BLACK JACK 2


そんなこんなで、土方がYATOに来て、今日で一週間。今日は月に一度の売上の清算日で、つまり今日は順位の発表ってワケだ。まぁ、自慢じゃないけど俺がナンバーワンになってから、この順位を誰にも渡したことはない。今回も多分、そんなに順位に変動はないんじゃないかな、とぼんやりと考えていた。

「じゃあ、今月の売上を発表します」

そう言って、新八が次々と順位を発表していく。その順位は多少の誤差はあるものの、やっぱり先月とそんなに変わりはなかった。
ところが。

「……ナンバー4、土方さん」
「へ?」

新八が読み上げたその言葉に、俺が呆気に取られた声を出した。え?アレ?幻聴が聞こえたような気がしたんですけど?アレ?
俺が呆然としていると、土方がこちらを見てニヤリと笑った。あの顔は、どうだ、俺を雇って良かったろ?という顔だ。そんな顔も可愛いな、と検討違いのことを思いつつ、ナンバー3以上は変動ありません、という新八の声をどこか遠くで聞いていた。

「金さん!金さん!」

順位発表の後、新八がやや興奮したように俺を呼び出した。何となく言いたいことが分かった俺は、頭をかきながらも新八に近寄る。

「金さん、土方さんって何者なんですか!」
「や、ただの刑事さんだろ?自分でもそう言ってたじゃん」
「それはそうなんですけど!でも、やけに慣れているというか……。今月の売上だって、たった一週間でナンバー4ですよ?このまま行ったら、来月は桂さんを抜いてしまいますよ」
「え、マジで?」

このYATOのナンバー3、長髪の髪がウザイものの、顔はいいヅラ。そのヅラを抜くかもしれないと言われて、俺は少し焦ってしまった。それはナンバーワンの座が危ないとか、そんなものじゃなくて。

「……アイツら、土方に興味を持たなきゃいいけど……」

もしヅラを追い越すようなことがあれば、ヅラだけじゃない、ナンバー2の高杉だって黙っていないだろう。俺はそれが気が気じゃない。
……くそッ、早く来いよ。
俺は未だに姿を見せない女の顔を思い出して、毒づいた。



順位発表の次の日。今日は同伴もない為一人で出勤すると、職員用の出入り口の傍で、土方を見つけた。

「ひじか……ん?」

俺は嬉々として土方に声をかけようとしたものの、土方の傍にもう一人、誰かいることに気づいて口を閉ざした。
土方よりも少し低めの身長、亜麻色の髪に、やたらと綺麗な顔立ちのソイツは、土方となにやら話し込んでいる。着ているスーツや開けたシャツのボタン、その雰囲気からどこかの店のホストだろうか、と俺は検討を付ける。
そしてソイツはじっとこちらを見つめる俺に気づいたのか、おや?という顔をした。そして土方の肩を叩いてこちらを指差す。オイオイ、人を指で指しちゃいけねーってお母さんから習わなかったのか?
俺は口元を引きつらせながらも、ゆっくりと二人に近づいた。

「こんにちは、トシ君。今日も可愛い顔してるね」
「俺はいつでも同じだ。それより、トシ君って呼ぶなって何回言えば分かるんだこの天パ」

満面の笑みで土方に挨拶をすると、土方は嫌そうに顔をしかめた。あぁ、そんな顔も可愛い。
俺が内心でデレデレしていると、土方の隣にいた男が、俺と土方を交互に見た後に、へぇ、と呟いた。そしてニヤニヤと笑って。

「土方さん、この人、もしかしなくてもこのYATOのナンバーワンの金時の旦那でしょう?いつの間に仲良くなられたんで?」
「仲良くなってねーよ」
「そうそう、俺とトシ君は仲が良いっていうのを飛び越えた関係なんだよ」
「へぇ、それは一体どんな関係で?」
「テメ、適当言ってんじゃねぇよ!そして総悟、テメェも乗るな!」

俺は土方の言葉に、ぴくり、と眉を吊り上げた。

「……そうご?」

自分でもびっくりするくらい、低い声が出たと思う。でも、それくらい俺にとっては重要なことで。
だって、土方が他の男を下の名前で呼ぶなんて、それこそ俺が嫉妬するには十分だ。
だけど土方はそんな俺の様子に気づいていないのか、あぁ、と納得したように頷いて。

「コイツは沖田総悟。俺と同じ新宿署の刑事だ。んで、俺と同じように、他の店で潜入捜査中だ」
「よろしくお願いしまさァ、旦那」
「……ふぅん?刑事さんなんだ?それにしては、やけに仲が良さそうだけど?」

俺がジトっとした目で土方を見ると、土方は顔をしかめて。
「あぁ?そうか?そうでもないだろ」
「何を言ってるんですか、土方さん。俺とアンタはお互いのホクロの数まで知っている仲じゃねぇですか」

さらり、と寄越されたその言葉に、俺はまさかそんな、と土方を見た。だけど土方は気色わりぃこと言うな、と嫌そうにそう言った。

「ただの昔馴染みってだけだろ」
「ま、そういうことでさぁ、旦那」

ニヤリ、と笑ってそう言う沖田君に、俺はこの野郎、と思いつつも、そうなんだ?と笑い返した。

「っと、もう時間だ。ほら、テメェも自分の店に戻れ」
「分かりやした。……それにしても土方さん、アンタが最近妙に機嫌が良い理由、もしかしなくても……」
「総悟!」

土方が少し慌てたように、沖田君の言葉を止めた。俺が続きが気になったけれど、沖田君はひょいと肩をすくめて、それじゃあせいぜい頑張ってくだせぇ、と言って去って行ってしまった。

「ねぇねぇ、さっきのどういう意味?」
「知るか!」

俺が土方に尋ねてみたけれど、真っ赤な顔をした土方はガンとして答えてくれなかった。

店に入ると、殆どのホストたちが出勤していて、各々の準備をしていた。俺が店に入ると、おはようございます!金時さん!と挨拶をしてくるので、おぉ、と適当に返す。
そうしている内、一人のホストが俺に近づいてきて。

「そういえば金時さん、マネージャーが呼んでましたよ。出勤したら来るようにって」
「新八が?何だろ?」

俺は首を傾げつつも、教えてくれたホストに礼を言って、新八の元へと向かった。
新八の部屋兼事務所に行くと、新八は少し険しい顔をしていた。俺はその顔を見て、何かあったのか、と少し気を引き締める。

「よぉ、ぱっつあん。どうしたよ、そんな更に顎が割れそうな顔をして」
「おはようございます金さん。っていうか、顎が割れそうな顔ってどんな顔ですか。別に顎関係ないでしょ」
「いやいや、何言ってんの?新八といえば顎でしょ?新八は顎で構成されてるんだし。いっそ顎八でよくね?顎八」
「顎八って何ですかソレ。ってか、そんな話をしたいわけじゃないんですよ僕は!」

全く!と息を荒くした新八だったものの、すぐにため息を付いて。

「……今日、神楽ちゃんが来るそうなんですよ」
「へぇ、そうなんだ?まぁ、前に来たのが一ヶ月くらい前だったし、もうそろそろかなー?とは思ってたけど。でも、それがどうしたよ?別に神楽が突然来ることくらい、いつものことじゃねーか」
「それはそうですけど!でも今回はマズイですよ!だって、今店には土方さんがいるんですよ!?」

あああああ!と頭を抱える新八。
俺はそれを聞いて、ようやく新八が何で悩んでいるのかを悟った。
この店のオーナーであり、俺たちと共にこの店を立ち上げた神楽は、実は「夜兎」と呼ばれる中国系マフィアの女ボスだ。つまり、刑事である土方とは敵対する存在になる。

「どうしよう、今更神楽ちゃんに店に刑事がいるから、何て言えないし。かといって、土方さんを今日だけ休みにするのもおかしいし」

ブツブツと呟く新八に、こりゃ頭パンクすんなコイツ、と俺は哀れに思いつつ、大丈夫だろ、と助言した。

「土方はこの店に来るときなんて言ってた?多少のことには目を瞑るって言ってたろ?なら、いきなり逮捕!とかにはならねぇんじゃねーの?」
「神楽ちゃんは多少のことじゃないでしょうが!マフィアのボスですよ!?絶対警察のブラックリストとかに載ってそうな感じじゃないですか!」
「あー、まぁ、仮にそうだとしても。トシ君は今潜入捜査中だろ?それを台無しにするようなことはしないだろ」
「それは、そうですけど……」
「あの子は約束を守る子だよ。だから、大丈夫だって」

な?と俺が新八に言い聞かせると、それならいいんですが……、と心配性の新八は半分だけ納得したようだ。だけど、俺には確信があった。
きっと土方は、神楽のことを何も言わないし、大きな騒ぎを起こすことはない、と。



そして、店が開店した。いつも通りの、煌びやかな夜の世界。甘い偽りの言葉を囁く男と、それを聞いて喜ぶ女。少し落とされた照明にワイングラスが反射して、キラキラと輝いた。
俺はそこそこ上客の女の子を相手にしながら、土方の様子を伺った。土方はいつものように黒のスーツを着こなして、隣に座る女の肩に手をやっていた。途端に、少し顔を赤らめる女。
俺はその様子を見て、こうしていると男らしいよな、としみじみ思った。
整った顔はいかにも女受けする顔で、どちらかといえば男から妬まれるはずなのに、あまりに綺麗過ぎて男女問わずに惹きつけられる。
まぁ、俺もその一人なんだけど、と苦笑していると、バーテンの一人が、金さん、と声を掛けて来た。どうやら、神楽が来たらしい。

「ちょっとごめんね」

俺は女の子に断りを入れながら、神楽を出迎える為に出入口へと向かった。そこには何人かのホストが並んでいて、神楽を待っていた。
その時、店の扉が開いて、一人の女が姿を現した。
艶かしい赤いチャイナ服に包まれた体は見事なプロポーションで、スリットの間から覗く足は白くて綺麗だ。淡いピンク色の髪を結えたその女は俺たちを見て、満足そうに笑う。

「いらっしゃいませ、神楽様」

バーデンの一人がそう声をかけると、他のホストたちは頭を下げた。神楽は一つ頷いて。

「ご苦労様アル。後はいいから、皆は仕事に戻るネ」

片言の日本語でそう言った神楽は、俺を見つけて目を輝かせた。
そしてカツカツとヒールの高い靴の音を響かせながら走りよってきて、がばりと抱きついた。

「金ちゃん!久しぶりネ!」
「おぉ、久しぶりだなぁ、神楽」

俺はその細い体を抱きとめながら、相変わらずの様子に苦笑した。こんなに体も大きくなって立派な女になった神楽だけど、俺にとっては妹みたいなもので。無邪気な笑みに、俺もつられて笑った。

「神楽ちゃん!」

そうしている内、新八が店の奥からやって来た。神楽は俺から離れると、新八の顔を見て爽やかに笑いながら。

「相変わらずの顎アルな、新八」
「ちょ、神楽ちゃん?なんで僕にだけそんな感じなの?」


再会を果たした俺たちは、VIP席に座っていた。バーデンに頼んでいたドンペリを開けてグラスに注いでいると、そういえば、と神楽が口を開いた。

「最近、この店に新人が来たそうアルな。それもすっごく綺麗な」

ぎくり、と新八があからさまに肩を震わせた。どうやら、土方のことは神楽には伝えていなかったらしい。あーあ、と俺が新八の様子を伺いつつ、そうだよ、と返せば、案の定神楽は目を輝かせて。

「見てみたいアル、その新人」

そう言った。新八は顔を引きつらせつつも、笑顔を見せて。

「や、でも今仕事中だし。それに今まで新人が来ても興味持たなかったじゃない。今回もそんなに大した人じゃないよ?ね?金さん?」

そう聞きながら、切羽詰まったような顔で俺を見る新八。俺は内心で大変だなぁ、と他人事のように思いつつも、あまりに必死な新八に助け舟を出すことにした。

「そうだな。確かに新人君はさらっさらの黒い髪が綺麗だし、ちょっとキツメな目で見つめられたら堪んねぇとか思うし、あのほっそい腰とか見たら本気で脱がしてやりてぇって思うけど、うん、大したことないよ?」

キラキラと満面の笑顔でそう言い切ると、ぽかん、と呆気に取られた新八と神楽がこちらを見ていて。ん?俺、おかしなこと言ったっけ?と首を傾げていたら、神楽はますます目を輝かせたかと思うと、バーデンを呼び付けた。

「今すぐに最近入った新人をここに呼ぶアル!」
「ちょ、神楽ちゃん!?」

慌てて止めに入った新八だけど、全く効果がなく。急いで呼びに言ったバーデンの背中を見送って、ああああ、と唸る。俺はその姿に軽く合掌して。

「ゴシュウショウサマです」
「誰のせいですか!」

間を入れずそう叫んだ新八。そしてすぐに頭を抱えて、もう僕知らない、と背中を丸めて現実逃避をしていた。
そんな新八をスルーして、神楽は楽しげに。

「ふふふ、金ちゃんがそこまで気に入っているなんて、どんなヤツか楽しみネ」
「だろ?あの子、すっげぇ綺麗な子だから。きっとびっくりすると思うぜ」

俺が自分のことのように得意げになっていると、さっきのバーデンがやって来て、呼んで来ました、と俺に言った。俺は一つ頷いて、後からやって来るあの子をじっと待った。
カツン、カツン、と軽い足音を立てて、真っ直ぐに背筋を伸ばしてやって来たあの子は、VIP席に着くなり頭を下げて。

「初めまして、土方と申します。この度はお呼び下さいまして、ありがとうございます」

そう言いながら、土方は顔を上げて小さく笑った。あ、その顔可愛い。っていうか、凄くイイ。と俺が見蕩れつつ、神楽の様子を伺った。神楽は呆然と土方の顔を見つめていた。神楽のヤツ、あんまり土方の顔が綺麗だから驚いてるな、と内心でニヤニヤしていたものの、あまりにも長い間驚いたままなので、俺は少し違和感を覚えた。

「神楽?」
「神楽ちゃん?」

俺と新八が神楽を呼ぶと、ハッと我に返った神楽は勢いよく立ち上がった。

「お、オマエは……!」

ふるふると体を震わせる神楽に、新八は真っ青になった。慌てて立ち上がって、神楽を落ち着かせようとしている。

「や、神楽ちゃん、少し落ち着こう!?ね?」
「……ッ」

ほら、座って、と神楽の肩に手をやった新八の手を払いのけて、神楽はずんずんと土方の方に歩み寄ると。


「……、久しぶりアル、トシちゃん!」


そう言って、土方に抱きついた。

「え?」
「は?」

予想外の展開に、俺と新八が呆然としている中、抱きつかれた土方は驚いた顔をしていたけれど、すぐに何かに気づいたように神楽を見下ろして。

「お前、もしかして神楽か?」
「そうアル!忘れちゃったアルか?」
「いや、忘れちゃいねぇよ。ただ、別人みてぇに美人になってたから、気づかなかった」
「ふふ、トシちゃんにそう言って貰えて嬉しいヨ。でも、トシちゃんも相変わらず綺麗アル」
「……男に綺麗は褒め言葉じゃねぇって」

そう言いながらも土方は苦笑して、神楽の頭を撫でていた。神楽も嬉しそうにそれを受けていて、俺と新八はワケが分からず顔を見合わせた。

「どういうこと?」
「さぁ?」










BACK TOP NEXT