三月九日。2




「土方……?」

俺は、目の前の人物を確かめるように呼んだ。すると、土方は少し俯いてしまった。
土方十四郎。俺と同じ銀魂高校の2年で、俺と同じクラスだ。真っ直ぐな黒髪と、同色の黒縁眼鏡。いつもクラスの端っこにいて、特に目立つこともない真面目な男だ。
いつもかけている黒縁眼鏡を今はかけていないが、確かに土方だと分かる。
俺とは全く接点もなく、ただの同じクラスメイト、くらいの関係で、カラオケにも誘ったことはなかった。
だが、まさかコイツが、こんな声の持ち主なんて。

「お前、うた、歌うんだな」

俺が少し取り繕うようにそう言うと、土方は無言のままだ。

「なぁ、実は……―――」

俺は黙ったままの土方に、自分がバンドを組んでいること、ボーカルがいなくて探していることを告げた。その間も土方はずっと無言のままで、俺は何故か必死になりながら喋った。すると、土方はやっと顔を上げて、俺は何故かドキリとした。眼鏡のない瞳が真っ直ぐに俺を射る。

「お前がバンドを組んでいることも、ボーカルを探していることも分かった。だけど、俺には関係のないことだ」
「へ?」

俺が呆気に取られている中、土方はそう淡々と告げて、立ち去ろうとした。俺はあまりにも冷たいその態度にちょっとムッとした。なんだよ、あの態度!

「オイ!その態度はないんじゃないの?」
「ッ!」

俺は咄嗟に土方の腕を掴んだ。ビク、と肩を震わせて、決して視線を合わせようとしない土方に苛々して、少し強い口調になってしまった。

「離せ!」

土方が俺の手を振り払いつつ、キッとこちらを睨んできた。負けん気の強そうな薄墨色の瞳に、俺は背筋がゾクリとする。

「俺は歌うことはしない!他を当たれ!」

きっぱりと、土方はそう言い放った。そして俺に背を向けて、一瞥もせずに走り去ってしまった。

「なんだよ……」

俺はその背を見送りつつ、いつまでも耳に残っているあの声と、去り際の泣き出しそうな顔を思い出していた。



次の日。俺はぼんやりと、上の空で授業を聞いていた。ちらり、と窓際の席の土方を盗み見ては、昨日のことを思い出して悶々とする。
実はあの後。家に帰った俺に、ヅラから連絡が入った。曰く、良いボーカルが見つかった、と。どうやら辰馬が頑張ってくれたらしい。あのモジャも、やる時はやる男なのだな、とヅラが電話口で感心していた。
そしてそのボーカルに会うのが、今日の放課後。展開は早い方がいい、と辰馬がセッティングしたらしい。
どんな人間だろうな、とヅラはしきりにボーカルを気にしていた。当然だ、待ちに待ったボーカルなのだから。
だけど、俺はそんなヅラの様子にも、見つかったボーカルにも、何の関心も抱かなかった。
ずっと、土方のことが気になって仕方がなかったからだ。

あの歌声が、ずっと耳の奥で響いている。一番、触れて欲しくない部分を素手で掴れるような、切なく苦しい声。それでいて、人を引き寄せる、声。

それを思い出しながら、ちらちらと伺う土方はいつもと変わらない。だけど、俺だけが昨日のままではいられなくて、授業の終わりを告げる鐘が鳴っても俺はぼんやりとしたままだった。



「銀時」
「……」
「オイ、聞いているのか、銀時!」

ヅラがやって来て、鬱陶しいくらいに俺を呼ぶ。俺は聞いてねぇよ、と言いながら机に頬杖を付いて、ヅラを見上げる。

「なんだよ、ヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ。……今からボーカルとの顔合わせだぞ。そんな調子で大丈夫なのか?」
「……。分かってるって」
「何だ、その間は。本当に大丈夫なのか?」
「いちいちうるせーぞヅラ。大丈夫っての。ただ、ソイツが俺たちのボーカルになるのかも分かんねーのに、そんな気合入れてどうすんのって感じなんですけど」
「まぁ、確かにな。だが、坂本が連れてきたボーカルだし、あながち期待できない、とも限らないぞ」
「アイツが連れてきたってのが、色々と不安なんですけど、俺」
「……」

ヅラが押し黙った。多分、確かに、と思っているのだろう。
俺だって、ボーカルが見つかったことは、嬉しい。でも……。

俺は窓際の席に目を向ける。土方は相変わらず、黒縁眼鏡をかけて本を読んでいる。まさに取っ付き難いクラスメイトの典型だ。
だが、昨日。確かにあの眼鏡の奥の瞳を、俺は見た。
真っ直ぐに俺を見るあの灰がちの瞳を、確かに。

……畜生、なんでこんなに気になるんだよ。

俺は内心で舌打ちしつつ、ヅラに続いて席を立った。




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