そう言うと、コウと名乗った悪魔は兄さんのほうをじろりと睨んだ。

「おかげで毎日休む暇もない。主がもう少し自分で整理してくれると助かるんだが」
「〜〜!全く、お前は俺の家政婦かよ!毎日毎日俺の服までいじくり回して」
「いやだったら自分で片付けてくれ。オレだって他人の服なんか畳みたくない」
「良かったじゃない兄さん、こんな綺麗好きの悪魔が傍にいてくれて。正直兄さん一人で使っている部屋なんて、どんな有り様になっているのか心配してたんだ。これなら僕も安心して引っ越せそうだよ」

 悪魔ではあるが、とりあえずこういう同居人がいてくれるのは大歓迎だし、確かに兄さんの言うとおり気が合いそうだ。

「…実の弟からまでそう言われるとは。オレは見たことはないが、主が修道院とやらで住んでいた部屋も凄いことになっていたのか?」
「……コメントは差し控えさせていただきます」
「……いや、もういい。大体分かった」
「お前ら!仮にも兄とか主をつかまえて、他に言いようはないのか!」
「他にどう言えと言うんだ、兄さん」
「そうだぞ、主。人として反省したらどうだ?」

 さっきまでの緊迫した空気はどこへやら、ぎゃんぎゃん喚く兄と、その使い魔だという悪魔の漫才のようなやり取り。それを見ていると、それだけで僕の中にあった緊張が解けていくようだ。
 それと共に、今日一日の中で知らず知らずのうちに蓄積されてきた疲労が表面に出てきたらしい。僕は思わずため息をついた。

「…?雪男、大丈夫か?……少し疲れたのか?」
「ううん、大丈夫だよ、兄さん。……でも少しお腹がすいたかな」

 兄の気遣わしげな声に、僕は少しだけ安心させるように返事をした。実際、もう夕暮れに近いこの時間まで何も食べていなかったのだ。空腹感もかなりのものになっている。

「げっ、そういえばもうこんな時間か。待ってろ雪男、今お兄ちゃんが美味しい晩飯作ってやるからな」
「食事といえば、さっきウコバクが厨房で何やらやっていたぞ。もしかしたら理事長の命令で何か用意していたのかも知れないな」
「おっ、そうか。…片付けありがとな、コウ。それじゃ雪男、一休みして着替えたら一階の台所に来いよ。久しぶりに俺の料理の腕前を見せてやるからさ」

 そう言って元気よく部屋を飛び出していく兄さんを、僕はにっこりと見つめていた。が次の瞬間、その笑みは跡形もなく消えうせた。

「雪男は、主のことが好きなのか?」

 色素の薄い瞳を無表情に煌かせて、コウがじっとこちらを見ている。

「……どういう意味。双子なんだから、嫌いなはずない……」
「悪魔の前で自分の心を偽ることは、それだけ悪魔に心の隙を見せることにつながるぞ。オレは主の使い魔だから、他者の心の隙間にはあまり興味もないが、これから祓魔師になるというのなら、気をつけたほうがいい。……改めて訊くぞ、雪男は主のことを肉親としてではなく、一人の人間として愛しているのか?」
「……なんで、今日あったばかりの相手に言わないといけないのさ。僕が兄さんを好きかどうか、コウにどういう関係があるっていうんだ」

 まさか、こいつもそういう意味で兄さんに気があるのだろうか。思わず険しい目で睨みつけた僕に気付いているのかどうか、コウはどちらかというと淡々とした声で、兄さんの心の闇、その深さを語ってくれた。

「昨日までの主は見られたものじゃなかった。まるで心が既に朽ちてしまったかのように落ち込んで、オレが何を言ってもずっと養父の名を呼び続けていた。唯一、任務で出かける時だけはしっかりしているように装っていたが、それでも帰って来ると元のままだ。ここ数日、まともな食事どころか睡眠さえ取っていない」

 思ってもいなかった兄の姿を知らされて、僕は息も出来ないほどだった。そんな気配は全く見せていなかったのに……

「ところが、今日の主は全く違っていた。今日、ここに帰ってきた主は、昨日までの主ではなく、オレが主と仰ぐ人そのままだった。もしもそうなった理由が雪男にあるのなら、どうかこれからも主を支えてやって欲しい。出来ることならこれからずっと。……そういうのを、一生添い遂げる、というんじゃないのか?」
「ぶっ!……な、何を言うかと思えば…!」

 真剣に聞き入っていた僕は最後の一言で思わず床につんのめるところだった。確かにそうなれば良いとは思っていたが、こういうずれた言い方をされると妙に力が抜ける。

 とはいえ、コウがコウなりに兄さんのことを思っていることは良く分かったし、僕としても兄さんにはもう少し僕を頼って欲しいところだから、コウの言葉はありがたく利用させてもらうことにしよう。

「そうだね、うん、ありがとうコウ。これから、兄さんは僕が支えていくよ。だから、これからも僕に協力してくれるかな」
「……分かった。……だが雪男、お前、本当に人間なのか?」

 思わぬ言葉に、思わず僕は眉を寄せる。

「それってどういう意味?」
「いや、代価も払わずに悪魔に言うことを聞かせようなんて、普通人間は考え付かないぞ」
「だって、コウは兄さんが元気になってくれないと困るんでしょう?僕は兄さんを元気付けるという代価を払うんだから、それくらいの見返りはあって当然じゃない?」
「……雪男、お前やっぱり人間じゃないだろう」

 呆れたようにため息をつくコウを見ながら、僕はずっと兄さんのことを考えていた。今はまだ神父さんの死を乗り越えられず苦しんでいる兄さん、けれど、きっと兄さんは立ち直り、神父さんの遺志を継ぐために歩みだすだろう。

 そのときまでに、兄さんの隣に立てるようになることが僕の務め――神父さんに託され、僕自身が選んだ未来だ。
 そのために、利用できるものは何でも利用させてもらおう。
 例えそれが、今目の前で首をかしげている悪魔であっても。

 とりあえず、今は腹ごしらえだ。
 兄さんにも、久しぶりの食事をしっかりと取ってもらおう。


「ごめん兄さん、遅くなって……って何それ!兄さんの腰から生えてるそれは!」
「へ?ああ、これ?尻尾」

 一階に降りた僕を待っていたのは、普段着に着替えて屈託のない笑みを浮かべた兄さんと、変わることのない兄さんの料理の香りと、そして兄さんの背中、シャツとズボンの間からぴょこんと飛び出たふさふさの尻尾だった。

「何当たり前のように答えてくれちゃってるわけ!?なんでそんなのが生えてるのさ?」
「え、いや、悪魔として覚醒したときからずっと生えてるんだけど」
「嘘!小学校に入ってからだってお風呂にも一緒に入ってたし、水泳の授業だって受けてたじゃない!」
「ああ、この尻尾ってやっぱり悪魔としての性格が強くてさ、純粋な悪魔と同じで魔障を受けてないと見えないし、触ってもわからないんだ。一応ジジイも調べてくれたけど、小学校には魔障を受けた生徒や先生はいなかったし、中学校では何だかんだでサボってたし……ってどうしたんだ、雪男。そんな疲れ果てた顔して?」
「…いや……何だか今日の疲れがどっと出たみたいで……」

 ……兄さんはびっくり箱か。やれやれ

 でもお尻の後ろでぴょこぴょこ揺れる尻尾、……なんて可愛いんだろう。兄さんにぴったりだ。