GOLD or SILVER? 後

「万、事屋……?」

どうして、と、自分でもらしくないほど動揺しているのが分かる。そして、今の自分の現状を思い出して、ハッと我に返る。慌てて金髪を振りほどこうとしたけれど、逆にぐっと引き寄せられて戸惑ってしまう。

「おい、離せよ」
「……」
「おい!聞いてンのか?」
「……、何しに来た」

離せ!と言いかけた言葉は、目の前の金髪に遮られた。金髪は鋭い瞳で万事屋を睨み付けていて、先ほどまでの雰囲気とはまるで違う。鋭く研ぎ澄まされた刃のようなそれに、思わずぞくりとする。
すると、それを受けた万事屋は死んだ魚のような目をほんの少し見開いた後、あー……、と少し気まずそうに頭をがしがしと掻いていた。そして、俺と金髪を交互に見て、あのさぁ、と続ける。

「俺は、自分と同じ顔の野郎が突然現れようが、ソイツが俺の居場所を奪っていこうが、また全部奪い返しゃあいいと思うわけよ。だけどさぁ、俺の知らない間にソイツとの仲を進展されちゃあ、困るわけよ」

ダラダラといつもと同じ口調でそう言った万事屋は、滅多なことでは見せないきらめいた瞳で、真っ直ぐにこちらを見つめて。

「だからそれ以上、ソイツに触るんじゃねーよ」

俺を押さえている金髪の腕をがしりと掴んで、金髪を睨みつけた。

「テメェだって本当は気づいてるんだろうが。どんなに望もうが、ソイツは手に入らねぇって。だから……―――」
「だからって、俺が諦めると思ってンの?お前こそ分かってるんじゃねーの?俺は、『お前』だからな」
「それでも、だ。……いや、お前が俺だからこそ、今はお前が身を引かなきゃならねぇんじゃねえの?」
「……―――、は」

金髪は、小さく笑った。吐き捨てるような嘲笑か、それとも、自嘲の笑みか。どちらともとれるその笑みに、俺は訳も分からず胸が疼いた。

「今まで何もできなかったヘタレが、偉そうに言いやがる。でもまぁ……、今日は俺の方が分が悪い、かな」

ぽつり、とそう囁いて、金髪は俺の体を引き離した。そして、俺の目を覗き込むと、そっと微笑んだ。

「残念だけど、もうお別れだ。……、逢えてよかった、十四郎」

そう言って俺の頬を撫でると、席を立った。ひらり、と翻る黒い着流しに、どう声を掛けていいか分からずにいると、金髪は背を向けまま、ひらりと手を振った。その仕草は、やっぱり万事屋にそっくりで。
何故だか知らないけれど、俺は多分、その背中を見て悟ってしまった。

もう二度と、金髪は俺の前には現れない。

それが分かったけれど、引きとめようとは思わなかった。




「……―――」
「……―――」

金髪が去った後、今度は万事屋が隣に座った。そのまま二人で、何を話すわけでもなく、いつものように酒を煽る。店の親父も気を利かせてくれているのか、他の客の相手をして、こちらには近づこうとはしなかった。
俺は酒を飲みながら、ちらり、と万事屋の横顔を伺う。死んだ魚のような目、くるくると奔放な天パ、白い着流しに黒のインナー、腰には木刀が刺さっていて、それはいつもと同じ俺の知る万事屋の姿だった。
だとしたら、あの金髪は、なんだったのだろう?
コイツなら知っているだろうが、それを聞いてもいいのだろうか、と迷っていると、万事屋がこちらに視線を向けることなく、それがさぁ、と話始めた。

万事屋いわく、アレは眼鏡やチャイナが作らせたからくりらしい。どこからどう見ても人間にしか見えなかったが、どうやら相当腕のいいからくり技師がいるようだ。俺は抱き寄せられたときのことを思い出して、少し複雑な心境がした。

「でも、何でそのからくりが万事屋金ちゃん、なんて名乗ってるんだよ?それに、何か他の奴らも様子が変だし……」
「あぁ、それがよぉ。どうやらそのからくり、バグっちまったみてぇで。皆の記憶を操作して、アイツが俺だと思わせてるらしいのよ。ったく、迷惑な話だぜ」
「……」

悪態を付きながらも、どこか気落ちしているかのような万事屋に、俺はどう声をかけていいものか迷った。ある日突然、周りの人間から忘れられて、突き放される。俺は自然と真選組の連中の顔を思い出して、ぞくり、とする。
それは、ある意味で拷問だ。特にこの男は、何やかや言いながらも万事屋の連中や関わってきた奴らを大切に想っていた。そしてアイツ等も、そんなコイツを大切にしていたはずで。
温かなその雰囲気の中で笑うコイツが、守りたいものの為に戦うコイツが、俺は……、すきで。

だから、その場所を奪われたというコイツの心境を思うと、何も言えなかった。
だが、そこでふと、疑問に思った。周囲の記憶を操作しているのであれば、俺も、金髪をコイツだと思っていたはずで。だけど俺は、コイツが万事屋であることをちゃんと覚えていた。
どうして、と考え込んでいると、万事屋は少し酒が回り始めているのだろう、赤みが差した顔で俺の顔をじっと見つめて。

「でも、お前はちゃんと俺のこと、覚えていてくれた。理由とか、原因とか、そんなん分かんねぇけど。でも、お前が俺のこと覚えていてくれて、俺は、嬉しかった」
「万事屋……」
「嬉しかったんだよ。……ちくしょう」

照れたようにそう悪態を付きながら、万事屋は酒を豪快に煽る。そんな飲み方をしていたら、きっとすぐに酔いつぶれてしまうだろう。
だけど、俺は止めなかった。
今この時だけは、コイツのことを覚えているのは俺だけで。いつもは沢山の人に囲まれているコイツを、遠めから見ることしかできないけれど、でも、今はコイツには俺しかいなくて。
その状況が、不謹慎だけれど、嬉しいと思ってしまって。
そんな自分に嫌気が差すけれど、でも、今日くらい、コイツを独り占めしたっていいじゃないかとも、思えて。

「……、馬鹿だな」

ガンガン酒を煽る万事屋を見て、俺は誰にともなく、呟いた。




そうして、一時間もすれば万事屋は思ったとおりに酔いつぶれてしまった。むにゃむにゃとだらしのない顔をして眠る万事屋の寝顔を見て、小さく苦笑する。

「お連れさん、眠っちゃいましたね」
「あぁ……、コイツにも色々あったみてぇだからな」

親父が潰れた万事屋を見て、そう言った。俺は猪口を持ったまま寝てしまった万事屋から猪口を奪いながら、すまねぇな、と返す。すると親父は何も聞かずに、いいえ、とだけ返して、また俺たちに背を向けた。
俺はぼんやりと煙草を吹かしながら、万事屋を見つめる。ふ、と時計に目をやると、もうすぐ今日という日が終わろうとしていた。

本来なら俺は、コイツのことを思いながら、今日この酒屋に一人で飲んでいたはずで。
それが思わぬ状況になって、隣には、本人が座っていて。
どっちがプレゼントを貰ったのか、これじゃ分からないな、と苦笑する。

そして、そっとアイツの銀髪に手を伸ばして、くしゃり、と撫でてみる。ふわふわとした天パの髪が指に絡みついて、俺は犬みてぇだ、と思った。
撫でられる感触が心地良いのか、ふにゃり、と笑う万事屋に、だらしねぇ面、と笑って。

「……、俺だって、嬉かった」

嬉しかったんだぞ、コノヤロー、と小さく悪態をつく。

きっとコイツは、明日には全てを取り返すために動き出すだろう。そして、きっと、全てを取り戻す。あの、騒がしくも温かな日常に、帰っていくのだろう。
その前に、伝えたい言葉があって。
ずるいかもしれないけれど、こんな状況でなければ、俺は言えないから。

「……、誕生日、おめでとう」

すきだ、という思いを込めて、俺は囁いた。
その言葉は、眠っている万事屋には届かなかったかもしれないけれど、でも、俺はひどく満足して、ふぅ、と煙草の煙を吐き出した。

その、時。


ぐい、と突然腕を引かれて。
あ、と思う間もなく、燃えるように赤い瞳と、目が合って……―――。

「ありがと。……、俺も、好きだよ」

土方、と俺の名を呼ぶ声は、俺の唇の中へと、消えていった。

「……っ、ん!」

ちゅ、と柔らかな感触が、唇に触れて。それが離れたと思ったら、今度は熱い体温に抱き込まれて。

「ほんと、俺が寝てるときに可愛いことしてくれちゃって。俺を殺すつもりか?」
「っ、な、てめ、起きて!?」
「当たり前だろ?お前が横にいるのに、寝れるわけないじゃん」
「……ッ」
「おめでとうの言葉も嬉しいけどさ、もっと欲しいもんがあるわけよ。俺、誕生日だし?」
「ッ、は、いじきたねぇぞテメェ。おめでとうって言ってやっただけでも感謝しろや」
「うん、だから、それも嬉しかったって言ったじゃん。それに、俺の欲しいもんは、きっとお前にとっても損はねぇと思うけど?」
「?」

なんだよ、それ、と首を傾げていると、万事屋はクスリ、と笑って。

「お前が欲しい。……―――土方十四郎」

全部、欲しい。とまるで麻薬のような声で囁く。
俺はその声に、思考を全て持って行かれたような気がして。

「……、俺は、高けぇぞ」

震える声で、そう返すことしかできない。万事屋は嬉しそうに、うん、と頷くと、ぎゅっとまた、抱きしめてきて。

「じゃあ、最後の最後まで全部、きっちり貰わないとな」

すきだよ、とこっちが胸焼けするくらいの甘ったるい言葉。ケーキよりも甘いそれに、俺は顔が熱くなるのを感じた。

これじゃ本当に、どっちが誕生日だか分からねぇじゃねぇか。

ばかやろ、とまた悪態をついて、俺は万事屋の背中に腕を回したのだった……―――。



「あーあ。奪えなかったなぁ」

夜のかぶき町。ネオンの光に反射して、金髪が揺れる。
道を歩けば声を掛けられて、それに軽く応えつつも、男はゆらりゆらりと町の中を歩く。
脳裏に浮かぶのは、真っ黒な綺麗な髪をした、あの子。

「……でもまぁ、簡単にはいかせないけどね」

俺は、お前だから。
諦めが悪いのも、お前のせいだから。

だから、覚悟しとけよ?……―――坂田銀時。


金髪の男は、にやり、と笑う。
誰かに良く似た、笑みで。


END?


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