SUPER IDOL?   後

我に返った俺の目の前に広がっていたのは、担任の厳しい表情と、踏みつけた男子生徒の手の骨が折れて全治三週間という事実と、煙草を吸っていたという冤罪と、一ヶ月の自宅謹慎という通知書だった。
そして隣には、一応後見人となっている、メフィスト。

「すみませんねぇ、またこの子がやってしまったようで」
「すみませんで済むなら警察はいりませんよ、全く。喫煙に暴力沙汰、しかも相手を入院させるなんて、本来なら停学処分となるところです」
「いやはや、返す言葉もありませんな」

怒り心頭といった担任に、しかしメフィストはどこまでも飄々とした態度を崩さない。担任は苛立ち紛れに、舌打ちしそうになるのを、ぐっと我慢していた。

「とにかく。自宅謹慎中は大人しくさせていて下さい。一歩も外に出ないように」

何度もそう念を押して、担任は俺から背を向けた。元々期待はしていなかったが、俺の言い分は聞かないらしい。俺も諦めて、さっさと職員室を後にした。

「いやぁ、学校に呼び出されるなんて、初めての体験でしたよ。貴重な体験でした」
「………そうか。そりゃよかった」

帰りの車の中。メフィストは嫌味のように高いテンションで喋っている。俺は適当に相槌を打ちながら、ぼんやりと窓の外を見つめる。すると、小さく笑みを零したメフィストが。

「それで? 喫煙した感想はどうですか?」
「最悪だ。つーか、煙草なんて吸ってねぇし」

信じないだろうけど、と半ば諦めて笑えば、でしょうねぇ、とカラリとした口調でメフィストは言った。

「え?」
「煙草嫌いで、なおかつ喋らなければならない仕事についている弟さんを無視して、貴方が煙草を吸うとは思いませんからね」

まぁ、そんな事情、先生方は知らないでしょうけど、とメフィストは笑う。
俺は驚きのあまり、声が出なかった。あまりにも自然に、信じてくれたから。

「な、んで? お前、俺の話、信じてくれるのか……?」
「当たり前でしょう。貴方は知らなかったかもしれませんが、私と藤本は友人関係にありましてね。貴方たち二人のことは、それこそ藤本から嫌というほど聞かされましたよ。………弟想いの、優しい兄だということもね」
「………―――」
「藤本はいつも言っていました。アイツが何かするときには、必ず理由があるんだ、と。それを鵜呑みにするわけではありませんが、少なくとも今回のことで、貴方に非はないと感じました。まぁ、相手に怪我をさせたのはいただけませんが、貴方はウチの看板アイドルの名誉の為に動いてくれたことには変わりありませんから、入院費くらいは私が出しましょう」
「え、あ、でも………それは、悪い、し」
「いいんですよ。貴方の弟さんをずっと拘束してしまっている、せめてものお詫びです☆」

綺麗にウインクを決めたメフィストに、少し、どきりとする。自分の心を、雪男のいない寂しさを、見透かされたような気がして。俺は慌てて、視線を外した。
そんな俺を軽快に笑い飛ばしたメフィストは、さりげなく話題を変えた。

「さぁて、これから一ヶ月の謹慎ですねぇ。暇でしょうから、遊びに行きますよ」
「暇じゃねぇよ。反省文五十枚書けだってさ。無理に決まってんだろ」
「それはそれは。頑張って下さい」
「他人事だと思って………。あぁ、でも、あのさ、その、このこと、雪男には……」
「黙っていますよ、勿論。…………―――話したら、それこそ仕事どころではなくなりそうですからね」
「え?」

最後の方が聞き取れずに聞き返すと、メフィストはなんでもありませんよ、と笑った。気になったものの、これ以上詮索してメフィストの機嫌を損ねるのはいただけない。

一ヶ月、か。

俺は、気の重い学校に行かなくて良くなったことに、不謹慎ながらも少し喜んでいた。


それから一ヶ月、あっという間だった。自宅謹慎と言われているのであまり大っぴらに外に出ることは出来なかったけれど、息が詰まるような学校にいるよりは全然マシだった。メフィストが気を利かせてくれたのか、一ヶ月の間雪男が昼間に突然帰ってくるなんてことはなくて、怪しまれずに済んだ。今回ばかりは、あの男に感謝しなければ。お礼にとケーキを作って差し入れしたら、かなり感激された。

そんなこんなで過ぎた一ヶ月だったが、今日から謹慎が解けるので、学校に行かなければならない。憂鬱だ。重たい足取りで教室に向かうと、教室に入った瞬間、クラスメイトたちが一斉に俺の方を見た。目、目、目。それは好奇だったり、畏怖だったりと様々だが、どちらにしても良い感情ではないことは確かだ。俺はうんざりしながら、何でもない顔を作って、淡々と席に付く。ひそひそ、と声が聞こえる。当人たちは声を潜めているつもりだろうが、丸聞こえだ。
……―――アイツ、他人に怪我させて入院までさせといて、よく学校来れるよな。
……―――こわーい。同じクラスとかほんと最悪なんだけど。
あぁ、煩い。あまりの煩さに、耳を塞ぎたい気持ちになった。だけどそれを、ぐっと我慢する。俺は、別に悪いことはしていない。確かに、相手に怪我をさせたのはいけなかったし、俺は人よりも力が強いから、その辺りは注意しなければならなかったのを怠っていた。それは全面的に俺が悪い。
だけど、でも、殴ったことを後悔はしていない。アイツは、俺の大事なものを踏みにじった。それを許せるはずがない。
ジジイが聞いたら、たぶん怒るだろうな。人を殴るなんて馬鹿のすることだ、とか何とか。苦笑して、苦々しい想いが込み上げる。
俺はジジイみたいには、できない。こんなやり方しか、できないんだ。
優しい人間になれ、とジジイは言っていた。それはジジイのことだと俺は思うけれど、でも、俺はあんな風にできないから、優しい人間になんてなれない。
いつも通りに、窓に目を向ける。鐘が鳴るのと同時に入ってきた担任の声をBGMに。

「朝礼は以上だ。……それから、奥村。この後職員室に来るように」

あぁ、また息が苦しくなる。


担任のいつものお小言をやり過ごし、重たい足を引きずって教室に戻る。入った瞬間、また、教室内の視線が一斉にこちらに向けられた。シン、と静まり返った教室が、俺が席に付いた途端、ひそひそ声に変わる。何度繰り返す気だよ、と俺は内心で悪態をつく。
早く昼休みにならねぇかなぁ、と窓の外を見てぼんやりとそんなことを考えていた。

息苦しい授業が終わり、昼休みの鐘が鳴ると同時に席を立つ。足早に教室を出れば、少し空気が軽くなったような気がする。俺はそのまま、いつもの中庭へと向かった。
今日は天気がいいから、昼寝でもしたら気持ち良いだろうな、なんて頬を緩めていると、見たことのある顔が、ずらずらと俺の前に現れた。中でも、手を包帯でぐるぐる巻きにした男子生徒が、俺に向かって満面の笑みを浮かべると。

「この間はドウモ、奥村君」
「………」

幸せ気分が、どん底まで落ち込んだ瞬間だった。

「………何の用だよ」

知れず、不機嫌な声が出た。腹が減っていたから、余計に短気になっているのを自覚する。
すると、相手は目に見えて表情を歪ませて、ふざけんな、と怒鳴る。

「お前のせいで、俺は痛ぇ目に遭ったんだ。その落とし前はきっちり付けさせてもらうぜ」

痛い目にあったのはこちらの方だ。言いかけて、ムキになるのもくだらなくなって、俺はため息を吐く。
正直、ここを切り抜けるのはたやすい。だけど、ここでまた騒動を起こせば、メフィストに迷惑をかけてしまうし、今度こそ雪男にバレてしまうだろう。それは避けなければならない。
だとすれば、俺が取る方法は一つ。だらりと両手を下げて、笑う。

「いいぜ。好きなだけ殴ればいいさ。だけど俺は、どんなに殴られようが絶対に謝まらねぇからな」

どんなことがあっても、絶対に。
そう言えば、包帯の奴は顔を真っ赤にして目を吊り上げていた。どうやら、馬鹿にされたと思ったらしい。包帯を巻いていないほうの手を振り上げると、俺の頬に殴りかかってきた。衝撃。よろめく体。だが、弱い。へたくそだ。恐らく、人を殴ったことがあまりないのだろう。
俺は内心で笑う。これくらい、何でもないな、と。
周りにいた連中も、吊られるように殴りかかってくる。俺はそれを受け、時には流しながらやり過ごす。喧嘩していない連中は、すぐにへばった。
荒い息を吐いて額の汗を拭う男子に、俺は笑う。

「これで終わりか? 気が済んだなら、もう行くけど?」
「っ、ふざけ、んなっ、まだっ」
「無理すんなって。足が震えてるぜ?」

指摘すれば、男子は悔しそうに唇を噛み締めて、こちらを睨んできた。だが、言い返す気力さえないのだろう。最後には、派手にしりもちをついていた。

「っ、くそっ!」

自分が予想以上に動けなかったことに、悔しさを感じているのか。がっくりと項垂れる。このまま去ろうかとも思ったが、予想以上に凹んでいるソイツに、俺は何だか不憫に思えてきた。カッコつけて喧嘩を吹っ掛けたものの相手にされず、無抵抗の人間でも相手にならなかった。そりゃあ、悔しいに決まっている。

俺はしゃがみこんでいるソイツの前に座り込んで、その顔を覗きこんだ。

「あのさ、」
「っ、あぁ? なんだよ。俺のこと、笑いてぇなら笑えよ」
「あ、いや、そうじゃなくてさ」

投げやりな態度のソイツに、俺は首を傾げる。

「お前さ、なんで煙草なんて吸ってたんだ? それに今回のことも。喧嘩慣れしてねぇんだったら、喧嘩なんて最初から吹っ掛けたんだよ?」
「……………、それは、」

ソイツは、一度言葉を濁した。だが、俺が立ち去らないことを悟ったのか、小さな声で。

「俺は、いっつも周りから優等生扱いされてた。親だって、先生だって、勉強しろって言うだけで、ちっとも俺の好きなことをさせてくれねぇ。だから」

なるほど。だから、そんな親や先生に反抗するために、煙草を吸ったり喧嘩を売ったりしたのか。

「お前の好きなことって、なんだよ」
「………くだらねぇことだよ。コイツらとゲーセン行ったり、帰りに買い食いしたり。ちっせぇことだけど、俺にとっては大事なことなんだよ」
「………―――、くだらなくなんかねぇよ」

え、と驚いたように顔を上げるソイツに、俺は笑った。

「お前のとって、それが何よりも大事なんだろ? だったら、くだらなくなんかねぇよ。それに、」

俺は、そんなお前が羨ましい。とは、さすがに言えなかった。
口を閉ざす代わりに、俺はソイツに頭を下げた。

「ごめん。怪我させて。俺、すぐカッとなっちまうから………。痛かっただろ」
「え、あ、いや、お、俺も、悪かった……」

呆然としながらも俺につられるように謝るソイツに、ニッと笑って。

「じゃあ、これであいこな?」
「っ」

確かめるように覗き込んだソイツは、何故か顔を真っ赤にして頷いていた。なんで赤くなるんだ? なんて思いながらも、お互いに許しあえたのだから良しとしよう。俺は上機嫌のまま、立ち上がった。腹の虫が限界を告げている。昼休みももう半分も終わってしまっていて、俺は慌てた。

「っ、やばっ、じゃ、俺はこれで! もう喧嘩すんなよ!」
「あっ!」

駆け出した背後で、小さく声が聞こえたような気がしたけれど、たぶん気のせいだろう。それよりも腹が減って死にそうだ。俺はいつもの場所へと駆け出した。


そんなこんなで、色々あったけれど、妙にスッキリとした気分で帰宅した俺を待っていたのは、珍しくも俺よりも早く帰宅していた雪男で。ただいま、と返すと、おかえり、と返事が返って来て、くすぐったい気分になる。

「珍しいな、お前が先に帰ってるなんて。仕事はいいのか?」
「うん。もう明日の朝まで仕事は入ってないから、久しぶりにゆっくりできるよ」
「そっか」

何でもないように返事をしながら、内心はすごく嬉しくて。俺は制服から部屋着に着替えながら、それなら今日はご馳走作らなきゃな、なんて張り切っていた。
雪男は魚が好きだから、魚料理を作ろう。あぁでも、冷蔵庫にはろくなものが入っていないから、二人で買い物に出かけるのもいいな。
そんなことを考えながら、久々の兄弟水入らずの時間に想いを馳せていた。





制服から部屋着に着替える兄さんの姿を横目で見やって、その白い体に微かに残る痣を見つけて、目を細める。
………―――、やっぱり、あれくらいじゃあ、ぬるかったかな。
眼鏡を押し上げていると、何も知らない兄さんは、嬉しそうに笑いながら、買い物行こうぜ! なんて笑っている。その笑顔は誰よりも可愛くて、僕は自然と笑みを浮かべていた。
そして、僕は一ヶ月前のことを思い出していた。


「え、…………?」

仕事が終わって、夜の八時過ぎに帰宅すると、兄さんはお風呂に入っていた。その時ちょうど、学校の担任の先生がやって来て、兄さんはいるかと尋ねてきた。何か用でもあるのかと思い、兄さんを出そうかと言えば、それはいいと断られて。
一体なんなんだと怪訝に思っていた僕に、担任の先生は信じられないことを口にした。

『奥村くんは一週間前、学校で喫煙をし、なおかつ生徒に暴力を振るって入院させてしまいまして。現在自宅謹慎中ということで、ちゃんと自宅にいるのかを確認しに来ました』

ですが、どうやらちゃんといるみたいですね、と先生は淡々としていた。そのまま兄さんの顔も見らずに去っていくその背中を目で追いながら、どういうことだ、と思案する。

兄さんは、確かに人よりも身体能力が優れている。力も強いし、不良と間違われて喧嘩を売られているのは知っている。でも、兄さんはよっぽどのことがない限り喧嘩なんて買わないし、喫煙なんてもってのほかだ。そしてなにより、そんなことがあったのに、僕には一言も告げていない。何でもない顔をしてこの一週間、おかえり、と笑って僕を出迎えていたのか。
胸が、苦しかった。心配させまいとする兄さんの優しさが、時には残酷に僕の胸に突き刺さる。

兄さんが、学校に馴染めていないことは、知っていた。もともと、小学校のときからクラスに馴染めていないのは分かっていたし、それが中学と続いていたから、もしかして、とは思っていた。だけど、それでも毎日学校に通っているのは、ひとえに、僕に心配をかけまいと思っているからに違いない。
そんな優しい兄さんが、無意味に他人に暴力を振るうわけがない。僕は兄さんが謹慎となった原因を探った。

そして、知った。兄さんは、僕の為に冤罪まで被ってしまったことを。




目の前には、学生服を来た男子生徒の集団。こちらに向かって歩いて来る。近道なのだろう、彼らがこの人通りの少ない裏路地を使うことは調査済みだ。目深に被った帽子の下で、その顔を確認する。彼らの中に一人手に包帯を巻いた生徒が一人。そうか、彼か。僕はじっと彼らを見据えた。
何も知らない彼らは、どこか浮かれたような顔で何やら話しこんでいた。

「つーかさ、マジで、あの笑顔はねぇと思うんだ」
「おいおい、その話何度目だよ。お前マジでアイツのこと好きなんじゃねーの?」
「そんなんじゃねぇよ! でも、いや、アイツなら俺、いけるわ。うん」

僅かに頬を染めた、包帯を巻いた男子学生。する、とその包帯に触れる手つきに、僕の我慢は限界を迎えた。
彼らが僕の横を通り過ぎる瞬間、先頭に立っていた彼の足に自分の足を引っ掛けて、盛大に転ばした。呆然とするその他の生徒たちを無視して、転ばした彼に近づくと胸倉を掴み上げ、ビルの壁へと押し付けた。
ぐ、と息を呑む彼に、ふ、と笑う。すると、ようやく我に返ったのだろう、彼はこちらを睨みつけてきた。

「い、いきなり何しやがる!」
「いきなり? あぁ、そうだね。いきなりだったかな。でも一応、僕の兄さんがお世話になったみたいだったから、挨拶でもと思ってね」
「兄さん……? 何言ってやがる。人違いじゃねぇの?」
「人違い? それはおかしいな。僕の兄さんに喫煙の罪を擦り付けておいて、人違いはないんじゃないかな。あぁ、それとも。兄さんと同じように、その手の骨を折ってみせれば、分かるのかな?」

包帯を巻いた手とは逆の手を取ると、目の前の彼がぎょっとしたのが分かった。唇が、震えている。まさか、と唇が動く。

「っ、お前、あの奥村の………?」
「兄がお世話になりました」

目深に被った帽子の下で笑って見せれば、彼は顔を引きつらせていた。

「兄さんはあの通りのお人よしだから、君のことも許してあげたみたいだけどね。………―――、残念だけど、僕が君を許さない」

くすくす、と笑いながら、包帯のない人差し指を握り締める。びく、と肩が震えていて、僕が何をしようとしているのかを、本能で察知しているかのようだった。

「僕の兄さんが受けた傷は、どんなものよりも重い。心優しい兄さんが受けた痛みを、君はもっと知るべきだ」
「っ……や、やめ、止めてくれ! あ、謝る、謝るから!」
「…………―――、」

冷や汗を掻いて、堰を切ったように懇願する彼を見て、僕は。

「言っただろ、僕は君は許さないって。頭悪いな、クソが」

ぐっと彼の指を持つ手に力を込めて、ぼきり、と反対側へと折り曲げた。
声にならない声を上げる彼に、僕の感情は冷え切っていく。

「テメェのせいで僕の兄さんがどれだけ苦しい思いをしたと思ってる? 下衆野郎のくせに、いっぱしに兄さんを汚ねぇ目で見るんじゃねぇよ。僕の兄さんが汚れる」
「っ、ぐぁ…………っ」
「いいか、もうこれ以上僕の兄さんに近づくな。見るな。もし僕の兄さんでヌイてみろ。テメェの粗末なモン、二度と使えねぇようにさせてやるからな」

折れた指をなぞって本気だと示せば、彼は真っ青の顔のまま頷いた。そこでようやく、僕の気はだいぶ治まった。彼の胸倉を離せば、周りにいた友人たちが揃って彼に駆け寄った。大丈夫か!? と心配そうに彼に駆け寄った彼らを一瞥したあと、その場を立ち去ろうとした。だがその前に、彼らのうちの一人が、待てよ、と声をかけてきた。立ち止まって振り返れば、彼らは真っ直ぐに僕を睨みつけていた。

「こんなことして、タダですむと思うなよ。お前のこと、警察に訴えてやるからな!」

そうだ、そうだ、とはやし立てる彼らに、僕はゆっくりと笑った。

「それは好都合だね。そしたら僕は、君たちが学校で喫煙していたことを堂々と証言できる」
「っ!」

彼らの顔色が、サッと変わった。それもそうだ。学校で喫煙していたことがバレれば、それこそ彼らにとって不都合なのは間違いない。しかも、それを全く関係なかった人間に擦り付けていたのだから、なおさら。
それに、公の場というのがどれほどの力を持つのか知っている僕は、彼らが喫煙をしていたということを知らしめることで、学校側が彼らに処分を下さなければならない状況を作ることなどたやすいことだった。学校としても、兄さんに冤罪をなすりつけたという負い目がある。もしこのことが公になれば、僕はもちろんだが彼らもただではすまされない。

それが分かったのだろう、黙り込んだ彼らに、僕は今度こそ背を向けた。もう誰も、僕を引きとめはしなかった。




「雪男?」

ハッと我に返れば、綺麗な青い瞳が心配そうに揺れている。しまった。ちょっと深く思い出しすぎた。反省しながら、何? と問いかければ、ぼーっとしてたけど、疲れてるのか? と兄さんは額に手を伸ばしてきた。兄さんの手のひらは、温かい。

「熱は、ねぇみたいだけど」
「うん。大丈夫。ちょっと仕事のことで気になることがあっただけだから」
「そうか? それなら、いいんだけど……」

いい、と言いながら、兄さんはどこか不服そうだ。僕が話さないことに、不満を持っているようだ。その拗ねたような顔が可愛くて、僕は笑う。さすがはフェレス卿。見る目があるな、と。

きっと、兄さんのクラスメイトたちは知らないだろうけれど、兄さんの笑顔はとても可愛い。それこそ、どんなアイドルにも負けないくらい。フェレス卿はそれを分かっていて、兄さんを芸能界に誘ったんだと思う。
兄さんが芸能界でアイドルになると聞いたとき、僕はとっさに思った。

冗談じゃない、と。

「ほら、雪男! 早く行こうぜ! タイムセールが終わっちまう!」
「はいはい」

輝くような笑顔。その眩しさは、僕だけが知っていればいい。

……―――兄さんは、僕だけのアイドルなんだ。

そんなことを考えながら、僕ははしゃぐ兄さんの後を付いて行った。




おわり



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