MIRACLE Boy 後





そんなことがありつつ、仮装DE借り物競争in体育祭は無事に終了した。勝敗は意外にも青でも黄色でもなく赤組が勝った。というのも、リレーで一番にゴールしたのと、審査員であるメフィストの好きなアニメキャラのコスプレをした組がいたからだ。
燐はその結果に少し不満そうだったものの、とにかく早くこの衣装を脱ぎたくて、更衣室に向かった。だが、その間にも様々な人から呼び止められてしまい。ついには囲まれて身動きが取れなくなってしまった。

「奥村君、一緒に写メらせてもらっていいかな!?」
「ズリィぞ!俺が先だ!」
「いや、俺だ!」

しかし、その中には何故か男子も混じっていて。燐は、女装した姿がそんなに面白かったのか?などと首を傾げていた。そしてとにかくこの場を何とかしないと、と困っていると。

「すみませんが、兄は次の競技があるので、早く着替えたいのですが」

燐の背後から、聞き慣れた声が聞こえた。振り返ると、まだ着替えていなかったのか、燕尾服姿の雪男が笑顔で立っていて。

「雪男!」
「ほら、兄さん。行くよ」

ホッと安心しつつ弟の名を呼べば、雪男は燐の手を引いて、強引に人ごみの中から連れ出してくれた。よかった、コレで着替えられる、と思っていると、ずんずんと手を引く雪男の様子がどことなくおかしいことに気づいた。
何か怒ってる?でも、何に?
燐が首を傾げていると、その様子に気づいたのか、雪男が立ち止まって深々とため息をついた。そして、くるりと燐を振り向いて。

「兄さん。これから女装されそうになったら、必ず僕に言うこと。いいね?」
「え?や……」
「い・い・ね?」
「……?おう……?」

雪男の尋常じゃない様子に圧されるように、燐は頷く。すると満足したのか、雪男はまた歩き出して。何に怒っていたのか分からなかったけれど、きっと双子の兄の女装がイヤだったんだな、と自分で納得した燐は、大人しく雪男の手に引かれて更衣室へと向かった。



そうして午前の部が終わり。一時間の休憩。
手短な木陰に座って、燐お手製の重箱を広げる。卵焼きにウインナー、トマトなどの野菜に、きちんと並べられたおにぎり。どれも美味しそうで、さすがは兄さん、と関心していた。

「こんなの、よく作れたね。どうりで今朝は早かったわけだ」
「まぁな。前日にも下ごしらえはしてたから、後は並べるだけだったけど」

そう言って照れくさそうに笑いながら、雪男に紙皿と箸を渡す。それを受け取って、さぁ食べようか、という時だ。奥村君!と少し高めの女子の声に呼ばれて、顔を上げる。視線の先には数名の女子が居て、誰もが手に弁当を抱えている。

「えっと、なんでしょうか?」
「奥村君、お弁当、一緒に食べませんか!?」

女子の一人が少し顔を紅くしてそう言った。しかし雪男からしてみれば、今兄さんと弁当を食べようとしているんですけど、という心境だった。だが、それを言えるわけもなく。かといって燐を置いて女子と一緒に弁当を食べるつもりもない。
どういう風に断ろうかな、と雪男が思案していると、その様子を見ていた燐が。

「どうせなら一緒に食べて来いよ、雪男」
「兄さん……?」

少し拗ねたようにおにぎりを食べつつそう言って、言葉とは裏腹に行って欲しくなさそうな顔をする意地っ張りな兄に、雪男は苦笑を洩らす。
行って欲しくないなら、素直にそう言えばいいのに。
そう思うけれど、恐らく女子に気を使っているらしい燐がいじらしくて、そんな兄がすきだと雪男は思う。
だから。

「……せっかくお誘いして下さって嬉しいのですが、僕は兄と一緒にお弁当を食べますので」

ごめんなさい、と雪男がそう言えば、女子たちは少し残念そうな顔をしつつも、去って行った。その時何名かの女子は兄を睨むような目で見つめていたから、やっぱり断って正解だったな、と思う。

「……いいのか?雪男」
「ん?」
「その……あの子達と食べなくて」

燐が伺うように雪男を見上げる。その瞳の奥に、ほんの少しだけ嬉しそうな色を宿しているのを見て、雪男はにっこりと微笑む。

「いいんだよ。僕は、兄さんと一緒にお弁当が食べたかったから」

そう言えば、燐はそっか、と笑ってくれた。その表情に満足しつつ、雪男はキレイな黄色の卵焼きに箸を伸ばしたのだった。




そうして休憩も終わり、応援合戦が始まる。まぁ、雪男も燐も一年で、応援部に入っているわけではないのだから、その他大勢と一緒に声出しだ。
だが正十字学園の体育祭は特に応援には気合を入れているらしく、どの組も甲乙付けがたい応援合戦になった。
そうして、応援合戦も終わり、後は組対抗のリレーのみになった。そこでもやはり一年の代表として燐が選ばれており、一番に次の人へとバトンを渡していた。そしてその功績のおかげか、青組は一番にゴールすることができた。


だが、結果として、総合優勝したのは雪男の組である黄色だった。まぁ、総合的に勝ちが多かったのが原因だろう。誰もが皆、肩を寄せ合って喜びを分かち合い、負けた組は抱き合って涙した。
そうして、燐と雪男の高校最初の体育祭は、幕を閉じた。




体育祭からの帰り道。紅く染まる夕日道で、燐と雪男は帰路に付いていた。燐は未だに体育祭の興奮が抜けないのか、ああだこうだ、と雪男に言って聞かせていて、それをうんうん、と頷いて雪男は聞いていた。

「でもさ、優勝できなくて残念だったよ。先輩たちが悔しがってんの見て、俺もちょっと泣けてきちゃったもんな」
「まぁ、来年また勝てばいいよ」
「うん、そうなんだけど、さ。でも今年卒業する先輩たちにとっては、最後の体育祭だっただろうからさ。どうせなら、勝たせてやりたかったな、と」
「……そう」

少し悲しげに目を伏せる燐を見下ろして、雪男はそっと笑う。
どこまでも、優しい人。自分には関係ないはずの、ただ、同じ組になっただけの人間に、そこまで親身になれる、優しい優しい双子の兄。
そんな彼が、雪男にはたまらなく愛しく思えて。

「兄さん」
「ん?」

雪男は、隣を歩く燐の頬に手を伸ばして、ちゅ、とその額に唇を一つ落とした。すると燐は夕日に負けないくらい真っ赤になって、ふい、と視線を逸らすから。ぎゅ、とその手のひらを握り締めた。それに返すように、きゅ、と握り返される手の温もりがあって。

「……それに、さ」
「うん」
「俺、あんな風に体育祭に出るの、初めてだったから。……なんか、今、すごく、寂しい」
「……―――そっか」

熱を帯びたグラウンド。生ぬるい風が頬を撫でたり、冷たい水に喉を潤したり。
汗を流して、声を枯らせて、時には笑って、時には泣いて。
そんな風に過ごす時間が、きっと燐にとっては初めての経験だったのだろう。

ずっと、学校では独りだった燐。同じ学校に通っていたもののクラスの違う雪男は、教室での燐の様子は知らなかったし、学校自体に行くことが少なかった。でもきっと、この優しい人が独りでいたことは想像が付いたし、こういった行事に出たがらなかったのを知っていた。
だから、余計に、今回の体育祭は燐にとっても大切な思い出になったに違いなくて。
終わるのが、寂しい。と、ぽつりと零した双子の兄が切なくて、そして、何よりも、大切だと思った。

神父とうさん、兄さんは悪魔として覚醒してしまって、もう人間としては生きていけないけれど。
でも、この場所で、精一杯、人として生きています。やっと、人として歩んで行こうとしています。貴方が、望んだ通りに。
だから、どうか。この時間が、いつまでも続きますように。

そんなことを、雪男は落ちていく夕日に思っていた。
そして、小さく震えるその手のひらを、強く握り締めて。

「寂しいなら、僕がいるよ。兄さん」

だから。

「寂しくないように………帰ったら、ひとつになろう兄さん」





「……、ん」

ちゅ、と軽い音を立てながら、少し乾いた唇に唇を重ねる。ぺろ、と舌を出して唇を舐めると、ほんの少し口が開く。その僅かな隙間から入り込むようにして、舌を絡める。怯えたように奥に引っ込んでしまう舌を吸い上げると、ぴくり、と燐の体が震えた。

「ん、ふ……ゆ、き……」
「……兄さん」

キスの合間に、名を呼び合う。お互いを、確かめるように。
雪男は存分に燐の口内を味わった後、そっと体を起こした。雪男の下にいる燐はすでに何も身に付けていない状態で、一日中外に居たはずなのに日焼けしていない燐の白い肌をじっと見つめた。
そんな雪男の視線から逃げるように、燐はほんの少し体を捩って抵抗する。雪男はその両手を捕まえて、ふ、と笑う。

「ダメだよ、兄さん。ぜんぶ、見せて」
「……っ、は、恥ずかしいんだよ!ヤるならさっさとヤれよ!」
「ダメ。ほら、動かないで」
「う、んんっ」

ふ、と微笑んだ雪男が、そっと燐の唇に軽いキスを落とす。その後も額や頬にキスを落としながら、首筋に顔を埋める。

「……雪男?」
「兄さん……、僕は」

兄さんが好きだ、と言葉にする代わりに、その首筋に唇を落として、軽く吸い上げる。紅く付いた痣に満足しつつ、ぎゅ、と抱きしめる。そんな雪男に何かを感じ取ったのか、燐は小さく笑って、ぽんぽん、と雪男の背中を叩いて。

「大丈夫だよ、雪男」

大丈夫、と何度も言い聞かせるように言う燐に、雪男はただ、うん、とだけ頷いた。



「ひ、う……っ、あっ、やぁあッ」
「兄さん……」

ぐ、と腰を押し付ければ、堪らないといった嬌声が上がる。それに煽られて、さらに奥へと腰を進めれば、燐の背がキレイに弓なりにしなる。同時に繋がった場所がきゅう、と締めつけて、雪男は微かに声を漏らした。燐の両手には青い鉢巻が巻きつけられていて、可愛くリボン結びに結ばれていた。

「や、も、無理ッ。ゆき……ッ」
「大丈夫、まだ、大丈夫だよ」
「や、いやッ……ふあっ」
「ここ、兄さんの一番好きなとこだよね?」
「ッ、この、えろめがね……ッ」
「……ふぅん?」

まだ、そんな余裕があるんだ?
雪男は汗をかきながらもにっこりと微笑んで見せて、ぐい、と燐の腕を引いて起き上がらせた。同時に繋がった場所からぐちゅ、という濡れた音が響いて、更に深く繋がった衝撃に燐は体をびくりと震わせた。

「ひ、やああああっ」
「かわいい……」
「ん、も……っ」

ばか、と泣きながら罵倒する燐。
その顔があまりにも可愛くて、雪男は更に自分が煽られるのを自覚した。

「ほんと……、兄さんは天才だよ」
「ふぇ……?って、ちょ、何大きくしてッ……?」
「兄さんが悪い」
「んんッ……!あ、や、ああっ」

舌なめずりをしながら、雪男は燐を見つめる。その男くさい仕草に燐が見惚れていると、雪男はそのまま後ろに倒れこんだ。呆気に取られる燐を見上げて、雪男は兄さん、と笑って見せて。

「今日は、兄さんが動いてよ」

ね?と燐の腰を引き寄せながらそう言う雪男を、燐はキッと睨みつけたものの、すぐに我慢ができなくなって、自分から腰を振り始めたのは、言うまでもない。



その後、気絶するように眠ってしまった燐を抱えて後始末を済ませた雪男は、今日自分がしていた黄色の鉢巻をじっと見下ろしていた。燐とは違う、黄色のそれを。

「……来年は、仮装はなしにして貰わないと、ね」

くす、と小さく笑って、それに、と机の上を見る。雪男の机の上には燐のアリス姿の写真が大量に置かれていて、いつの間に撮られたのか、着替え中のものまであった。それに気づいて、眼鏡を押し上げると。

「コレの処分も、しておかないと」

ネガから没収しないとね、と笑う。これから忙しくなりそうだ、と呟く雪男の姿を知る者は、幸か不幸か誰も居ない。
その後、裏でばら撒かれていた燐の写真がある日を境にぴたりと出回らなくなり、写真を売買していた生徒が三日間学校を休んだとか、いないとか。

真実は、誰も知らない。






END.



没収した写真の行方も、誰も知らない(笑