「ひじかた……」
唖然と土方を見つめている俺を、土方は眉根を寄せて睨みつけていた。どこか不機嫌そうな、怒っているような顔。その顔のまま、ゆっくりと俺の前まで来た土方は、呆然としている俺の顔を見下ろして。
きゅ、と唇をかみ締めたかと思うと。
ぱぁん!と俺の頬を思いっきり引っ叩いた。
「!」
あ、と驚く間もなく走る衝撃。頬がジン、と熱を帯びる。
叩かれた頬を押さえつつ、俺は呆然と土方を見上げる。
「……ッ」
ぱく、と土方の口が開く。声は、出ていない。
それでも必死に、土方は口を開いて、何かを俺に言っている。
薄墨色の瞳には、どこか必死な色を宿して、微かに潤んでいた。
「……ぅ、あ……!」
ば か や ろ う。
そう唇が動くのを、確かに見て。
「……っ、ふ、……」
すぅ、と土方の頬に走った、そのしずく。
土方はそれでも、唇を動かすことを止めない。必死に、俺に向かって声にならない声を紡いでいる。
その姿が、俺の胸を鋭く貫いた。
「……う、……あ」
「も、いいよ……土方」
「……は、う……!」
俺が土方の肩において、もういいよ、と何度も告げる。だけど、土方は頑なに首を振って、声の出ない唇を動かしている。
馬鹿野郎、と何度も何度も動く唇。俺はそれに、何度も何度も頷いた。
そうだ、俺はなんて馬鹿野郎なんだ。
こんな風に。
たいせつなひとが、必死になって伝えようとしてくれている。その想いを、俺は確かに受け取って。
……先生。
俺は、臆病者です。
大切なひとを守れずに、それを悔やんでばかりいて、結局その大切なひとに守られて。
情けなくて仕方ない。
だけど。大切なひとが、手を引いてくれる。
それだけで、前に進めるんです。
だから。
引いてくれるその手を掴んで、前に進もうと思います。
先生。俺は……―――。
「ごめん、土方。……おかげで、目が覚めたよ」
そう言うと、土方がハッと目を見開いた。その赤くなった目元に、ごめん、ともう一度告げて。
「俺、馬鹿だからさ。大切なこと、見失うトコだった。……土方、あのときの約束、覚えてる?」
「……?」
「お前が来るのを、俺はずっと待ってる、って」
「!」
あ、と驚く土方に、俺はそっと微笑んで。
「俺はお前が戻ってくるのを、ずっと待ってるよ。……、ステージの、上で」
ずっと、待ってる。
そう告げて、ぎゅっと土方を抱きしめる。
小さく震えたその体が、ふ、と力を抜いて、ゆっくりと背中に腕が回るのを感じた。
近くなる体温、少し濡れるシャツの肩の部分。
それさえもぜんぶ、いとしくて。
「……、」
ばかやろう、と決して声にならないはずのその声が、俺の耳に確かに届いた。
微かに涙の含んだ声は、それでも温かくて。じわり、と心に染み渡る。
先生。
俺は馬鹿で臆病者で、大切なひとを泣かせてしまったけれど。
先生、俺の出した答えは、間違っていますか?
心の中で問いかけたけれど、先生は何も答えてはくれなかった。
ただ。
ただ静かに、いつも通りに微笑むだけで。
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