GOLD or SILVER? 前

「ね、とりあえずさ、こっち向いてくんない?」
「断る」

真選組と見廻組の抗争が終わり、とりあえずは落ち着いた。あの時の傷がまだ癒えておらず、近藤さんから強制休暇を言い渡されたのが今日で、つまり、今日の夜からは俺はオフと言うことだ。

『せっかくの休日だ。ゆっくり休んで体を癒して来い。俺はお妙さんに癒されに行くぞ!』

や、殺されに逝くの間違いじゃねーの、という言葉は、その、人の好い笑顔を見て飲み込んだ。相変わらずだな、と思いつつも、近藤さんの配慮を無駄にするわけにもいかず、俺は苦笑交じりに頷いた。
そして夕方には仕事を終え、屯所を出た。その時に総悟が何やら不穏な笑顔を浮かべていたから、多分、休日が終わったら俺はまた胃の痛い日々を過ごすハメになりそうだ。
そんなことを思いつつも、俺は行きつけの飲み屋に足を進めた。
ガラ、と扉を開けると、なじみの親父の挨拶が飛んできて、俺もそれに答えつつ、いつもの席である一番奥から二番目のカウンター席に座ろうとして、首を傾げた。
俺の席の隣、つまり奥から三番目の席に、先客がいたのだ。だが、それはいつものことで、いつもその席に座るアイツは、俺を見つけるなり頬を緩めて、こっち、と手招きするのだ。
そして、あのニヤニヤとした笑顔を浮かべて。

『いやぁ、わりぃな副長さん。またゴチになりますー』

と、何故か俺の勘定と一緒にされるのだ。最初は抵抗したものの、伊東の時の依頼料だの何だのと難癖を付けられて、結局おごるハメになる。
最近ではそれも慣れてしまって、こうしてたまたま一緒になると、いつも定位置に座って酒を飲む関係が続いていた。
だから、いつもアイツが座る席に誰かが座っているのを見て、どきり、とした。だけど、ソイツはふわふわと自由奔放な銀髪天パではなくて、さらさらの金髪で。
人違いか、と俺はいつもとは違う席に座ろうとした、その時、その金髪が頭を上げて、こちらを見上げた。
ふ、と目が合う。金髪の顔をまじまじと見つめて絶句した。何故なら、ソイツは。

「こっち!こっちだよ、土方君!」

アイツと同じ顔で、アイツと同じ声で、でも、全く違う満面の笑顔を向けて、俺を手招きしたのだから。



……何が、どうなってやがる。
俺は、隣で上機嫌に酒を煽る金髪をちらりと盗み見る。するとそんな俺の視線に気づいたのか、金髪がにっこりと微笑んで、俺は慌てて視線を逸らした。
なななな、何だこの金髪!マジでなんでアイツと同じ顔してンだ!?
俺も表面上では酒を煽りながら、でも脳内ではぐるぐると考え込んでいた。

結局、別の席に座ろうとした俺を強引にいつもの席へと引っ張っていった隣の男は、慣れた様子で親父に酒を注文していた。親父もそれが当然のように返事をしていて、俺はますますパニックになった。

「て、テメェ、一体誰だよ!な、何でアイツと同じ顔してやがるッ!?」
「アイツ?誰のこと?っていうか、知り合って結構経ってるのに、「誰だ」はないでしょ?もう酔っちゃってるの?」
「まだ酔ってねぇよ!って、え?知り合って結構経つって……」
「そうだよ。土方君が最初に俺に切り掛かってきたじゃん。忘れたの?」
「そ、それは……」

出会って最初に切り掛かったのは、銀髪天パの、死んだ魚のような目をした男だ。間違ってもこんな金髪サラサラヘアーの、きらめいた瞳の男ではない。
というか、きらめいた瞳って何!?俺どうしたの!?
自分の思考回路にツッコミつつ、何がどうなってんだ!?と混乱する。すると酒を持ってきた親父が、俺たちの会話を聞いていたのか、小さく苦笑して。

「きっと土方さんは疲れていらっしゃるんですよ。最近色々と忙しかったみたいですし。まさか金さんのことお忘れになられるなんてないですよ」
「き、金さん?っておい、まさかお前……、万事、屋?」

俺が恐る恐るそう聞くと、金髪はにっこりと笑って。

「そう、この町の何でも屋、万事屋金ちゃんの坂田金時ですよ。真選組の副長さん?」

思い出した?と言われても、俺は万事屋金ちゃんなんてモンは知らないし、ましてや坂田金時なんていう人物など知っているわけもなく。
たじたじになっている内に、運ばれてきた酒に金髪は意識が移ったのか、そのまま何事もなかったかのように呑み始めてしまった。

この異常な状況を、どう解釈すればいいんだろうか。
万事屋を営んでいるはずの男は何故か別人になっていて。しかもそれを、回りは不自然に思っていない。
これは、俺の方がおかしいのか?
ちらちらと金髪の横顔を見る。やはり、似ている。似ているというか、そのままだ。ただ違うのは髪形と、服装くらいか。アイツは白の着流しを着ていたけれど、金髪は黒の着流しだ。あの和洋折衷の服は変わらないのに、この男が着るとアイツとは違う意味で様になっている。それに、どことなく雰囲気に華があるというか。いや、アイツもアイツで人を寄せ付ける何かがあるのだけれど、コイツはそれとは違う華がある。
なんというか、隣にいてムズムズするというか、落ち着かないというか。
それに。

「何?さっきからじーっと見つめちゃって。そんなに金さんのこと、気になる?」
「あぁ?ンなわけねーだろ」
「そう?ならいいや」
「……―――」

これだ。
何か、調子狂うというか。
これがいつものあの銀髪天パなら、「何?人の顔じろじろ見ちゃってさ。さては銀さんの男前な横顔に見惚れてた?」とニヤニヤ笑ってそう言うだろう。そして俺がそれにイラッとして、喧嘩になる。それがいつものパターンだ。
それが、どうだろう。コイツは俺がどれだけ突き放したことを言っても、さらりと受け流しては笑うのだ。いちいち突っかかってくるアイツとは違って。だから、俺の方が拍子抜けしてしまって、喧嘩にならない。
ゆっくりとお互いの間に流れる雰囲気は、悪くない。必要以上に喋らずに、だけど一定の距離から離れることのないこの雰囲気は、案外心地よくて。
アイツだったらこんな距離を感じるどころか、胸倉掴んで睨みあって喧嘩するのだから、距離も何もあったもんじゃない。
俺が思い出して苦笑していると、金髪は首を傾げて。

「どうした?急に笑って」
「……、いいや。なんでもねぇよ」

俺が首を横に振ると、なんでもなくないよ、と金髪はやけに真剣な顔でそう言った。アイツがめったに出さないその声色に驚いて顔を上げると、やけに真剣な顔をした金髪がいて。

「土方君、さっきからずっと上の空でしょ?俺が隣にいるのに、誰のこと考えてんの?」
「は?何言ってンだ?」
「自分で気づいてねーの?俺の顔見ながら、違う誰かを思い出してるだろ?」

どきり、とした。確かに、その通りだからだ。
俺は金髪の顔を見ながら、あの天パを思い出している。あの自由奔放な、風のような男のことを。
俺が言葉に詰まっていると、金髪はやっぱりね、と笑って、ぎゅっと俺の手のひらを掴んできた。ほんの少し熱い金髪の手のひらに戸惑う暇もなく引き寄せられて、その胸に抱きこまれた。
何を、と俺が口を開きかけたその時、金髪が俺の肩を抱く腕に力を込めて。

「好きだよ、土方。お前が、好きだ」

囁くような、それでいて、低く甘い声で、金髪はそう言った。
アイツと同じ顔で、アイツと同じ声で、アイツが言うことのないだろう、その言葉を。

「だから……、俺といるときくらい、俺のこと、考えてよ」

ねぇ、と聞いている方が切なくなるような声で、そんなことを言うから。俺は戸惑って、抱きしめてくるその腕を振り払えずにいた。
ほんの少し甘い匂いが、鼻を掠める。この金髪の匂いだろうか?アイツも、こんな甘い匂いがする時があったな、と俺はまた、アイツのことを考える。
それに気づいて、自分でもかなりの衝撃を受けた。無意識のうちにアイツのことを考えている自分に。
だけど……―――、俺は気づいていた。自分の、本当の感情に。
本当は、近藤さんが言わなくても、休みを取るつもりだった、とか。
アイツのことだから、きっと色んな奴に祝われて、飲みには出かけずに万事屋でパーティを開いているはずで。でも、それでも、アイツと飲むこの居酒屋で、アイツを想いながら飲むのも悪くない、と。アイツが来なくても、アイツが隣にいなくても、アイツに伝わることがなくても、日付が変わると同時に「おめでとう」と言えれば、それで満足なのだと、想っていた。
だから、アイツと同じ顔で、アイツと同じ声で、好きだ、と言われて。
アイツとは違うはずなのに、嬉しく、思ってしまって……―――。

「土方……、十四郎……、」

囁かれる俺の名を呼ぶその声に、ダメだ、と言い掛けた口が止まる。抵抗しようとした手が力をなくして、ぱたり、と落ちる。
畜生、アイツと同じ声で、俺を呼ぶなよ……ッ。

ぐ、と唇を噛み締めた、その、時。


「何、やってんの」


低く、唸るような声が聞こえて。
聞き覚えのあるそれに、ハッと顔を上げる。すると視界の端に、銀色が反射して。

「あ……」

赤く燃えるような色の瞳が、冷たくこちらを見つめていた。



END


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