三月九日。16




輝くスポットライトが照らす、ステージの上。俺はそれを舞台袖から見つめて、高鳴る心臓を抑え付けた。背後では、ヅラが真っ白な河童みたいな顔をした人形を抱えて戯れているし、高杉は高杉で昨日が徹夜だったとかで椅子に座って眠ってるし、沖田君はそんな高杉に悪戯をしようと構えている。
全く、これから本番だってのに、緊張感のない奴らだ。
俺は小さく苦笑しながら、それでもコイツららしいな、と思った。

あの日以来、俺は土方とは会っていない。というのも、声の出なくなった土方の声を元に戻すために、土方母が引越しを決意したからだ。

『こんなことになってしまったけれど……。でもあの子、前よりも随分といい顔をするようになったわ。……ありがとう、坂田君』

そう言った土方母は、少し涙目になりながらも気丈に笑って見せた。その笑顔に、この人は強いな、と思った。そして、あの土方の母親だな、とも。

土方は、俺や他の奴らには何も言わずに引越して行った。恐らく、デビュー前で忙しかった俺たちを気遣ったのだろう。ある日突然学校に来なくなって、担任から土方が転校したことを告げられたときは、ほんの少し驚いたけれど。

でも、悲しくはなかった。だって、「約束」したのだから。
そう。
……―――ずっと。

「待ってる」

俺がポツリと呟くと、ずしりと背中が重くなった。何だ!?と驚いて振り返ると、ヅラ、いつの間にか起きた高杉、マジックペンを握り締めた沖田君がニヤニヤと笑いながら、俺の背中に乗っかっていた。

「ちょ、重いんですけど!」
「銀時ィ、お前、緊張してんだろ?」
「は!?んなワケねーだろ!」
「いやいや、その顔はがっつり緊張している顔でさァ。旦那、トイレは済ませやしたかィ?」
「だから、緊張してねーって!それにガキじゃねーんだから、大丈夫だっての!」
「そう言って、幼稚園の時にお遊戯会でお漏らししたのは貴様だろう」
「それはテメェだろうがあああああああ!何過去捏造してんの?何自分の恥ずかしい過去を人のモンにしようとしてんの?いい加減にしろやヅラァ!そして重い!」
「ヅラじゃない、桂だ!」

わいわいと騒いでいると、あはは!もうすぐ時間じゃというのにのん気な奴らじゃ!と笑いながら、辰馬がやって来た。

「テメェは遅刻だろうが!一番のん気なのはテメェだっての!」
「あはははは!しょうがないきに!昨日は徹夜じゃったからの」
「お前もか?そういえば高杉も徹夜だったと言っていたが」
「テメェは黙っとけヅラ。髪がうぜぇヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」
「何をそんなに焦っているんですかィ?高杉の旦那ァ」
「あぁ!?チビは黙っとけやチビ」
「チビだって言ってる奴がチビでさァチビ」
「てめーら、俺の上からどいてからしゃべれやあああああ!」

俺がわっと叫びながら足を踏ん張っていると、「本番です!」というスタッフの声がして、俺たちは顔を見合わせた。
そして、四人全員で笑って。

「「「「さて、行きますか」」」」

勢いよく、ステージに向けて走っていった。
途端に、わあああ!と響き渡る歓声。熱いくらいに眩しいスポットライトに目を細めながら、俺は自分の愛器であるギターに指を走らせた。
グン!と鳴り響く俺たちの「音」に全身を乗せながら、俺は笑う。

……土方、俺は、ずっとここでお前を待ってるよ。

そう、指先に想いを込めながら。


俺たちのステージは、ほぼ駆け抜けるような速さで過ぎて行った。そして、ラストの曲。鳴り響くアンコールの声に応えて、俺はステージの上から観客を見渡した。

もし、ここにお前がいたのなら、聞いて欲しい。
もし、ここにお前がいなくても、届くように奏でるから。

俺は祈るような気持ちで、ギターに指をかけた。
沖田君はマイクに手をかけて、ゆっくりと口を開いた。

『聞いて欲しい、うたがあります。たくさんの思い出が詰まったこの曲、聞いて下さい。

 ……―――、三月九日    』

沖田君の言葉と同時、俺はゆっくりと最初の音を奏でた。
流れ出す緩やかな伴奏の後、沖田君のうたが会場中に響き渡る。
俺はそのうたに目を閉じて、脳裏にあの子の姿を思い浮かべる。


『 流れる季節の真ん中で
  ふと日の長さを感じます
  せわしく過ぎる日々の中に
  私とあなたで夢を描く 』


最初、出会ったキミはとても冷たい顔をして、俺はそんなキミが苦手だった。


『 三月の風に想いをのせて
  桜のつぼみは春へとつづきます 』


だけど、夕日に向かってうたうキミは寂しげで、そんなキミのことがどこか気になって仕方なくて。


『 溢れ出す光の粒が
  少しずつ朝を暖めます
  大きなあくびをした後に
  少し照れてるあなたの横で 』


悲しい過去も、厳しい現実も、この世界はキミに優しくなかったけれど。
それでも俺を叱ってくれたキミの強さが、俺は好きなんだ。
冷たい顔の下に隠したキミの素顔を、俺はキミの隣でずっと見ていたい。


『 新たな世界の入口に立ち
  気づいたのは 1人じゃないってこと 』


俺は決して、強くはないけれど。キミと一緒に歩けるように、ずっとこの場所で待っている。それが何年掛かったとしても、俺はずっとキミを待つと決めたから。


だから、なぁ、土方。
いつか、きっと……―――。



『『 瞳を閉じれば あなたが
  まぶたのうらにいることで 』』


その時、沖田君のうたに重なるようにして、声が聞こえた。どこまでも遠く響く、その低音。あの夕暮れの日から、ずっと俺の耳に残っている、その声。

「……!」

俺はハッと瞼を開ける。俺の真正面、観客席のど真ん中からゆっくりとこちらに向かって歩いてくるそのひとは、ニッと悪戯が成功したような顔で、俺に向かって笑った。
その笑みを受けて、俺は演奏中だったにも関わらず、そのひとに向かって走りだした。
視界の端に、やれやれと呆れ顔のヅラや高杉、ニヤニヤと笑う沖田君の顔が見えたけれど、気にせずに。
ステージから飛び降りた俺を、彼は少し驚いた顔をしていた。だけどすぐにくしゃりと顔を歪ませて、馬鹿野郎、と罵った。
だけど、止められなくて。俺は土方の体を思いっきり、抱きしめた。


「………ッ、おかえり!」


震える声でそう言った俺を、土方はぎゅっと抱きしめ返して。
俺の肩に額を当てて、小さく鼻をすすりながら、土方は囁くような声で。

『―――、ただいま』


そう、返してくれた。
小さくても、確かなこえで。
俺はその声を聞きながら、瞼を閉じて潤んだ瞳を誤魔化した。



『 どれほど強くなれたでしょう
  あなたにとって私も そうでありたい 』



だけど、きっと瞼を開いたその先には、きっと、笑顔のキミがいる。




一部 完

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