我輩は猫である。1

俺は、猫だ。名前はまだ、ない。
生まれてすぐに、母親と引き離されて、1番目の飼い主に飼われた。
だけど、俺が真っ黒な黒猫だったから、不吉だって捨てられた。

ダンボールの端っこの方で、うずくまっていたら、2番目の飼い主に拾われた。
だけど、連れて帰られたその日に、また捨てられた。猫は飼えないのって、2番目の飼い主が怒られているのを聞いた。きっと、2番目の飼い主の母親だろう。
2番目の飼い主は、寒くないようにって温かな毛布をくれた。ごめんねってすごく哀しそうな顔をしてくれた。それだけで、俺は十分に幸せだった。

それから、時々子供とかがお菓子やらパンをくれたりした。皆、俺のことを珍しがって、結構可愛がってくれた。だけど、皆親がダメって言うから飼えないのだと呟いていた。
だけど、俺は別に飼われなくてもいいかなって思うようになった。
だって、またどうせ捨てられるなら、最初から飼われなければいいんだって、気づいたから。

それから、しばらくして、子供達も俺のところに来なくなった。その頃には、もう自分で餌をとれるようになっていたし。住処だったダンボールを飛び出して、うろうろしてたから特に気にしなかった。

そして、今日も俺はピンと尻尾を立てて歩く。まだまだ成人の猫には遠いけど、精一杯虚勢を張って。

『オイ、お前』

すると、前から大きな猫がやってきた。俺の倍はありそうな、大きな猫だ。両耳がないその猫は俺を見下ろして、威圧的に睨んできた。

『最近、このあたりを無断でうろついてる野郎は、お前か。ここら辺はオレの縄張りだぞ』
『……』

縄張りって、なんだろう。俺は母親から何も教わらなかったから、猫の言っていることがよく分からなかった。
だから、黙っていると、猫は気に入らなかったのか、ピンと尻尾を立てて。

『お前、ちゃんと聞いてんのか。ここは、オレの縄張りだ。オレに無断で勝手にうろうろされたら迷惑なんだよ』
『……なら、お前に許可を取ればいいのか?』

そう首を傾げると、猫はますます怒ったような顔をした。なんでそんな顔をするのか、俺はイマイチ理解できない。だって、俺は間違ってないし。

『あんまりナメタ口きいてると、痛い目みるぞ……!』

フーッ、と毛を逆立てて、威嚇する猫。
ぐっと背を伸ばして、今にもこちらに襲い掛かってきそうだ。
こんな大きな猫に襲われたら、俺はひとたまりもないだろう。
だけど。
どうせ、俺はひとりだから。俺が死んだって、誰も悲しまないし、泣いてくれないから。
ここで死ぬのも、アリかなぁ、なんて、猫を見上げていたら。

「おーい、こら。お前、何やってんの?」

俺の後ろから、ゆるりとした口調で声を掛けられた。びっくりして振り返ると、人間の男が俺たちを見下ろしていた。
死んだ魚のような瞳の、ふわふわの銀色の髪をなびかせて。

「にゃあにゃあ、うるせえっての。発情期ですか、コノヤロー」

気だるげにそう言った男は、天パの頭をかきながら、ゆっくりと俺たちの方に向かってくる。猫は少し臆したように、じりじりと後退していた。
俺はじっと男を見上げたまま、すげぇ天パだな、なんて思っていると。

「ほら、行けよ。今なら、銀さんも見逃してやるから」

そう言って、猫に向かって手を振る。それを合図に、猫は走っていった。その様子を、俺が呆気に取られてみていると、男がしゃがみ込んで俺を見下ろしていた。

「アイツさ、根はイイヤツなのよ。ここら辺は治安が悪いから、新人は皆アイツの洗礼を受けて強くなる。まぁ……、お前のことも心配して吹っかけてきたんだから、許してやってくれよ」

な、とゆっくりと俺の頭を撫でる銀髪。大きな手の平で撫でられて、俺は気持ちよくなって目を閉じた。すると銀髪はくすり、と笑って。

「お前、見かけない顔だなぁ。しかも美人だし」
『美人ってなんだよ』
「首輪もしてないし、野良なのか?」
『そうだよ。だから、ほっといてくれよ』
「だったら、俺のとこにおいでよ」
『は?』

俺がびっくりして銀髪を見上げると、銀髪は死んだ魚のような瞳をキラめかせて。

「おいで。金はないけど、お前の餌くらいなら用意できるし。銀さん、一人暮らしで寂しいのよ」
『…………』

そう言った銀髪が、俺の頭から背中を撫で上げて、ゆるりと尻尾に触れた。
他の猫はどうか知らないけど、俺は尻尾に触られるのが好きじゃない。何か、ぞくぞくするんだ。
だから、銀髪の手を払いのけようとしたけれど、小さな俺じゃ太刀打ちできなくて。

『や、ヤメロって……ん、……にゃぅ……』
「ね、おいでよ。俺んとこ」

ビクビクと身体を震わせる俺に、銀髪は優しく笑う。そうして、首をくすぐられて、あまりの気持ちよさに、俺は。

『い、行ってやっても、いい』

小さく、鳴いた。
それは銀髪の耳にも届いて、嬉しそうに笑った。



「あ、そういえば」

銀髪の腕に抱えられて、俺は小さく丸くなっていると、銀髪が俺の顔を覗き込んできた。
真っ直ぐなその瞳に、目を逸らせない。

「俺の名前、まだ教えてなかったな。……俺は、坂田銀時」

よろしくな、と銀髪……いや、銀は俺の頭を撫でて。

「お前にも、名前を付けないとな」

うーん、と考え込む銀の腕の中で、俺は、少しだけ身体を震わせた。

名前。

1番目の飼い主も、2番目の飼い主も、付けてくれなかった、俺の名前。
それを、お前が付けてくれるのか?それが、どんな意味を持つのか、ちゃんと分かってんのか?
名前を付けるってことは、ずっと一緒にいるってことなんだぞ。

「じゃあ、今日は14日だから、十四で、トシ。どう?いい名前じゃない?」

そう言って、トシ、と俺を呼ぶ銀の声を、きっと俺は一生忘れない。

『トシ……かぁ』

うん、悪くない。

俺は温かな腕の中で、小さく笑う。
する、と身体を寄せた銀からは、甘い匂いがした。


これから、よろしくな。
俺の、3番目の飼い主。


END


TOP NEXT