BLACK JACK 3


どうやら旧知だったらしい土方と神楽。神楽は嬉々として土方を隣に座らせて、あれやこれやと話している。それに楽しげに、そうか、と返事を返す土方を俺は見つめていたけれど、いい加減説明が欲しくて、会話に花が咲く二人を遮った。

「ちょっと、いい?何?二人とも知り合いなわけ?」

俺が尋ねると、話を邪魔された神楽は少し不満そうだったけれど、一つ頷いた。

「そうアル。でも、本当に驚いたネ。トシちゃんがYATOで働いてるなんて。だって、トシちゃんは……」

ちら、と土方を見た神楽に、土方はちょっと苦笑を漏らして。

「神楽。俺にも色々とあったんだよ。今は臨時でYATOのホストをやっているが、多分、すぐに辞めることになるだろうよ」
「そうアルか……。トシちゃんがいれば、うちはもっと繁盛すると思ったケド、トシちゃんがそう言うなら仕方ないネ」
「あぁ、すまねぇな。だが、ここにいる間はしっかり稼いでやるから、それで勘弁してくれ」
「ウン、期待してるネ!」

にこにこと上機嫌な神楽。俺はどうも何かありそうな会話が気になったけれど、きっと神楽も土方も何も言ってくれないだろうと思って、口を閉ざした。
そして、土方の抱える裏事情ってヤツを知る神楽が、ほんの少し羨ましく思えて。妹のように思っている神楽と、恋人にしたいと思っている土方が仲良さげにしているのは見ていて微笑ましいものの、どこか納得できずにムッとした。
すると、目ざとくそんな俺に気づいた神楽が、ふふふ、と楽しげに笑って。

「金ちゃん、すごく珍しい顔してるアル。何か、主人を取られた犬みたいネ」
「どんな顔だよ、ソレ」

ほっとけ、と俺がそっぽを向くと、神楽はますます笑みを深めて。

「金ちゃんをそこまでたらし込むなんて、さすがトシちゃんアル」
「や、俺はたらし込んでないし。勝手に色々言ってくるのはあっちだし。天パだし」
「や、天パは関係ないよね?」
「ふふ、金ちゃんは見た目と口だけが取り得のどうしようもないマダオだし、天パだけど」
「神楽ちゃん?それ褒めてないよね?むしろけなしてるよね?」
「でも、トシちゃんと金ちゃんが仲良くしてくれると、私はすごく嬉しいヨ」

にっこり、と微笑みながらそう言った神楽に、土方は少し困った顔をしながら。

「まぁ、そこの天パ次第だな」

と、少し試されているようなことを言われた。

そうして、しばらくの間、呑んではしゃいだ神楽だったけれど、一時間もしない内に帰ると言い出した。多分、ここに来たのはついでで、他に日本に何か用があったのだろう。詳しくは知らないけれど、マフィアにも色々と事情というものがあるらしい。
俺と新八、土方は店の外まで神楽を見送った。迎えの車に乗り込んだ神楽は、そうだ、と土方を呼び寄せて、その耳元に何事か囁いた。え?と驚いた顔をした土方を満足そうに見た神楽は、じゃあまたネ!と手を振って去って行った。

「……―――」

土方は神楽の車を見送りつつ、難しい顔をしていた。その顔はまるっきり刑事の顔をしていて、神楽は何を言ったんだ?と俺は少し気になった。

「でも、ホントに驚きましたよね」
「あぁ?」
「土方さんと神楽ちゃんが知り合いだったことですよ。しかも何気に仲が良さそうでしたし」
「あぁ、そうだな……」

そうだ、そこが一番気になるところだ。土方の過去だとか、神楽との出会いだとか、気にならないと言えば嘘になるけど、でも一番気になるのは、土方と神楽の関係だ。なんであんなに仲が良さそうなんだ?それに、神楽に向けられた笑みは、俺には向けられたことのない部類のもので。
俺はもやもやとしつつ、なにやら考え込んでいる土方の腕を取った。

「うわ!?な、なんだよ、驚かすんじゃねーよ」
「ねぇ、トシ君。気になってるんだけど、神楽とはどういう関係なわけ?」
「ど、どういうって言われても、昔の知り合い?みたいなモンだ」
「昔の知り合いねぇ」

俺が本当に?という疑いの目を向けると、土方はきょとんとした顔をして、坂田?と首を傾げた。

「なんでそんなに不機嫌そうなんだ?お前」
「なんでって、そりゃ当然でしょうが」
「??」

ワケが分からない、というような顔をした土方に、俺は深くため息を付く。こんなにもアピールしているというのに、土方には全く届いていないのだろうか。俺が少しだけ空しく思っていると、何やら土方は考え込む顔をして。

「……それより、テメェはどうなんだよ?」
「何が?」
「何が?じゃねーよ。神楽のことだ。お前とはやけに親しげだったじゃねーか。金ちゃん、なんて呼ばれてよ」
「な、それを言うなら、トシ君だって、トシちゃんって呼ばれてたじゃん!」
「俺はいいんだよ!それよりも、テメェだよ!テメェと神楽の関係、きっちり吐いて貰おうじゃねぇか」

キッとこちらを睨みつけて威圧してくる土方は、完全に刑事の顔だ。俺は若干タジタジになっていると、見かねた新八が間に入って。

「あーもう、今は営業中ですよ!そういうのは後にして、二人とも戻ってください!」
「……チッ」

土方は軽く舌打ちしつつも、店の方へ足を向けた。その背中を呆然と見送りながら、俺はふと、これってヤキモチってヤツじゃね?と思い当たる。だけど、それって。

「どっちに妬いてんの!?」

土方がヤキモチを焼いている、という事実に気づいて、ソワソワと落ち着かない俺は、女の子への相手もそこそこに、じっと土方の観察に勤しんでいた。土方はさっきのことが嘘のように完璧で綺麗な笑みを浮かべて、客の相手をしている。
ほんと、慣れてるよねぇ。
俺はその姿に改めて思う。それが若干面白くなくてふて腐れていると、俺の隣にいた女の子が、そういえばさぁ、と話し出して。

「少し前にかなり流行ってたホストクラブがあってね、それが外国産ホストでさ、皆金髪碧眼で超美形ぞろいのクラブだったらしいんだよ。そんで、すっごく流行ってたのに、いつの間にか店が無くなってて、この町の伝説になってたんだって」
「あぁ、その話は聞いたことがあるなぁ」

俺は相槌をうちながら、このYATOを初めたばかりの頃を思い出す。その、外国産ホストクラブが繁盛していた影響で、店が無くなった後もかぶき町を仕切っていたのは外国産ホストだった。
そんな現状に否を唱えるべく立ち上がったのが、元この町のナンバーワンホストの新八で、俺はその心意気に、半ば強制的に協力させられる形で巻き込まれた。だけど、外国産ホストがはびこるこの町で、国産ホストの居場所はなく。途方に暮れていた俺たちに手を差し伸べたのが、神楽だ。
というのも、神楽の愛犬、定春が行方不明になっていたのを、俺が探し当てたお礼に、色々と協力してもらったんだけど。でも、今では家族のような間柄になっているし、結果的にそのおかげでこのYATOはかぶき町ナンバーワンになることができた。

「そんで、噂なんだけど、その外国産ホストクラブの元ホストたちが、この町に戻ってきてるって話だよ」
「へ?そうなの?」
「うん。でも確証はないし、デマだろうって皆言ってるよ。でも、多分多くの子たちが戻ってくるのを待ってるんじゃないかな」
「じゃあ、もしそのホストたちが戻ってきたら、そっちに行っちゃうの?そうなったら俺、寂しいな」

俺はそう言いながら、少し眉を下げて女の子を下から見上げた。すると女の子は少し頬を染めて、そんなことないよ!と言う。

「私は金ちゃん一筋だから!」
「そう?ありがと。嬉しいよ」

にっこりと笑いかければ、うん、と嬉しそうに笑う女の子。
俺はそれに満足しつつ、厄介だな、と思った。別にその伝説のホストたちが戻ってこようが関係ないが、今は土方の捜査に協力中なのだ。もしそのホストたちが戻ってきて店を開いたら、あの女はそっちに行ってしまうかもしれない。そうなったら、土方はそっちの店に潜入捜査に行ってしまうかもしれない。
それは、嫌だ。どうせなら俺の目の届く場所に居て欲しい。俺の知らないところで土方が女の子を口説くなんて、嫌だ。
ちらり、と土方を見やりながら、俺は女の子にばれないように、そっとため息をついた。



店が終わり、俺は酔った頭を覚ます為に、事務所の冷蔵庫に置いているいちご牛乳を飲んでいた。甘いいちごと牛乳が喉を通って、俺はこの瞬間が何より好きだった。
幸せだ、としんみり浸っていると、お疲れ様です、という声と共に、土方が事務所に入ってきた。そして俺を見つけるなり、うげ、という顔をして。

「お前、よくそんな甘ったるいモン飲めるな。しかも仕事終わりに」
「えー?仕事終わりに飲むからいいんじゃん。トシ君も飲む?」
「いらねぇ。俺は甘いもんは嫌いだ」

心底嫌そうにそう言った土方は、備え付けの椅子に座って、ふぅと一つ息をついた。少し疲れた様子の土方に、俺は目を細めて。

「疲れてるね。やっぱりホストやるの大変なんじゃないの?」
「ンなわけねぇだろ。これはアレだ、目標が中々現れなくて困ってるため息だ」
「そう?それにしても、ホントに来ないよね。カノジョ、名前は何て言ったっけ?」
「名前は公子だ」
「え?何?ハム子?」
「公子だっての!ここで原作混ぜんな!」
「まぁまぁ、いいじゃねーの。んで、そのハム子ちゃんは他の店にも現れてないんだよね?」
「……、あぁ、そうだ。多分、警察への警戒の為にあまり外に出ていないんだろ。まぁ、長期戦になるのは覚悟済みだ」

ふぅ、と煙草の煙を吐きながら、土方は椅子に深く凭れ掛かった。眉間にシワを寄せて唸る土方に、ご苦労様、と声を掛けて、そういえば、と先程の客との会話を思い出す。あまり関係はないかもしれないけれど、何か参考になるかもしれない。

「あのさ、そういえば聞いた話なんだけど」
「何だ?」
「それが、昔この町で伝説になったホストクラブの元ホストたちがかぶき町に戻ってきてるって噂らしくて。その噂が本当なら、そのホストたちがクラブを立ち上げるかもしれないって、客の女の子がはしゃいでてさ。もしクラブ好きのハム子ちゃんにその話が耳に入れば、動くかなぁと思って」
「……―――」

俺が一通り話すと、土方は益々眉根を寄せて厳しい顔付きをしていた。俺はその予想外の態度に驚いた。こんな、どこにでもあるような話だ。土方なら一蹴するかな、と思っていたのに。

「……その噂、結構広まっているのか?」
「え?さぁ、どうだろ?でも知っているヤツは知っているネタなんじゃないかな。今日のお客も、そこそこくらいの上客だったし」
「そうか……。そんなに噂になってるのか……」

マズイな、と土方はぽつりと零した。え?と俺が聞き返すと、何でもねぇ!と慌てたようにそう言って、そっぽを向いてしまって。これは何を言っても教えてくれないな、と少し寂しくなった。だけど無理に聞き出すのは本意じゃないから。

「えーっと、まぁ、その、これはただの噂だし、その客の子だってデマっぽいって言ってたから、そこまで気にする必要はねぇんじゃねーの?」
「……あぁ」

取り繕うようにそう言えば、土方は神妙な顔つきを少し緩ませて、小さく笑った。あ、その顔超可愛い。
俺がぼんやりとその顔を見つめていると、土方は俺の視線に気づいて、少し照れたような、それでいて嫌そうな顔をして。

「何だよ?何か言いたいことでもあんのか?」
「ん?いや?ただ、トシ君が可愛いなって」
「はぁ?だから、俺は可愛くねぇって」
「何言ってんの?トシ君は可愛いし、美人だよ。ほんと、こんなに可愛くて綺麗な人、俺、初めてだもん」
「な、ん……テメェ、頭じゃなく目までオカシイんじゃねーの!?」

土方は少し赤くなった頬を隠すように、そう毒づいた。正直そんな顔で言われても可愛いだけなんだけどな、と思いながら、これ以上口説いたら怒りそうだと思って、俺ははいはいと受け流した。その対応が気に入らなかったのか、土方はキッと俺を睨みつけてきて。

「そういえば、さっきの話!アレ、まだ終わってねーぞ!」
「さっき?」
「神楽のことだ!テメェ、もう忘れたのか?軽い頭だな!」
「や、ちゃんと覚えてるって!えーっと、神楽との関係だっけ?えーっと、何て言えばいいのか……」
「……言葉にできねぇ関係ってことかよ」
「え?や、そんなもんじゃねーけど」

どう言えばいいのだろう、俺が言葉を捜していると、何を勘違いしたのか、土方は、ロリコン!天パ!、と怒ったように叫び出して、俺は慌てて否定した。

「や、違うよ!?俺と神楽はそんなんじゃなくて、何かこう、家族的な?」
「家族!?もう結婚まで考えてんのか!?」
「違うっての!そうじゃなくて、知り合いじゃなくて、友達じゃなくて、俺たち家族ファミリー、的な?うん、そんな感じ」
「どんな感じだよ。っていうか、ひっそりと中の人ネタ引っ張り出すの止めてくんない?」
「え?何が?トシ君の持つ剣がどんどん増えて最終的に六本になって、Let’s Partyすること?」
「……☆のマスク被せるぞコラ」










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