我輩は猫である。2

俺は猫だ。名前は、トシ、という。
真っ黒な毛並みが不吉だからと飼い主がいなかった俺に、名前と居場所を与えてくれたヒトがいる。
それが、俺の3番目の飼い主、坂田銀時。俺は短く、銀って呼んでる。
銀と俺は、ちょっとボロい(でもそれを管理人のお登勢さんの前で言ってはいけない。殺される)アパートに住んでいる。部屋は少し狭いけど、銀は特に気にする様子はなかったし、俺もそんなに気にならなかった。

朝の7時丁度。俺はいつも同じ時間に目が覚める。柔らかな毛布から顔を上げて、俺はゆっくりと伸びをする。顔を上げると、銀はまだ眠っているようだ。
俺はそれに呆れつつ、ひょいと銀の上に上る。まだまだ子猫というべき俺の体重が乗ったところで、銀はぴくりともしない。

『銀!銀!オイ、起きろって!遅刻するぞ!』

俺は前足で銀を叩く。すると銀は、小さく唸って、もうちょい、と擦れた声で駄々をこねる。俺はため息を付いて、ちらりと時計を見る。
7時10分。今から起きれば、まだ間に合う。でも、このまま寝ていたら絶対に間に合わない。
俺は毛布を頭まで被っている飼い主を叩くのを止めて、ぴょんぴょんと跳ねる。

『銀!銀!起きろよ、銀!』

ぽすぽす、と軽い音を立てて、俺は銀の上を跳ねる。すると、ううん、と唸って、銀がもぞもぞと動く。どうやらやっと起きてくれるみたいだ。俺は銀の上から飛びのいて、じっと起き上がるのを待つ。

「んー、……」

もぞり、と起き上がった銀は、自由奔放な髪を揺らして、死んだ魚のような目を擦った。
まだ眠たげな瞳を何度か瞬きさせて、じっと見上げる俺に気づく。そしてふにゃりと力のない笑みを浮かべて。

「おはよう、トシ」

そう言った。なので俺も。

『おはよう、銀』

そう言って、ゆらりと尻尾を揺らした。




俺のご主人である銀は、こう見えても教師をしている。担当科目は国語。だけど時々、白衣を持って帰ってきて洗濯しているのを見たことがある。なんでだろう?
まぁ、そんなこと猫の俺には関係のないことだけど。

「毎朝ごめんな。朝にはちょーっとだけ弱くてよ」

どこがちょっとだ、と思いつつ、俺は銀を見上げる。銀はちょっと慌しく動き回りながら、職場に行く準備をしている。
といっても、センスがいいのか悪いのか分からない色のシャツとネクタイを着て、眼鏡をかけるだけなんだけど。でも銀は往生際が悪くて、朝は鏡の前でよく唸ってる。
自分の天パが気に入らないらしくて、どうにか納めようと実らない努力をしている。
だけど結局どうにもならなくて、ちょっとしょんぼりしながら家を出て行くのも日常茶飯事だ。

「ほら、トシ。餌はココに置いておくから」

そう言って、銀は出て行く間際に俺の餌を置いていく。俺と同じ猫のイラストが載った、猫缶にマヨネーズがたっぷり乗っている。その缶が、二つ。
俺はそれをほおばりながら、出入り口に向かう銀を見上げた。

「行ってきます、トシ」

『行ってらっしゃい、銀』

そう答えると、銀は眼鏡の奥の瞳を緩ませて、じゃ、と背を向けた。ばたん、と閉じる扉に俺は改めて猫缶に集中するのだった。



昼間の俺は、とにかくゴロゴロとしている。外に出ようと思ったことは、実はあまりない。
銀はそんな俺を気にして、いつも一つだけ窓の鍵を開けておいてくれるけど。
部屋は日当たりもいいし、居心地がいいから、俺は昼間は寝て過ごす。そうして、腹が減ったら銀が朝置いていった猫缶を食べる。それでこと足りるから、俺は意外と自由に部屋でのんびりと過ごしていた。

夕方になると、銀は帰ってくる。時々すごく遅い日もあるけど、でもやっぱり夕方に帰ってくるときのほうが多い。
薄い壁の向こうで、足音が聞こえる。俺は耳をピクピクさせて、その音に耳をすます。
そしてピン、と尻尾を立てて、扉の前まで歩く。俺が扉の前に立つと同時に、がちゃりと扉が開く。

「ただいまー。いい子にしてたかー?」

『おかえり、銀。お疲れさん』

よしよし、と出迎えた俺の頭を撫でる手。それを心地よく感じながら、靴を脱いで上がってくる銀を追う。

「あー、疲れた」

そう言って、ネクタイを緩める銀。どさ、とちょっと乱暴にソファーに座り込む銀の膝に乗り込んで、くるりと丸くなる。すかさず俺の背を撫でる銀。眉間から、背を辿って尻尾の先まで、ゆっくりと撫でるその手に、ついついうっとりとしてしまう。

「可愛いね、お前は」

『オスに可愛いはねぇだろ、銀』

くす、と小さく笑う銀を見上げて、俺は抗議する。だけど銀に俺の言葉は分からないから、くすくすと笑ったままだ。
ちょっとムッとしたけど、俺を撫でる銀の手が温かいから、それで許すことにした。



銀は、ほんの少し遅く寝る。先生だから、明日の授業の準備とかしなきゃいけないって零しているのを聞いたことがある。先生って、大変だな。俺が人間になっても、先生にはなりたくないな、と思う。

机に向かって、真剣に仕事をする銀。その膝に座って、俺もじっと銀の仕事が終わるのを待つ。ちらりと時計を見れば、もう12時だ。

「あー、っと。終わったー!」

うぅ、と背伸びをしつつ、銀は眼鏡を外す。そうして、俺の頭を撫でつつ、寝るか、と一言。俺は銀の膝から飛びのいて、自分の寝床へ。銀はもたもたと歩きながら、布団へと向かう。

「じゃあ、おやすみ。トシ」

『おやすみ、銀』

そう言って、ぽちりと電気を消す。真っ暗になった部屋を確認して、俺は顔を伏せた。
俺の一日はこうして終わりを告げる。



そして、朝。

『オイ、銀!銀!起きろって!』



なんやかんやで幸せな、俺と飼い主の日常だ。


END.


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