BLACK JACK 4


次の日。
結局土方は神楽との関係を教えてはくれなかったけれど、何となく心はすっきりしていた。土方と神楽は本当に昔の知り合いみたいだったし、それに、俺と神楽の関係を疑って、嫉妬してくれていたみたいだし。
これって脈アリじゃね?このまま押していけば、いつか押し倒せるんじゃね?とルンルン気分で出勤した俺は、店に入った瞬間に目に飛び込んできた光景に、ただただ絶句した。
それは……―――。

「よぉ、金時ィ。今日はやけに早いじゃねぇか」
「そうでもないぞ。最近ではいつもこの時間に出勤するようになったしな」
「あはは!今日は雪かのォ!」

あははは!と馬鹿丸出しの笑い声が響いて、俺はハッと我に返る。バカ三人組のことはともかく、俺が一番驚いているのは、その三人の真ん中に何故か土方がいたことで。
土方は三人に囲まれて、困惑した表情を浮かべている。なんで自分が囲まれているのか、分かっていない様子だ。
俺は慌てて、とりあえず土方の肩を抱いている辰馬の手を叩き落とした。

「テメ、俺に許可なくコイツに触ってんじゃねーよ、このもじゃ野郎が!トシ君が汚れる!」
「あはは!もじゃは銀時もじゃき」
「うるせーよ。それに俺は金時だっての。……大丈夫?トシ君。コイツらに変なことされてねぇ?」
「えっ?あ、や、別に……」

心配になって顔を覗き込めば、ぽかんと呆気に取られていた土方は、困惑気味に首を横に振った。そして目で、コイツら誰だ、と俺に訴えかけていて。
俺はしぶしぶながらも、土方に説明した。

「こっちの眼帯が、ナンバー2の高杉、そっちのヅラ被っているやつがナンバー3の桂、んで、そっちのもじゃが元ナンバー4で今はナンバー5の坂本。別に仲良くしなくてもいいからね」
「え、でも、コイツらが店にいるの、初めて見たぞ」
「コイツらは他にも仕事抱えてるからね。来れる時に来る感じなんだよ」
「へぇ……それでトップ張れるなんざ、すげぇな」
「えっ、ちょ………っ!」

感心したような土方に、焦る俺。え、なんで、なんでこの三バカには感心するの?俺は?
そう言えば、テメェは尊敬できるもんがねぇ、と吐き捨てられた。うう、ツンデレが心にしみる。
傷心の俺を、三バカは楽しげに笑っていた。ちくしょう。

「ほぅ、テメェ、中々の奴だな。金時にはもったいねぇな」
「そうだな。このくるくる天パにはもったいないほどのサラサラヘアーだしな。それに、入って一週間で坂本を抜く技量もある」
「あはは!銀時は天パじゃが、人ん見る目ぇはあるっちゅうこっちゃなぁ!」

うんうん、と頷く辰馬を、とりあえず殴っておいた。
三バカが揃うのは珍しいことなので、店は多いに盛り上がった。それぞれの常連が我先にと注文を飛ばし、一夜にして今月最高額を記録した。新八は嬉しそうにそう話していたが、俺はそんなに喜べる心境じゃなかった。
と、いうのも。
三バカは何を思ったのか、土方が気に入ったのか、三人が変わる変わる土方を自分のヘルプにつかせたのだ。俺がお願いしたときは断ったのに。
ぶす、と内心で拗ねていると、高杉なんて俺の視線に気づいていながら土方の肩を抱いたりするので、かなりイラついた。それに、三バカに対して黙ったままの土方の様子も気になる。何で嫌って言わねーんだよコノヤロー。
イライラしつつも、こうなったら三バカに負けないくらい売上を上げてやる!と気合を入れた俺は、新八から今日はやけに気合入ってますね、と言われるくらいの売上をたたき出した。
おかげさまで、心も体もヘロヘロだ。誰か癒して欲しい。や、癒して欲しい相手はいるんだけどね。
あー、と唸りながら事務所のソファーにぐったりとしていると、ガチャ、と扉が開いた。誰だ、とちらりと見やれば、土方が煙草を咥えたまま入ってきて。

「珍しいこともあるもんだな。テメェがそんな疲れた顔をするなんざ」
「………誰のせいだよ」

面白そうな土方にムッとしてぼそりと言い返せば、目をぱちくりさせた。俺の態度が予想外だったのか、まじまじとこちらを見て、こてりと首を傾げた。

「何拗ねてんだ?」
「拗ねてませんー」
「いや、拗ねてんだろ」
「拗ねてませんー。どっかの誰かさんが俺のことないがしろにしすぎてガラスのハートが粉々になっただけですー」
「だから、それが拗ねてんだろ。……ったく、馬鹿じゃねぇの」

心底呆れたような土方に、粉々になったガラスのハートをさらに打ち砕かれた気分になる。んだよ。

「どうせ俺は天パですよーだ」

ふーん、とあからさまに拗ねてみせると、土方ははぁ、と深くため息を吐いて。

「お前はこの店のナンバーワンだろうが。俺のヘルプなんざなくても、十分だろうが」

欲張るんじゃねーよ、と小さく笑う土方の笑顔が綺麗で、つい見惚れてしまった。くい、と吊り上げられた唇がいやにエロくて、無意識の内に目がそこにいっている。
キスしたら、どんな感じなのだろうか。唇を合わせた瞬間を思って、ごくりと唾を呑む。
ぼんやりとする俺を見下ろした土方は、スッとその薄墨色の瞳を細めて、蠱惑的な色に光る。

「………、なぁ、お前、俺のこと好きなのか?」

ふぅ、と煙草をふかして、なんでもないことのようにさらりと聞いてくる土方。その瞳が何を考えているのか分からないけれど、俺は何だかゾクゾクとした何かが背筋を通り抜けるのを感じた。言うなら、獲物を前にした獣に似ている。

「………、そうだけど?」

内心で舌なめずりをしつつ、すっとソファーから立ち上がる。身長はほとんど同じ。視線が絡む。真っ直ぐな瞳が、ゆらりと揺れる。

「お前、前に言ったよな?惚れさせるのが俺の仕事だって」
「あぁ、言ったな」
「俺、マジでお前を落としていいわけ?」
「………―――」

二ィ、と楽しげに笑った唇が、スッと近づく。唇同士が触れ合おうとしたその瞬間、土方は顔を逸らせて、俺の耳元へと滑らせた。

「…………――――落とせるモンなら、な」

低く、唸るような。しかし、ゾクリと背筋を撫でられるような、そんなエロい声が鼓膜を刺激する。
土方はそのまま、軽い足取りで事務所を出て行った。俺はその背中を見送ったあと、声にならない声を上げてソファーにダイブした。
ちょ、マジであの子ヤバい。何がヤバいかっていうと、ちょうヤバいみたいな。うん。とにかく………―――。

「声だけで勃った俺も俺だわ」



それから、特に変わり映えのない日々が続いた。相変わらず、売人の女は現れない。その代り、あの日以来三バカの出現率が急激に高くなった。特に高杉。アイツは、月に四、五回顔を出せばいい方という具合だったのに、ここんところ毎日のように現れている。そしてどういうわけか、やけに土方と仲がいい。よく二人で話しているところを目にする。
そんな姿を見せられて、焦る俺だ。まさかとは思うが、あの高杉が土方を?いやいや、そんなはずはない。だけど最初に会ったとき、やけに土方を気に入っていたような気がしないでもない。
しかし、そんな内心を押し隠して、俺はとにかく冷静に務めた。そりゃそうだ。この前あれだけ大見得きっておいて、ここで焦るものなんかカッコ悪い。
そんな悶々とした日々を送っていたある日、いつものように客の相手をしていると、視界の端に黒い影が過ぎった。土方だ。土方は客に断りを入れて席を立っているところで、何気なくその姿を横目で追っていた俺は、土方が店の奥にいた高杉の傍に近寄るのを見て、軽く目を見開いた。
土方は高杉の傍に寄ると、ぼそりとその耳元で何かを囁いた。高杉は高杉で、小さく頷いている。
なんだ、なんの話をしているんだ?気になって仕方ないが、今席を離れるわけにもいかず。笑顔を浮かべる裏で、じりじりと二人に視線を向ける。ちょ、待って、なんか近いんですけど!離れろや!んな近づく必要ねえだろうが!キッと視線を鋭くすれば、俺の視線に気づいた高杉が、ニヤリと質のよろしくない笑みを浮かべ、そして。
ぐい、と土方の腰を引き寄せた。

「ッ!」
「金ちゃん?」

 どうしたの、と不思議そうな女の子の声に、ハッと我に返る。俺はいつの間にか立ち上がっていて、今にもあの二人の元へと駆けだしそうな体勢になっていた。やばい。しまった。内心で冷や汗をかきながら、なんでもないよ、と笑って女の子の肩を抱く。それだけで、彼女はうっとりと目を潤ませて、金ちゃん、なんて甘い声で囁いた。うまく誤魔化せた、とホッとしつつ、おそるおそる二人に目を向けると、高杉が吹き出すのを絶えている顔をしていて、無性に苛立った。幸い、土方はこちらに背を向けていたから、俺の様子には気づかなかったようだ。
良かった、と安心しつつも、気づけよ、なんて複雑な心境になって。
あれ、俺ってナンバーワンだよね?ナンバーワンが聞いて呆れるよこれ、と自分で自分に突っ込んでいた。
軽く凹んでいると、新八がそろりと近づいてきた。

「金さん。……ちょっと、いいですか」
「ん?何?他に指名が入ったの?」
「いえ……実は……」

こそ、と耳打ちしてきた内容に、俺はちらりと土方を見やる。土方はまだ高杉と話している。こちらに気付いた様子はない。

「どうします、金さん」
「んー……、ま、どうにかしましょうかね」

しょうがないね、と腰を上げる。どこ行くの?と引き止めようとする女の子に飛び切りの笑顔を浮かべて見せて。

「ちょっとごめんね。俺のこと待ちきれない子がいるみたいだから」

また後で、と席を立ちながら、さて厄介なことになったな、と内心でため息を吐いた。



新八と共に奥の事務所に行くと、ソファーにふんぞり返った七三が俺を出迎えた。両脇には、目つきの悪い男が二人。人目でその筋だと分かるその男は、俺と目が合うと、すんまへんなぁ、と悪びれもせずに謝った。

「どうしてもあんさんと話しがしとうてな。店長さんに頼んで呼んでもろたんやわ」
「それはいいよ。んで、その話ってのは、何?この前の件なら、ちゃんと断ったはずだけど?」
「あぁ、それはええねん。三借りたら七返すんが俺の礼儀や。あの店のことは諦めたる。今回はまた別件や。………この店、最近えらいべっぴんが入ってきたいうんは、ほんまか?」
「……べっぴん、ねぇ。そりゃ、ここはホストクラブよ?顔の綺麗なやつなんているに決まってるだろ」

話にならねぇな、と踵を返そうとすると、七三はチョイ待ち、と俺を引き止めた。内心で舌打ちする。だがそれは顔に出すことなく、ちらりと振り返る。

「なんだよ。用件ははっきり言えよ」
「まぁ、そんな邪険にせんでもええやん。別に、あんさんたちにとって悪い話やない。その、この店に最近入ったべっぴんは誰かさんのお気に入りやっちゅう情報も入っとるしなぁ」

にやり、とこちらを見上げてくる七三に、今度こそ盛大に舌打ちした。そしてそのまま、どさりと座り込む。

「ん、で?その誰かさんのお気に入りの美人が、一体何?」
「おう。そのべっぴんな、ワイもちらっとしか見てへんけど、どっかで見た顔やなぁと思ったんで、調べさせてもろたわ」
「!」

背後に控えていた新八が、小さく動揺するのが分かった。そりゃそうだ。土方のことを調べられたら、アイツが警察官であることがバレてしまう。店にはそんなに被害は出ないだろうが、潜入捜査中の土方はもうこの店には居られなくなる。そうなれば、土方の稼ぎ分が減るということだ。新八にとっては重大な問題だ。
俺だってそうだ。もう少しの間土方と一緒にいられると思ったのに、もうここで終わりだなんてそんなの嫌だ。つーか、最近「落とすぜ」って言った手前、ここでゲームオーバーとかそりゃないぜって話だ。
内心でヒヤヒヤしていると、七三は懐から煙草を取り出した。反射的にライターを差し出すと、煙草に火をつけた。

「そしたらそのべっぴん………、実は、新宿署の刑事らしいやないか」
「っ!」
「そ、それは……!」
「せやから、あんさんらも気をつけたほうがええで」
「事情が………って、………え?」

慌ててフォローしようとした新八だが、続いた七三の言葉に声を萎めた。俺も、まさかそんな言葉が出てくるとは思わず、どういうつもりだ、と眉根を寄せる。

「テメーからンな言葉が聞けるなんて、一体どういう風の吹き回しだ?それとも何?その新宿署の刑事さんに、七三はここにいますよって通報してもいいってわけ?」
「んなわけあるかい。これは親切や、し・ん・せ・つ。これでこの間の貸しは全部チャラにしてもらうで」
「ふぅん?ま、いいよ、別に」
「ちょ、金さん?いいんですか?」

新八が慌てて耳打ちしてきた。それもそうだ。俺たちは土方が新宿署の刑事だと知っている。つまり、七三が持って来た情報は何の意味もないってことだ。それで貸しをチャラにするというのは、どう考えてもワリには合わない。だが。

「いいんだよ。ここは素直に聞いておいて、損はねぇし。俺たちが捜査に協力してるなんざ、極力外部に漏らさねぇほうがいいだろ?それに、ヤクザとの貸し借りは早々にチャラにしておきてぇし」
「……まぁ、それもそうですけど……」
「ま、これでこの七三ともさよならできて俺は清々するけどね」

軽くウィンクをしてみせた俺に、新八は呆れたようにため息を吐いたが、他には何も言わなかった。さすがぱっつあん。

「相談は終わったか?」
「ん?まぁね。ありがたい情報、感謝するよ」
「そうやろそうやろ。しっかし、新宿署のデカがこないなホストクラブに何の用やろなぁ。ま、大方殺しかヤクやろうけど、それにしたってあの男が、まさかホストクラブに潜入とは、何を考えとるんやろうな」
「え?なに、どういうこと、それ?」
「なんや、知らんのか?この店に来たデカが昔……―――」

七三が何かを言いかけた、その時。

「随分と楽しそうな話をしてるじゃねぇか」
「!」

背後から聞こえてきた声に、ハッと振り返る。いつの間にか事務所の扉が開いていて、土方が煙草を燻らせていた。
薄墨色の瞳が、真っ直ぐにこちらを射抜く。

「ひ、土方はん」
「久しぶりに顔を見たと思ったら、相変わらずの七三だな、黒駒勝男。いや、今じゃ溝鼠組の若頭、と呼ぶべきか。ったく、ホントにあの頃から何も変わってねェな。ホストクラブと協定を結ばせて、売上の七割を奪い取る。断れば店を潰すと脅してな。……あの件でもう懲りたと思ったんだけどなぁ?今回はこの店を狙うつもりか?」
「ちゃうちゃう!もうホストクラブに手ぇ出さんて!この金パツの兄ちゃんに、こてんぱんにやられてしもうたからの!」
「………金時に……?」

意外そうにこちらを見やる土方に、えへへ、と頬を掻く。昔のやんちゃを土方に知られるのは、少し照れる。

「そうや。この金パツ、他のホストクラブに脅しかけとった俺らに真っ向から勝負を挑んできたんや。そんで、俺らは負けた。それ以来、俺らはホストクラブに手ぇ出せへんようになってしもたんや。この金パツが目ぇ光らせとる間は、な」
「何?まさかテメェ、あの金色夜叉じゃねぇだろうな?」
「え、なんでその名前知ってんの?」

ヤクザの間でしか広がらなかった、俺のあだ名。中二臭いから嫌だって言ったんだけど、俺の意思とは無関係にどんどん広がっていったその名を、まさか土方が知っているなんて。
驚いていると、俺以上に驚いた様子の土方は、なるほどな、と少し肩を落としていた。

「金色の髪で戦場を駆けるその姿は、まさしく夜叉、か。確かに、テメェも金髪だってのを失念してた俺も悪いが……」

でもなぁ、と俺をちらりと見やって、頭を抱える土方に、何か俺が悪いことをしたみたいな空気になってきた。ちょ、待って、俺何も悪いことしていないんだけど。

「まぁ、金さんって噂が一人歩きしているようなところありますからね」

ちょ、新ちゃんまでひどいんですけど!




つづく。






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