BLACK JACK 1





「あ」
「お」

夜の闇を吹き飛ばすネオン街、眠りを知らない、かぶき町。その一角で、偶然、俺は綺麗な黒髪のあの子と出くわした。
俺が嬉しそうに笑うと、あの子は眉間のシワを深くしてチッと舌打ちした。その口元に咥えた煙草が、微かに揺れる。

「久しぶりだね、トシ君」
「馴れ馴れしくトシ君なんて呼ぶなっての。この腐れ天パホストが」
「相変わらずつれないね。まぁ、そんなとこも好きだけど」
「ふん、てめぇの言葉は聞き飽きたぜ」
「まだまだ言い足りないくらいだよ?」

俺がそう言って肩を抱くと、その手を叩かれる。
うぜぇ、と苦々しく煙草を吸うその横顔に、つい見惚れた。
そこらにいるようなキャバ嬢よりも、TVのアイドルよりも、綺麗な横顔。きゅ、と眉根を寄せたその顔を、違った意味で歪ませたい、だなんて不埒な考えが過ぎる。
そんな欲望丸出しの思考に、俺は小さく苦笑を漏らす。

「……ほんと、困ったな」
「何か言ったか」
「いつになったら、トシ君は俺を好きになってくれるのかなぁって」
「ハ、惚れさせるのがてめぇの十八番しごとだろうが。かぶき町ナンバーワンが聞いて呆れるぜ」
「……そう、だね」

男前すぎる愛しい人の言葉に、俺はお手上げだ。
いつだって、この人には敵わない。
俺、坂田金時(職業ホスト)が絶賛片思い中のこの人は、名を土方十四郎という。職業はこのかぶき町を担当とする刑事さんだ。
なんでホストの俺が、刑事である土方に恋をしたのかと言われれば、話は長くなるが、まぁぶっちゃけて言えば一目惚れというヤツで。
綺麗な人間は見慣れていると自負していた俺でさえ見惚れた、その姿。少しキツめの目元だとか、サラサラの黒髪だとか、正直に言えば俺の直球ど真ん中ストライクを突き破ってクリティカルヒットを叩き出したのが、この土方十四郎という男で。
俺は土方に出会ってから、このヒトにイカれている。そして見た目通りにストイックでツレない土方に、猛アタック中なのだ。

「そういえば、今日は昼間から巡回?いつもは夜に回ってるんでしょ?」
「……なんで知っている」
「え?ジミーが教えてくれた」
「アイツ!何部外者に口滑らせてんだ!帰ったらシメる」
「まぁまぁ、いいじゃないの。それより、今日はどうかしたの?」
「……」

にっこりと笑いながら聞くと、土方はじっと俺を見つめた後、少し思案する顔をして。

「……お前、一応YATOのナンバーワンなんだよな?」
「え?そうだけど……」
「ふぅん?」

土方は改めて俺を頭からつま先までシロジロと見た。俺はその視線に内心でドキドキする。冷たい薄墨色の瞳がこちらを見るだけで背中がゾクゾクとして、堪らない気分になる。
ひとしきり俺を観察した土方は、うん、と一つ納得したように頷いて。

「お前、俺のこと買わないか?」
「は?」

爆弾発言を落とした。



CLUB YATO。それが、俺が勤めるホストクラブの名で、俺はここでナンバーワンを張っている。
甘い言葉。一夜限りの夢を見せるホストは、口先から生まれたと言われる俺には天職で、俺がナンバーワンになってから、一度もその座を他に譲ったことはない。まぁ、それが自慢になるのかと聞かれたら、答えはNOだけど。
そんな職場で、俺はいつものように女の子に笑いかけながら、でも視線と意識は常にある一点に集中していた。
それは。

「ヤダ、ほんとー?」
「えぇ、本当ですよ、お嬢様」

にっこり、と満面の笑顔を見せながら、女の子の手を取る黒髪の美人。手を取られた女の子はうっとりとした表情で、その美人の顔を見ている。
そう、その美人とは、紛れもない土方だった。
土方は決して俺には欠片も見せてくれない笑みを浮かべていて、俺はつい、気に入らない、という視線を送ってしまった。すると土方がこちらに気づいたらしい、俺と目が合うと、きょとんとした顔をした後、ニッと口元を吊り上げた。
あぁ、そんな顔も可愛い。俺はふっと微笑み返した。すると土方は少し驚いた顔をした後に、ぷい、と視線を外して、お客の女の子の方に集中してしまった。
あーあ、なんでこんなことに。俺は自分のお客を相手にしながら、少しだけ頭を抱えてしまった。



『お前、俺を買わないか?』
『……は?』

俺がその爆弾発言に唖然としていると、土方はすぅと煙草に手をやった。ふーっと煙を吐き出して、だから、と続ける。

『俺のこと、買わないか、と聞いている』
『へッ!?や、だから、それってどういう意味?』

俺は自分でも驚くくらい、うろたえた。そんな俺に土方はきゅっと眉根を寄せて。

『何をそんなに慌ててンだ?』
『や、普通誰でも慌てるでしょ?驚くでしょ!?』
『……?あぁ……?』

俺が力説すると、土方は少し考える素振りをした後、ようやく理解したのか、盛大に眉間にシワを寄せた。

『お前、どういう勘違いしてンだよ。なんで男が男にそういうこと言わなきゃなんねーんだ。ちったぁ頭使え。だからお前は天パなんだよ』
『天パは関係ないよね!?っていうか、そういう意味じゃないの?』

残念、と俺がそう言うと、馬鹿、当たり前だろ?と土方は一蹴して。

『とにかく、お前の店に俺を連れて行け。話はそれからだ』
そう、言った。



土方を店に連れて行くと、すぐに新八がやって来て、怪訝そうに俺と土方を交互に見た。土方はホストに向いている顔立ちをしているので、最初は新人希望かと顔を輝かせた新八も、土方の纏う雰囲気に、すぐに何かを感じ取ったらしい。そちらは?と俺の方を見て説明を求めてきた。だけどロクな説明も受けずに連れてきたので、俺も土方の目的が分からず、頭を掻いた。

『や、その、俺も何て言えばいいのか……』
『アンタが、ココの経営者か』

言い淀む俺を遮るように、土方は新八に向かってそう言った。新八はその土方の態度に眉をひそめつつ、そうですが、と答えた。すると土方は胸ポケットから黒い手帳を取り出して、中を開いて見せた。

『俺は新宿署の土方だ』
『!』
『実は、今回は捜査協力の依頼をしに来た』
『捜査協力、ですか』
『あぁ』

そこで土方が説明した話を要約すると、麻薬取引をしていたある売人の男の行方を追っていて、その男の女が、このクラブに何度か入るのを目撃されているらしい。見せて貰った写真に写る女の子は確かにこのクラブの常連で、そういえば最近は見かけていない子だった。
土方いわく、この女はとにかくクラブ好きで、ここ以外にも何件か行き着けのクラブがあるらしい。だが、女の足取りを掴みたいものの、何件もある行き着けのクラブの一軒一軒に人員を裂くわけには行かず。
それならクラブの中に一人誰かを潜入させて、女が現るのを待っていた方が早い。そういう話になったらしい。
俺はその話を聞きながら、オイオイと突っ込みたくなった。どこの世界にホストクラブにホストとして潜入する刑事がいるよ、と。だけど土方はいたって真面目に。

『他の刑事は知らねーけど、俺たちは別だからな』

と淡々とそう言った。
土方の申し出に、新八は渋っていた。そりゃそうだ。クリーンな営業をしているとはいえ、色々と裏のあるクラブに刑事を入れるのは、正直避けたいのだろう。
だが、そんな新八の心境を見透かしたように土方は、あくまでも今回は麻薬の売人の女の確保が優先だ、と言った。

『捜査に協力してくれるなら、多少のことには目を瞑る。クスリは別だがな。それに……』

そこで言葉を切った土方は、短くなった煙草を灰皿に押し付けて、ニヤリと不敵に笑った。

『俺を雇えば、アンタらにもそれ相応の「お礼」はしてやれるけどな?』



……かくして、土方に押し切られる形で、土方の潜入捜査が始まった。最初は、俺も大丈夫なのだろうか、と心配した。
だって、あの土方がホストだよ?大丈夫なのかと心配するのは当然だろ?土方みたいなタイプは女を口説くことをせずとも女の方から寄って来るから、その辺りの手管はできないだろうし。
俺は何度もホストじゃなくてバーテンを薦めた。だけど、ガンとして聞き入れてくれなくて。
土方がホストとして働き始める初日、心配のあまりスーツやらなんやらを貸してあげる為に、同伴を断って土方を待った。
大丈夫かな、土方。スーツっていっても色々あるし、着こなし方とか教えてあげないといけないよね、とハラハラしていると、新八が金さん!と少し焦ったように俺を呼んだ。多分、土方が来たんだろうな、と思って振り返って、絶句。

店の出入り口から現れた土方は、上下とも真っ黒なスーツに身を包んでいた。その光沢は見るからに上質で、値の張るものだと分かる。
そして下に着ている真っ白なシャツは第三ボタンまで外されていた。その白い胸元には、銀色のチェーンがさりげなく光っていて、シンプルながら土方の魅力を引き出す要因の一つになっていた。
だが、何より。
ただそこに立っているだけで、視線が引き寄せられる。そして目が離せなくなる。そんな雰囲気を、土方は纏っていた。
呆然と土方を見詰めていると、土方は周囲の視線を気にすることなく歩き出して、新八と何か話していた。
新八は新八で、予想外な土方の雰囲気に興奮気味だ。きっと頭の中で売上の計算をしているに違いない。
俺も、その姿を見てこれはヤバイかも、と思う。でもその心配はナンバーワンがどうのということではなくて、ただ単純に、こんな姿の土方を前にして、襲い掛からないでいられるのか、ということだけだった。



案の定、ホストになった土方は、盛大に稼ぎまくった。最初は、見てくれは良くても、土方のあの性格じゃホストは無理だろうと思っていた。女を口説くような性質じゃないだろう、と。
だけど予想に反して、土方は手馴れた様子でヘルプに付いて酒の準備をしたり、煙草の火を付けてあげたり、と、まるで別人のような働きぶりを見せた。
土方が入って今日で五日目になるが、もうすでに指名を取るようになった。そんな土方に他のホストは気に入らない様子だったものの、短期の間だけだと言ってあるし、そこまで重大な問題が起こることはなかった。
おかげさまで、俺はここ数日ずっと悶々とした想いを抱える羽目になった。
だって、そうだろ?好きな子が他の子を口説いているのを、じっと見ていなきゃいけないんだから。




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