タンク様より、奥村兄弟逆転パロ小説の続きを頂きました!ありがとうございます!

というわけで、↓からどうぞ。

 聖十字学園での生活に慣れてくる頃から、祓魔塾での授業も本格化してきた。

 それと共に、僕は『奥村燐の弟』という立場の複雑さを、否応なく味合わされることとなる。


「みんなはじめまして。私は魔法円・印章術を担当する上二級祓魔師の神木出雲。今日はこれからまず、皆さんに手騎士としての才能があるかどうか確認したいと思います」

 そういいながら教壇に立ったのは、二十歳過ぎくらいの眉の濃い、凛とした女性だった。彼女は教室の床にすらすらと複雑な魔法円を描くと、おもむろに自分の指先を小刀で小さく傷付けた。
 その傷から一滴の血が魔法円に滴り落ちる。すると神木先生は素早く何か唱え始めた。

「稲荷神に恐み恐み白す。為す所の願いとして成就せずということなし」

 次の瞬間、どこからともなくリン、という鈴の音のような音が響いたかと思うと、先生の左右で宙に浮く、白い狐のような悪魔が現れた。

「これは白狐という悪魔で、主に日本で古くから陰陽道などの術士が使役してきたため『神使』と呼ばれることもあります。このように魔方円を用いて悪魔を召喚し、使い魔に出来る人間はごく限られています。悪魔を使役し、服従させる強い精神力と、それ以上に天性の才能を必要とするからです」

 なぜか僕のほうをちらちら見ながら一通り説明すると、神木先生は書いたばかりの魔法円を足で踏みつけた。すると白狐は幻のようにすっと消えてしまう。

「このように、召喚の拠り所となる魔法円が一部でも消されてしまうと、召喚されていた悪魔もまた物質界から居なくなります。それでは、今からこの魔方円の略図を記した紙を渡します。それに自分の血を一滴垂らして、何でも思いつく言葉を唱えて下さい。もし皆さんに手騎士の才能があれば、それに応じて何らかの悪魔が召喚されることでしょう。もし危険を感じたときには、すぐにその紙を破いてください」

 そういうと、先生は生徒たちに小さな紙と、まち針を一本ずつ配っていった。僕も自分の手元に来た紙をじっと見つめる。そこにはまるい円に、いくつかの記号が付随していた。

(だめだ)

 だがしかし、その紙に自分の血を付けても、何の言葉も思い浮かばない。まあ自分に手騎士の適性なんてものがそうそうあるとも思っていなかったので、早々に諦めた僕はその紙をたたんだ。
 周囲を見回してみても、訓練生はみな難しい顔で俯くか唸ってばかりいる。やはり手騎士の適性を持つ人などなかなかいないのかな、と思っていると、不意にネイガウスが顔を上げた。

「テュポエウスとエキドナの息子よ、求めに応じ出でよ」

 すると周囲に硫黄のような異臭が漂い、ついで何かが這い出してくるような音と共に、彼の前に四つん這いの人のような犬のような、縫い目だらけの悪魔が現れた。

「屍番犬ね。なかなか見込みがあるわね、ネイガウス君」

 神木先生の賞賛にネイガウスは無表情に頷くと、すぐに手にしていた紙を破ってしまった。ぎぃ、という声を一つ残して屍番犬が姿を消す。
 まだ訓練生全員と話もしていない僕だが、その中でも彼は特に、最初の授業で兄さんに噛み付いて以来授業でもほとんど話そうとせず、一人でぽつんとしている。人付き合いが悪いわ、と志摩君などは零していた。

「今年の手騎士候補は一人ね、これでもいいほうだわ。一人もいない年のほうが多いくらいだし。それでは、今日の講義はこのくらいにしたいと思います」

 そういって笑うと、神木先生は講義の終了を告げた。


「奥村君、だったわね」
「あ、はい、神木先生」

 講義が終わった後、教室を出ようとした僕を、不意に神木先生が呼び止めた。何か今日の授業で問題でも起こしただろうか、と緊張して先生の傍に向かう。

「あなたのお兄さんに言っておいて」
「…は?」

 だが、先生の言葉は僕の予想のはるか外にあった。

「あんたみたいな横紙破りの手騎士なんて、絶対認めない、って。それから、すぐに追いついて見せるから、待ってなさいって」

 それだけ言い残すと、先生はあっけに取られたままの僕を置いてすたすたと立ち去ってしまった。

「……なんだったんだ」

 僕は呆然としてその後姿を見送るしかなかった。

 そんな僕の姿を、ネイガウスがじっと見つめていることにも気付かずに。


「ぷっはははは、神木のねーちゃんらしいぜ」

 その夜、いつものように夜遅く帰ってきた兄さんに、僕は今日あった出来事を、最後の神木先生の言葉も含めて全て話した。
 もしかしたら、神木先生は兄さんに何か含むところがあるのだろうか、そんな心配もしていた僕に、兄さんはそんな心配を吹き飛ばすような笑いを見せてくれた。

「ねーちゃんと俺は十歳近く年が違うけどさ、訓練生になった年は同じ、つまり同期生ってわけだ。だからお互い遠慮なしに言い合ってきたし、今でも顔を合わせりゃ口げんかは絶えないけどさ、でも良い人だぜ。ただ俺は、あの人にとっていわば目の上のたんこぶだからな、何かっつーと張り合って来るんだよ」
「…それってどういうことなの?」
「ねーちゃん、自己紹介のとき自分の階級言ったか?」
「うん、確か上二級って」
「それじゃ俺の階級は?」
「上一級」
「もともと、祓魔師になったのは同期の中でねーちゃんが一番早かったんだ。まあ優秀だったし、年齢から言っても当然だな。それが、いつの間にか同期の、しかも十歳近く年下のガキに追いつかれ、追い抜かれちまったってんで、去年あたりから俺を見る目が変わっちまってな、何かと突っかかってくるようになったんだ。それに、俺が手騎士の称号を取ったのも気に触ったらしいし」
「ああ、そういえば兄さんのことを横紙破りの手騎士って言ってたね。それってどういうことなの?」
「オレたちが主の使い魔になったことがお気に召さないんだろうな」

 不意に、それまで僕の脇で祓魔術の教科書を開いていたコウが口を挟んできた。自称悪魔一のビブリオマニアというコウは、祓魔術の教科書どころかほとんどの教典さえ読破し暗記してしまっているそうで、兄さんに言われて僕の祓魔師の勉強を見てくれている。悪魔に悪魔祓いを指導されるのは何か間違っているような気がしないでもないが、実際下手な教師より分かりやすいのだから文句は言えない。

「オレたちは主に召喚されたわけじゃない。この物質界で主と出会って使い魔の契約を結んだ。そういう使い魔の契約は邪道だ、と主張する手騎士がいるのも事実だ。とはいえ、正十字騎士団の歴史を紐解いてみると、全ての称号を併せ持つことが不文律になっている聖騎士の場合、半数近くが既に物質界にいる悪魔と契約を交わして手騎士になっているのが実情だからな。そんなに目くじらを立てるほどのものではないと思うぞ」
「そうか、手騎士の適性がない時点で聖騎士失格、というんじゃあんまりだもんね」
「それに、一般的に自分の力で物質界にやってきて、祓魔師と契約を結べるほど自意識を確立した悪魔のほうが強い力を持っている。だから、そういう悪魔を使い魔にしている手騎士のほうが高い階級を得る傾向が強い。神木先生とやらは、そのへんも不満なんだろう」
「というと、兄さんは手騎士としても階級は高いんだ」
「上二級だ」
「なるほど、それじゃ神木先生が意識するのも当たり前だね」


 頷いたところで、僕はふと思いついた疑問を口にした。

「そういえば、兄さんとコウってどういう風に出会ったの?」
「……あまり思い出したくないな」

 コウが渋い顔をする。

「もともと、コウは堕ち神として騎士團によって討伐されるはずだったんだ」

 兄さんもやや重い表情を浮かべながら口を開く。

「東北のとある沼が宅地造成で埋め立てられることになった時、その工事が超常現象で次々に頓挫してな、困り果てた業者と行政が最後に泣き付いたのが騎士團だったのさ。状況からして相当強力な水神だろうってんで、聖騎士だったジジイに白羽の矢が立ったんだ。それで、その頃もう祓魔師になっていた俺も一緒についていったんだけど。……でも、あのときのコウは凄まじかったな」
「……若気の至りだ」
「若気って、つい四年前のことじゃん」
「自棄になっていた、とも言うな。四百年続いた契約を一方的に破棄されて、しかも借家とはいえ、慣れ親しんだ我が家を追い立てられようとしたんだからな」
「契約?」
「オレがその沼に住まうことで田畑の水源を守る代わりに、周囲の人間はオレを祀った祠に書物を納めるという契約だ」

 ……四百年前から書物とは。ビブリオマニアも筋金入りだったんだ。

「だが今やそんな契約を知る者もいなくなり、そして人の一方的な都合で沼も祠もつぶすと言われてな。さすがに腹に据えかねて、それで無謀にも聖騎士一行に正面から戦いを挑んだんだ」
「だけど、あの時は俺もびびったぜ。これが水神の力なのか、ってな。…嵐は吹き荒れる、稲妻はひっきりなしに落ちてくる、おまけに接近戦に持ち込んでも俺の倶利伽羅ですら跳ね返されたからな」
「けれどもこっちも驚いたぞ。ほんの子供が、魔神の青い焔を使うんだからな。まだあの頃は焔に振り回されていたから何とか防げたが、おそらく今だったら一刀両断にされていただろうな」

 何でもないように言い合っているが、想像するだけでも恐ろしい光景だ。

「……そんなに凄まじい戦いだったんだ」
「けれども、結局多勢に無勢で、追い詰められたオレを救ってくれたのも、また主だった。……『俺、どうしてもお前が悪い奴に思えないんだ。だから、言いたいことがあるなら遠慮なく言ってくれよ』とな。…だから、どうせ分かるまいと思って、最後の悪あがきのつもりで悪魔同士の意思疎通で独り言のように呟いていたら、いきなり隣の聖騎士、つまり藤本神父にオレが言っていたことを説明しだしたんだ。あの時には、本当に顎が落ちるくらいびっくりしたな。こいつは何者だ、ってな」
「そういえば、悪魔のあんな間抜け面を見たのは初めてだ、ってジジイが笑ってたな」
「へえ、そのときの写真とか、ないの?」
「……お前は鬼か」

 コウのしかめ面に、ようやく兄の表情も緩む。

「あはは、そういうわけで、コウの事情を知ったジジイは、自分と一緒にその沼を退去することを提案したんだ」
「けれども、主の一言がなかったら、オレはあくまでもあの地に拘って滅びを選んでいたかもしれない。…今オレが憑依している、人柱として沈められた人の子と出会って以来、あの沼こそがオレの故郷だったからな」
「……そうだったんだ。そんな思い入れがあったんだね」
「その子供が学問好きだったんで、最初はその子供に対する負い目を強調するために書物を要求していたんだが、いつの間にかオレ自身がその魅力にとり憑かれてな。だからそれだけに主の言葉はオレの心を捉えたな。『正十字学園の図書館だったら、いやというほど本があるぞ。そこに出入りできるようにしてやるから、俺と一緒に来いよ』……オレのこだわりを、ピンポイントで突いてくれたからな。だからオレは、主の使い魔になることと、自らの力を封じて正十字学園の結界内に入ることを承諾したんだ」
「…力を封じる?」

 折角の力を使わないのだろうか。

「この正十字学園には、理事長の張った結界によって中級以上の力を持つ悪魔は入れないようになっている。例外は手騎士によって召喚された悪魔だけなんだが、オレの場合召喚というプロセス抜きでここに存在しているため、力の封印が必要だったんだ。……もっともいざという場合、主の意向一つで力は元に戻るがな」
「まあそうそうそんな事態にはならないとは思うけどな。……けれど、俺を狙う奴は多い。悪魔にも…人にも。もしかしたら、これからはお前もその巻き添えを喰うかもしれないんだ、雪男。……そういう時には、コウ、頼むぞ」
「判っている。オレの目の届く限り、雪男の身は守ろう」

 ――まだまだ僕は、兄さんにとって庇護の対象でしかない。でも、必ず祓魔師として一人前になって、兄さんに僕を認めさせてやる。
 だから、それまでは、兄さんの翼の下で、吸収できる限りの知識を学ばせてもらおう。