三月九日。1





溢れる季節の真ん中で
ふと日の長さを感じます



俺の名は坂田銀時。銀魂高校に通う、高校二年生だ。特にコレといって勉強ができるわけでもなく、特出して運動ができるわけでもなく。ごくごく普通の一般生徒な俺だが、たった一つだけ、得意としているものがある。
それが、ギターだ。
自慢じゃないが、ギターに関してはそこら辺のギタリストには負けない自負がある。まぁ、それでも本物のプロに比べれば、まだまだだろうけれど。
そんな俺は、昔馴染みとバンドを組んでいる。皆一癖も二癖もある連中だが、それなりに楽しくバンドをやっている。
だが、そんなバンドにも、一つ問題があった。それが。

ボーカルが、いないってことだ。



「銀時。どうだ?ボーカルは見つかったか」

授業の休み時間。そう言って、俺に話しかけてきた長髪は、ベースのヅラだ。俺とはクラスが一緒なので、こうして時折話しかけてはボーカルの話をする。だが俺はいつものように首を横に振って、さっぱりだな、と言う。

「そうか……。いい加減に見つけないと、色々と問題なのだがな……」
「とは言ってもよぉ。俺たちのボーカルって、それなりに歌えるヤツを使うわけにもいかねぇし。もういい加減、いろんなヤツをカラオケに誘うのも飽きたんだけど」
「そう言うな。坂本や高杉にも探して貰ってはいるが……。どうもヒットしないみたいだしな。……ここは顔の広いお前に任すしか手はないだろう」
「……はぁ」

俺とヅラは二人してため息を付く。
こうして、俺たちがボーカル探しに躍起になっているのには、ワケがある。元々、楽器を弄るのが好きな奴らが集まって出来たのが、俺たちのバンドで。それが偶々、ギターの俺、ベースのヅラ、ドラムの高杉、とそれぞれ違う楽器が好きだったため、バンドが出来上がった。
だが、バンドを組んだはいいものの、ボーカルがいない。俺もヅラも高杉も、歌えないことはないが、上手いとは言いがたい。それでもせっかく組んだバンドだから、とボーカルなしでやって来た。
そんな時、音楽関係に強い坂本辰馬と出会った。そこでバンドとしてデビューしないか、という誘いがあったわけで。
当然、俺たちはその誘いを受けようと思ったのだが、ボーカルがいないのでは話にならない。その為、こうしてボーカル探しに日々奔走するようになったのだ

「だいたい、こういうのって辰馬に頼めばいいじゃねーの?アイツなら上手い奴とか知ってそうだし」
「色々と探してくれてはいるみたいだ。だが、性格が合わないだろう、ということで却下になる人間が多いらしい」
「……」

ぐうの音も出ない。

「俺も探してはいる。……お前ももうしばらく探してみてくれ」
「はいはい」

そう言って、苦々しい表情をしつつ去っていくヅラの後ろ姿を見つめながら、俺は机に頬杖を付いた。俺たちのボーカルは見つかるのだろうか、と俺は内心でため息を付くのだった。




放課後。俺は残り少ないツテを使って、そこまで親しくない友人の知人たちと供にカラオケに行く途中だった。一緒に行こうか?と誘われたが、何となく一人になりたくて、誘いを断った。
とぼとぼと夕日の沈む河川敷を歩きながら、今日こそはボーカルが見つかるといいな、と思う。
俺は、そこまでデビューに熱心というわけではない。ただ、色々と事情があって、どうしてもデビューしなければならない。しかも、あまり時間が残されていないのだ。のんびりとはしていられない。

「だからって俺に任せられても困るっての。俺にも限界ってもんがあるんだし」
ヅラの奴、とブツブツぼやいていると、微かな音が耳に届いて、俺は足を止めた。
「……―――ん?」

風に乗って聞こえてくる、微かな音。俺はその音に耳をすませた。
この、音は……―――。

「うた?」

誰かが、歌っている。

俺は、どくん、と心臓を高鳴らせた。ぐるりと周囲を見渡して、声を主を探す。すると、ほんの少し歩いた先の川岸に、小さな人影が見える。
俺ははやる心を抑えて、ゆっくりと歩く。徐々にハッキリと聞こえ出すその声に、俺は全神経を集中させる。


『 瞳を閉じれば あなたが
  まぶたのうらにいることで
  どれほど強くなれたでしょう
  あなたにとって私も そうでありたい 』


どこまでも伸びる低音。夕日で赤く染まる川岸に、その声はどこか切なく響いて。
ぎゅっと、心の奥底を掴れたような、錯覚。俺は無意識のうちに、シャツの胸元を握り締めていた。

なんて、切ない声だろう。聞いているだけで、こんなに泣きたくなるなんて。

俺はじっとその後ろ姿を見つめて呆然としていたが、ぴたりと歌が止んで我に返った。
後ろ姿だけしか分からないが、多分、ウチの高校の制服だろうか。学ランに包まれたその背中は真っ直ぐに伸びて、どこか遠くを見つめているようだった。
そして、しばらくの間川岸に立っていたその男は、ゆっくりとこちらを振り返った。
ぱちり、と目が合う。

「!」
「え……!」

俺はその顔を見て驚愕の声を上げた。相手も、驚いたように目を見開いている。だって、その人は……。

「ひじ、かた……?」
「………さかた」

俺と同じ学校の、しかもクラスメイトだった……―――。




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